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02 二人の出会い

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「――ふぅ、やっと静かになったわね」

 額の汗を拭う仕草をしつつ、彼女は周囲を見渡す。

「騒がしい割には大したことがないのばかりで、なんか拍子抜けだったわ」

 ため息交じりに苦笑する彼女の周りには、完全に動かなくなっている巨大な獣たちで埋め尽くされていた。
 どれも見た目は大きな傷を負っている様子はなく、血が噴き出して生臭さを漂わせていることもない。ついでに言えば体の一部が欠損していることもなく、そのうち目が覚めて元気になるのでは、とすら思えてくるほどだ。
 しかしそれは、断じてあり得ないことだと、少年は理解している。

(何なんだ、あの人は……)

 謎の人物であることに変わりはない。よく見ると頭に二本の角がある。それもかなり目立っており、アクセサリーの類でないことは明らかだ。
 その角が、この世界における『魔族』の特徴を表しているものであることは、村で大人から習ってはいた。しかし実際に見たのはこれが初めてであり、少年を二重の意味で驚かせているのもまた確かだった。

(……凄かったな)

 魔界にしかいないはずの魔族が、どうしてこの人間界にいるのか。そもそも何故いきなり現れたのか。
 色々と浮かんでくるであろう疑問という疑問も、少年からすればどうでも良くなりつつあった。
 それだけ今の出来事が、衝撃的にも程があるものだったのだ。

(本当にあっという間だった……)

 全て、一撃で綺麗に仕留められた。
 まるでそのような『お芝居』を見させられたようで、いまいち現実さを感じられないのも事実であったが、これは夢でもなんでもないことは間違いない。
 そう納得するしかないことも、少年は分かっているつもりだった。

「――ねぇ!」

 彼女が再び振り向いてくる。またしても揺れ動く銀髪が、太陽の光によってキラリと輝いて見えた。

「あなたも大丈夫だったかしら? 見たところケガはなさそうだけど」
「え、あ……えっと、その……」

 呆気に取られてしまっていたせいか、少年の返答は完全にしどろもどろとなり、視線も右往左往している。
 そんな彼の様子に、彼女は一瞬だけきょとんとするも、すぐさまニンマリとした笑みを浮かべた。まるで『面白いものを見つけた』と言わんばかりに。

「ふふっ、なぁにその反応? このディアドラさんの美貌に惚れたのかしら?」

 自らディアドラと称する彼女は、冗談交じりの笑みを浮かべる。この後、少年が顔を真っ赤にして「そんなことない!」と、年頃らしい反応を見せてくれることを期待してのからかいであった。
 しかし――

「あ、はい。まぁ、そんな感じです」
「……へっ?」

 あっさり頷いた少年に、今度はディアドラが呆ける番となった。しかし少年はそれに構うことなく、視線を逸らしながら頬を掻く。

「正直その、助けに来てくれた時、輝いてたってゆーか……女神様みたいな? なんかそんな感じに見えたのは、確かでして……」
「ちょ、ちょっと! ちょっと待った! お願いだから待って!」

 ディアドラが両手を突き出し、その手のひらをパタパタと振る。殆ど左右にシェイクしているも同然で、かなりぶれて見えた。

「オ、オトナをからかうのもいい加減にしてよね! そんな甘い言葉に騙される私じゃないんだよ? ディアドラさんをナメたら恐ろしいことになるんだから!」
「……まぁ、確かに強いですもんね。今も輝いてて凄く綺麗ですし」
「はうっ!!」

 素直な少年の感想に、ディアドラは衝撃を受けたらしい。思わず声に出しつつ、両手で心臓のある部分を押さえてしまうほどに。

「あ、そうだ。まだお礼を言ってませんでしたね」

 そんな彼女の状態に気づいていないのか、少年はマイペースな態度を崩さず、にこやかな笑みを浮かべてきた。

「ありがとうございました。おかげで死なずに済みました。あなたは本当に、僕の命の恩人です」
「いえ、そ、そんなにかしこまることはないわ。当然のことをしたまでよ」
「助けてもらったのは事実ですから」

 少年がハッキリとそう告げる。もうすっかり落ち着いた口調となっており、むしろディアドラのほうが動揺し続ける形となっていた。
 ちらりちらり、と少年に視線を向けては逸らしてを繰り返している。頬も赤く染めており、意識していることは間違いない。
 しかし少年もまた、マイペースであることに変わりはなかった。
 彼女の様子よりも自分の言いたいことを優先させ、笑みを浮かべつつも真剣な目を向けていく。

「たとえあなたが何者であったとしても、僕はあなたに感謝しているんです」
「――っ!」

 言葉だけ見れば、ありふれた感謝のそれに過ぎない。しかしディアドラの心は、思いっきり飛び跳ねていた。
 これまでも感謝の言葉はたくさん受けてきたというのに、どうしてこうも嬉しく感じるのか。こんなに胸の鼓動が激しくなっていく経験はなかった。

(お、落ち着きなさい、ディアドラ! 覚悟の一つはしていたはずでしょう!)

 心の中で必死に自分に対して呼びかける。そのおかげか、少しは心が落ち着いてきたような気がした。

(そうよ。ここはしっかりと私がリードしなきゃ。彼の笑顔に負けるなど、威厳を失ってしまうも同然だわ!)

 ディアドラは目を閉じてフッと小さく笑い、サラリと右手で銀髪をなびかせる。そこに再び太陽の光が差し込み、彼女の姿を明るく照らしてきた。
 すなわち――

「……やっぱり綺麗ですね。本当に女神様みたいだ」
「あうぅっ!!」

 反撃を受けてしまうチャンスを少年に与えてしまったということだ。そして案の定の結果となり、ディアドラは再び胸を押さえてうずくまり、悶えてしまう。

「え、あの、大丈夫ですか?」

 流石にただごとではないと思ったのか、少年が心配そうな表情で呼びかける。しかしディアドラは、すかさずバッと左手を突き出した。

「問題ないわ! 少しだけ息が乱れただけよ。すぐに回復するから!」
「はぁ……それならいいんですが、無理しないでくださいね?」

 ひとまず言葉を受け入れはしたものの、少年を安心させるには程遠い。
 心配そうな表情のまま覗き込んでくる彼の姿から、ディアドラは必死に顔ごと目を逸らしていた。そうでもしないと、どこまで冷静さを失うのか、自分でも想像できないくらいだったからだ。
 すると――

「あっ、そうだ。もう一つ忘れてたことがあったんだった」
「な、なに? まだ何かあるの!?」

 思い出したように発言する少年の言葉に、ディアドラは焦りの声を上げる。顔は完全に真っ赤となっていたが、もはやそれどころではない。
 すると少年は、姿勢を正しながら穏やかに笑った。

「――僕の名前はアレンと言います。こないだ十八歳を迎えたばかりです」
「今更っ!?」

 アレンと名乗った少年に対し、ディアドラは大きな声でツッコミを入れた。

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