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30 帝国~セオドリックの笑み
しおりを挟む聖女が任務中に倒れた――そのニュースは、大聖堂と王宮の一部の者だけが知る形で留まった。
皇帝から緘口令が敷かれたのである。
余計な情報を与えて、人々を不安にさせないようにする配慮であった。加えて、下手な勘繰りをされないようにするためというのも大きい。
よって、聖女に近づける者も限られてしまった。
限られた者以外は彼女に近づけなくなった――とも言い換えられる。
従って現在、大聖堂の一室に向かおうとする者こそが、その限られた人物であることは言うまでもない。
「おい、そこのシスター。ちょっといいか?」
「セ、セオドリック様!?」
帝国の王子であり、勇者でもある彼に話しかけられ、洗面器とタオルを持って大聖堂の廊下を歩いていたシスターは、背筋を震わせながら驚いた。
若干、声が上ずったが、セオドリックは気にする素振りも見せずに問いかける。
「――聖女の具合はどうなっている?」
「いえ、あれからまだ、目覚める様子もありません……」
「そうか」
セオドリックは厳しい表情で受け入れつつ、腕を組んで視線をずらす。
「まぁ、無理もあるまい。まさか彼女が魔法具の事故に巻き込まれるとはな」
「しかもそれ、魔族の仕業なんですよね? ホント許せないです!」
シスターは憤慨しながら思い出す。
ミッシェルの腕に装着されていた腕輪が、魔族から受け取った代物であり、魔力を大幅に補強する効果があった。しかしそれは正式に認可を受けていない――いわゆる違法製造の魔法具で、世に出てはいけないものだったのだ。
今回の事故は、その魔法具が大きな不具合を起こし、ミッシェルの体内で動いていた聖なる魔力が暴走したとされている。
魔法具の腕輪は破壊され、ミッシェルは昏睡状態となってしまったのだ。
それを渡した犯人はすぐに見つかり、捕まった。
しかし事情を聞き出す前に、仕込んでいた魔法具によって自爆してしまった。
遺体すら残らない、なおかつ狭い範囲に絞り込んだ、まさに誰かが自害するための魔法具だったと分析されている。
判明したのは、犯人が魔族であるということくらいであった。
「聖女様の存在を良く思わない魔族がいる、ってことなんでしょうか?」
「いない、とは言えないな。まだ断定はできないが……」
魔界王家と深い繋がりを持つ魔導師の魔界貴族であり、聖女誕生を良く思わないが故の行動だった――そんな噂も、既に大聖堂の中で囁かれている。
それはセオドリックも知っていることであった。
「そのことも含めて、今後のことはこちらで話し合うと決めている。キミたちは余計な噂で盛り上がらないよう、気を付けておいてくれ」
「は、はいっ! 心配をおかけして、申し訳ございません!」
「分かってくれればいい。とはいえ――」
セオドリックは空を仰ぎながらため息をつく。
「噂を完全に遮断するのは、恐らく不可能だろうな。人の出入りを極力制限していながらこの有様だ」
「……カーティス様ですら来られないと小耳に挟んだときは、流石に驚きました」
シスターは落ち込んだ表情で俯いた。
「あの方は、最後まで聖女様の成長を願い、役割を全うされておりました。たとえそれで聖女様から恨まれようとも、厳しい姿勢を貫いてました」
「それは私も同感だ」
小さな笑みを浮かべるセオドリック。カーティスのことをちゃんと評価しているのだとシスターが思う中、彼はそのまま続ける。
「ミッシェルの覚醒は、確かに借り物の力の影響が強かっただろう。しかし彼の厳しい教育が無関係だったとは、私も思えないからな」
「はい。カーティス様は聖女様を心配し、見舞う資格があります。なのに……」
「気持ちは分かるが、これは皇帝がお決めになられたことだ」
セオドリックの表情が一気に引き締まる。心なしか場の雰囲気も変わり、思わずシスターは息を飲んだ。
「聖女という大事な存在が脅かされた以上、例外は許されない。本来ならば、私がこうしてここに来ることも、避けたほうがいいのだがな」
「いえ、そんなことはないと思います」
少しだけ悩ましそうな表情をセオドリックが浮かべると、シスターは即座に強い口調とともに否定した。
「聖女様は、セオドリック様を慕っておられます。そんなセオドリック様まで来られなくなってしまわれたら、それこそ聖女様は悲しみに覆われ、治るものも治らなくなるかもしれません」
「……ありがとう。そう言ってくれるだけでも、私は嬉しく思うよ」
力無く笑みを浮かべるセオドリックに、シスターは痛々しさを感じる。勇者として王子として、やるせない気持ちを抱いているに違いない――心が締め付けられるような想いを一人の女性として抱く。
ミッシェルが羨ましいと、そんな軽い嫉妬心も含めて。
「やはりこのままではいけないな……彼女のためにも……」
するとその時、セオドリックからそんな声が聞こえたような気がした。
「え、何か?」
「いや、こちらのことだ。気にしないでくれ」
思わずシスターは尋ねてみたが、はぐらかされてしまい、首を傾げる。しかしセオドリックはそれ以上何かを言うこともなく、優しい笑みを浮かべた。
「長いこと引き留めて済まなかったな。ミッシェルの看病を、よろしく頼む」
「はい。万事お任せください!」
それでは失礼します――シスターはそう告げて、歩き出していった。彼女が廊下の角を曲がるのを見送ったところで、セオドリックが笑う。
さっきとは打って変わって、歪みに歪んだ表情で。
「フッ……ハハッ、何も知らずに呑気な女だな」
そして、彼はスタスタと歩き出す。ミッシェルが眠っている部屋になど、興味の欠片もないと言わんばかりに遠ざかっていく。
(アクシデントこそ発生したが、全ては私の計画どおり。本番はここからだ!)
彼は大聖堂を後にし、王宮へと戻る。そのまま父親である皇帝の元へ、堂々と足を運ぶのだった。
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