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第一章 異世界スローライフ開始
第十二話 工房でのひととき
しおりを挟むラトヴィッジの件を知った後日――ミナヅキはアヤメを連れて、フレッド王都の生産工房へ訪れた。
大きな入り口のドアを開くと、そこではいつもの賑やかさがあった。
見渡す限り何も変わらない。作業をする生産職たちは、相変わらず制作に魂を込めているような熱い勢いを見せていた。
「ここの皆、あのことを知らないのかしら?」
アヤメが疑問に浮かべているのは、勿論ラトヴィッジの件である。同じ生産職の人が亡くなったというのに、いくらなんでもいつもどおり過ぎやしないかと。
しかしながら、ミナヅキは特に驚いている様子は見せていなかった。
「知ってはいるだろ。そのうえで普通にしてるんだよ」
「……冒険者としての覚悟、っていうヤツ?」
「あぁ」
短く答えるミナヅキもまた、改めて腹を括ろうとしていた。同じ生産職の、それも深い知り合いが亡くなったのは、これが初めてだった。そのためかなり動揺してしまったが、それもこの数日で大分落ち着いてきた。
ぶり返すんじゃないかという心配もあったが、少なくともアヤメには、その心配はないように見えていた。
(これもまた、異世界の文化の違い……なのかしらね)
冒険者が魔物にやられ、命を落とすことは決して珍しくない。それは生産職とて例外ではない。
話に聞くだけと実感することの差がこれほど大きいとは。
――覚悟くらいしてたんでしょ? だったらいつまでもウジウジしないの!
地球にいた頃の自分ならば、きっとこう言っていただろう。しかし今のアヤメはそれが言えなかった。自分も冒険者――それも戦闘職に就いている以上、より他人事ではない。
明日どころか、今日これから同じようなことが起こったとしても、何ら不思議ではないのだと改めて思わされる。
既にこの世界に来て数ヶ月が経過した。ギルドでクエストをこなすうちに、戦闘職の冒険者とも何人か知り合い、友達関係を築き上げてもいる。
もし――その友達に同じことが起こったら、果たして自分はどうなるだろうか。
想像してもしきれない。少なくとも平気でいられるハズがない。
それでもこの世界で生きていく以上、どうしてもこの手の話は避けられない。これも一種の試練ということか。
そんなことをアヤメが考えていたその時――
「よぉ、久しぶりだな」
一人の大柄な青年が話しかけてきた。
大柄な筋肉質で大きな手拭いをバンダナとして頭に巻き付けている。無精ヒゲを生やした中年男に見えるが、年齢はミナヅキたちと十歳程度しか変わらない。もっともそれを明かしても、信じない者のほうが大多数ではあるが。
「ガルトさん、お久しぶりです」
話しかけてきた青年ことガルトに、ミナヅキが振り向きながら挨拶する。その名前を聞いたアヤメは、驚きの表情を浮かべた。
「ねぇ、ガルトさんって、この人が?」
「あぁ」
頷くミナヅキに対し、ガルトは首をかしげる。
「なんだミナヅキ、この俺に何か用事でもあるってのか?」
「用があるのは妻のほうですよ」
「ほぉ、アンタがミナヅキの奥さんか。随分とまぁ、べっぴんさんじゃねぇの」
ガルトはニッと笑いながら、アヤメに自己紹介をする。
「俺は鍛冶師のガルトってモンだ。よろしく頼むぜ」
「は、初めまして! アヤメと申します!」
「おうよ。そう固くなるなって」
手を上下に揺らしながら明るく務めるガルトに、アヤメは意を決した表情で、一歩前に出ながら言う。
「ガルトさん。実は私、ガルトさんに剣を一本打ってもらいたいんです」
「む? ウワサじゃ嬢ちゃんは、魔導師と聞いていたが?」
「剣の適性もあるって、最近分かったんです。それで魔法剣士も目指せるんじゃないかと思って、魔法に加えて剣の練習も始めてみたんですが……」
アヤメが持参した剣を抜いて掲げると、ガルトはそれを興味深そうに見る。
(ふーむ、見事なまでにポッキリ折れてやがるな。しかも相当使い込んでやがる。オマケに手入れの跡も……こりゃあ、随分と大事に扱ってきたんだな)
ガルトも顎に手を当てながらしばし考え、そして小さく笑った。
「よし分かった。お前さんの頼みを引き受けよう。早速、鍛冶場に来てくれ。どんな剣が良いのか打ち合わせをしたいんでな」
「ありがとうございます!」
パアッと明るい表情でアヤメが礼を言うと、ミナヅキが腰につけているポーチに手を添えた。
「んじゃまぁ、とりあえず前払いがてらコイツを……」
ミナヅキはアイテムボックスから大きな革袋を取り出す。そこには剣の素材として集めた鉱石がたくさん入っていた。
普通なら両手で担ぐようなそれを、ガルトは片手でヒョイと軽々持ってしまう。
「確かに預かった。使わなかった分は返したほうがいいか?」
「いえ、そのままガルトさんのほうで、他のに使うなり自由にしてください」
「そうか。ソイツはありがたい」
ガルトが頷いたところで、アヤメもミナヅキに言う。
「じゃあミナヅキ、ちょっと行ってくるわね」
「おう」
鍛冶場へ向かうガルトとアヤメを見送ったミナヅキは、そのまま調合スペースへと歩き出す。そこでふと気づいた。
「そういやジョセフ、まだ帰ってきてないのかな?」
ミナヅキは誰もいない調合スペースを見ながら呟く。周囲に他の人たちも近づいておらず、寂しげな印象が漂っていた。
(まぁいいか。とりあえず俺も、クエスト分の調合を済ませちまおう)
そう思いながら、ミナヅキは調合スペースの適当な位置に座る。そして持参した薬草などの素材を使って、調合を開始した。
一度集中しだしたら止まらない。素材がある限り、手は動き続ける。
ミナヅキの周囲は、たくさんのポーションなどで埋め尽くされていく。しかもその全てが、完成度の高いモノであった。自然と他の生産職の人々も注目する。
生産アイテムの完成度の高さは、基本的に『良質、上質、最上級』の三つに分けられる。質が上がれば上がるほど効果も比例して上がっていく。
ミナヅキが作り上げたのは、最低でも良質であった。上質もそれなりに多い。
そして――
「おっ、すげぇ! 最上級ができちまった。今日はなかなか調子がいいな♪」
出来上がったポーションを鑑定し、ミナヅキは結果の良さを喜ぶ。
ちなみに鑑定は、生産職だけが扱えるスキルの一種である。鑑定した対象の品名やグレード、効果の説明、売却時の相場などが分かるのだ。
しかし能力の高さによって、鑑定結果の範囲が大きく変わる。
ミナヅキの場合は、自身が生産したモノ限定でしか鑑定することができず、更に分かるのは品名とグレード、得られる効果の簡単な説明程度であった。
これは生産職の中でも非常に低いほうである。彼の場合は調合能力が飛びぬけて高いだけあって、この事実に驚く者も多い。
――むしろミナヅキは、鑑定能力の才能が調合に回っちゃったんじゃないか?
その言葉を思い出した瞬間、ミナヅキはゆっくりと手を止めた。
(ラトヴィッジにそう言われたっけか。何で今、それを思い出すかなぁ?)
ミナヅキは苦笑し、再び作業に取り掛かろうとした。
その時、アヤメが腰に剣を携えて歩いてくる。
「ただいまー。こりゃまた、すっごいことになってるわね」
「おぅ、おかえり」
ミナヅキが見上げると、アヤメが新しく持っている剣に気づいた。
「剣、もらえたんだな?」
「まだ間に合わせだけどね。本命はこれから打ってもらえることになってるわ」
「そっか」
そしてもういくつか調合品を作り、一区切りついて作り上げたポーションなどを整理整頓していたところに、来客が現れた。
「おーい、ミナヅキ」
「デューク。久しぶりだな」
我が物顔でゆったりと歩いてくるデューク。もはや彼の来訪は日常茶飯事となっており、いちいち気に留める者も殆どいなくなっている。
ちなみにこの状況を作り上げた張本人こそがミナヅキなのだが、当の本人はそれを知る由もないのだった。
「ギルドマスターが呼んでるぞ。お前と少し話がしたいんだとさ」
「あぁ、分かった。わざわざ言いに来てくれたのか」
「お前が久々に工房へ来たって話を聞いたから、様子見がてら、ついでにな」
その一言で、ミナヅキはデュークが何を言いたいのかを察した。
「そっか、心配かけちまったみたいだな」
「気にするな。良いポーションを作れるヤツが、潰れてほしくないだけだ」
「そうかい。んじゃ、そんなデュークへのお詫びに、コレをやるよ」
ミナヅキはアイテムボックスから、液体の入った瓶を一つ取り出し、デュークに持たせる。見たことがあるようでないそれを、デュークはマジマジと見つめた。
「なんだこりゃ?」
「さっき俺が調合した最上級ポーション。奇跡的に作れちまったんだ」
「…………」
今コイツなんて言った――そんな疑問が頭を駆け巡るあまり、デュークは思わず声を失ってしまう。
「あぁ、あとついでにこれもやるよ」
そんな彼の様子に気づかないミナヅキは、更に同じような瓶をたくさん、それもちゃんとケースに小分けされているモノを取り出す。
「上質ポーションと上質の万能解毒薬。それぞれ十個ずつある。こんだけあれば、当分クエストには困らないだろ?」
「困らないを通り越してありがた過ぎるぐらいだが……ホントに良いのか?」
「ついつい作り過ぎちまったんだよ。良いからもらってやってくれ」
それはミナヅキの本心だった。ギルドで売っても良かったのだが、以前にも似たような品を作りすぎて、一度に大量売却しようとした際、当時売却コーナーを担当していた受付嬢のニーナから、涙目で思いっきり叫ばれたのだ。
――あなたはギルドからお金を根こそぎ絞り取るつもりなんですかっ!?
その時彼女が見せた迫力は途轍もないモノであり、今でも鮮明に思い出せる。それ以来、クエスト以外で制作した調合品は要請でもない限り、ギルドへ売却に出さないようにしているのだった。
ちなみにその場にはデュークもいた。故に彼の事情をよく知る人物でもあり、彼がウソを言ってないこともよく分かるつもりであった。
しかし――だからと言って、すぐさま納得できるかというと話は別だ。
普通に買えば、一本でもかなりの金額を要する品を、伝達がてら様子を見に来ただけで何本ももらう。流石にそう簡単に頷くことはできない。しかも全てタダとなれば尚更だ。
そんなことを思いながら引きつった表情を浮かべるデュークとは裏腹に、ミナヅキの表情は笑顔に満ちていた。
ちょうどいいところにデュークが来てくれて良かった。たくさんおすそ分けできてホント助かった――今の彼の心境は、大体そんな感じである。
「じゃあ俺、ギルドに行ってくるわ。またな、デューク」
ミナヅキは意気揚々と呆然とした表情で突っ立っているデュークの脇を通り過ぎていく。
「あ、それじゃあ失礼します」
申し訳なさそうにお辞儀しながら、アヤメがデュークの脇を通り過ぎて行った。
やがて彼の後ろのほうで工房の出入り口の扉が開き、そしてバタンと閉まる音が聞こえたところで、デュークは深いため息をついた。
「……どーしてアイツは、こんな凄いのをポンと渡してくるかなぁ、ったく」
忌々しそうに呟いたところで、返ってくる言葉はなかった。
周囲が気づいていながら見て見ぬフリをしていたことは、言うまでもない。
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