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第一章 異世界スローライフ開始

第十一話 馬車の中で

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「そう……生産職の仕事仲間がお亡くなりに。それは辛いわね」
「冒険者である以上、俺も覚悟はしていたつもりだったが……やっぱ心にズシッとくるもんだな」

 語り掛けてくるアヤメに、ミナヅキはなんとか取り繕うとしているが、重々しい空気を打ち消すことはできていなかった。
 生産仲間であり、ミナヅキたちが異世界に移住した時には、既に行方不明となっていた青年ラトヴィッジ。彼は既にこの世を去っていた。そのショックが突如襲い掛かり、ミナヅキを激しく動揺させていた。
 本当は庭でケニーと話すだけに留めておくつもりだった。しかしその場にいたフィリーネがいち早く気づき、何があったのか洗いざらい話さんかと、語尾と表情を強めて迫ってきた。
 やり過ごすのは不可能だと判断したミナヅキは、観念して全てを明かした。
 その結果、室内の空気は重い。内容が内容だけに仕方のないことだが。

「ミナヅキ様は、そのラトヴィッジという方と仲良くしてらしたそうですね?」
「あぁ。殆ど同期みたいなもんだったから」

 ベティが用意した温かいコーヒーを、ミナヅキは一口飲む。

「俺が冒険者ギルドに登録して、初めて生産工房へ行ったとき、ちょうどラトヴィッジも調合を初めて習うところだったんだよ。ジョセフが来たのは、それから一年ぐらい後だったかな」
「ふむ、過ごした時間は、ラトヴィッジのほうが多かったということか」
「そゆこと」

 フィリーネの相槌にミナヅキは頷く。

「ジョセフは一年後輩ということもあって、最初は俺とラトヴィッジが先輩として面倒見てたんだけど、ジョセフのヤツがすぐに腕を上げちまってな。いつまでも先輩風吹かせられねぇやってことで、そこから先輩後輩の関係をなくしたんだよ」
「調合仲間として同等の関係になったということね?」
「そんなところだ」

 ミナヅキがアヤメの問いかけに頷くと、ケニーが驚きの表情を浮かべていることに気づいた。

「何だよ? どうかしたのか?」
「いや……よくそんな決断ができたなぁって。ウチらじゃ絶対あり得ないぞ」
「ガッチガチの縦社会だからな、王宮騎士ってのはよ」

 ケニーに続いて、ダンがどこか感慨深そうな素振りを見せながら言う。

「俺も新人の時にゃあ、先輩や団長から随分とシゴかれたもんだぜ。あの頃はよく逃げ出さず立ち向かったと……」
「先輩、今はそれ重要な話じゃないでしょ?」
「ケニーの言うとおりですね」
「……んだよぅ」

 気持ちよく喋っていたところをケニーとベティに遮られ、ダンはあからさまに拗ねた表情を見せる。しかしそれに誰一人としてツッコミを入れることはなく、フィリーネがさっさと話を再開するのだった。

「妾もミナヅキから、ジョセフとラトヴィッジの話はたまに聞かせてもらったことはあるが……特にこれと言って仲が拗れたとかはないようじゃの?」
「まぁ、調合のことで多少の言い合いはあったけどな。ちょっとケンカしてもすぐ仲直りする程度だよ」
「ふーむ、そうか……」

 ミナヅキの言葉を聞いて、フィリーネは数秒ほど何かを考える。そして表情を引き締め、傍に控えているベティに視線を向けた。

「ベティよ、すぐに馬車の準備を! 王宮へ戻るぞ!」
「はい。承知いたしました、フィリーネ様」

 立ち上がりながら頷き、そのまま部屋を出ていくベティ。その急な行動に、アヤメは戸惑いを浮かべながら尋ねる。

「ど、どうしたのよ、急に?」
「済まんなアヤメ。本当ならもう少し話をしたかったのだが、急用ができた。楽しい時間を過ごさせてくれたこと、誠に感謝する。またそう遠くないうちに、ここへ遊びに来ようぞ」

 申し訳なさそうな表情とともに、フィリーネがアヤメに告げる。そして立ち上がると同時に、傍に立つダンとケニーに声を上げた。

「ダン、ケニーよ。お前たちもボサッとしておらんで、さっさと行くぞ!」
『はっ!』

 二人の騎士がフィリーネの言葉に敬礼しながら応え、そして動き出す。最後にフィリーネが、キリッと引き締めた表情を崩して、笑顔を向けてきた。

「妾はこのラトヴィッジの件、どうにも気になってならんのじゃ。故に少し調べてみることにした。何かあったらすぐ伝えようぞ」
「お、おぉ、そうか。何か悪いな。余計な気を使わせちまったみたいでさ」

 ピリッとした空気が急に切り替わり、ミナヅキは思わず戸惑いながらもフィリーネに謝罪同然の礼を言う。
 するとフィリーネは、フッと小さく笑いながら――

「気にするな。これも大切な友のためよ」

 ハッキリと力強く、ミナヅキに向かってそう言い切るのだった。


 ◇ ◇ ◇


 ラステカの町を出発した馬車は、夕暮れの中、フレッド王都を目指して快調に走っていた。
 しかし馬車の中は、来るときみたいな明るさはカケラもない。むしろ緊迫で埋め尽くされているかのようであった。

「ケニーよ。お主は確か、ラトヴィッジの遺体が発見された現場に、居合わせておったな?」

 フィリーネの問いかけに、ケニーは神妙な表情で頷く。

「はい。この目でしかと確認いたしました」
「その時の状況を、お主なりにどう思ったかを話してくれ」
「はっ!」

 ケニーは一礼し、そしてまっすぐフィリーネに視線を向けて語り出した。

「率直に申し上げますと、遺体の発見された現場からして、明らかに不自然だと思いました。場所はかなりの山奥。しかもずっと異常気象が続いていました。あそこに一人で入るのは、自殺行為もいいところです」
「ふむ……他に遺体は発見されなかったそうじゃな?」
「はい」

 フィリーネが尋ねると、ケニーは表情に少々の力を込めた。

「しかしながら、遺体を一人に見せかけるだけなら十分に可能です。魔法か何かを使えば尚更簡単にできるでしょう。その手の魔法があることも確認されているとなれば、山奥に遺体を転がして証拠を残さず立ち去ることも、あり得る話かと」

 つまりケニーはこう言いたいのだ。
 ラトヴィッジが異常気象が発生している危険極まりない場所へ、一人でノコノコと訪れ、その結果自ら命を落としてしまったという、なんとも救いのない愚かとしか言いようがない結果になった――ということでは決してないのだと。
 フレッド王都の冒険者には、多少なり問題を起こす者はいたとしても、自分の命を粗末にするようなバカ過ぎる者はいないのだと。

「無論これは、あくまで自分の勝手な推測に過ぎませんが、生産職のラトヴィッジの遺体があの現場にあった点については、辻褄は合うのではないかと……」
「うむ、それについては、妾も全くもって異論はないぞ」
「……へっ?」

 あまりにもアッサリと認めたフィリーネに、ケニーは目を見開いた。それに構うことなくフィリーネは言う。

「確かにまだ可能性の域を出てはおらんが、恐らくケニーの考えは、ほぼ正解に近いと見て良いじゃろう。なかなか良い話を聞かせてもらった。感謝するぞ」

 フィリーネはケニーに対して笑みを浮かべた。それに対して、ダンとベティも暖かな笑みを向けてくる。

「良かったじゃねぇか。姫様がお褒めになるなんざ、滅多にねぇことだぞ」
「えぇ、そうですね。私も見直しました」

 それらの言葉を聞いたケニーは、頬を掻きながら目を逸らした。初々しい反応じゃと心の中で思いながら、フィリーネは話を戻す。

「恐らく発見された遺体は、誰かが手にかけたことによるモノじゃろう。冒険者同士のイザコザの果てならまだしも、盗賊や山賊、闇の人物などが関わっておる可能性も十分にあり得る。もしそうならば、妾も黙って見過ごすワケにはいかぬ」

 淡々と語るフィリーネに、ケニーは尊敬の眼差しを送る。

「フィリーネ様……もしや最初からお気づきになられて……」
「いや、そうでもないぞ。実のところ、お主が話してくれたことについては、さほど考えてはおらんかったからの」
「……はい?」

 またしても目を見開くケニーに、フィリーネは苦笑する。

「妾が考えておったのは別方向、ということじゃよ。その点でも、今の話はなかなか参考になった」
「あ、ありがとうございます」

 戸惑いながらケニーが礼を述べると、フィリーネは満足げに頷き、そしてベティのほうを向いた。

「ベティよ、戻ったら少しばかり手伝ってほしいことがある。忙しくなるぞ」
「承知いたしました」

 フィリーネの言葉にベティはゆっくりと頭を下げる。何かが動き出そうとしているのかと、ケニーがボンヤリ思っていた時だった。

「あぁそうだ、ケニー。お前さんに一つ言っておきたいことがあるんだが」

 何かを思い出したかのように、ダンが切り出した。

「次に予定されていた遠征訓練があったろ? あれ延期になったわ」
「そうなんですか?」
「あぁ、団長の都合でな。詳しいことは俺も知らんけど」

 腕を組みながらダンが空を仰ぐ。

「その間の予定だが、恐らく他の仕事を手伝ってもらうことになるだろう」
「分かりました。戻ったら団長に確認してみます」
「おう」

 ケニーが力強く頷き、ダンが腕を組んだままニッと笑う。
 そんな彼らの様子をジッと見ていたベティは、何かを思いついたかのように小さく頷き、そして言った。

「フィリーネ様。折角の機会ですから、ケニー様にも此度の調べ物を手伝ってもらってはいかがでしょうか?」

 その言葉を聞いて、ケニーの表情が止まる。この人はいきなりなんてことを言い出すんだと、そう言いたくて仕方がない。
 しかし――

「あ、どうぞどうぞ! 遠慮なんざこれっぽっちもいりませんぜ! コイツは若造らしく体力はありますから、存分に使ってやってくだせぇな」
「え、ちょ、せ、先輩!?」

 これ見よがしな笑顔を浮かべながら、ダンがケニーの肩に手を回す。戸惑いであたふたするケニーに、フィリーネも深く頷いた。

「ふむ、確かにそれは良さそうじゃな。ケニーならば、今回の件について把握しておるワケじゃし……分かった。遠慮なく妾が借りていくとしよう」
「フィ、フィリーネ様までぇっ!?」

 ケニーは叫びながら思った。どんどん妙な方向に話が進んでいる気がすると。
 そこに、まだ肩を組んだままのダンが、小声で話しかけてきた。

「ここまで関わっちまってんだぞ? もう無関係ではいられねぇだろ!」
「だったら先輩も……」
「残念ながら、俺はこの後すぐ、任務という名の別件が待ってんだ。悪いな」
「ぐぅ……!」

 ケニーは唸りながら周囲をチラリと見渡す。三人とも視線を向けてきていた。
 ――素直に受け入れろ、観念したほうが楽だぞ。
 無言の眼差しが、そう言われているような気がしてならない。

「分かりました……微力ながら、フィリーネ様を手伝わせていただきます」

 結局、ケニーは肩を落としながら頷きを返した。それに対して三人は、実に満足そうな笑みを浮かべていた。

「そうかそうか。では帰ったら早速、ベティとともに頼むぞ」
「ケニー殿、王宮騎士として鍛えている体力を、頼らせてもらいますね」
「流石は俺が認めた後輩だな。しっかり頑張るんだぜ? 団長には、俺のほうから伝えといてやるからよ」

 にこやかな笑みを浮かべており、それぞれが自分に期待をかけてきていることは分かるのだが、どうにも嬉しくないケニーであった。

(はぁ……どーしてこんなことになっちまったんだかなぁ?)

 ケニーが心の中で呟いたその瞬間、フレッド王都の夕刻を知らせる鐘の音が聞こえてきたのだった。


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