透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第七章 魔法学園ヴァルフェミオン

235 研究員たちの大パニック

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 ほんの少しだけ、時は遡る――――
 地下施設の研究所はパニックに満ち溢れていた。いつもの平和な研究タイムが、たった数時間でガラリと変わるなど、誰が想像できたであろうか。

「ど、どうなってるんだ、これはあああぁぁーーーっ!?」

 研究員の男が頭を抱えて叫ぶ。他の研究員たちも似たような様子であった。
 無理もないだろう。自分たちの血と汗と涙の結晶が、突然現れた少年少女と魔物たちによって、いとも容易く突破されているのだ。
 それも現在進行形で、止まる様子は全くと言っていいほど見られない。
 全てが想定の範囲外ともなれば、絶望するのも無理はない。

「あの扉は、魔力を複雑に流さねば開かない仕組みになってるんだぞ! どうしてあんな少女が触っただけで、簡単にスッと開くんだ!?」
「分かりません! なんか知らないけど顔パス同然で突破されていきます!」
「その原因を調べろっつってんだ! 魔導システムのバグなら、俺たちのチームの責任問題だぞ!」

 次々と簡単に開けられていく広い通路の重々しい扉――それは全て、魔力によって動かすシステムであり、研究所のメンバーが誇る傑作の一つだ。
 開発とメンテナンスとテストを重ね、各国に売り込みをかけ続けること数年、その実がようやく結ばれそうになったというこのタイミングで、セキュリティのせの字も成り立たない姿を見せられる。
 携わった研究者として放っておくことはできない。
 何年もかけて作り上げたものが水泡に帰す――それだけはなんとしてでも避けたいところであった。

「――室長、異常はありません」
「何がだ?」
「急ピッチで検証してみましたが、システムは全て正常なんです!」

 もう殆ど鳴き声も同然の状態で研究員が報告する。しかしそれで納得する室長と呼ばれた研究員の男ではなかった。

「正常だとぉ? だったら何であんな簡単に開かれるんだ!?」
「それが分かれば苦労はしないですよ!」
「何だ、その言い草は! 大体普段からだな――」
「そういう室長こそ、いつもは上にペコペコするばかりで現場をちっとも――」

 もはや見苦しい言い争いしか生まれていないそのやり取りを、まともに聞いている者はいなかった。
 とにかく現状を把握することを、必死に行っていた。
 ちなみに――サリアへ報告した際のモニターは、今でも展開されている。
 すなわち研究員たちの姿が、今もバッチリ映し出されており、サリアどころか他の皆にまで知れ渡ってしまっていることを、未だ誰も気づいていない。

「――ホホッ、これはまた面白い状況になってきておるな」

 モニターの様子を見ながら、クラーレが心から愉快そうに笑う。

「不測の事態一つ対処しきれんようじゃあ、この学園も底が知れたモノよのぉ」
「えっと、さっきはちゃんと対処していたように見えますけど……クレメンテたちをすぐに捕まえてましたし」

 メイベルが軽く手を上げながら恐る恐る発言する。しかしクラーレは、それに対してつまらなさそうにため息をついた。

「あんなの不測とは言わんわい。本当に予想しきれないモノ――マキトたちの大暴れがまさにそれじゃ。それをちょっと突かれただけであのザマとなっておる」
「確かに……もう見てられない感じですよねぇ」

 アリシアも苦笑せずにはいられない。マキトたちが扉を、そして魔導ゴーレムたちを次々と突破する度に、研究員たちがこぞって悲鳴を上げている。ここから冷静さを取り戻して対処していく姿が、まるで想像がつかない。

「それにしても、ちょっと見ない間に、魔物ちゃんたちも強くなったなぁ」
「ふふっ、そりゃあ毎日たくさん頑張ってるもの♪」

 どこか嬉しそうに話すアリシアに、ユグラシアもまるで自分のことのような笑顔を見せる。
 それはもはや、一つの家族にしか見えなかった。

「どうですか、サリアさん? あなたの息子はあんなに――あら?」

 少し自慢げな口調で問いかけようとしたところで、ユグラシアは気づいた。

「ねぇ、サリアさんはどこへ行ったのかしら?」
「えっ?」

 ユグラシアの言葉で周りの皆も気づく。サリアも、そしてウォーレスも、完全に姿を消してしまっていることに。

「いつの間に……モニターはまだ映し出されているというのに……」
「完全に放ったらかした状態となってやがるな」
「向こうの人たち、まだ全然気づいてないみたいですよ」

 呆然とするディオンに続いて、ネルソンとエステルが苦笑しながら、モニターの奥にいる研究員たちの様子を改めて見る。
 もはや彼らも、モニターを展開したままだということを忘れているようだ。
 それぐらい切羽詰まっているということなのだろうが、それはそれでどうなのだろうかと思わざるを得ない。

『ぎゃあああぁぁーーーっ! 七年の成果がたったの七秒でええぇーーっ!?』

 そんな研究員の叫びが聞こえてきた。画面の奥で、マキトたちが巨大な魔導ゴーレムを撃破していたのだ。
 残骸と化した魔導ゴーレムに対し、マキトたちは無傷に見えていた。
 同時に彼らは揃ってコテンと首を傾げていた。強敵だと思って全力を出したら、思いのほかそうではなかった――そう言わんばかりに。

『ウソだろ……アレって簡単に壊されるようなモンじゃないだろ……』
『俺、データ取るのに何回も徹夜したんだぜ?』
『それがたったの七秒でパア……そうか、これはきっと夢だ』
『よし、試しにちょっと抓ってやる』
『あいででででで! 止めろバカヤロウ! いてーよ!』
『ってことは、夢じゃないのか』
『呑気なこと言ってんじゃねぇよ、コイツ……!』
『みぎゃあぁっ! そ、そっちがその気なら容赦しないぞおぉっ!』

 膝から崩れ落ちたり笑い出したり、そして醜い言い争いが始まったり。
 そんな研究員たちのショックは計り知れない。たくさん苦労して仕上げたものを簡単に攻略されたのだから、無理もないと言えるだろう。

『えぇい、やめろお前ら! そんなことしてる場合じゃないだろうが!』

 するとここで、室長の檄が飛ぶ。殆どの研究員たちの動きが止まり、室長は肩で息をしながらマキトたちの画面を改めて見据える。

『くそぉっ! あの少年たちは一体何者なんだ!?』
『あれは霊獣ですね。そしてあの美人さんは、恐らく妖精ですよ。なんであんなに大きくなっているのかは分かりませんが』
『おいおい、どれも珍しい魔物ばかりじゃないか。しかもテイムの印がしっかりとついているということは……』
『どちらかが魔物使いなのでしょう……あっ、情報が入ってきました! 少年のほうがそうみたいです』
『なんだと? ちょっと見せてみろ!』

 研究員が手に持っていた一枚の用紙を、室長が脇から奪い取る。そしてそこに書かれている内容を急いで読んでいく。

『適性を受けるも【色無し】と判定された? ウソつけ! あれはどう見ても、数多くの【色】に恵まれた数百人に一人というレベルの存在だろうが!』
『け、けどこの情報は、確かなスジから届いたモノでして……』
『くっ、どういうことだ? まるでワケが分からんぞ』

 室長がギリッと歯を噛み締める。そこに、別の研究員の男性が、閃いたと言わんばかりに笑顔を浮かべた。

『もしかして、ウワサに聞く【透明色】ってヤツじゃないですかね?』
『はぁ? そんな迷信が本当にあるとでも言うつもりか?』
『で、でもそうとしか思えないですよ!』
『そんな調べようがない答えなんか出すんじゃない!』
『すみませえぇ~んっ』

 室長に一喝された研究員が、涙目になりながら謝罪する。それからもモニターの奥では、てんやわんやな状況が続いていくのだった。

「――やはり【透明色】の判断については、未だ技術が進んでおらんようじゃな」

 クラーレがどこか物悲しそうな表情を浮かべ、深いため息をつく。

「ゴーレムなんぞ作っとらんで、鑑定装置の改善でもすればいいものを」
「それこそ、信ぴょう性がないからでしょうね。着手するにも、確かな証拠はどうしても必要になりますから」
「それは確かに言えるとは思いますが、これは思わぬチャンスかもですよ?」

 ユグラシアの言葉に頷きつつ、ディオンが笑みを見せる。

「少なくともヴァルフェミオンは、マキト君の存在を認識せざるを得ません」
「あぁ。あんなの見たら、誰でも忘れられなくなるぜ」
「そうですね。僕も宮廷魔導師として、このことは国に持ち帰ります」

 ネルソンとエステルも、すっかりマキトに興味深々であった。思わぬところで将来有望な少年たちを発見できたという点は、彼らにとっても見過ごせない。
 そんな二人の反応に満足そうな表情を浮かべながら、ディオンはユグラシアのほうに向き直る。

「きっとヴァルフェミオンも、そうそうに無視はできないと思いますよ」
「フフッ、そうであってくれればいいのだけどね」

 そんなささやかな期待をかけつつ、ユグラシアたちは今後の動きについて考えをシフトさせていくのだった。

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