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第二章 幽霊少女ミリィ
第三十六話 モーゼスの真実
しおりを挟むモーゼスはミナヅキたちに全てを話した。そしてそれを聞いたミナヅキとアヤメの気持ちは、納得こそすれど、複雑さは拭えないでいた。
「なるほどなぁ……」
大きく息を吐きながらミナヅキは空を仰ぐ。
「モーゼスさんがミリィの屋敷に務めていた執事だったとはな。まぁ、何かしらの関係がありそうだとは思ってたが」
「でもこれで納得したわ」
アヤメが笑みを零しながら頷く。
「モーゼスさんの姿勢、鍛冶師の人とは思えないくらい凄く良いもの」
「なんと、そこに目を付けられてましたか。長年の習慣は抜け落ちませんでな」
照れくさそうにモーゼスは笑う。彼の足元にはファイアーウルフとスライムが、仲良く寄り添った状態で寝息を立てていた。
どうやら二匹はすっかり意気投合したらしく、スライムもこのモーゼスの家に住み着くことが決定している。モーゼスも家族が増えるのは嬉しいと、心から喜んで歓迎していた。
「一昨日、屋敷の近くで出会ったアレも、仕組んでたことだったんだな」
「えぇ。ミナヅキ殿とアヤメ殿のご活躍については、私も事前に情報を仕入れておりましたから」
ミナヅキの言葉にモーゼスは頷く。モーゼスは最初から、ミナヅキたちのことを知っていたのだ。
彼らに興味を持ち、どうにかして接触を図りたいと思っていたその時、ヴィンフリートから指名依頼を受け、幽霊屋敷の調査に出向くことを知った。
そこでモーゼスは、偶然を装ってトラブルを作り、ミナヅキとアヤメの人となりをチェックしていたのであった。
要するに二人は、最初からモーゼスに試されていたということである。
「あの時、台車から鉱石を落とした私を、御二方は率先して助けにこられました。打算も何もない、純粋に困っているから助けたという気持ちが、私にはよく伝わってきました」
しみじみと語るモーゼスに、ミナヅキとアヤメは揃って苦笑を浮かべる。
「改めて言われると、なんか照れるな」
「気がついたら動いてたって感じだったもんねぇ」
「ホホッ、御二方のそう言った部分を、私は大きく評価したのですよ」
モーゼスは小さく笑うが、すぐに神妙な表情に戻す。
「しかしながら、ミリィお嬢様と出会い、ペンダントをプレゼントするという約束までしてこられるとは、流石の私でも予想外でした。その後日、ヴィンフリートが動き出したことも相まって、改めて本当に大丈夫なのかという不安が、私の中に募りました」
「モーゼスさんのほうから俺たちに声をかけたのも、改めて俺たちをテストしようと思っていたから、ってことですかね?」
ミナヅキの問いかけに、モーゼスはゆっくりと首を縦に振った。
「そのとおりでございます」
たとえテストするためとはいえ、唯一の家族であるファイアーウルフを病気に仕立て上げることは、モーゼスにとっても心苦しかった。
しかしファイアーウルフが、任せろと言わんばかりに承諾したらしい。
モーゼスがミナヅキとアヤメを連れてきたところを見計らって、体調不良を完璧に演じていた。全ては世話になっている主人のためであった。
ちなみにこのテストは、ミナヅキたちがファイアーウルフを助ける選択肢を取った時点で、合格と見なしていた。
仮に魔力草を持って来られず、他の素材を採取できなかったとしても、モーゼスはペンダントを作るつもりではいたという。
きっと二人ならば、正直に話してくれることを信じて。
「魔物とはいえ大切な命――ミナヅキ殿の言葉には感服いたしました」
モーゼスは大きくしみじみと頷きながら言った。それに対し照れくさそうに頬を掻くミナヅキに、アヤメが笑いかけている。
「多くの方は魔物を害としか見なさない。それはとても嘆かわしいことです。こうして生活を共にすることだって十分にできますし、ある地域では、むしろ率先して魔物と仲良くする方針を取られているとか」
「へぇ、そんな考えもあるんですね」
アヤメが興味深そうに言う。それに対してモーゼスも笑顔で頷くが、やがてすぐに神妙な表情に切り替わる。
「しかしながら、この町はそうではありませんでした。とにかく魔物は片っ端から倒すべし――そんな考えが、ギルドを中心に蔓延るようになったのです。現ギルドマスターであるヴィンフリートが、その筆頭と言えるでしょう」
「なるほどな。それが昨日のアレってことか」
ミナヅキは昨日の夕方のことを思い出す。ヴィンフリートはやけに、ファイアーウルフとともに暮らすモーゼスを煙たがっている様子だった。
人間にとって害でしかない魔物とともに暮らす。それが我慢ならなかったのだとしたら、はみ出し者と言いたくなる気持ちも、分からなくはない。
「もっとも俺には、それだけじゃないようにも思えましたがね。あのミリィの屋敷で執事を務めてたってのも、それなりに関係しているんじゃないですか?」
「……えぇ、お察しのとおりです」
ミナヅキの指摘に、モーゼスは観念したかのように頷いた。
「私は十年前の事件を良く知っております。それがヴィンフリートにとって、あまり都合の良いことではないのでしょう」
十年前の事件で、屋敷の主とその家族が一度に失われた。その際に使用人も皆、この町から離れてしまったが、モーゼスだけは、無人となった屋敷を放っておくことができなかった。
しかし、ただの執事でしかない彼に、屋敷の所有権を取ることなど、到底できるハズもなかった。それ故に、少しでも近い場所に新たな住居を構え、屋敷を見守り始めた。それがモーゼスにできる限界だったのだ。
そんな彼の行動が、ヴィンフリートの神経を逆なでさせた。
「はみ出し者と呼ばれるようになったのも、あのオッサンに根回しされた影響ってところですかね?」
「えぇ、それで正解です」
ミナヅキの問いかけに重々しく頷くモーゼスだったが、何故かその直後、噴き出すように笑い出した。
「まぁ私からしてみれば、むしろそれで人々が近寄ることもなくなりましたし、かえって良かったとも言えますが」
「そっか。誰の目も気にせずお屋敷を見守り、こうしてファイアーウルフと暮らせてますものね」
何も悪いことだけじゃなかったのだとアヤメは納得する。
ここでモーゼスは姿勢を正し、ミナヅキたち二人に向けて頭を下げた。
「ミナヅキ殿、アヤメ殿。どうかお願いいたします。あなた方の手で、ミリィお嬢様の未練を晴らしてくださいませ」
モーゼスは一言ずつ噛み締めるように願う。それに対して、ミナヅキとアヤメは顔を見合わせ、そして笑みを浮かべた。
「えぇ、最初からそのつもりでしたからね!」
「素材も集めてきましたし、ペンダントのほう、お願いできますか?」
強く、そして優しく語り掛ける二人に、モーゼスは改めて表情を引き締める。
「勿論でございます。最高の出来に仕上げることを、約束いたしましょうぞ!」
そして彼もまた、力強く拳を握りながら宣言するのだった。
いつの間にか起きていたファイアーウルフとスライムが、そんな彼らを見て、微かに笑みを零していた。
◇ ◇ ◇
「そういえば、一つ気になってたんですけど……」
皆でモーゼスが腕を振るった夕食を皆で楽しんでいた時、ミナヅキがふと思い出した反応とともに切り出す。
「俺たちへのテストは、もう昨日の時点で合格だったんですよね? ペンダントの素材も最初から揃ってたらしいですし、俺たちがイルトウヘアの洞窟へ行く必要はなかったんじゃ?」
「あぁ、言われてみればそうよね」
パンを千切りながらアヤメが同意する。わざわざ時間をかける必要がなかったことに加えて、危険な目にあわなくて済んだかもしれない。
そのことは既にモーゼスにも話しており、ミナヅキの言葉を聞いた彼は、耳が痛いと言わんばかりに苦々しい表情を浮かべていた。
「確かにそのとおりです。しかし私はどうしても、調合師であるミナヅキ殿に、あの洞窟の現状を見ておいてほしかったのです」
「……どういうことですか?」
ミナヅキが尋ねると、モーゼスは茶を一口すすり、そして語り出す。
「元々、あの洞窟の下層にある魔力草は、年々少なくなっていました。採取していく冒険者が、ここ数年でかなり増えてきたからです。ウワサでは生産職――特に調合師の存在が大きく見直され、調合素材の価値が跳ね上がったからだとか」
それを聞いた瞬間、アヤメが苦々しい表情でミナヅキを見る。
「ねぇ、それってもしかしなくても、アンタがキッカケなんじゃないの?」
「そうなんかなぁ……?」
腕を組みながらミナヅキは首を傾げる。如何せん自覚はなかったが、何度か似たようなことは言われたことがあった。
「まぁ、それについて、私もとやかく言うつもりはありません。むしろ素材や職業の価値が見直されるというのは、とても良いことでしょう」
モーゼスは穏やかに笑いながら言った。
「幸いなことに、魔力草は他国から輸入されるようになりました。これにより、あの洞窟に対する問題も解消はされたのですが……今度は、冒険者が洞窟へ行かなくなる問題が発生してしまいまして」
ため息交じりに話すモーゼスに、ミナヅキがふむと頷く。
「なんとなく読めてきたぞ。輸入だけで色々と賄えるようになっちまったから、わざわざ採取する必要性も薄れちまったってところか?」
「そっか。お金出して買えるんなら、そっちのほうが手っ取り早いわよね」
ミナヅキの言葉にアヤメが納得しながら頷く。それに対してモーゼスも、深く首を縦に振りながら口を開いた。
「おっしゃるとおりです。輸入の代金が安くなったというのもあるのですが、なによりこの町は基本がリゾート地。冒険者が永住するような環境でなくなってきているのが、とても大きな原因にもなっています」
「なるほどなぁ。それじゃ、洞窟へ行く冒険者の数が減るのも無理はないか」
ミナヅキは腕を組みながら空を仰ぐ。
観光に来た冒険者が、わざわざ山の中の洞窟に行く用事はない。現にミナヅキたちでさえも、指名依頼が来た際に、最初は断ろうとしていたくらいである。
「昔はあの洞窟も、魔力スポットしては有名な場所でしたが、他にも有名な場所が次々と出てきたことで、その名もあっという間に廃れてしまいました。故にギルドの管轄でもある洞窟の管理も、段々といい加減になってくるのは、避けられなかったと言わざるを得ません」
モーゼスは語りながら首を左右に振る。ここでアヤメが、現在に至る一つの考えに辿り着いた。
「そこでモーゼスさんが、個人的に洞窟の――もっと言えば、最下層の魔力草の監視を行うことにしたってことですかね?」
「はい。あそこの魔力草は、今でも確かな価値があります。このまま忘れ去られるのは勿体なさすぎる。私にはどうしても見過ごすことができませんでした。そこでこの家から直接洞窟へ行けるよう、専用の隠し通路を作りました」
「俺たちが通ってきた、あの長い通路ですね?」
ミナヅキは最下層を脱出する際に、偶然見つけた扉を思い出す。
「あんな所に扉があるなんてな。でもこれで、やっと分かった気がするよ」
「分かったって、何が?」
首を傾げるアヤメに、ミナヅキが人差し指を立てながら言う。
「あの扉の仕組み、屋敷の地下にあった宝箱と同じヤツじゃないかってな」
「……どうして、それを?」
モーゼスが目を見開き、戸惑いの様子を見せる。それがなんとなく嬉しくなったミナヅキは、心の中でしてやったりと思ってしまっていた。
「扉が開いたときの光加減が、宝箱のそれと似てる気がしたんですよ。あれって、魔力を持っていれば誰でもいけるんですか?」
「いえ、それなりに強い魔力を持つ者、もしくはそれに準ずる魔法具がないと開けられない仕組みとなっております。つまりアヤメ殿は、それ相応の魔力の持ち主ということになるのですな」
驚きの声で話すモーゼスに、アヤメは身をよじらせながら笑う。
「うへへ……いやぁ、なんだか照れちゃうなぁ」
「妙なところで、アヤメの才能が評価された形になったな」
「もー、やめてってばぁ、ミナヅキぃ~♪」
くねくねと身をよじらせるアヤメに、ミナヅキは苦笑を浮かべる。相変わらず変なところで変な喜び方をするなぁ、と思いながら。
「あとあの通路。どっかで同じの見たなぁって思ってたけど、あれって屋敷の地下通路にすっごい似てたんだな」
「そこもお気づきになられましたか。あの通路は元々、私が中心となって完成させたモノでして」
「そうだったのか。どーりで似てると思った」
ミナヅキが納得しながら笑う。そしてモーゼスは、焼き立てのパンにモシャモシャとかぶりついているスライムに視線を落とす。
「それにしても、まさか爆発で泉のフロアが塞がれるとは、流石に予想外でした。本当に御二方が無事でなによりです。勿論、連れてきたスライム君もね」
「ピィ?」
スライムは鳴き声とともに見上げる。その膨らんだ口元に、モーゼスは思わず笑みを零してしまった。
そして再び、ミナヅキたちのほうを向きながら言う。
「今回は色々あって、さぞかしお疲れでしょう。ペンダントの完成には数日ほどかかりますから、それまではここで、ゆっくりと休んでください」
それを聞いた瞬間、ミナヅキの目が輝き、立ち上がって身を乗り出しながら、勢いよく尋ねる。
「じゃあ、家のスペースを少し借りて良いですか? 採取した魔力草で、色々と調合してみたいんで」
「えぇ、勿論ですとも」
「やった!」
ガッツポーズしながら喜ぶミナヅキ。その様子を隣で、アヤメが頬杖をつきながら呆れたような笑みを浮かべながら見ていた。
(全く楽しそうな顔しちゃって……でも、確かに時間は少し空くのよね)
そうなればミナヅキみたく、何か好きなことに打ち込む絶好の機会であることに間違いはない。
それぞれが作業を行おうとする中、一人だけボーっとしているのも、アヤメとしては望ましくない気がした。
(だったら私は私で、新しい魔法の特訓でもしてみようかしら?)
自分ができることと言えば、これからの戦いに備えること。色々と時間をかけて試行錯誤してみる価値はあるかもしれないと、アヤメは思うのだった。
応援ありがとうございます!
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