上 下
12 / 50

12 新たなる始まり

しおりを挟む


「さてと――アレン、私たちは晴れて夫婦になったわけよね?」

 表情を引き締めるディアドラに、アレンは苦笑する。

「式も何も挙げてないけどね」
「細かいことは気にするものじゃないわ。結婚式なんて落ち着いてからいくらでも挙げればいいのよ」

 涼しい口調でさらりと言ってのけるディアドラであったが、確かにそのとおりだとアレンも思う。
 結婚式よりもしなければいけないことはたくさんある。それは明らかだ。流石は魔王を務めていただけのことはあると、アレンは密かに見直していた。
 しかし――

「まずは子供を何人作るか、それをしっかりと考えなければいけないわ!」

 拳を固く握りしめながら断言する彼女の姿に、すぐさまアレンの表情がピシッと固まってしまう。
 それに気づいているのかいないのか、ディアドラは真剣な口調で続ける。

「家族計画はとても大事よ。アレンとの子供なら、私は何人でも産んで育てる覚悟も希望もあるけれど、むやみやたらにというのは流石に良くないわ。けれど身構え過ぎるのも良くないと思うのよね。だから一人目は今からでも早速――」
「ちょ、ちょっとちょっと!」

 アレンは慌てて大きめの声を上げるも、ディアドラは不満そうな視線を向けた。

「何よアレン? もしかして今からはダメなの? あ、でも確かに真昼間から堂々とするのもどうかとは思うわよね。やはりここはちゃんと『初夜』を迎えて、そこで私にたっぷりの愛を――」
「だからちょっと待って! お願いだから僕の話を聞いて!」

 再び自分の世界に入りかけていたディアドラを、アレンは慌てて止める。

「そもそもまずは、どこで暮らすかを考えないとだよ! 今の僕たちには、家すらまともにないんだからね?」

 そして間髪入れず進言した。下手に間を置けば、たちまちディアドラのペースになってしまいそうだと思ったからだ。

「ん……言われてみればそうね」

 どうやら上手くいったみたいだと、アレンは軽く安堵する。しかし油断はできないとも思い、更に言葉を重ねていくことにした。

「まずはどこか、町とか村とかに行ったほうがいいと思うんだよね。僕も着の身着のままだし、色々と調達したほうがいいものも……」
「それなら問題ないわ」

 ディアドラの凛とした声が響き渡る。

「私には色々とアテがあるの。そこを辿っていけば物資や服の調達なんて、造作もないことだわ」
「へぇ、そうなんだ?」
「私もただ、考えなしに飛び出したわけじゃないってことよ」
「それはそれは」

 人差し指を立ててウィンクをしてくるディアドラに、アレンは素直に感心する。やはり只者ではないのだと、改めて御見逸れした気分になっていた。
 しかし、まだ考えなければならないこともある。

「でも肝心なのは、どこで暮らすかだよね。いい村とか町とかあればいいけど」
「そこもちゃんと考えているわ」
「……凄い」

 むしろアレンからすれば、一番不安に思っていた部分なのだが、こうもあっさり話がまとまりそうになるとは思わなかった。
 というより、ここまで聞くと、妙な違和感すら感じてくる。
 いくらなんでも準備が良すぎやしないだろうかと。
 備えあれば患いなしという言葉は確かにある。しかしそれにしては、やけに整い過ぎている気がしてならない。
 まるで、これは――

(もしかしてディアドラ……前々からこんな展開になるって、予測してた?)

 アレンは改めて、妻となった魔族の女性を見る。とてもそうとしか思えない準備の良さであり、頼もしいという言葉だけでは片づけられないほどだ。
 まだ明かされていない事実が存在している。
 彼女がここに至るまでの経緯で、まだ自分の知らない大きな何かがあると。

(まぁ、そこらへんも、追々知っていければいいかな?)

 焦って問いただしても、きっとはぐらかされるだけだと、アレンは思う。
 なにより彼女は、大切なことはちゃんと話してくれる気がしていた。それこそ根拠はないが、何故かそう思えてならない。

(そうだよね。傍にいる僕が、ディアドラを信じないでどうするっていうんだ)

 なし崩し的ではあるが、夫婦になったことは確かなのだ。これからは一緒に生活していくことになる。ディアドラの知らない部分を、たくさん目の当たりにし、情報として取り入れることが必須となる。

(……てゆーか僕たちって、まだ出会って数時間も経ってないんだっけ)

 友達どころか、知り合いすらも大きく通り越してしまった感じだ。しかしアレンは不思議と、それを普通に受け入れていた。
 果たしてそれは、どのような気持ちから来ているのか。
 理解こそしきれていないが、決して考えを放棄してもいない。ついでに言えば投げやりでもない。
 なんとも表現しがたい、まさに『不思議』な気持ちそのものと言えていた。

「――さぁ、アレン。そろそろ行きましょう」

 ディアドラは手を差し出してきた。彼女の表情は、穏やかな笑顔だった。
 ここから物語が始まる。二人の新たな、人生と言う名の物語が。
 不安はない。迷いもない。何かを考えることもなかった。何故ならそれらは、全て必要のない物だから。
 今、ここで必要なのは一つだけ――目の前にある手を取ることだけ。

「うん……行こう、ディアドラ!」

 しっかりと握手をする形で、アレンも応える。ゆっくりと込められる力は、絶対に離さないという、彼女なりの意思表示なのかもしれない。
 そう思いながらアレンは、しっかりと顔を上げる。

 木漏れ日の光に照らされる彼女は、やはり女神に見えてならなかった――


 ◇ ◇ ◇


 一方その頃――帝国の王宮に、悪い知らせが飛び込んできていた。

 謁見の間の空気は、いつになく重々しい。厳しい表情を浮かべる皇帝の前に、若い男女二人が頭を下げて跪いている。
 否、正確には一人だけだった。
 両手で顔を隠し、涙を流し続ける白いローブを身に纏う彼女に、立派な鎧に身を包んだ青年が頭を下げたまま横目で呼びかける。

「ミッシェル、皇帝の前だぞ。気持ちは分かるけど、ちゃんとしたほうがいい」
「で、でもセオドリック様、わたしは……うぅっ!」

 耐え切れなくなったらしいミッシェルは、再び顔を伏せて泣き崩れてしまう。彼女の鳴き声のみが謁見の間に響き、それが更に空気を重くさせる。
 セオドリックも、どうしたものかと困り果てていた、その時であった。

「――良い」

 皇帝の重々しい一言が響き渡る。決して大きくないはずのその声が、もやもやした悪い空気を、あっという間に吹き飛ばしたような気がした。

「事態が事態だ。今回は構わん。それよりも、セオドリックよ――」
「はっ! それでは私から、報告させていただきます!」

 そしてセオドリックは語り出した。
 魔族による魔物のスタンピードが発生したことにより、ミッシェルの故郷である山奥の村が壊滅したと。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

勇者の旅立ち?

とうちゃん
ファンタジー
勇者は魔王を倒し公爵令嬢と結ばれました。 しかし勇者は裏切られました。 妻に、部下に、祖国に。 だから勇者は捨てました。 全5話です。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載。

悲しいことがあった。そんなときに3年間続いていた彼女を寝取られた。僕はもう何を信じたらいいのか分からなくなってしまいそうだ。

ねんごろ
恋愛
大学生の主人公の両親と兄弟が交通事故で亡くなった。電話で死を知らされても、主人公には実感がわかない。3日が過ぎ、やっと現実を受け入れ始める。家族の追悼や手続きに追われる中で、日常生活にも少しずつ戻っていく。大切な家族を失った主人公は、今までの大学生活を後悔し、人生の有限性と無常性を自覚するようになる。そんな折、久しぶりに連絡をとった恋人の部屋を心配して訪ねてみると、そこには予期せぬ光景が待っていた。家族の死に直面し、人生の意味を問い直す青年の姿が描かれる。

~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる

静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】 【複数サイトでランキング入り】 追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語 主人公フライ。 仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。 フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。 外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。 しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。 そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。 「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」 最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。 仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。 そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。 そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。 一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。 イラスト 卯月凪沙様より

【破天荒注意】陰キャの俺、異世界の女神の力を借り俺を裏切った幼なじみと寝取った陽キャ男子に復讐する

花町ぴろん
ファンタジー
陰キャの俺にはアヤネという大切な幼なじみがいた。 俺たち二人は高校入学と同時に恋人同士となった。 だがしかし、そんな幸福な時間は長くは続かなかった。 アヤネはあっさりと俺を捨て、イケメンの陽キャ男子に寝取られてしまったのだ。 絶望に打ちひしがれる俺。夢も希望も無い毎日。 そんな俺に一筋の光明が差し込む。 夢の中で出会った女神エリステア。俺は女神の加護を受け辛く険しい修行に耐え抜き、他人を自由自在に操る力を手に入れる。 今こそ復讐のときだ!俺は俺を裏切った幼なじみと俺の心を踏みにじった陽キャイケメン野郎を絶対に許さない!! ★寝取られ→ざまぁのカタルシスをお楽しみください。 ※この小説は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...