透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

文字の大きさ
上 下
251 / 252
第七章 魔法学園ヴァルフェミオン

251 サリア~新たなる居場所

しおりを挟む


「十年前――私とあの子は、気がついたらこの研究所の中庭に倒れていたのよ」

 研究所の案内をしながらキャメロンは語る。

「幼いあの子が乱入し、儀式が暴走し始めた瞬間、私は悟ったわ。きっとこの儀式は失敗する。私は哀れな犠牲になるんだって。けれど……私は生きていた」

 幼子と一緒に、同じ天国へ来てしまったのかとさえ思えた。しかしそれはすぐに勘違いであることに気づいた。
 研究所の職員がキャメロンとマーキィを発見し、二人は保護されたのだった。

「それから私とあの子は、ここで匿われる形で暮らすことになった」

 保護された際、キャメロンが正直に全てを明かしたのが、功を奏した。
 知らない場所で右も左も分からず、恐らく自分は夢でも見ているのだろうと思っていたからだ。
 しかしそれを聞いた職員は、こぞって驚いていた。

「まさかあなたがシュトル王国の皇太子妃様だったとは――って、あの時は揃ってビックリ仰天状態だったわよ」

 懐かしそうに笑うキャメロンに対し、サリアは目を丸くする。今の言葉の中で、あからさまにおかしい部分があったからだ。

「あの、シュトル王国とか皇太子妃とか話して、信用してもらえたんですか?」
「やっぱりそこは気になるわよね」

 サリアの疑問はもっともだと思い、キャメロンは苦笑する。

「答えはカンタンよ。ここの職員たちの殆どが『私と同じ』だったの」
「同じって……まさか!?」
「えぇ」

 キャメロンは遠い目をしながら空を見上げた。

「私と同じ、向こうの世界からこの世界に飛ばされてきた……そして未だに、元の世界へ帰ることを諦めていない」

 サリアは絶句する。キャメロンからの言葉で、全てが理解できてしまった。
 それまでの自分も同じだった。元の世界――すなわち地球へ帰ることだけを考えて生きてきた。
 理屈は分からないが、帰るという願いだけは叶った。もっとも、本当に取り戻したかったものは取り戻せない状態だったが。

「あの、それって――」

 真っ先に頭の中に浮かんだ疑問を、サリアは尋ねる。

「他の人たちも、キャメロンさんと同じような経緯だったということですか?」
「それも確かに多かったけど、他の理由を抱えてる人たちもいたわね。私も全てを把握してはいないわ」

 キャメロンは肩をすくめながら苦笑する。気にならないわけではないが、無理に問いただすつもりもないのだ。
 利害が一致していればそれでいい――そんなドライな部分も大きいのである。

「表向きは、宇宙衛星を発展させるための総合科学研究所。けれどその正体は、時空を超えて異世界へ渡るために造られた施設なのよ。魔法の代わりに『科学』という素晴らしい力を利用してね」
「それからは、キャメロンさんもここで研究することにしたんですか?」
「えぇ。正式な研究員として受け入れてもらったわ。どんな伝手を使ったのか、こっちで暮らすための戸籍も、いつの間にかできていたのよ?」
「は、はぁ……」

 ウィンクするキャメロンに、サリアはどう反応していいか分からなかった。十六歳の時点で、日本での知識が止まってしまっている彼女でも、戸籍を得ることが容易いことではないことぐらい分かる。
 しかし異世界から来た人たちということならば、あり得なくはない気もした。
 何故なら科学とは異なる『魔法』が存在するからだ。
 それを駆使してまんまと戸籍を手に入れることができたとしても、異世界を経験している彼女からすれば、それほど驚くようなことでもない。

「……じゃあ、キャメロンさんもずっとここで?」
「えぇ」

 話を切り替えがてらサリアが尋ねると、キャメロンも懐かしそうに頷く。

「そしてあの子も、この研究所で暮らしてきていたわ」

 その瞬間、サリアの体がわずかにピクッと反応を示す。彼女の言う『あの子』が自分の産み落とした息子であることを、瞬時に悟ってしまったのだ。
 そんな彼女の心情に気づいているのか否か、キャメロンは構わず続ける。

「私はあの子の名前を知らなかった。舌足らずな口調で『マキィ』と発言して、それをある一人の職員が『マキトでいいんじゃないか?』と軽く言ったのが、名前の決め手だったわね」
「そ、そうなんですね……」

 サリアはどことなく気まずくなる。ここに来て、息子のことを話されているということを自覚し始めたのだ。
 本当に今更過ぎるにも程がある芽生えだが、それでもサリアは、ちゃんと聞かなければならない。

「思えば、この研究所に降り立ったのは、とても運が良かったと言えるわね。でもそれから十年は、全く糸口すら掴めなかったのだけど」

 研究を欠かしたことはなかった。突破口がまるで見えず、何度挫けそうになったか分からない。
 それでも諦めようとする者は一人としていなかった。
 キャメロンも同じくであった。必ず元の世界へ帰ってやると、自分で自分の心に誓いながら、研究所での日々を過ごしていた。

「そんなある日のことだったわ――あの子が突然、姿を消してしまったのは」

 気づいたのは朝だった。研究所内をくまなく探してみたが、どこにも姿がない。もしかして外に出たのではと思われたが、監視カメラの映像にもない。
 まるで部屋の中から忽然と消えた――そうとしか思えなかった。

「もしかしたら異世界に飛ばされたのではないかと、研究者仲間が言ったの。単なる冗談のつもりだったらしいんだけど、考えていくうちに、その可能性は濃厚なんじゃないかと思い始めてね」
「……えぇ。確かにいましたよ、その……マキトは」
「やっぱり! 私たちの推測は間違っていなかったようね!」

 感激するキャメロンは、サリアの気まずさに気づいていなかった。これまで息子を息子と思ってこなかったせいで、名前を言うことすら気恥ずかしく思えてしまっている自分が、なんとも情けないとサリアは思った。
 それも今更過ぎる気づきであることは、言うまでもないことだろうが。

「十年前の儀式はかなり強引なものだったからね。不完全な魔法であるが故に、その効力が切れて元の世界に自動的に戻るケースもあるんじゃないかって、予測が立てられていたのよ。きっとあの子はまさにそれだったようね!」
「え、えぇ……恐らくそれかと」

 やはり気まずそうに頷くサリアは、ここではたと思った。

「あの、でもそれって、キャメロンさんも同じですよね? なのにどうして……」
「それは私も考えていたわ。どうして私は一緒に戻れなかったのか」

 キャメロンは落ち着いた笑みとともに目を閉じる。

「恐らく、私が儀式の媒体となったからという可能性があるわね。魂が一度潰え、それが異世界を渡る際に再構築された……かなり強引な理論ではあるけれど」
「でも……納得できる気はします」
「ありがとう。いずれにせよ、私が戻れなかったのは事実だから、それは受け止めなければならないわ」

 開き直ったような口ぶりでキャメロンが言う。皇太子妃としての経験値がそうさせているのか、それとも強い信念のもとに生きているからか。
 いずれにしても凄い人だと、サリアは彼女に対して、そう思えてならなかった。

「もし良ければ、あの子が暮らしていた部屋もあるけれど……見る?」

 キャメロンがそう提案してきた。一瞬驚くサリアだったが、やがて静かに首を左右に振る。

「私がそれを見たところで、どう思えばいいか分かりませんから」
「そう。まぁ、今はまだ仕方がないわね」

 サリアがそう答えることも読んでいたのだろう。キャメロンは特に驚かず、すんなりと受け入れた。

「――サリアさん」

 そしてキャメロンは、改めて真剣な表情で呼びかける。

「あなたも向こうで長い年月をかけて、異世界召喚の研究をしていたそうね? 今度はその経験値を、この研究所で活かしてみないかしら?」
「こ、ここで、私が?」

 思わず目を見開くサリアに、キャメロンが頷く。

「私たちは元の世界へ戻ることを諦めない。何年何十年かかろうと、諦めるつもりは全くないわ! あなたの蓄えた知識と経験が必要なの。そのためならば、いくらでもあなたの居場所を作るわ!」
「居場所……」
「えぇ、そうよ。今日からここが、あなたの新しい『居場所』になるのよ。新たなる一人の『サリア』という人間としてね」
「新たな人間……私が……」

 サリアの目から涙が流れ落ちる。
 今、ここでようやく分かったような気がした。どうして自分が、頑なに元の世界に戻りたかったのか。
 それは、『帰る居場所』があったからだ。
 異世界にもそれはあったはずだ。しかし自らそれを手放してしまった。
 愛していたはずの夫や魔物、そして霊獣たちから目を背けていた。腹を痛めて産んだ実の息子に、言葉すらかけてこなかった。
 サリアはそのことに、改めて気づいたのであった。

(なんてバカなんだろう? これじゃあ、私の今までの十年は……)

 念願の帰還を果たした先に待っていたのは、まやかしが消失した現実の世界。それはサリアを絶望に叩き落とした。
 しかしそこに今、救いの手が差し伸べられている。
 それは、太陽のように神々しく見えた。サリアは震えながらその手を取り、涙ながらに頭を下げる。

「よろしく……おねがいしますっ!」

 嗚咽を漏らすサリアを、キャメロンはそっと抱きしめるのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜

夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。 不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。 その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。 彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。 異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!? *小説家になろうでも公開しております。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

処理中です...