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第二章 幽霊少女ミリィ

第二十七話 幽霊屋敷を探索せよ

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 遠くからでもよく見える建物は、近くで見ると非常に大きくて驚く――ミナヅキたちは今、まさにそれを味わっていた。
 細かな装飾の施された、元々は白かったであろう壁。かつては綺麗に刈られた芝が広がっていたであろう中庭、そして綺麗に整えられていたと思われる植木。
 ざっと軽く見渡してみただけでも、貴族がこの屋敷に暮らしていたことは容易に想像できる。町の中心部からは大分離れているが、馬車が使えたとなれば、どうということもなかっただろう。町と海を一望できるこの土地を、わざわざ選んだ可能性も否めない。
 実際、夕日が沈みかけている今でも、その景色は最高の一言であった。まさに絶景ポイントとしても、人におススメできるだろう。
 ――幽霊屋敷の名にふさわしく、荒れ果てていなければの話だが。

「なんてゆーか……随分と景色の差が激しい気がするわね」

 改めて海の方角と屋敷を交互に見つつ、アヤメがため息をつく。

「特に俺たちの場合は、ここが幽霊屋敷だっていう情報を仕入れてるからな」
「えぇ。だから余計そう思えてならないわ」

 ミナヅキの言葉にアヤメは頷き、そして軽く肩を落とす。このまま屋敷のほうを見なかったことにしたい――そんなことを一瞬考え、そして無駄だということを悟ったのだ。

「さーて、それじゃあそろそろ屋敷に入ろうか」

 もはやそれ以外に言うことはない、と言わんばかりにミナヅキは歩き出す。そんな彼に対して、アヤメは半目になりながら呆然とする。

「アンタってホントさくさく進めるわね」
「こんなところで立ち止まってても仕方ないだろ?」
「そりゃそうだけど……」

 ブツブツ言いながらも、アヤメはミナヅキの後ろをついて歩き出した。言っていることは正しいから何も言い返せないと、そう思いながら。
 扉にカギはかかっていなかった。ギイィ――と音を立てて開けた先には、中央に大きな階段がまっすぐ伸びる広間が見える。当然ながら、家の中に明かりは全く灯っていない。それが余計に不気味な雰囲気を醸し出していた。

「まさにリアル肝試しってところだな」

 ミナヅキは呟きながら、持参したカンテラに火を灯す。

「アヤメ、もう扉閉めて良いぞ」
「ん」

 アヤメは開けたまま支えていた扉をゆっくりと閉める。バタンと重々しい音が鳴り響き、屋敷の中は真っ暗に近い状態となる。同時にほぼ無音となり、よりその雰囲気の凄さが分かるようになった。

「こりゃ雰囲気があるどころじゃないな」
「流石に怖くなってくるわね」

 呆然としながら見渡すミナヅキとアヤメだが、言葉とは裏腹に、怖さで尻込みしている様子はあまり見られなかった。
 少なくとも、恐怖で相手に寄り添う――というような行動には出ていない。その点ではむしろ平然としており、興味深そうに周囲を観察してすらいた。

「とりあえず端っこの部屋から、順番に調べてみるか」

 ミナヅキは左柄の一番端にある扉にカンテラを向ける。たまたま目に留まったその場所に向けて歩き出し、扉に手をかけた。
 ここでアヤメが、不安そうな表情を浮かべる。

「まさかとは思うけど、いきなり幽霊が出るなんてことはないわよね?」
「さぁ、それはどうだろうな」

 ミナヅキは軽くニヤッと笑いながら、ゆっくりと扉を開ける。そこは普通の客間らしき部屋であった。
 降り積もった埃の上を踏み荒らされた足跡が目立つ。過去に冒険者が調査に来た証というべきか。その他にも多少なり荒れた部分が見受けられるが、特にこれと言って変わったような箇所はない。
 そしてミナヅキたちは、他の部屋も調べていく。
 食堂、台所、洗面所、そしてトイレ。内容だけで言えば一般家庭と同様だが、流石は貴族の屋敷だけあって、その内装は明らかに豪華であった。貴族の屋敷を念入りに探索する機会がそうそうないミナヅキにとって、次第に違う意味でワクワクしつつもあった。
 一方のアヤメは育った環境のせいか、それほどの驚きはない。ミナヅキとは違って特に表情にも出ず、なるほどねと頷くぐらいであった。

「考えてみたら私、こーゆー肝試し的なこと、初めてだわ」
「んー? そうなのか?」

 投げやり気味な口調で問いかけるミナヅキ。彼は今、応接間に飾られている大きな木彫りの獣に夢中なのだった。

「うん。近所のお祭りとか、遊園地のお化け屋敷とか、そーゆーのには行ったことなかったから」

 そしてアヤメも、その言葉のとおり、初めての体験にどこかワクワクする様子を見せていた。それに気づいたミナヅキが、小さく笑いながら言う。

「じゃあ今回は、満を期しての体験ってことだな」
「最初からガチでリアルなのが来るとは、思ってもみなかったけどね」

 アヤメはおもむろに、古ぼけたソファーを撫でる。埃は積もっているが、使おうと思えば使えなくもない状態であった。
 完全なる廃墟でないそれも、幽霊屋敷らしさを醸し出している。ましてや本物がいるかもしれないとなれば尚更だ。これなら心霊スポットとして話題になるのも分かる気がする。
 外は既に真っ暗。夜空のボンヤリとした明るさからして、恐らく月が出ているのだろうが、あいにく大木に阻まれてしまっており、一階の室内を照らす役割はまるで果たせていない。

「一階はこんなところか。次は二階を調べてみよう」

 ミナヅキとアヤメは中央の広間に戻る。大きな階段を上り始めた瞬間、ミナヅキが階段のある一部分に注目した。

「これは……血か?」

 カンテラを近づけると、確かに手すりの柱の一部に血の跡がついていた。アヤメも顔を近づけつつ、表情を軽く引きつらせる。

「かなりベットリと付いてるわね。穏やかな感じじゃないわ」
「普通に考えれば、この屋敷で暮らしていた誰かの血ってことだろうな。階段から転げ落ちて、この手すりに頭か何かを強く打った……恐らくそんなところか」

 淡々と分析しつつ、ミナヅキは手すりをジッと見つめる。

「ふむ……」

 顎に手を当てながら何かを考える素振りを見せるが、ミナヅキは何事もなかったかのように立ち上がった。

「さて、早いところ二階を調べないとな」

 ミナヅキがそのまま階段を上り始める。アヤメは軽く疑問に感じたが、特に何も言わず彼の後をついていくのだった。


 ◇ ◇ ◇


「……予想はしていたが、やっぱ部屋の数が多いな」

 いくつかの部屋を調べ終えたところで、ミナヅキが軽くため息をついた。

「きっと、執事やメイドの部屋もあったんでしょうね。貴族の家には、基本的に執事とメイドが最低一人ずつは常駐するって、聞いたことあるし」

 アヤメはそう言いながら、空っぽの大きな本棚を覗き込む。

「それよりも、本の類が全然ないわね。こんなにも立派な本棚はあるのに」
「他の部屋もそうだったよな? 全部捨てちまったか、それともさっさと回収しちまったのか……あるいは最初から本が置かれてなかったとかな」
「いや、置かれてなかったってことは、流石に……」

 あり得ない――アヤメがそう言おうとした瞬間であった。

「――そんなワケないじゃない」

 少女のような呟き声が、部屋の中に響き渡る。
 ミナヅキもアヤメもピタッと手を止め、互いに顔を上げて向き合った。

「今、なんか言ったか?」
「ううん、アンタが言ったんじゃないの?」

 二人揃ってキョトンとした顔をする。そしてそれは、すぐさま疑惑に満ちた表情へと切り替わっていった。

「まさか……」

 ミナヅキがそわそわしながら周囲を見渡す。しかしアヤメ以外の人物は、全く見当たらなかった。

「ホントに幽霊がいるっていうの? 気配とかは感じないけど……」
「いや、そもそも幽霊に気配ってあるのか?」
「知らないわよ、そんなの」

 ため息交じりにアヤメが答える。

「まーでも、本当にいるんだとしたら、少しは出てきてくれてもいいのにね」

 不満そうにアヤメが言うと、ミナヅキは一つの予想が浮かんだ。

「警戒されてるんかな?」
「いや、それは……あり得るかも」
「だよなぁ」

 今、自分たちがしていることは何なのか。幽霊屋敷の調査――と言えば聞こえはいいかもしれないが、その実、勝手に屋敷を家探ししているだけに過ぎない。
 急にアポもなく訪れ、土足でズカズカと乗り込み、家中を隅から隅まで探索していく。それをされて喜ぶ者はそういないだろう。
 もし本当に幽霊がいるのであれば、そりゃあ警戒の一つや二つはする。
 今はまだ静かではあるが、それも嵐の前の静けさだとしたら――

「……さっさと調べるモノ調べて、お屋敷から退散したほうが良さそうね」
「あぁ、俺も同感だ」

 アヤメの言葉にミナヅキは大きく頷いた。そして二人は部屋を出て、中央の階段から三階へと移動する。
 部屋の数は、他の階に比べると少なめに感じられた。
 ベッドと机があるだけの部屋が殆どで、恐らく寝室ないし自室の類なのだろうとミナヅキは予測する。中央に机が置かれた書斎らしき部屋、そしてあとは小さな物置があったが、いずれにしても新たな発見はない。
 そう思いながら、ミナヅキが最後の部屋を開けてみると――

「ここは……子供部屋か?」

 そこだけが、他の部屋と明らかに違う空間であった。
 ベッドや本棚、そして机こそあるが、その大きさは明らかに小さい。更に言えばそこら中に並べられているぬいぐるみの存在が、その部屋の主の特徴をよく表している気がした。
 無論、ぬいぐるみが好きな大人もいることは理解しているが、ベッドなどの小ささからして、大人が使っていた部屋とは思えない。

「かわいー♪ スライムのぬいぐるみがたくさんある!」
「ここだけは本もちゃんと残されてるんだな」

 アヤメがスライムのぬいぐるみに興味を示す中、ミナヅキは本棚にしっかりと並べられた本に注目する。
 この世界ではありふれた絵本ばかりだった。試しに手に取ってみるが、埃が被っている以外は、特に何かが変わっている部分は見受けられない。

「あー、このぬいぐるみ良いなー♪」

 その時、アヤメの猫なで声が聞こえた。振り向いてみると、スライムのぬいぐるみを抱きしめている。やはり埃が溜まっているのか、頭部を手で軽く叩くように払っていた。

「ここに置いてても埃被っちゃうだけだし、私が持って帰っちゃダメかな?」
「ダメーッ!!」
「あははっ、そりゃそうよね……えっ?」

 甲高い叫び声にアヤメは目を丸くする。今の声を尋ねようとミナヅキを見ると、彼は引きつった表情を浮かべ、アヤメのほうを凝視していた。

「ど、どうしたの?」
「……後ろ」
「後ろ?」

 ミナヅキに促されるまま、アヤメが後ろを振り向く。するとそこには、栗色のポニーテールを揺らしながら憤慨する、五歳ぐらいの少女が立っていた。
 両手を握り締め、ぷくーっと頬を膨らませ涙を浮かべるその姿は、普通ならば愛くるしさを感じたことだろう。しかしながら今の二人に、そんな余裕は全くといって良いほどなかった。
 無理もない話である。いきなり半透明の少女が、その場に現れれば――

「かえして」
「えっ?」

 いきなりそう言ってきた少女に対し、アヤメは反応が遅れる。
 一方の少女は、反応がないことに業を煮やし――

「そのぬいぐるみはわたしの! だから早くかえして!」

 ついに怒鳴り出した。浮かべた涙を零しながら、アヤメに詰め寄ってくる。一方のアヤメは未だ展開についていけておらず、しどろもどろになっていた。

「か・え・し・てっ!!」
「は、はいっ!」

 物凄い形相で怒鳴られたアヤメは、抱きしめていたスライムのぬいぐるみを少女に渡そうとする。
 透けてるんだから掴めないのではとミナヅキは思っていたが、何故かそのままぬいぐるみが、少女の手の中に納まっていた。
 少女もようやく落ち着き、嬉しそうな笑顔を浮かべる。抱きしめる力を強めるととともに、ぬいぐるみも変形していく。普通ならば当たり前なのだが、少女の存在が存在なだけに、ミナヅキは疑問を感じずにはいられなかった。

「あー、その、何だ……」

 ミナヅキは後ろ頭をボリボリと掻きながら切り出した。

「とりあえず、落ち着いて話をしないか? 嬢ちゃんのことも聞きたいしよ」

 そしてミナヅキは、少女にできる限り視線を合わせるべくしゃがむ。まだ少し警戒はしているようではあるが、少女はコクリと首を縦に振った。
 とりあえず話し合いには応じてくれるようだと安心しつつ、ミナヅキはその場に座った。

「まずは自己紹介だな。俺は調合師のミナヅキっていうんだ、ヨロシクな」
「私は魔法剣士のアヤメよ。ミナヅキの妻でもあるわ」

 アヤメもミナヅキの隣に座りつつ、簡単な自己紹介を行った。少女は二人の顔を交互に見比べ、スライムのぬいぐるみに視線を落とす。
 数秒後、少女は顔を上げ、行儀よくペコリとお辞儀をするのだった。

「こちらこそ。わたしはミリィ。十年前にこの屋敷で死んだ、五歳の幼女です」


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