駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ

壬黎ハルキ

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第一章 異世界スローライフ開始

第四話 冒険者ギルドと生産工房

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 冒険者ギルドの大きな扉を開けると、外とは違う賑やさが広がっていた。
 ロビーの中央に設置されている掲示板とにらめっこをしている、いかにも剣士や魔導師と言わんばかりの装いをした人物たち。中央のカウンターで受付嬢と会話をする男女数名のグループ。そして角のテーブルで、楽しそうに自分たちの武勇伝を語り合う大柄な男たち。
 そんな冒険者たちの世界が広がる光景に、アヤメは目を奪われていた。

「この空気も久々だなぁ」

 懐かしそうに声をあげながら、ミナヅキが周囲を見渡す。

「今なら受付カウンターも空いてるな。早いところ登録を済ませてしまおう」
「う、うん……」

 アヤメが緊張気味に頷き、ミナヅキの後について歩き出す。そしてとあるカウンターの前に立つと、担当の受付嬢が明るい表情でミナヅキに笑いかける。

「いらっしゃいませ……って、ミナヅキさんじゃないですか!」
「ども、お久しぶりです。近くに移住することが決まったんで、これからはこのギルドに顔を出す機会も増えてくると思います」
「そうですか。それはなによりです」

 気さくな感じで受付嬢と会話をするミナヅキに、アヤメは問いかける。

「知り合い?」
「あぁ、前からギルドで世話になってる人さ。今日は、連れの冒険者登録を頼みたいんですが」
「かしこまりました」

 ミナヅキの言葉に受付嬢は頷き、アヤメのほうに視線を向けた。

「初めまして。私は当ギルドの受付担当で、ニーナと申します」
「こちらこそ初めまして。アヤメと申します。今日はよろしくお願いします」
「はい。では早速……」

 受付嬢のニーナが、カウンターの下から水晶玉を取り出し、それをテーブルの上に置いた。

「アヤメさんの適性を見ていきましょう。まずはこれに手をかざしてください」
「こうですか?」

 ニーナに言われるがまま、アヤメが水晶玉に手を差し出した瞬間――

「ひゃっ!?」

 突然水晶玉が光り出し、驚いたアヤメは思わず手を放してしまう。しかし水晶玉の輝きは収まらない。むしろどんどん輝きが強くなっている感じさえしていた。

「凄いですね。まさかこれほどとは……」

 水晶玉を見下ろしながら、ニーナは呆然としていた。

「アヤメさんには、魔法の適性があります。それもかなりの大きさですね。私もこんな強い輝きは初めて見ましたよ」

 その話を聞いたアヤメは、カウンターに身を乗り出し、ニーナに問いかける。

「あ、あのっ! 私、魔法が使えるんですか!?」
「えぇ。魔法職としての期待度も、かなり高く見受けられますよ」

 ニーナがニッコリと笑いながら答え、そして今度は一枚の用紙を取り出した。

「それでは、こちらの申請用紙に記入をお願いします。すぐにアヤメさんのギルドカードが発行されますので、今しばらくお待ちくださいね」
「はい」

 そしてアヤメは用紙に記入を終え、受け取ったニーナが席を外す。あとはカードの発行を待つのみとなった。
 魔法が使えることが判明したのが相当嬉しかったらしく、アヤメの表情は満面の笑みそのものであった。

「良かったじゃないか、魔法が使えるみたいでよ」
「えぇ。でもすぐに使えるようになるとは、流石に思ってないわ。やっぱりそれなりの訓練を重ねていかないと……」

 嬉しそうではありながらも、落ち着いた様子で話すアヤメに、ミナヅキは少々驚いたような表情を見せる。

「意外と冷静だな」
「小さい頃からたくさんの習い事を通して、色々と経験してるのよ。可能性があると分かっただけで有頂天になり、即座に痛い目を見るとかね」
「……なるほど」

 ミナヅキは戸惑いながらも頷いた。
 実のところ、アヤメに対してそれ相応の不安があった。特に感じていたのは、彼女が時折、思考を暴走させる傾向があるという点だ。
 駆け落ちを望んだのがいい例だろう。
 今回はたまたま、ミナヅキが道を用意していたから良かっただけだ。当てもなく闇雲に逃げるだけだったとしたら、今頃どうなっていたことか。

(運も才能も持っていて、過去の経験からそれを思い上がることもしない……何気にハイスペックだな)

 見た目だけでなく中身も優秀――それがアヤメという女だった。それを改めて知ったミナヅキは、マジマジと彼女を見てしまう。
 こんな凄い可能性を持つ女が、自分の妻になっちまったのか、と。

(多少なり挫折したとしても……多分コイツは乗り越えちまうんだろうな)

 率直にミナヅキは思った。色眼鏡かなと一瞬思ったが、それも違う気がした。
 何かしらの試練が与えられれば、きっと彼女なら意気揚々と挑むだろう。そして失敗してもへこたれない。何度も諦めずに立ち向かい、やがてその手で導き出した結果を掴み取る。
 それこそ数ヶ月も経てば、それなりの腕を持つ冒険者たちに混じって、魔物討伐のクエストに参加しているかもしれない。
 そんな可能性も普通にありそうな気がすると、ミナヅキは思った。

「ねぇ、ミナヅキ? どうかしたの?」

 物思いにふけっていたミナヅキを、アヤメが覗き込むように見上げてきていた。ミナヅキはそれに少し驚きつつ、誤魔化すように苦笑する。

「いや。なんつーかまぁ、ほどほどにな。意気込むのは良いことだけどさ」
「分かってるわ。ちゃーんとわきまえているつもりよ」

 アヤメがウィンクしながら明るい声で答える。そこに席を外していたニーナが戻ってきた。

「大変お待たせいたしました。こちらがアヤメさんのギルドカードになります」
「ありがとうございます♪」

 銀行のキャッシュカードぐらいの大きさであるそれを、アヤメは嬉しそうな表情で受け取った。するとニーナは、一本の針をアヤメに差し出す。

「お手数ですが、アヤメさんの血を一滴、カードに落としてもらえますか? そうすれば、特殊な魔力が作動して本人確認が終了し、アヤメさん以外はそのカードを使えなくなりますので」
「へぇ、凄い仕組みなんですね。分かりました」

 アヤメは針を受け取るなり、迷わず自分の人差し指に刺した。そして絞り出した血が一滴、カードにポタッと落ちた瞬間、カードが淡い青色に光り出す。
 やがて光が収まり、アヤメは針をニーナに返し、改めてカードを裏返したりしながら、マジマジと見つめた。

「……消えたりはしないんですね?」
「残念ながら、カードはご本人でそれぞれ保管していただく形になります。なくしても再発行は致しますが、料金が割高となりますので、お気をつけくださいね」
「分かりました」

 アヤメがギルドカードをしまうと、ニーナはニコッと笑みを浮かべた。

「それでは、これでアヤメさんのギルド登録は完了となります。半年ごとに、それぞれのレベルに見合ったノルマを達成していただくことになりますので、詳しくは初心者用のマニュアルをご覧ください」
「分かりました。どうもありがとうございます」

 無事に登録が終わり、アヤメもミナヅキも安心した表情を浮かべていた。
 そんな二人に、後ろから近づいてくる女性の姿が――

「やっほー、ミナヅキくんっ♪」

 メガネをかけた栗色のポニーテールが特徴的な女性が、ミナヅキの肩をちょんちょんと人差し指で突きながら話しかける。
 振り向いたミナヅキは、その女性の姿を見て驚きの表情を見せた。

「リゼッタ、久しぶりだな!」
「うん、おひさだね♪ しかもカワイイ女の子まで連れてるとは。この私という者がありながら、なかなか隅に置けないもんだねぇ、まったく……」

 リゼッタと呼ばれた女性は、やれやれと言わんばかりに肩をすくめる。それに対しミナヅキは、深いため息をついた。

「相変わらずのノリだな。てゆーか、その言い方は止めてくれ。流石に今は冗談が悪すぎる」
「おっとっと、これは失敬失敬♪」

 そしてリゼッタは、ミナヅキの隣で、またしても呆然としているアヤメのほうに視線を向け、ニッコリと明るい笑みを浮かべるのだった。

「初めまして。私はリゼッタ。ミナヅキくんと同じ、生産職だよっ♪」


 ◇ ◇ ◇


「ふーん、駆け落ちねぇ。また随分と思い切ったことをしたもんだ」

 ギルドを後にした三人が町を歩く中、リゼッタは感心しながら深く頷いた。アヤメを連れてきた事情をミナヅキから聞いたのだ。
 ミナヅキが生産仲間以外の人――それも普段着の女性と一緒にいるというのは、非常に珍しい。それがリゼッタの率直な意見であり、どんな関係なのかを問い詰めずにはいられなかった。
 特に隠すようなことでもないとアヤメも言っていたため、ミナヅキはギルドを後にして生産工房へ向かいながら、これまでの経緯を簡単に話したのである。

「まぁ、特に後悔してないんであれば、別に良いとは思うけどね。私からとやかく言うつもりはないさ」

 サラッと言うリゼッタに、アヤメは安堵の息を漏らす。

「そう言ってくれると助かります」
「敬語はいいよ。リゼッタと呼び捨てにしてくれて構わないさ。私もアンタのことはアヤメと呼ばせてもらうから」
「……うん。改めてよろしくね、リゼッタ」
「こちらこそ」

 リゼッタとアヤメは、改めてガッチリと握手を交わした。するとリゼッタは、目をギラっと光らせながらニヤリと笑う。

「となれば、まずはアヤメの服を仕立てなければだね!」
「…………へっ?」

 たっぷり数秒ほど硬直したアヤメは、ようやく一声だけ発した。いきなり何を言い出すんだろうかと心の中で問いかけていると、リゼッタが更に顔をずずいと近づけてくる。

「そのアヤメが来てる服、どうにも動き辛そうに思えるんだけど気のせいかい?」
「え? あぁ、そーいえば新しい服にするの、後回しになってたわね」

 アヤメは自分の恰好を改めて見る。下着は新しいのに変えているが、それ以外は学校の制服のままであった。
 一方リゼッタは、そんなアヤメの返答に笑みを深める。待ち望んでいたような答えをありがとうと言わんばかりに。

「だったら尚更、服飾のエースことリゼッタさんの出番だよねっ! 美人でスタイル抜群なアヤメちゃんを更に進化させて御覧にいれますぞ!」

 右手の拳を突きあげながら、リゼッタが声を上げる。周囲の通行人が何事だと注目してくるが、当の本人は全くと言って良いほど気づいていない。

「実は今ね、新しい魔導師の服を手掛けたいなぁって思ってるんだよ。その試着にアヤメが付き合ってくれるんなら、代金サービスしちゃうけど……どうかな?」

 尋ねると同時に、リゼッタの瞳が再びキラッと光る。アヤメからすれば、ハッキリ言って怪しさ抜群に他ならない。
 そんな彼女に対し、アヤメが顔をしかめながら一歩下がる。

「なんか不安だわ……本当に大丈夫なんでしょうね?」
「まぁ、多少なり趣味に走る傾向はあるが、リゼッタの服飾レベルは本物だ。俺も周囲も一目置いてるくらいにな。前に俺も試着で探索用の服を作ってもらったことがあるんだが、今でもそれを使ってるぞ」

 自信満々に語るミナヅキに、リゼッタが驚きの反応を見せた。

「え、アレまだ使ってたの? いい加減ボロくなってんじゃない? 今度新しいの作ってあげよっか?」
「マジで? じゃあ頼むわ」
「特別に三割引きで作ってあげる」
「金は取るんだな。まぁ、ちゃんと払うけど」
「まいどあり♪」

 自然に気兼ねなくやり取りをするミナヅキとリゼッタ。そんな二人をアヤメは、一歩引いた状態で見ていた。
 そして無意識に、口から呟き声が漏れ出る。

「……仲良いのね」
「そりゃ同業者だもん。心配しなくても、奥さんの座には興味ないからさ♪」
「別に嫉妬してるワケじゃ……」
「とにかく、早いところ工房へ行こう。他の皆も待ってるよ」

 リゼッタがアヤメの手を引いて駆け出す。その行動に、アヤメは成すがまま駆け出していき、ミナヅキは一瞬驚くも、すぐに苦笑を浮かべ追いかけ出した。
 三人は程なくして、ギルドから少し離れた大きな建物に到着する。生産工房と書かれた大きな立て札を横切り、リゼッタが勢いよく扉を開けた。

「うわぁ……これはこれで凄いところね」

 目の前に広がる工房内の光景に、アヤメは呆然としながら呟いた。
 そこはまた、ギルドとは違う意味で異様な空気だった。
 金属を叩く音、木材を削る音がひっきりなしに聞こえる中、時折怪しげな煙を発する大きな壺がボンと小さな爆発を起こす。そんな中を多くの生産者たちがあちこち動き回り、生み出された武具やアイテムなどをチェックする姿も見られた。
 ギルドが人の声で賑やかだとすれば、ここは物理的な音で賑やかと言ったところだろうか。まさに職人の箱庭みたいな場所だと、アヤメは思った。

「ここも変わんないなぁ」

 ミナヅキは嬉しそうに呟きながら、工房内を我が物顔で歩き出す。アヤメが慌てて追いかける形で、どんどん工房の奥へと進んでいく。
 すると――

「おっ、ミナヅキじゃねぇか!」

 汗を拭いながら鍛冶台を離れた大柄な男が、ミナヅキの姿を見るなり嬉しそうな表情で声を上げる。それを皮切りに、作業をしていた他の生産者たちも、次々と手を止めてミナヅキの元へ集まり出した。

「戻ってきたんだな!」
「もう学校は卒業してきたのか?」
「俺、こないだ面白いモノ作ったんだ、見てくれよ!」
「ズルいぞ! 俺が先だ!」

 あっという間に群がり、次々と発言する生産者たちに、ミナヅキも困ったような笑顔を浮かべていた。
 それはまるで、久しぶりに学校に来た者に集まるクラスメートたちみたいだと、遠巻きに見ながらアヤメは思った。また一つ、見たことがないミナヅキの姿を見たという気持ちも含めて。

「じゃ、私たちは私たちで、やることをやっちゃおうか。あっちに私の服飾スペースがあるからね」

 リゼッタがアヤメの手を引っ張って歩き出す。そしてミナヅキに群がる男たちの脇を通り過ぎた際、リゼッタはミナヅキとさりげなく視線を交わし、先に行ってる旨を伝えることも忘れない。
 二人が服飾スペースへ入ろうとしたその時――

「そ、そんなっ! こないだと話が違うじゃないですか!」

 焦りながら叫ぶ青年の声が聞こえてきた。何か絵に描いたようなトラブルでも発生したのではないかと、アヤメは心の中で予感した。


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