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第二章 幽霊少女ミリィ

第三十七話 ため息をつくフィリーネ

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 フレッド王都の王宮。そこの片隅にある一室にて、フィリーネが一枚の手紙を眺めながら、深いため息をついていた。

「はぁ……」

 そしてため息は再び漏れ出る。おもむろに窓の外を見上げると、白い雲の塊が青空の中を優雅に流れていた。
 あの雲と一緒に、この廃れた気持ちも流して欲しいと思いたくなるが、それは所詮儚い願いでしかないと、すぐに気づかされる。
 それが更なるため息に繋がってしまい、とうとうそれが、ちょうどお茶とお菓子を運んで入室してきたベティに聞こえてしまった。

「どうされたのですか、フィリーネ様? ため息をつくと幸せがお逃げになられてしまいますよ?」
「フンッ、妾がそんな話を信じてるように見えるか?」
「いえ、ちっとも」

 ティーカップを並べながらアッサリと答えるベティに、フィリーネは思わずニヤッとしてしまう。
 やはりベティには敵わぬなと――そう思いながら。

「ほれ」

 フィリーネがテーブルに、持っていた手紙を封筒ごと放り出す。ベティがそれを見下ろしながら尋ねた。

「私が見てもよろしいのですか?」
「よろしいからそうしておる」

 空を眺めたままフィリーネが答えた。温かい紅茶を淹れ終えたベティがティーポットを置き、放り出された手紙と封筒を手に取る。
 砕けた封蝋の跡が付いており、この手紙が正式な文書であることが分かる。

(思わず私にも読ませたくなるほどの内容とは、果たしてどんな……)

 公務に関わるフィリーネは、無茶ぶりにも程がある内容の手紙にも、たくさん目を通してきた。しかしそれを人に見せることはしなかった。それは事実上の側近でもあるベティが相手でも同じであった。
 無論、父親でもある国王の仕事を手伝い始めた頃は、愚痴とともに手紙を周囲に見せようとする行為が目立っていた。しかし教育と経験の積み重ねにより、それは次第に鳴りを潜め、今ではすっかりなくなった。
 それ故に、こうして放り出すように手紙を見せるフィリーネの姿が、ベティからすれば珍しい以外の何物でもない。
 だからこそだろうか。一体何が書かれているのか、ベティは妙に興味がそそられてしまっていた。
 少なくとも大したことがないとは程遠い、それこそ余程の内容なのだろう。
 そう思いながらベティは、手紙を開いて読み進めていく。

(――これは!)

 ベティは目を見開いた。そして凝視するように――それでいて、あくまで冷静な外見を保ちつつ――手紙の続きを読む。
 その間フィリーネは、楽しいティータイムに突入していた。
 甘いお菓子と温かい紅茶が、悶々とした気持ちを取り払っていく。恨めしく思えた青空が、澄み渡る心地良いモノに見えてきていた。
 そして数分後、手紙を読み終えたベティが、フィリーネと同じように深いため息をついた。

「はぁ……フィリーネ様のお気持ちが、少しだけ分かった気がします」
「それはなによりじゃの♪ して、お主はどう思った?」

 ご機嫌な笑顔を浮かべながら尋ねるフィリーネに、ベティは率直に答える。

「苦情の手紙ということは分かります。しかしながら、ここに書かれていることにつきましては、お世辞にも信ぴょう性があるとは思えません」
「やはりお主もそう思うか」

 フィリーネはベティから手紙を戻してもらい、再度その内容に目を通す。

「クルーラのギルドマスターが何を言ってくるのかと思いきや、まさかこのような内容をしたためてくるとはの……」

 ミナヅキとアヤメが、クルーラの町のギルドにて無礼を働いた。
 ギルドマスターとして注意はしたが、どうにも言うことを聞かない。むしろ我がギルドでのワガママが増しており、とても困っている。
 彼らは若くして名を馳せた。
 調合師として、期待の新人魔法剣士として、我がクルーラの町でも名が知れるほどの存在となってしまった。
 それ故に二人は、調子に乗っている可能性が見受けられる。
 実際に冒険者の間でも、二人を迷惑に思っている声が出てきている。町の工房だけでなく、宿屋も出入り禁止扱いにされたとのこと。
 早く町を去ったほうがいい――そう冒険者の一人がやんわりと忠告したが、やはり彼らは話を聞かない。それどころか、よりしつこくのんびりしようとしている始末であり、まさかここまでとは思わなかった。
 これを放っておけば、クルーラの町全体にも悪い影響が広がり、有名なリゾート地としての実績に傷がつきかねない。
 どうかフレッド王家のお力で、あの愚かな若夫婦に喝を入れていただきたい。

 ――クルーラ・ギルドマスター、ヴィンフリート。

「全く……実に上手く作られた文章よのう」

 呆れ果てたと言わんばかりの態度で、フィリーネが頬杖をつく。佇まいこそちゃんとしているが、ベティも同じような態度を取りたい気持ちではあった。

「微妙にあり得なさそうであり得ることを並べられてますね。宿屋や工房で出入り禁止になるって……あのお二人は、一体何をなされたんでしょうか?」
「さぁな。恐らく勝手な言いがかりをつけられている可能性が極めて高いが、それを裏付ける証拠が何もない」

 つまり、ミナヅキとアヤメが無実であると証明することができない。そしてこうして離れており、二人の動向が全く把握できていない今、それは限りなく不可能のままであることも悟っていた。
 実際、自分たちもその光景を全く見ていないため、見てないところでは実はこうだったのかと思われても不思議ではないと。

「たとえ大切な友人とはいえ――否、大切な友人であるからこそ、そこらへんの判断はしっかりするのじゃ。もしこれが真実であるならば、ミナヅキとアヤメを厳しく罰することも、致し方ないと言える」

 淡々と語るフィリーネの口元が、ここで微かにフッと和らいだ。

「あくまであの二人が、本当に過ちめいたことをしておるならばの話じゃがの」
「えぇ」

 ベティも同意ですと言わんばかりに頷く。

「国王様は、この手紙をどう思われているのでしょうね?」
「どうもこうも……妾の手にこの手紙がある。それこそが答えじゃよ」

 手紙を掴み、ヒラヒラと揺らしながら言うフィリーネに、ベティはそういうことかと悟った。

「フィリーネ様に一任されたのですね」
「丸投げされたと言ったほうが、正しいように思えてならんがの」

 しかしながらフィリーネは、やれやれという気持ちを抱く一方で、ある種の好都合とも思えていた。
 やはり自分の与り知らぬところで、友人に勝手な決断が下されるのは、どうにも気分が良くない。それでも封蝋が施された正式な書状である以上、自分が無暗に口を出すことはできない。
 そんなことを考えているフィリーネを、ベティは暖かな笑顔で見守っていた。

(恐らく国王様も、フィリーネ様のお考えを読まれて、書状の処理を託されたのでしょうね)

 立場上、普段から娘とのコミュニケーションをとることがなく、それを殆ど表情に出すことがない国王。しかしその実、フィリーネを誰よりも気にかけているといっても過言ではないくらいの親バカであるのも確かだった。
 もっとも気づいていないのは、国王本人とその娘のフィリーネくらいだろう。
 少なくとも城の人間――特にメイド全員はよく知っていることであった。
 ちなみにどうして大臣や兵士を差し置いて、メイドがそれを知っているのかというと、純粋にベティを通して自然と耳に入ることが多かったからだ。
 ただ単にそれだけという、至って単純な理由である。

「話を戻すが、このヴィンフリートと言う男は、妾も前々から気に入らんかった。調子に乗っているとすれば、むしろコヤツのほうじゃろう」

 フィリーネが腕を組みながら、吐き捨てるように言う。

「確かにヴィンフリートはギルドマスターとして、クルーラの町の発展に大きく貢献してきた。特に資料を見る限り、ここ十年の活躍は実に目覚ましいと言える」
「私も話に聞いた程度ではありますが、実に仕事熱心な方だそうですね」
「うむ。彼の実績については王家としても認めておるし、妾としても全くもって異論はない、が――」

 淡々と語るフィリーネは、語尾を強めつつ顔をしかめる。

「コヤツは自分が苦情を出せば、王家が無条件で手を貸すと思い込んでおる。そんなのは大きな間違いも良いところじゃ」
「つまりこの方は、フレッド王家が後ろ盾として付いていると、絶対的な自信をお持ちということですよね?」

 疑わしいと言わんばかりに首を傾げるベティは、やがて一つの仮説に至る。

「もしや……過去にこれと似たようなことがあった際に、王家の方が無条件で手をお貸しになられたことがあったのでは?」
「……うむ、父上に聞いたところ、そのもしやがあったそうじゃ」

 苦々しい表情でフィリーネは大きなため息をつく。

「しかも実際に手を貸したのは王家ではなく、なんと先代の大臣じゃったと、父上は言っておった」

 その当時は、王都でも異例の措置が施されていたという。
 フィリーネが生まれた直後、母親である当時の王妃が亡くなってしまった。その影響は決して小さくなく、国王もかなりの負担を強いられながらも、なんとか歯を食いしばって公務に取り組んでいた。
 当然ながら、国王一人では賄えない部分も多くなっていった。
 本来ならば国王がチェックする他の町からの手紙を、やむなく大臣が代わりに目を通すことになった。

「そしてその先代大臣は、これ幸いと言わんばかりに、自分の好き勝手にやり始めてしまったそうじゃ」

 今から十年ほど前、ヴィンフリートが面倒な女性問題を起こした際、国王の名を使って手助けしたのもその一例だった。
 何かしらの利用価値があると思っていたらしく、先代大臣はヴィンフリートを庇う動きを見せた。そしてそれを皮切りに、ヴィンフリートはクルーラの町で強い発言権を得るように仕組まれた。
 国王がそれに気づいたときは、手遅れ寸前のところまで来ていた。
 先代大臣は、他にも国王の名前で、自分の思惑通りに事を運ばせていたのだ。
 それから国王は必死にあちこち働きかけ、なんとか首の皮一枚繋がる段階で全てを阻止した。地位と権限全てをはく奪された先代大臣は、人知れず王宮を出て国外への船に乗ったことが確認されており、その消息は不明だという。

「その元大臣の方は、今でも?」
「うむ。当時は後始末に困難を極めていたらしくての。父上も彼の動向を気にする余裕はなかったそうじゃ」
「……そうですか」

 重々しく頷きながら、ベティはお茶のお代わりを差し出す。フィリーネはそれを受け取り、息を吹きかけて冷ましつつ一口飲み、やがて大きく息を吐いたところで続きを語り出した。

「そして粗方の後始末は終えた。しかしヴィンフリートの考えを変えさせることはできんかった。それから大きな問題は起こってなかったため、様子見という形で一応の納めとしたらしいが……」
「風のウワサでは、クルーラの町はリゾート地としては最高ですが、冒険者の活動場としての評価はよろしくないらしいですね」
「……まぁ、とどのつまりは、そういうことなのじゃろうな」

 ベティの補足説明じみた言葉に、フィリーネは再度深いため息をつく。つまりはギルドを中心によろしくない状況が続いており、なんとかしなければならない案件に値すると。

「しかしある意味、チャンスが訪れておるのかもしれん。ミナヅキとアヤメの二人が関わっておるとなれば、何も起こらんワケがない。ならば妾のすべきことは、もはや決まったも同然というモノじゃ!」

 そしてフィリーネは立ち上がり、手紙を持って自身の机に戻る。引き出しから便箋を一枚取り出し、意気揚々とインクを付けたペンを走らせるのだった。

「信じておられるのですね? あの方たちのことを……」

 そう尋ねるベティに、フィリーネはペンを動かしながらフッと笑う。

「当然じゃ。ミナヅキとアヤメは、この妾が直々に認めた者たちじゃからの!」

 自信満々に断言するフィリーネに対し、ベティは目をキラキラと輝かせながら、胸の前で手を組み合わせた。

「フィリーネ様、ベティはメイドとして、大変嬉しゅうございます。かけがえのないお友達と信じあう姿はなんと、なんとお美しいことで……うっ、うっ――」
「こーれ、からかうでないわ」

 わざとらしくベティがハンカチで涙を拭う仕草を見せ、それをフィリーネが呆れた表情でツッコミを入れる。
 これもまた、二人のいつもの光景なのだった。


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