上 下
43 / 50

43 勇者~夢、叶うとき

しおりを挟む


 勇者と聖女が、戦争で力を失った――――

 そのニュースは瞬く間に帝国中を駆け巡り、人々の耳に入っていった。
 これからこの世の中はどうなるのだと、心配する声が続出。しかしそれはすぐに塗り替えられることとなる。
 魔界と人間界が手を取り合うことを、皇帝が宣言した。
 もう戦争は行われない。真の平和が続いていくための努力を進めていくと、互いのトップが宣言した。
 皆、そちらのほうに目が向けられることとなった。
 もう誰も、勇者と聖女がどうなったかなんて、興味の欠片もなくなっていた。

「……どうしてこうなった?」

 天井を見上げながら、セオドリックは低い声で呟いた。

「戦争に負け、敵に情けをかけられ、敵が提示した条約を父上が呑んだだと? こんなバカげた話があってたまるか……ぐぅっ!」

 凄まじい痛みが襲い掛かり、恨み言が途切れてしまう。それが余計に、彼を歪んだ表情へと変えさせる。

(私は勇者で、王子なのだぞ? それがこんな惨めな状態になるなど……)

 セオドリックは現在、ベッドから起き上がることすらできない状態にあった。
 聖女が暴走させた魔力に巻き込まれ、『重傷』と一言で片づけられないほどの、凄まじいダメージを負ったのだ。
 癒しの魔法を施しても、辛うじて命を繋ぎ止めるのが限界だった。
 体だけでなく、体内を循環している魔力そのものにも大きな損傷があり、とてもじゃないが元通りに回復するのは不可能だと診断された。安静にしていれば命に別条がないだけ救いであると。
 しかし彼からすれば、全くもって救いとは言えなかった。

(剣を振るえないどころか、まともに起きて歩くことすらできない、だと? これでは満足に役目を果たせないではないか!)

 勇者としても、そして王子としても、彼はこれまでどおりの仕事を行えない。そこだけはすぐさま決断され、皇帝の指示により対策が施された。
 それ自体はセオドリックも理解できているが、一つだけどうしても納得できないことがある。

(大体、跡継ぎはどうするというのだ? 私は一人息子……父上の血を引く者は、私以外に誰もいないのだぞ? 母上は幼い頃に病死していて、後妻を娶ることもなかったというのに!)

 王族ともなれば、普通ならば確実に継がせるために、後妻ないし妾を囲ってでも数人は血を残すものだ。しかし今の皇帝は、それをしていない。セオドリックが幼い頃から、周りで様々な憶測が飛び交っていたものだった。
 しかし今の彼からすれば、皇帝の事情に関してはどうでもよかった。
 気になるのはこれからの自分――もっと言えば、どのような立場で一生を過ごしていくのか。
 それ以外に知りたいことはなかった。

(まぁ、少しくらい温情をきかせてほしいものだがな。私は被害者……聖女が勝手に暴走したせいで、こんな目にあったのだから)

 その聖女の暴走の引き金は、紛れもなくセオドリックが引いたものだが、当然ながら彼は、そんなことを考えもしていない。
 ただひたすら、苛立ちと不安で、頭がどうにかなりかけていた。

(どちらにせよ、もう野望を叶えることなどできなくなったな。いくら私に罪がないとはいえ、こんな状態になった以上、女が寄り付くことなどあり得まい)

 自分のことを棚に上げる割には、妙に自分のことを客観的に見る。もし声に出していて、なおかつ誰かがそれを聞いていれば、ほぼ間違いなく首をかしげて疑問に思っていただろう。
 そこまで考えられるのに、何故――と。
 しかし、そこに理屈を求めるだけ無駄というものだ。
 これこそがセオドリックという人物。それ以上でもそれ以下でもないとしか、今は言いようがない。

「――セオドリック様、失礼いたします」

 控えめなノックとともに、声がかけられたのはそんな時だった。
 声を出すのも辛いセオドリックは、返事をしなかった。相手側もそれを心得ているためか、迷いなくゆっくりとドアが開かれてゆく。
 入ってきたのは、執事服を身に纏った老年の男性であった。
 男性は上を見たまま目を開けているセオドリックの姿に、笑みを浮かべる。

「おぉ、お目覚めになられていましたか」
「じいやか……何のよ、ぐぅっ!」
「無理に話されなくて結構ですよ。まだ傷に障りますからな」

 苦悶の表情を浮かべるセオドリックに、男性こと『じいや』が駆け寄る。彼もまたセオドリックが幼い頃から、ずっと見守ってきた教育係の一人だ。
 王子である彼のことをよく知っているが故に、遠慮なく彼に進言できる数少ない人物の一人でもあった。

「王子。お父上である皇帝陛下から、大切な内容を言付かりましたので、それを報告するべく参りました」
「……話せ」
「では」

 短く言ったセオドリックに、じいやは一礼して語り出す。

「王子は戦争の影響で五体不満足となり、もう動くこともままなりません。あなた様の力や才能溢れる血を、そこで絶やしてしまうのは惜しい――陛下はそうおっしゃられておりました」

 そこで――と、じいやは人差し指を立てながらニッコリと笑う。

「王子にはこれから、跡継ぎをたくさん作っていただくことが決まりました」
「…………は?」

 全くもって意味が分からず、セオドリックは一声しか出せなかった。
 これは何かの冗談なのかと思ったが、それにしてはじいやの笑顔に、偽りという二文字が見えてこない。
 つまりじいやは本気で言っているのだと、セオドリックは悟った。
 故にますます理解ができなかった。
 そんな彼の様子を悟ったじいやも、更に説明するべくコホンと咳ばらいをする。

「もはや王子は、もう望まれた活動をすることは不可能。ならばせめて、その血を引く者を大量に残せ――それが皇帝陛下の命令です」

 穏やかな笑顔で淡々と告げてくるじいや。
 それに対してセオドリックは――

「……な、なん……だと?」

 信じられないと言わんばかりに、呆然とした表情を浮かべていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

勇者の旅立ち?

とうちゃん
ファンタジー
勇者は魔王を倒し公爵令嬢と結ばれました。 しかし勇者は裏切られました。 妻に、部下に、祖国に。 だから勇者は捨てました。 全5話です。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載。

悲しいことがあった。そんなときに3年間続いていた彼女を寝取られた。僕はもう何を信じたらいいのか分からなくなってしまいそうだ。

ねんごろ
恋愛
大学生の主人公の両親と兄弟が交通事故で亡くなった。電話で死を知らされても、主人公には実感がわかない。3日が過ぎ、やっと現実を受け入れ始める。家族の追悼や手続きに追われる中で、日常生活にも少しずつ戻っていく。大切な家族を失った主人公は、今までの大学生活を後悔し、人生の有限性と無常性を自覚するようになる。そんな折、久しぶりに連絡をとった恋人の部屋を心配して訪ねてみると、そこには予期せぬ光景が待っていた。家族の死に直面し、人生の意味を問い直す青年の姿が描かれる。

~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる

静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】 【複数サイトでランキング入り】 追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語 主人公フライ。 仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。 フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。 外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。 しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。 そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。 「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」 最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。 仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。 そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。 そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。 一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。 イラスト 卯月凪沙様より

【破天荒注意】陰キャの俺、異世界の女神の力を借り俺を裏切った幼なじみと寝取った陽キャ男子に復讐する

花町ぴろん
ファンタジー
陰キャの俺にはアヤネという大切な幼なじみがいた。 俺たち二人は高校入学と同時に恋人同士となった。 だがしかし、そんな幸福な時間は長くは続かなかった。 アヤネはあっさりと俺を捨て、イケメンの陽キャ男子に寝取られてしまったのだ。 絶望に打ちひしがれる俺。夢も希望も無い毎日。 そんな俺に一筋の光明が差し込む。 夢の中で出会った女神エリステア。俺は女神の加護を受け辛く険しい修行に耐え抜き、他人を自由自在に操る力を手に入れる。 今こそ復讐のときだ!俺は俺を裏切った幼なじみと俺の心を踏みにじった陽キャイケメン野郎を絶対に許さない!! ★寝取られ→ざまぁのカタルシスをお楽しみください。 ※この小説は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...