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12 新たなる始まり
しおりを挟む「さてと――アレン、私たちは晴れて夫婦になったわけよね?」
表情を引き締めるディアドラに、アレンは苦笑する。
「式も何も挙げてないけどね」
「細かいことは気にするものじゃないわ。結婚式なんて落ち着いてからいくらでも挙げればいいのよ」
涼しい口調でさらりと言ってのけるディアドラであったが、確かにそのとおりだとアレンも思う。
結婚式よりもしなければいけないことはたくさんある。それは明らかだ。流石は魔王を務めていただけのことはあると、アレンは密かに見直していた。
しかし――
「まずは子供を何人作るか、それをしっかりと考えなければいけないわ!」
拳を固く握りしめながら断言する彼女の姿に、すぐさまアレンの表情がピシッと固まってしまう。
それに気づいているのかいないのか、ディアドラは真剣な口調で続ける。
「家族計画はとても大事よ。アレンとの子供なら、私は何人でも産んで育てる覚悟も希望もあるけれど、むやみやたらにというのは流石に良くないわ。けれど身構え過ぎるのも良くないと思うのよね。だから一人目は今からでも早速――」
「ちょ、ちょっとちょっと!」
アレンは慌てて大きめの声を上げるも、ディアドラは不満そうな視線を向けた。
「何よアレン? もしかして今からはダメなの? あ、でも確かに真昼間から堂々とするのもどうかとは思うわよね。やはりここはちゃんと『初夜』を迎えて、そこで私にたっぷりの愛を――」
「だからちょっと待って! お願いだから僕の話を聞いて!」
再び自分の世界に入りかけていたディアドラを、アレンは慌てて止める。
「そもそもまずは、どこで暮らすかを考えないとだよ! 今の僕たちには、家すらまともにないんだからね?」
そして間髪入れず進言した。下手に間を置けば、たちまちディアドラのペースになってしまいそうだと思ったからだ。
「ん……言われてみればそうね」
どうやら上手くいったみたいだと、アレンは軽く安堵する。しかし油断はできないとも思い、更に言葉を重ねていくことにした。
「まずはどこか、町とか村とかに行ったほうがいいと思うんだよね。僕も着の身着のままだし、色々と調達したほうがいいものも……」
「それなら問題ないわ」
ディアドラの凛とした声が響き渡る。
「私には色々とアテがあるの。そこを辿っていけば物資や服の調達なんて、造作もないことだわ」
「へぇ、そうなんだ?」
「私もただ、考えなしに飛び出したわけじゃないってことよ」
「それはそれは」
人差し指を立ててウィンクをしてくるディアドラに、アレンは素直に感心する。やはり只者ではないのだと、改めて御見逸れした気分になっていた。
しかし、まだ考えなければならないこともある。
「でも肝心なのは、どこで暮らすかだよね。いい村とか町とかあればいいけど」
「そこもちゃんと考えているわ」
「……凄い」
むしろアレンからすれば、一番不安に思っていた部分なのだが、こうもあっさり話がまとまりそうになるとは思わなかった。
というより、ここまで聞くと、妙な違和感すら感じてくる。
いくらなんでも準備が良すぎやしないだろうかと。
備えあれば患いなしという言葉は確かにある。しかしそれにしては、やけに整い過ぎている気がしてならない。
まるで、これは――
(もしかしてディアドラ……前々からこんな展開になるって、予測してた?)
アレンは改めて、妻となった魔族の女性を見る。とてもそうとしか思えない準備の良さであり、頼もしいという言葉だけでは片づけられないほどだ。
まだ明かされていない事実が存在している。
彼女がここに至るまでの経緯で、まだ自分の知らない大きな何かがあると。
(まぁ、そこらへんも、追々知っていければいいかな?)
焦って問いただしても、きっとはぐらかされるだけだと、アレンは思う。
なにより彼女は、大切なことはちゃんと話してくれる気がしていた。それこそ根拠はないが、何故かそう思えてならない。
(そうだよね。傍にいる僕が、ディアドラを信じないでどうするっていうんだ)
なし崩し的ではあるが、夫婦になったことは確かなのだ。これからは一緒に生活していくことになる。ディアドラの知らない部分を、たくさん目の当たりにし、情報として取り入れることが必須となる。
(……てゆーか僕たちって、まだ出会って数時間も経ってないんだっけ)
友達どころか、知り合いすらも大きく通り越してしまった感じだ。しかしアレンは不思議と、それを普通に受け入れていた。
果たしてそれは、どのような気持ちから来ているのか。
理解こそしきれていないが、決して考えを放棄してもいない。ついでに言えば投げやりでもない。
なんとも表現しがたい、まさに『不思議』な気持ちそのものと言えていた。
「――さぁ、アレン。そろそろ行きましょう」
ディアドラは手を差し出してきた。彼女の表情は、穏やかな笑顔だった。
ここから物語が始まる。二人の新たな、人生と言う名の物語が。
不安はない。迷いもない。何かを考えることもなかった。何故ならそれらは、全て必要のない物だから。
今、ここで必要なのは一つだけ――目の前にある手を取ることだけ。
「うん……行こう、ディアドラ!」
しっかりと握手をする形で、アレンも応える。ゆっくりと込められる力は、絶対に離さないという、彼女なりの意思表示なのかもしれない。
そう思いながらアレンは、しっかりと顔を上げる。
木漏れ日の光に照らされる彼女は、やはり女神に見えてならなかった――
◇ ◇ ◇
一方その頃――帝国の王宮に、悪い知らせが飛び込んできていた。
謁見の間の空気は、いつになく重々しい。厳しい表情を浮かべる皇帝の前に、若い男女二人が頭を下げて跪いている。
否、正確には一人だけだった。
両手で顔を隠し、涙を流し続ける白いローブを身に纏う彼女に、立派な鎧に身を包んだ青年が頭を下げたまま横目で呼びかける。
「ミッシェル、皇帝の前だぞ。気持ちは分かるけど、ちゃんとしたほうがいい」
「で、でもセオドリック様、わたしは……うぅっ!」
耐え切れなくなったらしいミッシェルは、再び顔を伏せて泣き崩れてしまう。彼女の鳴き声のみが謁見の間に響き、それが更に空気を重くさせる。
セオドリックも、どうしたものかと困り果てていた、その時であった。
「――良い」
皇帝の重々しい一言が響き渡る。決して大きくないはずのその声が、もやもやした悪い空気を、あっという間に吹き飛ばしたような気がした。
「事態が事態だ。今回は構わん。それよりも、セオドリックよ――」
「はっ! それでは私から、報告させていただきます!」
そしてセオドリックは語り出した。
魔族による魔物のスタンピードが発生したことにより、ミッシェルの故郷である山奥の村が壊滅したと。
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※この小説は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
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