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第一章 異世界スローライフ開始
第十四話 疑惑と新たなトラブル
しおりを挟む「では早速だが――」
湯呑みを置き、ソウイチは改めて話を切り出す。
「我々は今回の件について、まだ何かしらの裏があると思っている」
「ん? ラトヴィッジと接していたヤツでも見つかったのか?」
「いや、そうではない。裏があると言うのは――ラトヴィッジ本人についてだ」
ソウイチがそう言った瞬間、ミナヅキは眉をピクッと動かす。
どういうことだ――そんな無言の問いかけにソウイチも察したらしく、軽く会釈をする。
「フィリーネ様のほうでお調べになられ、分かったことなのだが……どうもラトヴィッジという青年は、ここ最近ずっと伸び悩んでいたそうだ」
「……そう、だったかな?」
ミナヅキは記憶を手繰り寄せながら首をかしげる。
「最後に会ったのは年明けぐらいだったけど、そんときは普通だったと思う」
「ふむ、これはあくまで推測だが、彼が表向きそう振る舞っていたのかもしれん。心に闇を溜め込みながらな」
「マジか? アイツそこまで悩んでたのか……気づかなかったな」
「仮に当たりだとしても、それはキミのせいじゃない」
言葉自体は嬉しい限りだが、それでもミナヅキは気にしてしまう。ソウイチもそこは察しており、形だけでも言っておきたかったのだった。
「更に追い込ませるようなことを承知で言うが、ラトヴィッジはキミに対して、かなりの嫉妬を抱いていたそうだよ」
「……なんで?」
ミナヅキは呆然としながら聞き返す。あまりにもまさか過ぎる言葉だったのだ。
「やはり自覚してなかったか。キミらしいと言えばらしいがな」
ソウイチはミナヅキの反応に苦笑を浮かべる。
「キミの調合師としての成長は、ギルドマスターである私から見ても、実に目まぐるしいモノであった。それは生産工房だけでなく、ギルドを拠点とする戦闘職の者からしても、認めざるを得ないレベルだった。デュークが何かとキミを頼りにしてきているのがいい証拠だよ」
「つってもなぁ、デュークとは普通に友達だから……」
言いながらミナヅキは思った。我ながら少し苦しいかなと。
そして案の定、ソウイチはフッと笑みを浮かべながらツッコミを入れてくる。
「それは認めよう。しかし冒険者は、それで贔屓するほど甘い世界ではない。ましてやデュークがそんな考えを持っているなど、私には到底思えない。もしそうなら評価などしておらんよ」
「……ですよねぇ」
「うむ」
何も言い返せず頷くミナヅキに、ソウイチはどこか満足げに頷いた。
「まぁ、とにかくだ。ラトヴィッジがキミに対して嫉妬していた。そこを連中の誰かが付け込んだ可能性も、十分にあり得るということだ」
「俺に罪を着せようとしてか?」
「あくまで、可能性の域は出ていないがね」
なにより確証が一切ない。だから判断することもできない。例えどれだけ可能性が高かろうが、ハズレという可能性も十分あり得る。だから油断はできない。
――こういうときこそ、焦ってはダメだ。
ソウイチは改めて心を落ち着かせる。
確かにギルドマスターとして、早期解決したい気持ちはとても大きい。しかしそのせいで焦りが生じ、目を曇らせてしまっては元も子もない。
そのために利用できるモノはなんでも利用する。
言ってみればミナヅキがここにいるのも、半分はそれが理由だったりするのだ。彼を利用し、より安全に事件を良い形で解決させようと。
何事も綺麗なまま進むことはできない。大なり小なり汚い部分は出てくる。そのことで辛い気持ちに駆られたことも、昔は多々あった。今でも決して平気なワケではないが、いちいち気にしてたらギルドマスターは務まらない。
「どちらにしても、キミを排除したいと願う者がそれなりにいる以上、より警戒はしておくべきだろうな」
「そんなに恨み買うようなこと、俺はした覚えなんてないんだが……」
「さっきも言っただろう? キミの人脈の凄さだよ。特に王族であるフィリーネ様と仲良くする姿を、快く思わない者は多い。どうして庶民の生産職如きが――と睨む王宮の重鎮たちとかね」
「……なるほど」
緑茶を一口飲みながらミナヅキは思う。そりゃ確かに言えてそうだと。
「もう後の祭りだけど、アイツと最後に会って、少しだけでも話したかったな」
「そういえば、キミがこっちに帰ってきたときには、もう彼が工房から姿を消した後だったか」
「まぁな。思えばそのおかげでジョセフが……」
マーカスとのイザコザの件を思い出したところで、ミナヅキがハッとする。
(そういやジョセフが言ってたな。ポーション作りを手伝う前に、急にどっか行っちまったって……なんか少し怪しい感じになってきたな)
ミナヅキは顎に手を当てながら、訝しげな表情を浮かべる。そのただならぬ様子を見て、ソウイチは気になり声をかけた。
「どうかしたのか、ミナヅキ?」
「ん? あぁ――」
とりあえずソウイチには話しておこう。そう思いながらミナヅキが切り出そうとした、まさにその時だった。
「ギルドマスターっ!」
ニーナの声が廊下から聞こえてくる。非常に慌てている様子だった。それを示すかのように、ノックもせず執務室へ飛び込んでくる。
「どうしたんだ。少し落ち着きたまえ。今は来客中だぞ」
「あ、す、すみません! ですが、大変なんです!」
叱りの言葉を受けながらも慌てる様子を崩さないニーナに、ソウイチとミナヅキはただ事ではないと悟る。
二人は頷き合い、ソウイチは改めてニーナに問いかけた。
「話を聞こう。落ち着いて説明してくれ」
「は、はい、実は――」
息を整えながら、ニーナは話す。
アヤメが決闘をすることになった――その言葉に、ミナヅキは目を見開いた。
◇ ◇ ◇
――時は少し遡る。
ミナヅキがニーナに案内され、ギルドの奥へ入っていった少し後のこと。掲示板の周囲をウロウロしているアヤメは、見事に暇を持て余していた。
最初はちょうど友達の冒険者が待ち合わせでいたため、雑談で時間を潰すことができていた。しかし十分も経たないうちに、その友達が他の仲間たちと合流してクエストに出かけてしまい、完全に話し相手すらいなくなってしまった。
他の冒険者も殆ど出払っており、ギルドのロビーは比較的静かであった。
これが数ヶ月前であれば、アヤメを口説こうとする男性冒険者の姿がよく見かけられていたのだが、現在はもう結婚しているという認識が広まっており、口説こうとする者は激減――むしろ皆無といっても過言ではなくなっていた。
もっともこれには、腕利き冒険者のデュークや、王女フィリーネとの交友関係があるという事実が大きな理由だったりする。本人は知る由もない話だが。
(特にこれと言って、変わった依頼はなさそうかな……)
表と裏。ぐるりと掲示板を一周する。張り出されているのは、常時発注している基本的なクエストばかりであった。
薬草採取、特定の魔物の素材集め、武具屋ないし雑貨屋で荷物運搬の手伝い。
アヤメ自身も何回か受けたことがあるクエストであり、あの頃はこーゆー場面で苦労したっけなぁ、と懐かしい気持ちを味わう。
(今はミナヅキを待っているだけだから時間的に受けられないけど、また今度受けてみたいわね)
そう思いながら、アヤメが掲示板の前を去ろうとした、その時だった。
「あら、見るだけでクエストを受けないのかしら? 随分とヒマなようね」
背中から女性の声が聞こえてきた。それも嫌味ったらしさ全開で。
アヤメは動きをピタッと止め、顔をしかめながら思う。どうしてこのタイミングで現れるかなぁ、と。
「返事くらいしたらどうなの? そうやって振り向きもせずに無視を決め込もうとするのが、どれほど相手に対して失礼なことかも分からないのかしら? あなたがどんな教育を受けてきたのかが知れてくるわね」
呆れ果てた女性の声が、背中から突き刺さるように襲い掛かる。どこまでも上から目線に苛立ちを感じずにはいられないが、言っていることは確かに正しい。返事を逃してしまったのは自分なのだから、尚更である。
ひっそりと息を整えつつ、アヤメは意を決して振り向いた。
「ごめんなさいヴァネッサさん。突然のことだったので驚いてしまったの。改めて久しぶりね」
「えぇ、お久しぶり。こんなことで驚くなんて、あなたもまだまだね」
にこやかな表情で嫌みをぶつけてくるヴァネッサに、アヤメは笑みを浮かべながらも顔を引きつらせる。
(出会ってから数ヶ月経つけど……やっぱり彼女は苦手だなぁ)
ヴァネッサはギルドの中でもデュークと肩を並べるほどの腕利きで、女剣士としても名を馳せている。
外見は背が高く細身の体系。ワインレッドの腰まで伸びるポニーテール。切れ長の赤い目が男女問わず人を惹きつけ、真剣な交際を申し込む姿も後を絶たないのであった。
しかし、それはあくまで、彼女の中身を知らない者に限られる。
言い換えれば、その中身というのが、彼女が持つ問題点そのものであった。
「……さっき私が言ったことを聞いていなかったのかしら? 私が発言したのだからあなたも発言をするのは当然のことでしょう? まさかアレで会話が終わったと思ったのなら大間違いよ。折角この私があなたに対して『まだまだね』と、正当な評価を下してあげてるのだから、それに見合う返答をするべきだわ。おちょくるのも程々になさい。私もヒマじゃないのよ、あなたとは違ってね」
呆れ果てた表情を浮かべるヴァネッサに対し、よくもまぁここまで長々と一発で言い切れるもんだなぁと、アヤメは一周通り越して凄いとすら思えていた。
一方的に貶していながらも、所々で言っていることは正しく、相手に言い返す余地を与えない。
(前々から思ってたけど、これって彼女の特殊スキルとかじゃないわよね?)
特に反論しようともせず、アヤメはそんなことをボンヤリと考えていた。そこにヴァネッサは、更にため息をつきながら言葉を続けてくる。
「それとあなた、もう少し口の利き方に気をつけたほうがいいわ。たとえ同い年だとしても、私とあなたではギルドランクの差は歴然。初心者ランクのあなたと腕利きと認められた高ランクの私では、立場が違うことぐらい分かるでしょう? もう少し己の分をわきまえることを覚えるべきだわ」
腕を組み、胸を張りながら淡々と説教をしてくるヴァネッサ。これも意味自体は決して間違っていない。地方にもよるが、ランクによる序列を重視する場面は少なくないからだ。
故にアヤメも、大人しく黙って受け止めている。一方的な突っかかりを除けば、反論する余地はないからだ。
しかし、ヴァネッサという人間そのものに対して評価しているかどうかは、全くの別問題であった。
(この『自分こそが全て正しい』という考え方、少しで良いからどうにかならないモノかなぁ?)
これこそがヴァネッサが持つ最大の問題点であった。
彼女はやたらと人に厳しく説教をする。それも自分から見て、立場や能力的に下と見なした者のみを対象にしてだ。
言葉だけ聞けば正しい説教も、その実自分の理想像を勝手に押しつけているだけに過ぎない。オマケにランクというギルドの評価に加えて、一部の貴族や王宮からも高い評価を受けている。
それが余計にヴァネッサの自信を、悪い意味で増長させてしまっているのだ。
やはり自分の考えは正しい。認めない者がどうかしている、と。
だから周囲がいくら指摘したところで、彼女は聞く耳を一切持たない。負け犬が見苦しく吠えているとしか思えていないのだ。
彼女に盾突いたことがキッカケで盛大に心を折られ、物理的にボロボロに打ちのめされ、適性ごと肩書きを全て捨て去った冒険者が何人いることか。
自分からは向かわずとも、彼女が目を付けてくるパターンも普通にあるから、実に厄介極まりない。
現に今、アヤメがまさにそれであった。
「……前々から聞きたかったんだけど、どうしてヴァネッサさんは、いちいち私に突っかかってくるワケ? 迷惑になるようなことをした覚えもないんだけど?」
このまま黙ってても終わらないだろうから、とりあえずアヤメは自分から切り出してみることにした。
藪蛇にしかならない気もしたが、何もせずにいるほうが窮屈だと思いながら。
「あら、まさかとは思ってたけど本当に自覚していなかったのね。けれどおかげで納得したわ。ふふっ、まだまだ私も考えが浅はかね。ここまで愚かな人の考えをちっと理解できていなかったんだもの」
クスクスと笑うヴァネッサに、アヤメはドッと疲れが押し寄せてきた。
この女剣士はいちいち人を貶さなければ生きていけないのか――少し本気でそんなことを思っていた。
まぁ、それも数ヶ月前から、薄々感じてきていたことではあるのだが。
「アヤメさん、あなた……ガルトさんに剣を打ってもらったそうね?」
ヴァネッサが問いかけると、アヤメは心の底からうんざりした様子を、全く隠そうともせずに頷いた。
「えぇ、前の剣が折れてしまったので。それが何か? 別にこれといって、何も変なところはないと思うけど?」
「あるわよ!」
ため息交じりにアヤメは問いかけると、ヴァネッサはキッと目つきを鋭くさせながら叫ぶ。
「あの人はこの私の剣を打つのを断り、あなたの剣を打つのを快く賛成した。どう考えてもおかし過ぎるわ! きっと何かカラクリがあるハズよ!」
「……別にないと思うんだけど」
「うるさいわね! この私に口答えするなんて、身の程を知りなさい!」
「わぁー、もうメッチャしんどーい」
普段は絶対的に使わない口調とともに、アヤメがため息をつく。それほどまでに今の状況が面倒で仕方なかった。
チラリと周囲を見てみる。皆揃って見て見ぬフリをしていた。
(まぁ、そうよね。そりゃあそうするのも無理ないわ)
アヤメは恨む気持ちを抱くことはなかった。むしろ全面的に納得している。
それほどまでにこの女剣士は、面倒極まりない相手だ。下手に手を出せば色々な意味で無事では済まない。それはこのギルドに広まる暗黙の了解の一つにもなっているほどであった。
ちなみに、ヴァネッサを援護する気のある者は一人もいない。
誰もが酷く煙たがっていた。どうしてこんなウザい女をこのギルドに置いておくんだと、本気で疑問を抱くほどに。
「あなた如きの人間が、ガルトさんの剣を堂々と腰に構えるなんて……最近ちょっと調子に乗りすぎだと思うのよ。だから――」
ヴァネッサはアヤメに、ビシッと右手人差し指を突き出した。
「アヤメさん、私はあなたに決闘を申し込むわ。ちなみに拒否権はないわよ!」
申し込みという名の強制命令。たとえギルド側に訴えたところで、まともな効果を得られるとはアヤメも思っていない。
ランクの高さで言えば、アヤメのほうが圧倒的に低い。高ランクからの指導という名目となれば、ほぼ確実に正当化されてしまう。
これまでもそれを利用して、ヴァネッサは多くの冒険者を叩き落としてきた。
そして遂にアヤメがターゲットとなったワケだが、当の本人はそれほど慌てる様子は見せていない。
いつかはこうなると思っていた。その時が来たということに過ぎない。
「分かったわ、ヴァネッサさん。その申し出、受けて立ちます!」
表情を引き締め、背筋を伸ばしてハッキリと告げるアヤメに、ヴァネッサはフッと小さな笑みを浮かべた。
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