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第二章 幽霊少女ミリィ

第三十一話 隠居鍛冶師モーゼス

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「モーゼスと接触を?」
「えぇ。確かにこの目で確認いたしました」

 クルーラのギルドの奥にある執務室。そこでヴィンフリートは、ゼラからの報告を受け、眉をピクッと動かした。
 目に力を込め、無言で『続けろ』と促し、ゼラはそれに応える。

「モーゼスも我々の行動を察していた様子でした。その上で偶然を装い、彼らに声をかけたと思われます。いやはや……流石はあの――」
「ゼラ」

 苦笑しながらゼラが何かを言おうとした瞬間、冷ややかな声が一刀両断するかの如く遮った。

「余計なことを言う必要はない」
「……失礼いたしました」

 ヴィンフリートの言葉に戦慄しつつ、ゼラは頭を下げた。するとヴィンフリートは座ったまま椅子を下げ、くるりと反転させ、ゼラから背を向ける。

「まぁ、あの程度の忠告で、素直に従うような彼らではないと思ってはいた。根回しもさほど効果はなかったようだが……まぁ想定内と言ったところか」

 背を向けたまま、ヴィンフリートは立ち上がった。

「しかし、このまま野放しにしておくワケにもいかん。もはや町の施設利用を制限するだけでは、効果も期待できないだろう」
「では、どのように?」

 ゼラが尋ねると、ヴィンフリートは振り返りながらニヤリと笑った。

「難しいことをするつもりはない。シンプルこそが効果的なのだ」

 その獲物に狙いを定めるような眼力に、ゼラは再び戦慄を覚えるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 モーゼスの家は、ミリィの屋敷からそれほど離れていなかった。昨日、ミナヅキたちと別れた場所から歩いて数十分程度の場所だったのだ。
 鍛冶師を名乗るだけあって、小さめながら、倉庫を兼ねた作業場が一軒家に並んで建っている。たくさんの鉱石と数種類のハンマー、そして大きな炉。そのいずれもが使い込まれており、少なくとも形だけであるとは思えない。

「御覧のとおり、私はここで細々と、鍛冶師の仕事をしております」
「そうみたいッスね……ん?」

 ミナヅキが生返事しつつ周囲を見渡していると、作業場の奥で何かが動いた。そしてそれは、のそりと起き上がり、ゆっくりと歩いてくる。

「うわぁ、おっきなワンちゃんねぇ」

 嬉しそうな声を上げるアヤメ。四足で歩く赤いフサフサの毛並みを持つその生き物は、確かに犬にも見える。
 しかしミナヅキは、その生き物を見て驚きの表情を浮かべていた。

「いや、これファイアーウルフじゃないか。口から炎を出す、狼の魔物だよ」
「え、魔物っ!?」

 アヤメも目を見開き、ミナヅキとファイアーウルフを交互に見比べる。するとモーゼスが、楽しそうに笑い出した。

「ホッホッホッ、いかにもこの子は魔物ですが、私の大切な家族です。今は少し、体調を崩しておりますがな」
「そうなんですか……すみません、騒がしくしてしまって」
「いえいえ、驚かれるのも無理はありませんよ」

 申し訳なさそうな表情を浮かべるアヤメに、モーゼスは首を左右に振る。
 ファイアーウルフは吠えることもなく、ジッとミナヅキとアヤメを見上げ、そして再び作業場の奥へと歩いていった。

「確かに……ちょっと元気なさそうですね」

 ミナヅキが心配そうな表情で、ファイアーウルフが引っ込んでいった作業場の奥を見つめる。

「えぇ、いつもは元気よく吠えて出迎えてくるのですが、御覧のとおりで……」

 モーゼスは頷きながら、小さなため息をついた。

「医者に見せたいところではありますが、魔物であるが故に、あまり良い顔をされないのも事実なのです」
「俺が聞いた話じゃ、魔物が仕事のパートナーってのも、今はそう珍しくないってことだけど……」
「それも確かに言えますが、まだまだ上手くいかないケースもあるんですよ」
「なるほどね」

 如何せんそーゆーモノなのだろうと、ミナヅキは頷きながら思った。確かにこの町においては、魔物と行動する人を見ていない気もする。

(モーゼスさんこそが、魔物を家族としているレアケースなのかもしれないな)

 ミナヅキがボンヤリと思っていたところに、アヤメが何か思い立ったような反応を示した。

「ねぇ、ミナヅキの調合で、お薬とか作ってあげられないかしら?」
「作れるのですか?」

 アヤメの提案に真っ先に反応したのはモーゼスだった。

「ミナヅキはフレッド王都の中でも、特に腕の立つ調合師なんです。腕利き冒険者のパーティからも、頼りにされてるくらいなんですよ」
「なんと。王都におられる調合師のウワサは、私も聞いておりましたが……」

 素直に驚くモーゼスに、ミナヅキはこそばゆい気持ちに駆られ、苦笑いしながら頬を掻く。一方のアヤメは得意げに胸を張っていた。どーだウチの旦那は凄いだろうと言わんばかりに。
 するとモーゼスは、姿勢を正してミナヅキに向き直り、頭を下げてきた。

「ミナヅキ殿、お願いいたします。どうか私の家族のために、薬を調合していただきたい!」

 突然のお願いに、ミナヅキは戸惑いの表情を見せる。するとモーゼスは、その間が謝礼に関わることだと判断したらしく、顔をあげながら言う。

「無論、タダとは言いません。私は鍛冶師に加えて、大工の適性もあります。武具は勿論のこと、ペンダントなども作れます。薬の調合のお礼として、ミナヅキ殿が望まれる品をお作りいたしましょうぞ!」

 勢いよく必死に話してくるモーゼス。それに対してミナヅキは、どうにも反応し辛い様子を見せていた。
 実際そこまで求めていないのも確かであった。お礼につられて受けるのも流石にどうかと思いつつ、ミナヅキは両手を軽く挙げながら言う。

「別に人助け――いや、魔物助けに調合するくらい、どうってことは……」
「ちょっと待って、ミナヅキ!」

 しかしそれを、アヤメが慌て気味に遮った。

「モーゼスさん、今確か、ペンダントなども作れるって言いましたよね?」
「えぇ、確かに言いましたが」

 戸惑い気味にモーゼスが答えると、アヤメがミナヅキに顔を近づけ、ヒソヒソと小声で話しかける。

「ちょうどいい機会だから、例のペンダントについて頼んでみない?」
「そう言えばそうだな……ちょっと話してみるか」

 モーゼスが味方を装う敵とは思えない。あくまで個人的な直感ではあるが、ミナヅキにはそう感じてならなかった。

「モーゼスさん、ちょいと聞いてほしいことがあるんですが――」

 ミナヅキはモーゼスに、昨晩の出来事を明かした。
 幽霊少女ミリィと出会ったこと、最後の誕生日プレゼントをあげると約束したことについて話すと、モーゼスは純粋に驚いた様子を見せ、そして深く頷いた。

「――なるほど。御二方はその少女を救うために……分かりました。そのペンダント制作、このモーゼスが喜んでお引き受けいたしましょう!」

 モーゼスが胸を張ってそう言うと、アヤメが嬉しそうな笑顔を浮かべ、そしてミナヅキのほうを見上げる。

「やったねミナヅキ。これであとは薬を調合すればなんとかなりそうだよ!」
「待て待て。そう事を急ぐな」
「えっ?」

 キョトンとするアヤメに、ミナヅキは小さなため息をついた。

「まだ俺たちは、モーゼスさんの腕がどれほどかも知らないだろう? 流石にいきなり信用することはできないぞ」
「……あぁ、言われてみればそうよね。適当なモノを作ってほしくはないし」

 ようやく冷静になったアヤメに、ミナヅキも心の中で安堵する。そんな中、モーゼスが顎に手を添えつつ、神妙な表情で頷いた。

「ふむ。確かにそれはごもっともな意見ですな。分かりました。それでは今から、軽く私の腕を見せましょうぞ」

 モーゼスが気合いを入れつつハンマーを手に取り、鉱石を手に取り出す。お試しであるが故に、作るための鉱石の質も、あまり気にしないようであった。
 するとアヤメが、何かを気にする素振りを見せる。

「あの……そこにいるファイアーウルフ、別の場所に移動させたほうがいいんじゃないですか? 具合が悪いなら、ハンマーの音とかも体に良くないかと……」
「確かにそうだよな」

 ミナヅキも納得の意味を込めて頷く。するとモーゼスが、鉱石の重さを確認しながら小さく笑った。

「えぇ、私も同感ではありますが、あの子が離れたがらないのですよ。意地でも私のボディーガードを、しっかり最後まで務めようとしているみたいでして」
「なるほど。ご主人様に忠実な子なんですね」
「フフッ、かなりの頑固者なんですよ」

 モーゼスは嬉しそうに微笑みつつ、炉に火を入れ、作業用の椅子に腰かける。そしてすぐさま作業に入った。
 表情が、そして雰囲気そのものがガラリと変化していた。普段の温厚な優しさがウソのようであった。
 とても隠居しながら細々と活動している姿ではない。工房の鍛冶場で、何回か鍛冶師の仕事を見学したことがあるミナヅキの、率直な感想であった。それこそ工房の第一線で活躍していても、何ら不思議ではないくらいである。
 驚きを隠せないミナヅキとアヤメの様子を、モーゼスは気づくこともなく、一心不乱にハンマーを叩き、熱した鉄を変形させていく。
 あっという間にモーゼスは、ひと振りのナイフを完成させてしまった。
 ありあわせの材料故にナマクラではあるが、それでも見た目は、とてもしっかりと作られている。

「ふぅ……それではお次に、簡単なペンダントを作って御覧にいれましょう」

 モーゼスは額の汗をタオルで拭き取り、休む間もなく再び手を動かす。
 鍛冶の際に見せた豪快なハンマー使いとは思えないほどの、細かい手作業を披露していく。何の変哲もない木材や鉄くずが、あっという間に加工されて、立派な装飾品に仕上がっていった。

(いやいやいや! このオッサンもう完全に別人じゃねぇか!)
(手が別の生き物って、こーゆーことを言うのかしら?)

 またしてもミナヅキとアヤメは、口をポカンと開けたまま硬直していた。時が流れるのを忘れる勢いで制作に見入ってしまっている。
 そして遂に、モーゼスは簡単なペンダントをも仕上げるのだった。

「ふぅ……こんなところでしょうか」

 モーゼスが仕上げたペンダントをテーブルに置きつつ、窓の外を見る。

「おやおや、もうすぐ夕方になりますね」
「えっ、もう!?」
「さっきまでお昼だと思ったのに?」

 その言葉を聞いた瞬間、ミナヅキとアヤメは我に返りつつ驚愕する。そして慌てて窓の外を見ると、確かに空が夕焼けと化していた。

「全然気づかなかったな」
「私も……夢中になって見てたわ」

 再び呆然としながら夕焼け空を見上げるミナヅキたちに、モーゼスがいつもの優しげな笑みを浮かべながら話しかけた。

「ところで、私の腕はいかがでしょうか? ペンダントの制作は……」
「あ、それはもう是非とも!」
「むしろモーゼスさん以外に、選択肢はないと思ってます!」

 ミナヅキとアヤメは、揃って強く断言した。
 ありあわせの材料でありながら、出来上がったナイフとペンダントは、なかなかの出来栄えであることは、素人の目でも明らかであった。
 ――もしこれが、ちゃんとした素材を使い、なおかつ時間をかけたのであれば、果たしてどれほどの品が出来上がったことか。
 そう考えてみれば、ミナヅキたちの選択肢は決まったも同然であった。

「必要な素材は、俺たちで集めてきます。お願いできますか?」
「えぇ。ですがそれには……」

 モーゼスはファイアーウルフが引っ込んでいった先を見つめる。そんな彼に、ミナヅキは強く笑みを浮かべ頷いた。

「分かってますよ。薬は必ず、俺が調合してみせます!」
「……はい。ありがとうございます」

 モーゼスは深々と頭を下げる。そして何かを思い出したような反応とともに、パッと頭をあげた。

「ところでミナヅキ殿、その調合の際に、是非とも入れていただきたい薬草があるのですが……」

 そう言いながらモーゼスは、作業場のテーブルに置かれた書物を手に取り、とあるページを開いて見せる。
 ミナヅキはそのページに書かれている薬草の名前を読んだ。

「魔力草?」
「えぇ、その名のとおり、魔力を持つ薬草です」

 モーゼスはページを開いたまま、本をテーブルに置いた。

「実はウチのファイアーウルフは、体に魔力を蓄えておりましてな。故に魔力を込められた薬草で調合した薬が、一番効果的なのですよ」
「へぇ、そうなんだ。でも今は魔力草なんて持ってないしなぁ……この近くに、採取できそうな場所って知らないですかね?」

 ミナヅキが尋ねると、モーゼスはイエスという意味を込めて頷いた。

「この町から西のほうに、イルトウヘアの洞窟というモノがあります。そこの最下層に魔力の宿った泉がありましてな。魔力草はその泉の周辺に生えております」

 洞窟の名前を聞いたアヤメは、何か気づいたような反応を示す。

「その洞窟って……ペンダントの素材が取れる場所じゃない?」
「あぁ、間違いない。だったら尚更ちょうどいいな」

 ミナヅキはニッと笑い、そして顔を上げてモーゼスのほうを向いた。

「分かりました。利害も一致しますし、なにより魔物とはいえ大切な命。苦しんでいる姿を放ってはおけません」
「同感ね」

 アヤメも強く頷く。そんな二人の姿に、モーゼスは少々驚いたような表情を浮かべていたが、やがて目を閉じつつ、深々と頭を下げる。

「改めまして、よろしくお願いいたします」
「えぇ、こちらこそ!」

 そしてミナヅキとモーゼスは、交渉成立の意味を兼ねて、握手を交わした。するとそこに、ファイアーウルフがのそっと出てきた。
 外に通じる扉に視線を向けており、その表情はどこか警戒している。違う意味で様子がおかしいことに気づき、モーゼスとミナヅキたちは外に出てみた。
 するとそこには――

「これはこれはモーゼス殿。町のはみ出し者であるあなたが、そんな旅の冒険者を捕まえて、一体何を企んでいるのかな?」

 数人の兵士を引き連れたヴィンフリートが、見下すような冷笑を浮かべながら歩いてくるのだった。


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