上 下
19 / 50

19 住む場所が決まりました

しおりを挟む


「――へぇ、島の外から来たのか。そりゃ珍しいこともあるもんだな!」

 突如降り立った鷹の魔物。エンゼルから簡単に説明され、特に疑う様子もなく笑顔を見せてきた。

「オレはガトー。ヨロシクな、アレン、ディアドラ!」
「う、うん……」
「こちらこそ、よろしくお願いするわ……」

 アレンとディアドラが引きつった表情で答える。そんな二人の様子を、ガトーはしばし見つめていた。
 魔物からジッと視線を向けられれば、当然二人も居心地は悪くなる。

「あ、あの、何か?」
「いや、オマエたちって、ホントに大丈夫なのかなーって思ってよ」

 その反応に、二人は何も言えなかった。
 当然と言えば当然だ。自分たちは外から来た余所者。相手が警戒してくるのは、むしろ普通だろう。
 そんなことを考えながら、アレンたちが気まずそうにしていた時だった。

「むー! がとー! あれんたちをにらまないでよ!」

 アレンに抱きかかえられているクーが、抗議の声を上げる。その瞬間、睨むも同然の表情を浮かべていたガトーは、きょとんと目を丸くしてしまった。

「え? あ、いや、その……」
「あれんたちはわるいひとじゃないもん! ぼくがほしょーする!」

 ふんす、とクーが鼻息を鳴らす。まさにそれは、根拠のない自信を抱える小さな子供そのものであった。
 ガトーもそう思ったのだろうか――

「ぶっ……あははははっ♪ そーかそーか。そりゃオレが悪かったな、ははっ」

 思わず吹き出し、大きな声で笑い出すのだった。
 アレンとディアドラは、ただただ呆然としていた。ガトーもそうだが、まさかクーが真っ向から反論するとは思わなかったのだ。
 愉快そうに笑い続けるガトーを、クーは不機嫌そうに睨み続けている。

「むうぅーーっ!」
「あはははは……あぁ、ワリィワリィ。あんまりにも驚いちまったもんでよ」

 驚いたらあんなに笑うのか、とアレンは心の中でツッコむ。警戒していた表情から完全に一転しており、どう捉えればいいのか、全く分からなかった。
 それはディアドラも同じくであった。
 余所者は島から出ていけ――そう言われるのかもしれないと思っていたが、クーの言葉でそれは覆された。
 まさに鶴の一声。別の意味でディアドラは驚きを隠せなかった。

(あんな小さな子が……それだけ大きな存在だということなのかしら?)

 同時に、ディアドラはひっそりと顔をしかめる。
 自分に対して軽く嫌悪感を抱いたのだ。
 無意識な形で、クーをただの小さな子供同然の存在だと――ようするに『下』として見ていたのだと。

(人は見た目に寄らない――これまで私も、たくさん経験してきたのにね)

 それは魔物も同じなのだと分かった。所詮は単なる若造。まだまだ知らないことが多すぎる。
 世界は広い――それをまだまだ認識しきれていなかったのかもしれない。

「ディアドラ? どうかしたの?」
「え……うわぁっ!」

 アレンの声でディアドラは我に返る。目の前に彼の顔がいたので、思わず声を上げて驚いてしまった。

「いやいや、そんなに驚くことないでしょ」
「いきなり目の前にいたら驚くわよ!」

 ディアドラはツッコミを入れて気づいた。心配してくれたというのに、これでは殆ど八つ当たりではないかと。

(何やってるのよ私……あぁもう、嫌われちゃったかなぁ?)

 そしていきなり真っ赤な顔を背けるなり不安がるディアドラ。普段見せている堂々とした肉食獣とは、想像もつかない姿である。
 これが多くの男ならば、そのギャップに胸をときめかせていたことだろう。
 しかしそこはアレンクオリティ。ただ単に「どうしたんだろうか?」と首を傾げるのみであった。

「――まぁ、とにかく危険性はなさそうで安心したぜ。じゃあな!」

 そう言いながらガトーは、翼を羽ばたかせ始めた。

「アレン、ディアドラ。落ち着いたらオレともゆっくり話そうぜーっ!」

 ガトーは颯爽と飛び去ってゆく。あっという間に現れて、あっという間に去っていった印象となった。
 嵐が過ぎた、というほどではないが、急に静かになった感じはとても強い。

「やれやれ、やっと騒がしいのがいなくなったわい」

 エンゼルもガトーが去って行った方向を見上げながら、小さなため息をついた。そしてふと思い出したような反応を示す。

「そういえばワシも、お前さんたちの旅の事情を、詳しく聞いておらんかったな」
「旅の事情?」
「うむ。なんでも住む場所を探しているとか……もし良ければ、話せる範囲で構わんから聞かせてくれんかのう?」
「僕は別にいいけど……」

 アレンがディアドラに視線を向けると、彼女もニッコリと笑う。

「私もいいわよ。折角だし、私たちの話せることは全部話しちゃいましょう」

 下手に隠すと怪しまれるだけだと思った。それなら全てをさらけ出したほうが、より信用も得られるだろうと、ディアドラは判断したのだった。
 なにより二人して、隠すようなものは殆どなかった。
 故にこれまでの経緯も、割とあっさり話せるだけ全て話してしまった。
 ディアドラのかつての立場から、アレンの故郷と幼なじみの存在、そして発生したスタンピードから二人が出会ったことも。

「――ふぅむ、そうじゃったのか」

 やがて粗方聞き終えたところで、エンゼルが深く息を吐いた。

「ディアドラが魔界を治めていた王じゃったとはのう。やけに堂々たる気品があるとは思っておったが……」
「あはは。今は単なる駆け出しの夫婦ですよ」

 穏やかな笑みを浮かべるディアドラに、強がりの類は一切見られない。本当に全ての立場を捨ててきたのだと、エンゼルは確信した。
 ヒトにはヒトの事情というものがある――エンゼルは改めて思い知らされた。

「ねぇねぇ、あれん! やっぱりあれんたちもこのしまにすもうよ!」

 するとここで、クーが声を上げてくる。アレンたちが見下ろすと、真剣な眼差しでまっすぐ見上げてきていた。

「すむばしょをさがしてるんでしょ? だったらここがいいよ!」
「ふむ。それはいいアイディアかもしれんのう」

 エンゼルも頷いた。あまりにもあっさりと受け入れる姿勢を見せたことに、アレンたちは軽く驚いてしまう。
 しかし次に放たれる彼の言葉で、納得させられることとなった。

「ワシとしても、下手にこの島から出ないとなれば、長としても都合がいい。お前さんたちのことを信用しているつもりじゃが、やはり安心感が違うでの」
「ねーねー。おじーちゃんもこういってるしさー!」

 クーに詰め寄られながら、アレンは考える。エンゼルの言うことは、実にもっともだと思っていた。
 この島の長としても、何かと都合があることは、分かっているつもりだった。
 なによりアレンたちにとっても、全くもって悪い話ではない。
 むしろ願ったり叶ったりとすら言えるかもしれない――そう思いながら、改めて軽く島の環境を見渡してみる。

「確かにここなら、のんびりと暮らせそうだけど……ディアドラは?」
「えぇ。いいんじゃないかしら?」

 ディアドラも笑顔で頷いた。

「私が前から目星を付けていた場所もあったんだけど、この島も気に入ったし」
「じゃあ、僕たちもここに住まわせてもらおうか」
「えぇ。そうさせてもらえるかしら?」

 アレンとディアドラが長に視線を向ける。エンゼルはニヤリと笑い、そしてゆっくりと頷きを返した。

「良かろう。島の長として、お前さんたちを歓迎しよう」
「わーい、やったー♪」

 真っ先に喜びの声を上げるクーに、アレンとディアドラも顔を見合わせ、ニッコリと微笑んだ。
 新たな住人たちを歓迎するかのように、暖かな風が降り注いできた。

 一方その頃――帝国の勇者は、ある情報に対して大きな苛立ちを抱いていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

悲しいことがあった。そんなときに3年間続いていた彼女を寝取られた。僕はもう何を信じたらいいのか分からなくなってしまいそうだ。

ねんごろ
恋愛
大学生の主人公の両親と兄弟が交通事故で亡くなった。電話で死を知らされても、主人公には実感がわかない。3日が過ぎ、やっと現実を受け入れ始める。家族の追悼や手続きに追われる中で、日常生活にも少しずつ戻っていく。大切な家族を失った主人公は、今までの大学生活を後悔し、人生の有限性と無常性を自覚するようになる。そんな折、久しぶりに連絡をとった恋人の部屋を心配して訪ねてみると、そこには予期せぬ光景が待っていた。家族の死に直面し、人生の意味を問い直す青年の姿が描かれる。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載。

あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活

mio
ファンタジー
 なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。  こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。  なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。  自分の中に眠る力とは何なのか。  その答えを知った時少女は、ある決断をする。 長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!

自分が作ったSSSランクパーティから追放されたおっさんは、自分の幸せを求めて彷徨い歩く。〜十数年酷使した体は最強になっていたようです〜

ねっとり
ファンタジー
世界一強いと言われているSSSランクの冒険者パーティ。 その一員であるケイド。 スーパーサブとしてずっと同行していたが、パーティメンバーからはただのパシリとして使われていた。 戦闘は役立たず。荷物持ちにしかならないお荷物だと。 それでも彼はこのパーティでやって来ていた。 彼がスカウトしたメンバーと一緒に冒険をしたかったからだ。 ある日仲間のミスをケイドのせいにされ、そのままパーティを追い出される。 途方にくれ、なんの目的も持たずにふらふらする日々。 だが、彼自身が気付いていない能力があった。 ずっと荷物持ちやパシリをして来たケイドは、筋力も敏捷も凄まじく成長していた。 その事実をとあるきっかけで知り、喜んだ。 自分は戦闘もできる。 もう荷物持ちだけではないのだと。 見捨てられたパーティがどうなろうと知ったこっちゃない。 むしろもう自分を卑下する必要もない。 我慢しなくていいのだ。 ケイドは自分の幸せを探すために旅へと出る。 ※小説家になろう様でも連載中

処理中です...