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第二章 幽霊少女ミリィ
第三十三話 イルトウヘアの洞窟
しおりを挟む街門は基本的に、夜明けと同時に開かれる。太陽が東から昇り始めている時間帯ともなれば、既に賑やかな状態となっている場所も珍しくない。
しかしながら、その真逆も存在する。
クルーラの町で言えば、中心街から遠く離れた西の街門が良い例であった。
王都へ通じる北や、隣町に通じている東に比べて、西には森や洞窟しかなく、村や町の類がない。すなわち冒険者以外の人間からしてみれば、全くと言って良いほど通る必要が見られない場所なのである。
したがって日によっては、丸一日人が通らないということも珍しくない。
規則であるが故にちゃんと夜明けには開かれ、門番も待機している。しかし仕事は殆どないに等しい。
何せ人が殆ど通らないのだから、問題が起こることもない。加えて魔物が騒ぎ立つようなことも起こらず、そのような兆しすらない。
ちゃんと街門で一日待機さえしていれば、基本的に仕事は達成する。これを弊職と思うかラッキーと思うかは、選ばれた門番の考え方次第だ。
ちなみに、今現在待機している門番はというと――
「今日も何も起こらないと良いなぁ……やっぱ平和が一番ってもんだわな♪」
支給された槍を壁に立てかけ、街門の柱に座り込み、碧空に流れゆく白い雲をのんびりと見上げている。その男の表情に、緊迫感のきの字もない。それこそ仕事をサボっていると見なされても、何ら不思議ではない。
(この町に配属が決まった時はどうなるかと思ったけど……案外のんびりできて良いもんだな。他の連中は、西の街門なんざ弊職じゃないかって言ってたけど、俺からしてみりゃあ、実にありがたい限りだぜ♪)
そう思う男の表情は、実に幸せそうな笑顔であった。不満など全く抱いていないことは、誰が見ても明らかなほどに。
兵士としては致命的な態度に値するが、如何せんこういう考え方を持つ兵士は、どこの町にも存在している。彼もまたその一人なのであった。
(あ、でもそういや、ゼラさんから言われてたっけかな。若い冒険者夫婦が通りかかったら、すぐさま報告しろって……)
男は昨日、ゼラから有無を言わさず指示されたことを思い出した。
(全くその若夫婦ってのは、なーにをやらかしたんだかねぇ? もしかしたら盗賊上がりか何かのワル顔だったりするんかな? だとしたら嫌だなぁ……俺、とことん平和主義者で、争いなんて大っ嫌いだってのによぉ……)
そんなことを考えていると、東のほうから二人の人影が見えた。
男は慌てて立ち上がり、槍を持って背筋をピンと伸ばしながら門の脇に立つ。流石に見張りという体制は守りたい。これでも立派な兵士なのだという威厳だけは保ちたいのだ。
――もはやあまり意味がないという現実に目を瞑りつつ。
「へぇ、じゃあ魔力を回復させるエーテルも、魔力草を調合して作るのね」
「魔力を宿す水も採取したいな。色々と試してみる価値はあるぞ」
歩いてきたのは二人の若い男女であった。互いの距離も近く、それでいて緊張している様子も照れている様子もない、ごく自然な感じを見せている。
――少なくとも単なる知り合いや仲間などではない。
門番の男はそう思いながら、改めて二人の姿を観察する。
(男のほうは平凡な青年という感じだな。そして女のほうは……美人だな。しかも胸デカいし、それでいて引き締まったスタイル……パーフェクトだ!)
心の中でサムズアップをしながら、門番の男は何かが満たされた気分を味わう。そこに歩いてきた二人が門番の存在に気づき、声をかけた。
「おはようございまーす」
「通っていいですか?」
笑顔で女から問いかけられた門番の男は、思わず心が躍り、笑顔となる。
「あぁ、勿論だとも。キミたちは冒険者かい? とても仲が良さそうだが……」
「当然ですよ。私たちは夫婦ですから♪」
その瞬間、門番の男はピシッと笑顔のまま固まった。夫婦ですから――女の明るい声が、何度も脳内でこだまする。
「あ、そ、そうかい……まぁ、気をつけて」
「どうもー♪」
そして女は楽しそうな笑顔で男の腕に抱き着き、そのまま寄り添った状態で西の街門から出ていった。
まさにラブラブ夫婦とはこのことか――門番の男は呆然と見送りながら、そんなことを思った。
(そうだよなぁ。良い女ってのは、大体フリーじゃないもんだよなぁ……)
二人の姿が見えなくなるまでボーっと見送ること数分間。門番の男の表情から感情が消え、スタスタと街門脇にある詰所に向かう。
「あー、そうだそうだ。ゼラさんに一応報告しておこう。若い夫婦が通ったらすぐ知らせろって言われてたからな」
誰も聞いていないのに、わざわざ口に出して説明的な言葉を並べていく。門番の男は報告用紙にペンを走らせながら、次第に表情を歪ませた。
「決して腹いせじゃないぞ! 独り身の俺に見せつけやがってって、妬んでるワケじゃないんだからな!」
またしても誰も聞いてない状態で、門番の男は叫ぶ。
自分で自分に対して言い訳をしていることを空しく思い、再び大声で言い訳を始めるという負のループが出来上がっていく。
果たしてそれに彼自身が気づくのは、一体いつのことであろうか。
◇ ◇ ◇
西へと延びる道は、山と森に囲まれていた。フレッド王都からやってきた北側の道に比べると、整備されているとはお世辞にも言い難く、道幅も狭い。
考えてみれば無理もないのかもしれない。
何せこの先には村も町もないのだ。あるのは魔物の巣窟と言える場所のみ。馬車を使って通りそうな商人や貴族、王族の者たちが来ることは、相当な理由でもない限り、まずないだろう。
現に歩く分には、全くと言って良いほど問題はない。
幸い野生の魔物も姿こそ確認できたが、敵意を剥き出しにして襲い掛かってくることは殆どなかった。
魔物についても、狂暴性の高い危険な種類は今のところ見られていない。
クルーラの町で冒険者になったばかりの初心者には、まさに経験を積むうってつけの場所なのかもしれないと、ミナヅキは思った。
「えーっと、もしかしてアレかしら?」
道に沿って歩いていくと、岩山に囲まれた洞窟の入り口が見える。
アヤメが指をさした場所と地図を見比べてみると、確かにそこは目的地の場所と重なっていた。
「あぁ。多分そうだろう。どこかに……おっ、立て札があるぞ」
「ホントだ。ご丁寧にちゃんと書いてあるわね」
――この先、イルトウヘアの洞窟入口。
立て札にはそう書いてあった。
ミナヅキとアヤメは、問題なく辿り着けたことに対し、笑みを浮かべる。
「んじゃ、早速入ってみるか」
ミナヅキは松明に火を灯し、アヤメとともに洞窟へ足を踏み入れる。
最初は狭いトンネルのような道のりだったが、途中から急に広くなり、天然の巨大洞窟が姿を見せた。
野生の魔物の姿も見かけられたが、ミナヅキたちの様子を伺うだけで、無暗やたらに襲い掛かってくる様子は、今のところはなかった。
「それほど狂暴性の高い魔物はいないみたいね」
「あぁ。こっちが敵意を出さなければ、殆ど襲ってはこないだろうな」
アヤメの言葉に頷きつつ、ミナヅキは周囲の壁を見渡す。そしてとある一部分に目を付けた。
「……この壁が怪しいかな」
そう呟きながら、ミナヅキがアイテムボックスからピッケルを取り出し、壁に向かって勢いよく打ち込む。
キン、キン、キン――と、数回ほどリズミカルに音を立てて打ち込んでいくと、やがて石の塊がポロっと落ちてきた。
「よっし、鉱石ゲットだ!」
塊を手に取り、ミナヅキが笑みを浮かべる。
そして持ち込んでいた図鑑と照らし合わせてみると、確かにペンダントを作る際に必要な材料の一つであった。
あまりの調子の良さに、アヤメは思わず感嘆する。
「幸先良いわねぇ」
「あぁ。この調子でどんどん調べていこう」
ミナヅキは鉱石と図鑑をアイテムボックスにしまい、ピッケルを片手に、周囲の壁に注目しながら歩き出す。
アヤメは自然と彼の少し後ろを歩き、野生の魔物が襲ってこないかどうか警戒する役割を務めた。
奥へ進んでいくと、二人を不届きな侵入者と判断した野生の魔物が、容赦なく襲い掛かってくるようになる。しかしアヤメが即座に対応し、素早い短剣捌きと魔法で事なきを得た。
その最中にミナヅキも、手頃な壁を見つけては鉱石を採取し、アヤメが倒した魔物から価値のある素材を剥ぎ取っていく。
戦闘と素材集め。二人は自然と役割分担が成され、それに集中する。なおかつ互いが互いの邪魔を一切せず、実にスムーズな探索が行えていた。
それぞれが集中しているが故に、会話らしい会話も殆どなくなっていたが、二人とも気にしないどころか、その状況を楽しんでさえいた。
これぞまさしくダンション攻略――そんなことを同時に考えながら。
「大分奥まで来たな」
「もうすぐ最下層に着きそうね」
夢中になって探索していたため、二人の中ではそれほど時間は流れてないように感じている。しかしそれはあくまで錯覚に過ぎないだろう。
――クゥ~。
微妙に情けない音が聞こえた。決して大きくはないその音が、やけに響き渡ったような気がした。
「あー、こりゃ多分、もう昼過ぎてるな」
ミナヅキが率直な意見を述べる。
「道理でお腹空くと思ったわ」
アヤメも特に恥ずかしそうな反応は見せず、前を向いたまま淡々と言った。
「どっか適当なところでメシにするか」
「そうね……って、向こうから誰か来るみたいよ?」
アヤメの指差した方向をミナヅキが注意深く見る。確かに数人分の足音が聞こえてきていた。
やがて見えてきたのは、数人の冒険者たち。その顔触れは、ミナヅキたちもよく知っているメンバーたちであった。
「ティーダ!」
「よぉ、ミナヅキ。お前さんたちも来てたのか!」
まさかの再会に互いが互いに驚く。マヤもハンジも笑顔で挨拶をし、更にその傍らにはもう一人、短剣を装備した女性が立っていた。
「どうも。ニコレットさんも、元気になられたみたいですね」
アヤメがそう言うと、ニコレットは恥ずかしそうに頬を染める。
「その節は、恥ずかしい姿を見せてしまったわね。お薬、本当に助かったわ」
「いえ、お役に立てたのなら、なによりです」
ミナヅキが手を左右に振りながら、笑顔でサラッと答える。その様子を見て、ティーダが安心したような笑みを浮かべた。
「その様子だと大丈夫そうだな」
「大丈夫って、何が?」
ミナヅキが問いかけると、マヤが一歩前に出ながら言う。
「ギルドでもウワサになってたのよ。二人がギルドマスターの優しさに逆らった不届き者だってね。まぁ、殆どの人が本気で思ってはいなかったみたいだけど」
「そんなことになってたのか……」
呆然としながら言うミナヅキの隣で、アヤメも口元を押さえ驚いている。そこにティーダが神妙な表情で、真っすぐミナヅキを見据え、問いかけた。
「普通にデマってことで良いんだろ?」
「んー、まぁ、違うって言いたいところではあるんだが……微妙だな」
「どういうことだよ?」
予想していたのとは違う答えが返ってきて、ティーダは戸惑いながら、詰め寄るように再度問いかける。
ミナヅキはこれまでの経緯を軽く説明した。
ミリィの一件は伏せて置き、あくまで幽霊屋敷の探索と、それを報告した際のヴィンフリートの反応だけを取り上げて、ありのままを話していった。
やがてティーダたちは、そういうことかと言わんばかりにため息をつく。
「……なるほどな。ギルドマスターからしてみれば、指示に逆らって好き勝手してるってことになるワケだ」
「確かにそう考えれば、微妙と言わざるを得ませんね」
ティーダに続き、ハンジも深く頷いた。するとニコレットが、小さな笑みを浮かべながら言う。
「でも、あからさまに悪いことはしていないのだから、それが分かっただけでも良かったんじゃないかしら?」
「そうだな。協力できそうなことがあれば、俺たちも手伝いたいが……正直、できることがあるかどうかは分からんわ」
ティーダはどこか歯切れが悪そうに言った。
言葉のとおり、純粋にできないという意味も確かにある。しかしそれ以上に、協力することで自分たちの立場が危うくなる可能性を懸念しているのだ。
同じ冒険者仲間と言えど、ミナヅキとアヤメは、あくまで赤の他人に過ぎない。流石にそこまで身を削って協力する義理はないというのが、デュークの率直な意見なのだった。
そしてそれは、ミナヅキもアヤメも考えていたことではあり、二人揃ってデュークに対し笑みを向けた。
「いや、そう言ってくれるだけで、十分ありがたいよ」
「厄介事に関わりたくない気持ちは分かるわ。もし迷惑だと思ったら、遠慮なく避けてくれていいからね」
「……すまん」
励ますつもりが逆に優しい言葉をかけられてしまい、ティーダは微妙に情けない気分に駆られる。
「せめて何か、有力な情報でもくれてやれればいいんだが……」
この場で何か話すだけなら問題はないだろう。そう思ってのことだったが、いざとなるとすぐには思い浮かばない。
するとここで、ミナヅキは何かを思いついたような反応を示す。
「あ、それじゃあさ、魔力の宿った泉がある場所を教えてくれないか?」
「……そんなんで良いのか?」
思わず呆然としながらデュークは問いかけると、ミナヅキは首を縦に振る。
「あぁ、そこの魔力草を採取したいんだ。調合の材料としてな」
「ミナヅキさんらしいですね」
戸惑うデュークの代わりにハンジが発言する。
「魔力の宿った泉なら、この先を道なりに歩けばありますよ。到着するのに、それほど時間はかからないと思います」
「そっか。ありがとう」
「ただ……」
お礼を言うミナヅキに、ハンジが歯切れが悪そうな態度を取る。
「魔力草の採取なら、厳しいと思いますよ。僕たちがそこへ行ったときには、もう殆どありませんでしたからね」
「……マジで?」
「えぇ」
呆然としながら問いかけるミナヅキに、ハンジは残念そうに頷く。
「でも、泉の水はとても綺麗だったわ。採取もできるし、行ってみる価値は十分にあると思うわよ」
ニコレットが会話に割り込み、取り繕うような口調で言った。そしてハンジが申し訳なさそうな表情のまま、軽く頭を下げてくる。
「すみません。今はこれぐらいしか、教えられることはないんですが……」
「いや、ありがとう。それだけで十分だ」
手を左右に振りながらミナヅキが言う。そしてこのまま、話を切り上げることに決めるのだった。
「じゃあ俺たちは下層へ行くから」
「あぁ。幸運を祈る」
ティーダと軽く手を挙げ合い、お互いに会釈しながら別れた。
やがてティーダたちが上層に向けて姿を消したのを確認したところで、アヤメがミナヅキに小声で話しかける。
「ねぇ、こんなこと言うのもなんだけど、今の話は本当なのかしら?」
その疑問はもっともだと思った。実際ミナヅキも、ヴィンフリートがティーダたちを雇い、仕掛けて来たのではないかという可能性を考えていた。
しかし――
「ウソではないと思うかな」
ティーダたちは、まだ敵ではない。それがミナヅキの率直な感想であった。
「俺たちを騙すなら、わざわざフォローめいたことは言わないだろ。邪魔してくるにしても、こんな洞窟内でする必要性もないんだしな」
「言われてみればそうね」
ミナヅキの言葉にアヤメも納得する。クルーラの町からイルトウヘアの洞窟へ行くまでの間には森が広がっており、襲うならその森でしたほうが、明らかに効率的だからだ。
なのにここまでアッサリと来れてしまった。何もなさ過ぎて、逆に怪しく思えてしまうほどに。
(あのヴィンフリートさんが、このまま私たちを放っておくとは思えない。もしかして、既に何か行動してたりする?)
特に根拠はないが、その可能性が極めて高いとアヤメは思えてならなかった。何かしら絶対的な手を打っているからこそ、今は自由にさせていると。
「アヤメ、早く行こうぜ」
「あ、うん」
ミナヅキに声をかけられ、アヤメは我に返った。洞窟の最下層へ向けて歩き出しながら、アヤメは心の中で強く思う。
(それでも私たちは、今できることをするしかないわ。もし問題が起きたら、その時はその時よ!)
ひっそりと右手で握り締める拳が、アヤメの確固たる意志を表していた。
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