2 / 50
02 二人の出会い
しおりを挟む「――ふぅ、やっと静かになったわね」
額の汗を拭う仕草をしつつ、彼女は周囲を見渡す。
「騒がしい割には大したことがないのばかりで、なんか拍子抜けだったわ」
ため息交じりに苦笑する彼女の周りには、完全に動かなくなっている巨大な獣たちで埋め尽くされていた。
どれも見た目は大きな傷を負っている様子はなく、血が噴き出して生臭さを漂わせていることもない。ついでに言えば体の一部が欠損していることもなく、そのうち目が覚めて元気になるのでは、とすら思えてくるほどだ。
しかしそれは、断じてあり得ないことだと、少年は理解している。
(何なんだ、あの人は……)
謎の人物であることに変わりはない。よく見ると頭に二本の角がある。それもかなり目立っており、アクセサリーの類でないことは明らかだ。
その角が、この世界における『魔族』の特徴を表しているものであることは、村で大人から習ってはいた。しかし実際に見たのはこれが初めてであり、少年を二重の意味で驚かせているのもまた確かだった。
(……凄かったな)
魔界にしかいないはずの魔族が、どうしてこの人間界にいるのか。そもそも何故いきなり現れたのか。
色々と浮かんでくるであろう疑問という疑問も、少年からすればどうでも良くなりつつあった。
それだけ今の出来事が、衝撃的にも程があるものだったのだ。
(本当にあっという間だった……)
全て、一撃で綺麗に仕留められた。
まるでそのような『お芝居』を見させられたようで、いまいち現実さを感じられないのも事実であったが、これは夢でもなんでもないことは間違いない。
そう納得するしかないことも、少年は分かっているつもりだった。
「――ねぇ!」
彼女が再び振り向いてくる。またしても揺れ動く銀髪が、太陽の光によってキラリと輝いて見えた。
「あなたも大丈夫だったかしら? 見たところケガはなさそうだけど」
「え、あ……えっと、その……」
呆気に取られてしまっていたせいか、少年の返答は完全にしどろもどろとなり、視線も右往左往している。
そんな彼の様子に、彼女は一瞬だけきょとんとするも、すぐさまニンマリとした笑みを浮かべた。まるで『面白いものを見つけた』と言わんばかりに。
「ふふっ、なぁにその反応? このディアドラさんの美貌に惚れたのかしら?」
自らディアドラと称する彼女は、冗談交じりの笑みを浮かべる。この後、少年が顔を真っ赤にして「そんなことない!」と、年頃らしい反応を見せてくれることを期待してのからかいであった。
しかし――
「あ、はい。まぁ、そんな感じです」
「……へっ?」
あっさり頷いた少年に、今度はディアドラが呆ける番となった。しかし少年はそれに構うことなく、視線を逸らしながら頬を掻く。
「正直その、助けに来てくれた時、輝いてたってゆーか……女神様みたいな? なんかそんな感じに見えたのは、確かでして……」
「ちょ、ちょっと! ちょっと待った! お願いだから待って!」
ディアドラが両手を突き出し、その手のひらをパタパタと振る。殆ど左右にシェイクしているも同然で、かなりぶれて見えた。
「オ、オトナをからかうのもいい加減にしてよね! そんな甘い言葉に騙される私じゃないんだよ? ディアドラさんをナメたら恐ろしいことになるんだから!」
「……まぁ、確かに強いですもんね。今も輝いてて凄く綺麗ですし」
「はうっ!!」
素直な少年の感想に、ディアドラは衝撃を受けたらしい。思わず声に出しつつ、両手で心臓のある部分を押さえてしまうほどに。
「あ、そうだ。まだお礼を言ってませんでしたね」
そんな彼女の状態に気づいていないのか、少年はマイペースな態度を崩さず、にこやかな笑みを浮かべてきた。
「ありがとうございました。おかげで死なずに済みました。あなたは本当に、僕の命の恩人です」
「いえ、そ、そんなにかしこまることはないわ。当然のことをしたまでよ」
「助けてもらったのは事実ですから」
少年がハッキリとそう告げる。もうすっかり落ち着いた口調となっており、むしろディアドラのほうが動揺し続ける形となっていた。
ちらりちらり、と少年に視線を向けては逸らしてを繰り返している。頬も赤く染めており、意識していることは間違いない。
しかし少年もまた、マイペースであることに変わりはなかった。
彼女の様子よりも自分の言いたいことを優先させ、笑みを浮かべつつも真剣な目を向けていく。
「たとえあなたが何者であったとしても、僕はあなたに感謝しているんです」
「――っ!」
言葉だけ見れば、ありふれた感謝のそれに過ぎない。しかしディアドラの心は、思いっきり飛び跳ねていた。
これまでも感謝の言葉はたくさん受けてきたというのに、どうしてこうも嬉しく感じるのか。こんなに胸の鼓動が激しくなっていく経験はなかった。
(お、落ち着きなさい、ディアドラ! 覚悟の一つはしていたはずでしょう!)
心の中で必死に自分に対して呼びかける。そのおかげか、少しは心が落ち着いてきたような気がした。
(そうよ。ここはしっかりと私がリードしなきゃ。彼の笑顔に負けるなど、威厳を失ってしまうも同然だわ!)
ディアドラは目を閉じてフッと小さく笑い、サラリと右手で銀髪をなびかせる。そこに再び太陽の光が差し込み、彼女の姿を明るく照らしてきた。
すなわち――
「……やっぱり綺麗ですね。本当に女神様みたいだ」
「あうぅっ!!」
反撃を受けてしまうチャンスを少年に与えてしまったということだ。そして案の定の結果となり、ディアドラは再び胸を押さえてうずくまり、悶えてしまう。
「え、あの、大丈夫ですか?」
流石にただごとではないと思ったのか、少年が心配そうな表情で呼びかける。しかしディアドラは、すかさずバッと左手を突き出した。
「問題ないわ! 少しだけ息が乱れただけよ。すぐに回復するから!」
「はぁ……それならいいんですが、無理しないでくださいね?」
ひとまず言葉を受け入れはしたものの、少年を安心させるには程遠い。
心配そうな表情のまま覗き込んでくる彼の姿から、ディアドラは必死に顔ごと目を逸らしていた。そうでもしないと、どこまで冷静さを失うのか、自分でも想像できないくらいだったからだ。
すると――
「あっ、そうだ。もう一つ忘れてたことがあったんだった」
「な、なに? まだ何かあるの!?」
思い出したように発言する少年の言葉に、ディアドラは焦りの声を上げる。顔は完全に真っ赤となっていたが、もはやそれどころではない。
すると少年は、姿勢を正しながら穏やかに笑った。
「――僕の名前はアレンと言います。こないだ十八歳を迎えたばかりです」
「今更っ!?」
アレンと名乗った少年に対し、ディアドラは大きな声でツッコミを入れた。
0
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説
【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした
コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。
クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。
召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。
理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。
ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。
これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載。
悲しいことがあった。そんなときに3年間続いていた彼女を寝取られた。僕はもう何を信じたらいいのか分からなくなってしまいそうだ。
ねんごろ
恋愛
大学生の主人公の両親と兄弟が交通事故で亡くなった。電話で死を知らされても、主人公には実感がわかない。3日が過ぎ、やっと現実を受け入れ始める。家族の追悼や手続きに追われる中で、日常生活にも少しずつ戻っていく。大切な家族を失った主人公は、今までの大学生活を後悔し、人生の有限性と無常性を自覚するようになる。そんな折、久しぶりに連絡をとった恋人の部屋を心配して訪ねてみると、そこには予期せぬ光景が待っていた。家族の死に直面し、人生の意味を問い直す青年の姿が描かれる。
自分が作ったSSSランクパーティから追放されたおっさんは、自分の幸せを求めて彷徨い歩く。〜十数年酷使した体は最強になっていたようです〜
ねっとり
ファンタジー
世界一強いと言われているSSSランクの冒険者パーティ。
その一員であるケイド。
スーパーサブとしてずっと同行していたが、パーティメンバーからはただのパシリとして使われていた。
戦闘は役立たず。荷物持ちにしかならないお荷物だと。
それでも彼はこのパーティでやって来ていた。
彼がスカウトしたメンバーと一緒に冒険をしたかったからだ。
ある日仲間のミスをケイドのせいにされ、そのままパーティを追い出される。
途方にくれ、なんの目的も持たずにふらふらする日々。
だが、彼自身が気付いていない能力があった。
ずっと荷物持ちやパシリをして来たケイドは、筋力も敏捷も凄まじく成長していた。
その事実をとあるきっかけで知り、喜んだ。
自分は戦闘もできる。
もう荷物持ちだけではないのだと。
見捨てられたパーティがどうなろうと知ったこっちゃない。
むしろもう自分を卑下する必要もない。
我慢しなくていいのだ。
ケイドは自分の幸せを探すために旅へと出る。
※小説家になろう様でも連載中
チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?
桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」
その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。
影響するステータスは『運』。
聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。
第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。
すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。
より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!
真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。
【簡単な流れ】
勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ
【原題】
『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる