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第二章 幽霊少女ミリィ
第三十二話 ヴィンフリートからの警告
しおりを挟むギルドマスターが直々に外へ出て姿を見せる。これは王都のギルドマスターであるソウイチですら、滅多なことでもない限りしてこなかったことだった。
故にミナヅキも驚きを隠せず、内心で焦りを抱いていた。
(ちょっと迂闊だったかな……まさか外に出てくるとは思わなかった)
少なくとも可能性を考慮しつつ、警戒するぐらいのことはできたハズだ。しかしミナヅキは、それを予想すらしてこなかったのだ。
やはりここは、見通しが甘かったと言わざるを得ないだろう。
(しっかし、こりゃまた凄い護衛だな。フルフェイスの兵士なんて、王都でも殆ど見たことないぞ?)
ミナヅキの記憶では、王都の国王や王女であるフィリーネが、公務で出かける際の護衛で連れているのを見たことがあった。もしくは国を挙げてのイベントに、王家が挨拶する際の護衛などだ。
つまり、それだけ重要な移動のみに採用される存在だと思っていたのだ。
少なくとも誰かを尋ねるためだけに、このような重々しい護衛を引き連れてくるとは考え難いのだが――
(まぁ、全く思い当たる節がないワケでもないけどな……)
ヴィンフリートに目を付けられ、なおかつ根回しという名の邪魔をされても、行動を止めようとしない。そんな自分たちに対する次の一手である、という可能性は十分にあり得ると、ミナヅキは思っていた。
兵士たちはフルフェイスであるだけに、表情は全くと言って良いほど見えない。しかしながら、その威圧感は分かりやす過ぎるレベルであった。
(まさに絵に描いたような、お偉い様のお通りってところか)
どこか呑気にミナヅキがそう思っていると、ヴィンフリートが冷たい視線で睨みつけてくる。
「私は、キミたちに帰りたまえと言ったハズだ」
ヴィンフリートは更に睨みを強くさせる。そして相手の反応を待とうともせずに言葉を続けた。
「キミたちが住む町はここではない。ましてやこんなオンボロ小屋に用があるとも到底思えんのだがな。気まぐれな寄り道だとしても、如何せん趣味がよろしくないと思わざるを得ないがね」
首を左右に軽く振りながら嘲笑するヴィンフリート。やはりミナヅキとアヤメの反応には、まるで目もくれようともしない。
その態度からして、本当に相手の反応など、どうでもいいことが分かる。
自分の言葉こそが絶対であり、言い返す言葉など聞く価値もない。そうするのが当たり前だと言わんばかりに振る舞う姿は、何故かとてもよく似合っている気さえするのが不思議であった。
現にミナヅキもアヤメも、わずかにムッと顔をしかめるだけで、特に何の言葉も返そうとしていない。
――やはりコイツには何を言ってもムダだ。
そんな諦めの気持ちが、二人の中で一致しているのだった。
そしてそれを知る由もないヴィンフリートは、もはや何も言い返せないようだと言わんばかりの笑みとともに、二人を見据えながらハッキリと告げる。
「これ以上、勝手に我が町をウロつくことは許さん。この警告に従わなければ、正式に王都へ苦情を出し、然るべき処罰を与えてもらうぞ!」
それは紛れもない脅しであった。そしてヴィンフリートの様子からして、本気で言っていることがよく分かる。
しかしミナヅキたちは、それでも表情一つ変えていない。そして何かを言い返すこともなかった。
「チッ、若造が……」
流石に少々苛立ちを覚えたらしく、ヴィンフリートは舌打ちする。そしてもう話すことはないと言わんばかりに二人から視線を外し、今度はモーゼスに向けて薄ら笑いを浮かべてきた。
「そういえば、いつもの炎を吐く狼の姿が見えないようだが?」
明らかに心配していないような声色で問いかけるヴィンフリートだったが、モーゼスはいつものにこやかな態度を崩すことなく、頷きながら答える。
「ファイアーウルフのことを言っているのでしたら、今は家の中ですよ。体調がよくないので休んでいるところです」
「ほぉ、そうか! それは実に大変だな!」
ヴィンフリートは大げさな反応を示す。それを見たアヤメが、嫌悪感たっぷりの視線を送るが、当然の如くヴィンフリートには届かない。
「もし具合が悪化したらすぐに知らせたまえ。すぐに始末できるよう、私が直々に手配してやるからな」
「御心配には及びません。幸いにも軽い症状ですので、すぐに良くなります」
親切そうな態度で言い放たれた血も涙もない言葉に対し、モーゼスはにこやかな笑みを返した。
そんな彼に対し、ヴィンフリートは忌々しそうに表情を歪める。
強がっている様子ではない。本当に言葉のとおりなのだろうと判断し、率直な意見を述べることに決めた。
「フンッ、はみ出し者が……魔物という薄汚い存在と暮らす――それをやめるいい機会を与えてやっているというのに、どうやら理解できていないようだな?」
「えぇ、全く」
どこまでも軽く躱してくるモーゼスに、ヴィンフリートは苛立ちから、歯をギリッと噛み締めた。
「魔物とともに暮らすなど、人間を捨てたも同然ではないか。たとえ昔はそれが当たり前でも、今は違う考え方であることが分からんワケではあるまい。全くお前の強情さには呆れるばかりだよ」
感情的にこそなってはいないが、その口調は段々と冷静さを失いつつあった。
現にヴィンフリートは、必死になんとか抑え込もうとしている。それはモーゼスも察しており、この時を待っていたと言わんばかりにフッと小さく笑い、覗き込むように目を開きながら言った。
「それはある意味、お互い様ではありませんかね?」
「……なに?」
ヴィンフリートの声色が、急激に低くなった。まるで触れてはいけない場所に足を踏み入れて来たなと言わんばかりに。
しかしモーゼスは、それに構うことなく淡々と続ける。
「いつまでも立ち止まったまま、まるで動こうとすらしていない。そんなあなたも立派な強情だと、私はそう言ってるんですよ」
「……ジジィが」
眉をピクピクとさせながら、地の底から這い上がるような低い声で、ヴィンフリートは言う。
まさに一触即発となりそうな空気であった。ミナヅキたちや兵士たちも、何かが起こるのではと予感し、身構えだす。
しかし、ヴィンフリートは再びため息とともに、落ち着きを取り戻す。
そして再びミナヅキたちに視線を向け、ビシッと指をさした。
「重ねて言おう。私の町でこれ以上余計なことをするな。これは警告であることをしかと肝に銘じておくことだ」
告げるだけ告げて、ヴィンフリートは歩き出す。兵士たちも続いて、そのまま一言も喋ることなく立ち去っていった。
やがて彼らの姿が完全に見えなくなったところで、モーゼスはため息をつく。
「全く……あの方の自分本位さは、相変わらずのようですねぇ」
モーゼスはどこか哀れみを込めた表情でそう呟いた。そんな彼の様子を伺っていたミナヅキに、アヤメが小声で話しかける。
「ヴィンフリートさん、モーゼスさんと何か関係があるみたいだったわね?」
「だな。やっぱり色々と根深い裏がありそうだ」
チラリとモーゼスを見ながら、ミナヅキは小さく頷いた。
◇ ◇ ◇
夜が更け、賑やかだった中心街も静かになった頃、ゼラがヴィンフリートの執務室に訪れた。
「失礼します。ヴィンフリート様、報告に参りました」
「うむ。日誌の中身はどうだったかね?」
ヴィンフリートが尋ねると、ゼラは小さく頷きながら日誌を差し出した。
「隅から隅まで目を通してみましたが、やはりどう見ても、なんてことない記録に過ぎませんでしたね。ペンダントの作成方法が詳しく書かれてましたが、どうやら本当に、プレゼント以外の意味はなさそうです」
「そうか……いや、ご苦労だったな。私も目を通してはみたのだが、他の者の意見も聞いておきたくてね」
「いえ、念には念を入れることに、越したことはないと思います」
ゼラは首を左右に振りながら言う。それに対してヴィンフリートは、満足そうな笑顔で頷いた。
「うむ。この日誌については、こちらで預かるとしよう。お前には別の案件を追加で頼みたい」
ヴィンフリートは一枚の書類を提示する。それを受け取ったゼラは軽く内容に目を通した。
「……お急ぎでしたら、明日の朝には報告できると思いますが?」
「いや、明日中にできていれば良い。他に何かあれば、すぐに伝えるように」
「了解いたしました」
ゼラは頭を下げ、書類を持って執務室を後にした。
残されたヴィンフリートは席を立ち、魔法具によって保温されている熱いコーヒーを淹れ、それを一口飲む。砂糖もミルクも一切入れていないが故に、その苦みが口中に広がり、やがて程よく脳を刺激してくる。
「ふぅ……」
ヴィンフリートは息を吐き、カップを持ったまま席へ戻る。そして引き出しから上質な便せんを取り出し、黒いインクを付けたペンを走らせ始めた。
カリカリという音が室内を響き渡る。書き進める度に、ヴィンフリートの笑みが歪みのそれに変貌していく。
やがて彼は、無意識のうちに笑い声を零し始めた。
「フンッ、ガキどもが……この私に目を付けられたことを、後悔するがいい」
彼の脳内に浮かんでいるのは、冒険者であり若夫婦でもある二人の姿だった。
もはや用済みを通り越して邪魔でしかない。大人しくしているつもりがないことは目に見えていた。
わざわざ自分から出向き、しっかり忠告したにもかかわらず、彼らは一言も返してこなかった。怯えていた様子はなく、淡々とその場をやり過ごしたのだ。
――忌々しいことこの上ない。
ギルドへの帰り道、ヴィンフリートが表情を歪ませながら呟いた言葉だった。
そんな彼を見て町の人々が怯えた様子を見せており、それは彼自身も気づいてはいたが、特に何の責任も感じていなかった。
これは自分のせいではない。自分を怒らせたあの二人の責任だ。町の人々を不安がらせた罪も、一緒に償ってもらわねばなるまい。
それを心の底から真剣に考えていた。自分に落ち度がある可能性を考慮していないばかりか、そもそも自分には落ち度という言葉が存在しない――そんな風に思ってさえいたりする。
それが、ヴィンフリートという男の本性なのだった。
もっとも町の人々は、誰もが薄々感じていることではあるのだが、本人はそれに気づく由もない。
「書いてるのは苦情の手紙ですか?」
「あぁ、そうだ」
ペンを走らせることに夢中となっていたヴィンフリートは、突如問いかけられた言葉に無意識で頷いた。
それに対して小さなため息とともに、少女のような声が再び問いかける。
「従おうが歯向かおうが、どのみち送るつもりだったんですね?」
「無論だとも」
「わざわざおにーさんたちに指名依頼しておきながら、この始末ですか」
「ハハッ、全ては私の機嫌を損ねさせた、彼らが悪い……」
ヴィンフリートは走らせていたペンをピタッと止め、顔を上げて周囲を見る。
(誰だ? 私は今……誰と話していたんだ?)
今、この部屋には自分しかいない。しかし今、確かに誰かと話していた。声からして少女だろうか。
しかしそんな存在はいない。それどころか気配すらも感じない。
「……まさかな。流石にそれはあり得んだろう」
ある一つの考えが浮かんだが、ヴィンフリートは即座に頭から振り払った。
「彼女は……あの子は、あそこから出られないハズだからな」
そう呟きながら、ヴィンフリートは再びペンを走らせる。まるで何かを必死に言い聞かせるかのように。
歪んだ笑みは、不安と恐怖に駆られた戸惑いの表情に切り替わっていた。
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