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第七章 魔法学園ヴァルフェミオン

241 マキトチーム、神竜との戦い

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 その瞬間、時の流れが遅くなったような気がした――――
 迫り来る眩い光が絶望へと誘う。訳も分からず連れてこられたこの場所で、成す術もなく人生の幕を閉じてしまうというのか。
 逃げることすらもできず、ただ立ち尽くした状態で、マキトはそれを見上げる。
 何も考えられなくなりつつあったその時――足元から何かが飛び出した。

「――させないぜっ!」

 リウの甲高い声が聞こえてきた。それと同時に、小さな体が自分たちの前に飛び出してきている。
 光のブレスがリウを包み込もうとしていた。
 しかし光は包み込むどころか、リウの目の前で押し留まっていた。
 そして――

「らああああぁぁぁーーーーっ!!」

 渾身の叫びとともに、光のブレスが跳ね返される。リウの小さな体から出ている淡い光が、眩い光に押し勝っていたのだ。
 跳ね返された光は、一直線に神竜へと迫る。
 目には目を――神の力には神の力を。
 同じ神を司る存在だからこそ、成し遂げてしまった所業であることに、マキトたちは気づいていない。
 そしてリウも、それを意識していたわけでもない。
 ただ、無我夢中だった。新しく出会えた主と、その仲間たちを、なんとしてでも守り通したかったという気持ちが、絶望を跳ね返す奇跡を起こしたのだ。

「グワアアアァァーーーッ!」

 跳ね返された光のブレスを直撃で喰らい、神竜は雄たけびを起こす。
 その反動で、雁字搦めとなっていた鎖が千切れていく。次第に神竜の体が、自由な動きを取り戻していく。

「――離れろっ!」

 マキトが叫び、ノーラや魔物たちとともに後ろへ飛び退くように下がる。神竜の体が完全に開放されたのは、それと同時であった。

「グルルルル――」

 低い唸り声を出しながら神竜がジロリと見下ろしてくる。また雄叫びでもぶちかましてくるのだろうかと思いながら、マキトたちは身構えていた。
 すると――

「ふん! やっと動けるようになった……」

 重々しく喋る声が聞こえてきた。それは間違いなく、目の前に存在する大きな竜からであった。
 これまでに幾度となく、このような光景を見てきてはいた。しかしその都度、初めて体験したような気持ちに駆られてしまう。
 今回マキトが抱いた感想も、まさにそれであった。

「……喋れるのか?」
「無論だ。我がヒトの言葉を喋ってはいけないとでもいうつもりか?」

 ジロリと睨みながら問いかけてくる神竜。それに対してマキトは、呆然としながらも返答を口に出す。

「いや、別にそんなことはないけど」
「ならばよかろう。そんなに驚くことでもあるまい」
「そりゃあ、まぁ……」

 神竜からそう言われたマキトは、思わず納得してしまう。

(確かにそのとおりかもな……言葉を話せる魔物と出会うなんざ、別に珍しいことでもないんだし。むしろこれぐらいで驚いてどうする、って言われそうだ)

 むしろ驚くのが普通なんだよ――そう言われる可能性のほうが高いことに、マキトは全く気づいていない。
 この数ヶ月で経験した出来事が基準となってしまっている以上、致し方ないとも言えるであろう。

「それで? 主らは我をどうするつもりだ?」

 神竜が問いかけてくる。その目は全てを見透かしてくるようであり、マキトたちは思わず息を飲む。

「主らは何を目的として我の元へ来た?」
「――助けに来たんだ。ある人に頼まれたもんでね」

 とりあえずマキトは率直に答える。それ以外に言いようがなかったからだ。すると神竜は、眉をわずかにピクッと動かす。

「ある人だと? まぁ良い……それで我を助けてどうするつもりだ?」
「あー……どうすればいいんだろ?」

 初めて気づいたことに、マキトは素直な反応を示してしまう。神竜にとっても予想外だったのか、若干目を丸くしていた。

「なんだ。考えてなかったのか?」
「助けてほしいって言われただけだからなぁ……どうするって言われても……」
「ん。しょーじき困る」
「ですよねぇ」

 マキトに続いて、ノーラとラティも同感だと頷く。

「まぁ、しいて言えば、神竜をここから逃がすことぐらいじゃないか?」
「そうですね。ここにいたらまた捕まってしまうのです!」
「ん。まだ神竜は解放されただけ。ちゃんと助けたことにはなっていない」
「だよな」

 マキトたちの会話に、ロップルとフォレオも、そしてリウも、そのとおりだと言わんばかりに頷く。
 そんな彼らの姿を見ていた神竜は、素直に驚いている様子であった。

「ふむ……どうやら我の力を目的としてはおらぬようだな?」
「んー、してないな」
「してない」

 マキトとノーラが素直に返答する。ラティたちもコクコクと頷いており、その表情が偽りでないと、神竜も感じ取っていた。
 故に、不思議でならなかった。
 神の力を持つ存在が目の前にいるというのに、それに対する邪な考えを抱いていないということが。

(改めて見るとこの少年、とても曇りのない目をしておるのだな……)

 間近でそのような目を見たのは、何十年――否、何百年ぶりとすら言えるような気がしていた。
 それぐらい遠い昔の話であり、もう二度と巡り会えないと思っていた。

(ある意味、我が待ち望んでいた存在ということなのか……まぁ、今ここでそれを考えていても仕方あるまい)

 神竜は目を閉じ、フッと小さく笑う。その仕草が、マキトをきょとんとさせた。
 今まで感じていた重々しい空気が消えたのだ。そして今は、一匹の大きな竜が目の前にいる――ただそれしか感じない。
 他の魔物たちと何ら変わらない。この広い世界の中に存在している、数多くの中の一匹であると。

「もう、怒ってないのか?」

 気がついたらマキトは、そう問いかけていた。神竜もいきなり聞いてくるとは思わなかったのか、一瞬だけ呆気に取られた表情を見せる。
 そして再び小さく笑うのだった。

「あぁ。少なくとも主らに対してはな。我をこんな目にあわせた輩には、それ相応の報いを与えてやりたいところだ」
「……だろうな」

 マキトは苦笑する。やられっぱなしでいたくない気持ちは、それなりに分かるつもりだった。

「まぁ、別に復讐したいならしてもいいけど――」

 それでもマキトは、これだけは言っておきたいと思った。

「世界を滅ぼすようなことをするのだけは、頼むから止めてくれないか?」
「――理由を聞かせてもらおう」

 神竜が改めて目をスッと細くする。そしてまっすぐと見据えてくるその表情を、マキトは真正面から受け止め、穏やかな笑顔で見上げた。

「世界が滅んだら、俺たちも生きていけないからな。折角この世界で生きていくのが楽しいと思っていたんだ。それを失うようなことは起こってほしくない」

 堂々と言い切ったマキトの目を、神竜はジッと見据える。その数秒が、やけに長く感じたのは、恐らく気のせいではないとも思えた。
 そして――

「……やはり主の目は、どこまでもまっすぐで、曇りがないのだな」

 神竜がどこか満足そうに、フッと小さく笑った。

「良かろう。我も無暗に世界を壊すようなマネはしたくない。主が見せてくれたまっすぐな気持ちに免じて、ここは収めよう」
「ホント? ありがとう!」

 マキトが笑顔を浮かべると、神竜もニッコリと微笑む。完全に暴れる空気が消え失せたことに、ノーラや魔物たちも安心していた。

「ん。流石はマキト。神竜を説得するなんて凄すぎる」
「同感なのです。マスターじゃなければ、多分できなかったと思うのです!」
「ハハッ、そりゃどーも」

 ノーラやラティの言葉に、マキトは思わず嬉しくなる。どれだけ凄いのかは正直分からないままだが、それでも目的の一つを成し遂げたという気持ちは、確かに感じていたのだった。
 するとここで、フォレオがふと思い出したような表情を見せる。

『ねぇねぇますたー。ぼくたちどーやってここからでるのー?』
「――あ、そういえばそうだったな」

 マキトも改めて思い出す。確かに神竜は解放できたが、この地下から脱出できなければ意味がない。

「とりあえず、先へ進むしかないんかなー? 神竜はもう動けるのか?」
「うむ! ここが魔力スポットであるおかげだろう。気だるい感じもすっかり抜け落ちてしまったわい!」
「へぇ、相変わらず凄いもんだな、魔力スポットってのは……」

 マキトが部屋の片隅の部分に注目する。そこには確かに、森などで見てきたものと同じような光る水晶のような物体が鎮座していた。
 神竜の力をも補ってしまうほどの魔力の塊――それがどれだけのものか、改めて垣間見えたような気がした。

「よし、折角だ。主らまとめて、我の背に乗るが良い」

 神竜が思いついたような反応を示しつつ、そう提案してきた。

「ここからは我が、主らを運んでやろうではないか」
「……ホントにいいのか?」
「いいから言っておる。我の気が変わらんうちに早く乗れ」
「あ、あぁ、分かった!」

 マキトたちは慌てて神竜の背に乗り込む。ラティとフォレオも、それぞれ変身を解除しつつ飛び乗った。

「俺たちのほうは準備できたぞ!」
「よーし! 外の世界を目指して、いざ出発じゃー!」

 神竜の掛け声に、マキトたちが「おぉーっ!」と威勢よく返事をする。
 大きな翼がゆっくりと――そして次第に早く羽ばたき出し、神竜の大きな体がゆっくりと浮き上がる。

 そんな自分たちの姿が見られていることに、彼らは気づいていないのだった。

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