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43 勇者~夢、叶うとき
しおりを挟む勇者と聖女が、戦争で力を失った――――
そのニュースは瞬く間に帝国中を駆け巡り、人々の耳に入っていった。
これからこの世の中はどうなるのだと、心配する声が続出。しかしそれはすぐに塗り替えられることとなる。
魔界と人間界が手を取り合うことを、皇帝が宣言した。
もう戦争は行われない。真の平和が続いていくための努力を進めていくと、互いのトップが宣言した。
皆、そちらのほうに目が向けられることとなった。
もう誰も、勇者と聖女がどうなったかなんて、興味の欠片もなくなっていた。
「……どうしてこうなった?」
天井を見上げながら、セオドリックは低い声で呟いた。
「戦争に負け、敵に情けをかけられ、敵が提示した条約を父上が呑んだだと? こんなバカげた話があってたまるか……ぐぅっ!」
凄まじい痛みが襲い掛かり、恨み言が途切れてしまう。それが余計に、彼を歪んだ表情へと変えさせる。
(私は勇者で、王子なのだぞ? それがこんな惨めな状態になるなど……)
セオドリックは現在、ベッドから起き上がることすらできない状態にあった。
聖女が暴走させた魔力に巻き込まれ、『重傷』と一言で片づけられないほどの、凄まじいダメージを負ったのだ。
癒しの魔法を施しても、辛うじて命を繋ぎ止めるのが限界だった。
体だけでなく、体内を循環している魔力そのものにも大きな損傷があり、とてもじゃないが元通りに回復するのは不可能だと診断された。安静にしていれば命に別条がないだけ救いであると。
しかし彼からすれば、全くもって救いとは言えなかった。
(剣を振るえないどころか、まともに起きて歩くことすらできない、だと? これでは満足に役目を果たせないではないか!)
勇者としても、そして王子としても、彼はこれまでどおりの仕事を行えない。そこだけはすぐさま決断され、皇帝の指示により対策が施された。
それ自体はセオドリックも理解できているが、一つだけどうしても納得できないことがある。
(大体、跡継ぎはどうするというのだ? 私は一人息子……父上の血を引く者は、私以外に誰もいないのだぞ? 母上は幼い頃に病死していて、後妻を娶ることもなかったというのに!)
王族ともなれば、普通ならば確実に継がせるために、後妻ないし妾を囲ってでも数人は血を残すものだ。しかし今の皇帝は、それをしていない。セオドリックが幼い頃から、周りで様々な憶測が飛び交っていたものだった。
しかし今の彼からすれば、皇帝の事情に関してはどうでもよかった。
気になるのはこれからの自分――もっと言えば、どのような立場で一生を過ごしていくのか。
それ以外に知りたいことはなかった。
(まぁ、少しくらい温情をきかせてほしいものだがな。私は被害者……聖女が勝手に暴走したせいで、こんな目にあったのだから)
その聖女の暴走の引き金は、紛れもなくセオドリックが引いたものだが、当然ながら彼は、そんなことを考えもしていない。
ただひたすら、苛立ちと不安で、頭がどうにかなりかけていた。
(どちらにせよ、もう野望を叶えることなどできなくなったな。いくら私に罪がないとはいえ、こんな状態になった以上、女が寄り付くことなどあり得まい)
自分のことを棚に上げる割には、妙に自分のことを客観的に見る。もし声に出していて、なおかつ誰かがそれを聞いていれば、ほぼ間違いなく首をかしげて疑問に思っていただろう。
そこまで考えられるのに、何故――と。
しかし、そこに理屈を求めるだけ無駄というものだ。
これこそがセオドリックという人物。それ以上でもそれ以下でもないとしか、今は言いようがない。
「――セオドリック様、失礼いたします」
控えめなノックとともに、声がかけられたのはそんな時だった。
声を出すのも辛いセオドリックは、返事をしなかった。相手側もそれを心得ているためか、迷いなくゆっくりとドアが開かれてゆく。
入ってきたのは、執事服を身に纏った老年の男性であった。
男性は上を見たまま目を開けているセオドリックの姿に、笑みを浮かべる。
「おぉ、お目覚めになられていましたか」
「じいやか……何のよ、ぐぅっ!」
「無理に話されなくて結構ですよ。まだ傷に障りますからな」
苦悶の表情を浮かべるセオドリックに、男性こと『じいや』が駆け寄る。彼もまたセオドリックが幼い頃から、ずっと見守ってきた教育係の一人だ。
王子である彼のことをよく知っているが故に、遠慮なく彼に進言できる数少ない人物の一人でもあった。
「王子。お父上である皇帝陛下から、大切な内容を言付かりましたので、それを報告するべく参りました」
「……話せ」
「では」
短く言ったセオドリックに、じいやは一礼して語り出す。
「王子は戦争の影響で五体不満足となり、もう動くこともままなりません。あなた様の力や才能溢れる血を、そこで絶やしてしまうのは惜しい――陛下はそうおっしゃられておりました」
そこで――と、じいやは人差し指を立てながらニッコリと笑う。
「王子にはこれから、跡継ぎをたくさん作っていただくことが決まりました」
「…………は?」
全くもって意味が分からず、セオドリックは一声しか出せなかった。
これは何かの冗談なのかと思ったが、それにしてはじいやの笑顔に、偽りという二文字が見えてこない。
つまりじいやは本気で言っているのだと、セオドリックは悟った。
故にますます理解ができなかった。
そんな彼の様子を悟ったじいやも、更に説明するべくコホンと咳ばらいをする。
「もはや王子は、もう望まれた活動をすることは不可能。ならばせめて、その血を引く者を大量に残せ――それが皇帝陛下の命令です」
穏やかな笑顔で淡々と告げてくるじいや。
それに対してセオドリックは――
「……な、なん……だと?」
信じられないと言わんばかりに、呆然とした表情を浮かべていた。
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※この小説は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
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