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第二章 幽霊少女ミリィ
第二十六話 ギルドマスター、ヴィンフリート
しおりを挟むゼラに案内される形で、ミナヅキとアヤメは、クルーラの冒険者ギルドに足を踏み入れた。
外観もさることながら内装も豪華だ。建物だけで言えば、フレッド王都のギルドにも引けを取らないだろう。
しかしミナヅキは、どうにも違和感を覚えてならなかった。その原因は恐らく人にあると悟る。
受付嬢もロビーに集まる冒険者たちも、皆どこか表情が明るくない。かといって暗いというのも少し違う気がする。
なんというか――表情そのものが『ない』のだ。
それもあからさまではない。全くなければ不気味そのものだが、このギルドに関しては、まだその域に達してはいないだろう。それこそ細かいことを気にしない人間が見れば、全く気にならない程度だ。
ミナヅキもむしろ、それに当てはまるほうだ。
細かいことは気にしない。気にしても仕方がないことは気にしない。そのスタンスをずっと貫いてきた。
それでも気づくかどうかは、全くの別問題ではあるのだが。
(こりゃ、マヤが居心地悪いって言ったのも、なんとなく分かる気がするな)
全くと言って良いほど明るくない――否、明るさはあるが、それも機械的な意味でしかないと言うべきだろうか。
明るいか暗いか、それ以前の問題とすら言えそうな気もしてくる。
(さっさと用事を済ませて、この町からオサラバしたほうがよさそうだ)
ロビーの脇から奥へと進みながら、ミナヅキは思った。
自分には関係ないと楽観視して居座った結果、厄介なことに巻き込まれる。それだけは勘弁してほしかった。
なんとなく、もう既に遅いような気もしてはいたが。
「ヴィンフリート様、失礼します。ミナヅキ様とアヤメ様をお連れいたしました」
「入りたまえ」
重々しい扉をノックしながらゼラが呼びかけると、奥から返答が来る。そしてゼラがゆっくりと扉を開け、彼に続いてミナヅキたちが入室した。
執務室の机には、壮年の男が座っていた。
髪の毛は黄土色のオールバック。表情は普通にしていながらも風格があり、装飾が施されたフォーマルスーツがとてもよく似合う。まさに絵にかいたようなトップに君臨する人物だと、ミナヅキは思った。
(これがクルーラのギルドマスターか)
パッと見た感じでは、取っつきにくそうなイメージを漂わせている。少なくともフレッド王都のギルドマスターであるソウイチとは、ありとあらゆる面で違い過ぎる気がした。
そんなことをミナヅキが考えていると、ヴィンフリートが立ち上がり、後ろに手を組みながら歩いてくる。
「よく来てくれたな。私がギルドマスターを務めている、ヴィンフリートだ」
ヴィンフリートが厳格な表情を崩さぬまま言うと、ミナヅキとアヤメも姿勢を正して自己紹介をする。
「初めまして、調合師のミナヅキと申します」
「魔法剣士のアヤメと申します」
「うむ。こちらこそ、急な呼び出しに応じてくれたことを感謝する」
軽く頷き、ヴィンフリートは二人をソファーへ座るよう促す。そしてヴィンフリートと向い合せる形で座ったところで、話が切り出された。
「私がキミたちを呼び出したのは他でもない。この町の外れにある一つの屋敷を調査し、報告してほしいのだ」
単刀直入に言うヴィンフリートに、ミナヅキとアヤメは顔を見合わせる。そしてアヤメが軽く手を挙げながら問いかけた。
「それってもしかして、幽霊屋敷と呼ばれている場所ですか?」
「ほぅ、キミたちも知っていたか。ならば話は早い」
肝心だと言わんばかりに頷きつつ、ヴィンフリートは話を続ける。
「我がギルドでは年に数回ほど、屋敷の調査を指名依頼と言う形で出している。まぁ恐らく何の異変もないとは思うのだが、ちゃんと形を通さないと、町の人々を不安にさせてしまうからな」
ヴィンフリートが軽く笑う。その言葉だけ聞けば、町を安定させるというギルドマスターらしい考え方とも言えるだろう。
しかしミナヅキには、どうにも引っかかるモノを感じていた。
「あのぉ、一つ聞きたいんですけど、何故それを俺たちに? たまたま休暇で遊びに来ているだけの人間を、わざわざ指名するとも思えないんですが……」
「うむ、その疑問はもっともだな」
ヴィンフリートは紅茶を一口含み、そして答える。
「率直に言えば、紹介された。フレッド王都のギルドマスターからな」
「……そういうことっスか」
ミナヅキは苦笑せずにはいられなかった。確かにソウイチにもクルーラの町へ行くことは伝えたが、まさかこうして仕事絡みで関わってくるとは。
「ミナヅキ君の調合師としての実力は、私もよく知っている。そしてアヤメ君、キミは先日王都で出されて緊急クエストにて、大きな実績を残している。ギルドマスターとしても、キミたちを信用するには十分だと判断した」
ヴィンフリートは淡々と語り、そして射貫くような視線を二人に送る。アヤメはビクッとしていたが、ミナヅキは平然としていた。
「こうしてギルドマスターである私から指名依頼を受けられる。これはとても名誉なことだ。まさか断るつもりではあるまいな?」
「まぁ、ソウイチさんの紹介ともなれば、断るわけにはいきませんね」
威圧に等しい笑みを、ミナヅキはサラリと躱しつつ答える。ヴィンフリートは眉をピクッと動かす反応を見せたが、すぐに軽く息を吐き出しつつ、ゆっくりと立ち上がる。
「話は以上だ。済まないが私も忙しいため、これ以上の時間は取れない」
「えぇ、あとは俺たちで、場所とか調べて行きますから」
「そう言ってもらえると助かる。キミたちの活躍を期待しているぞ」
「……失礼します」
ミナヅキとアヤメは立ち上がり、軽く一礼をして歩き出す。そしてずっと無言のまま、扉の前で控えていたゼラにも会釈して、二人は執務室を後にした。
バタンと重々しく扉が閉まり、数秒が経過したところで、ヴィンフリートがゼラに告げる。
「分かっているな?」
「はい。あの二人の行動を監視しておきます」
ゼラがそう答え、ヴィンフリートとの間で無言のまま頷き合った。
もし彼らが要らぬことをするようであれば、多少なり強引な手を使って止めることも厭わない――そんな暗黙のやり取りを含めて。
「お前なら抜かることもないだろうが、油断はするな」
「はっ! ヴィンフリート様の側近に恥じぬよう、務めさせていただきます」
「期待している」
それだけ言ってヴィンフリートは、再び書類のほうに視線を戻す。ゼラは無言のまま一礼し、執務室を後にするのだった。
◇ ◇ ◇
「あー、もうなんか既に疲れたわ」
ギルドから出た瞬間、アヤメが空を仰ぎながら深いため息をついた。
「もうちょっと愛想よくできないモノかしらね、あのギルマスさん」
「ハハッ、確かに取っつきにくさはピカイチだったかもな」
「マヤが居心地悪いって言ったのも、なんとなく分かったような気がするわ」
「だな」
ミナヅキは軽く頷き、そして気持ちを切り替えつつ、今しがた受けた仕事の話に移ることとした。
「さーて、俺たちは今回、ウワサの幽霊屋敷に行くこととなったワケだが」
「町外れの丘の上にあるって言ってたわよね?」
「あぁ」
二人は軽く周囲を見渡し、その場所を改めて発見した。海岸からだとギリギリ見える程度であったが、町の中心部からだと、一目で分かるくらい目立っていた。
「あそこにあるのは分かるんだけど……あーゆーのって、意外と遠いのよね」
「とりあえず行ってみようぜ。歩いてみりゃ分かるだろ」
そう言ってミナヅキは歩き出した。アヤメは口を開きかけたが、結局何も言うことなく、彼の後に続いた。
町並みは綺麗かつ静かであり、彼らを遮る邪魔はない。
最初は観光気分で周囲を見渡しながら歩いていた。しかしそれも数十分が過ぎる頃には、どことなく疑問を投げかけたいと言わんばかりの表情となる。
最初は店なども点在していたが、今はもう完全に静かな住宅地が続いている。故に自然と話すこともなくなり、ただ無言のまま歩く時間が続き、段々とアヤメの表情から本格的に笑みが消えてくる。
にもかかわらず、見えている丘の上の屋敷に近づいている様子はない。
このまま無限ループの如く何も変わらないのではと、少しばかり本気でそう思いたくなってくるほどに。
「……着かないわね」
「着かないな」
「もう一時間くらい歩いてるわよ?」
「歩いてるな」
アヤメの呟きに反復する形で、ミナヅキが淡々と答える。
「町の広さは伊達じゃなかったな。この調子だと屋敷に着くのは、日が沈む頃になるかもしれん」
「えぇ~、そんなぁ~!」
しれっとミナヅキが返すと、アヤメは盛大なため息をつきながら項垂れる。しかしすぐに、開き直ったかのように顔を上げた。
「まぁでも、それならそれで良いかもね。心霊スポット的な雰囲気も出るし」
そして機嫌を取り戻したかの如く、アヤメは笑顔となる。そんな彼女の様子に、ミナヅキは思わず呆然としてしまうのだった。
「……お前ホントたくましいな」
「なーに今更言ってんのよ」
弾むような口ぶりでアヤメが返す。少しばかり漂っていた険悪さは、もう完全に消え去っていた。
それから更に歩き続けること数時間――周囲の景色は、原っぱや森が広がる自然豊かなそれに切り替わっていた。もはや民家すら見当たらなくなっており、本当に同じクルーラの町なのかとすら思いたくなってくるほどであった。
「あ、ねぇ、あそこに見えるの……丘への入り口じゃない?」
アヤメが指差した先には、確かに坂道が見えていた。その丘の上には、目的地である青い屋根の大きな屋敷が建っており、ようやく目と鼻の先まで近づいたのだということが分かる。
ここに来て二人は、自然と安堵のため息を漏らした。
「長かったわね……」
「あぁ、これであと少しだな」
屋敷の建つ丘を見上げ、ミナヅキとアヤメは自然と気分が満たされる。まさか町中で、小さな長旅をする羽目になるとは思わなかった。
早速二人は、屋敷へ向かうべく坂道を歩き出そうとした、その時だった。
――ガシャアァーンッ!!
何かが崩れる音が、声とともに聞こえた。
声と音のしたほうを探してみると、すぐそこで大量の鉱石が地面に散らばり、更に傾いた台車と、一人の初老の男性の姿が見えた。
二人はすぐさま駆けつけ、膝をついている男性に声をかける。
「大丈夫ですか!?」
「――あぁ、失礼。驚かせてしまいましたかな?」
どこか弱弱しい声で、男性は答える。そして台車の後輪を見て、なるほどと小さく呟いた。
「どうやら運悪く、台車が石に躓いてしまったようです。私は大丈夫ですので、御二方は気になさらないでください。行くところがおありなのでしょう?」
そう言ってくる男性に、ミナヅキとアヤメは互いに顔を見合わせ、そして強く頷き合った。
「見てしまった以上、放ってはおけません。石を拾うのだけでも手伝います」
「それでもご迷惑でしたら、俺たちは先を急ぎますが……」
二人は強い表情でそう言った。そんな二人に男性は驚きを示していたが、やがて根負けしたかのように小さな笑みを浮かべる。
「分かりました。台車に鉱石を乗せるのを、手伝っていただけますかな?」
「――はい、お任せくださいっ!」
アヤメが元気よく返事をしながら動き出す。ミナヅキも続いて、散らばった鉱石を集めていった。
そしてそれほど時間はかからずに、落とした鉱石を全て台車に乗せ終わる。
男性は被っていた帽子を外し、ミナヅキとアヤメに頭を下げた。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「いえ、お役に立ててなによりです。そうだ、これを持っていってください」
ミナヅキがアイテムボックスから、ポーションの瓶を一本差し出した。
「俺が調合したポーションです。疲れを吹き飛ばしてくれますよ」
「いえそんな、わざわざこんな立派なモノを……」
「余ってるヤツなんで、全然気にしなくていいですよ。タダで良いですから」
「……分かりました。ありがたく頂戴いたします」
ミナヅキからポーションを受け取ると、今度は男性が尋ねた。
「ところで御二方は、あそこに見えるお屋敷に行かれるのですかな?」
「えぇ、まぁ……それが何か?」
もしかして何かあるのかと思ってミナヅキは問いかけたが、男性は笑みを浮かべたまま手を左右に振る。
「いえいえ、なんでもございません。それでは、私はこれで」
男性は丁寧にお辞儀をして、再び台車を引いて歩き出す。
「さようならー、おじさん!」
アヤメが手を振りながら声をかけると、男性は右手を軽く挙げた。
ガラガラと音を立てながら、男性と台車はゆっくりと去ってゆく。その姿を見送りつつ、ミナヅキは意識を切り替える。
「さーて、俺たちも急ごうぜ」
「えぇ!」
ミナヅキとアヤメは、意気揚々と屋敷へと続く坂道を上り始めた。
今しがた見送った初老の男性が台車を止め、二人の後ろ姿を神妙な表情で見送っていることに、全く気づくことなく。
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