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第七章 魔法学園ヴァルフェミオン
230 地下での再会
しおりを挟む「――なるほど。それでここか」
リスティとメイベルに案内され、三羽烏も応接室にやってきた。ネルソンが周囲を見渡してみるが、立派なソファーとテーブルがある、客を迎えるための何の変哲もない部屋にしか見えない。
「特に変わったようなモンはなさそうだが……」
「いえ、そうでもありません」
神妙な表情で、エステルが一歩前に出る。
「わずかながら転移魔法の痕跡が見受けられます。恐らくここで、誰かが魔法を使ったのでしょうね」
「マジか。そんなことも分かるのかよ?」
「僕でもどうにかギリギリ、と言ったところですがね」
驚くネルソンに、エステルが苦笑する。そしてメイベルのほうに視線を向けた。
「メイベルさんもよく気づきましたね。優秀な魔導師でも、なかなか気づかないほどのモノですよ?」
「いえ。実家でよく扱っている魔法の気配だったので……むしろ身内が関わっていることに驚いたくらいです」
「なるほど」
頷きながらもエステルは察した。メイベルが言うほど驚いていないことを。
彼女が祖父であるウォーレスに対し、マイナスな面を持っている部分も、それとなく理解しているということも。
「最初にリスティと二人でここに来た時に、それはすぐ気づきました。でも、私たちだけじゃ対処しきれないと思って……」
「それで俺たちを呼びに来た、というワケだな?」
「はい……」
ディオンに問いかけられ、メイベルは頷く。しかしすぐさま、神妙な表情から苦笑に切り替わった。
「まさか、お知り合いの方々と一緒だとは思いませんでしたが」
「しかも利害が一致しているなんて、怖い偶然だよねぇ」
メイベルに続いて、リスティも覗き込むようにして笑みを浮かべてくる。三羽烏の話は、ディオンからそれとなく聞いたことがあったのだ。まさかこのタイミングで拝めるとはと、彼女も割と驚いている状態だった。
しかしリスティは、すぐさま雑談がてら色々聞きたい気持ちを封印する。
今はそれどころではないからだ。
「なんにせよ、ピースは揃った感じですよね」
「えぇ。僕もそう思います」
リスティの言葉にエステルが頷いた。
「恐らくメイベルさんのお姉さん、そしてユグラシア様は、ここから転移魔法でどこかへ連れていかれた。そしてその黒幕は、この学園の理事であるウォーレス」
「ヴァルフェミオンの理事だけあって、ソイツの発言権や決定権は伊達じゃないって話も聞いたな」
腕を組み、目を閉じながらディオンが言う。それを聞いたネルソンが、頭をボリボリと掻きむしりながらため息をついた。
「迂闊に手が出せねぇ人物か……なんとも深い裏がありそうな気配がするぜ」
まさかこうも見事に、自分たちのミッション遂行が進むとは思わなかった。しかしこれは絶好のチャンスに間違いはなく、それを逃す手はない。
「メイベルとか言ったな? お前さんはその転移魔法とやらの痕跡を、辿ることができるんだったか?」
「はい。かなり薄れてはいますが、やってみせます! あっ、そうだ――」
気合いを入れて返事をしたところで、メイベルはあることに気づき立ち上がる。そしてネルソンとエステルのほうに向き直り、姿勢を正して頭を下げた。
「改めてお願いします。どうか、姉の救出に協力してください」
まだちゃんとお願いをしていなかった――それを思い出し、せめて形だけでもちゃんとしておきたいと思った。
一方のエステルたちは、一瞬呆気に取られるも、すぐに笑みを浮かべる。
「勿論です。ヴァルフェミオンのOBとして、困っている後輩を放っておくことはできませんからね」
「利害も一致してそうだしな」
ネルソンも腕を組みながら快く頷く。ディオンも無言のまま、言うまでもないと言わんばかりに笑みを深めていた。
そんな三羽烏の姿に、メイベルは感動を覚えつつ、再び頭を下げる。
「――ありがとうございますっ!」
胸の奥からこみあげてくるものがあった。優しく肩にポンと手が置かれ、それがリスティであったことから、余計に温かさを感じずにはいられなかった。
するとここで、ディオンがふと思い出したように言う。
「あぁ、リスティは残っていてくれ」
「えぇーっ? どうしてー?」
「見回りが二人も消えたら怪しまれるだろうが。それにそのチビスケを、これ以上敵の懐に飛び込ませるのも、いささかどうかと思うんだがね」
「くきゅ?」
にゅるッと首を伸ばしながら、ガリューがどうしたのと尋ねる。ずっと大人しかったために、周りも殆ど忘れていたほどだった。
リスティは納得できないと言わんばかりに震えるが、やがて観念したかのように深いため息をつく。
「はぁ……流石に返す言葉もないわ。こりゃあ仕方ないか」
「分かってくれてなによりだ」
ディオンはニッコリと笑い、そして視線をメイベルのほうに戻す。
「さぁ、キミのお姉さんを助けに行こう!」
「――はいっ!」
その頼もしい掛け声に、メイベルも力強く頷くのだった。
◇ ◇ ◇
「ふわあ~ぁ……あー、よく寝たわい」
ムクッと起き上がりながら、クラーレが両手を突き上げる。思いっきり大きな口を開けて放たれる欠伸が、彼の言葉どおりであることを存分に表現していた。
「……よくこんな状況の中でグッスリ寝れますね?」
壁を背もたれにした状態で座るアリシアは、完全に呆れ果てた表情を向ける。
「まるっと一時間ぐらい熟睡してましたよ?」
「おぉ、そんなに寝ておったか。なんやかんやで疲れておったんじゃなぁ」
すくっと立ち上がり、クラーレは両手を伸ばしたり回したりして、軽い体操みたいなことをする。本当に一眠りして体がスッキリされていることがよく分かり、余計にアリシアは顔をしかめずにはいられない。
「こっちは不安で眠れなかったのに……なんてゆーか、流石はマキトのお祖父ちゃんって感じがするわ」
特にマイペースな部分なんて、血は争えないとしか思えないくらいだ。
もしこの場にマキトがいたとしたら、クラーレと同じように、のんびりグースカ寝ていたことだろう。
こうなったら焦っても仕方ないじゃん――そんなことを言いながら。
「ホッホッホッ、そうかそうか。そんなにマキトに似ておるか。いやぁ、祖父としては嬉しい限りじゃの♪」
「いえ、別に褒めたワケじゃ……」
「ワシもあの子の顔を見る度に、ワシの孫じゃというのを実感しておってのぉ」
「聞いてないし」
気持ち良さそうな表情で語るクラーレに、アリシアはとことん呆れ果てる。もはや捕らわれの身であることを忘れているかのようであり、ユグラシアはそんな二人の様子に苦笑していた。
(それにしても、そろそろ何かしら動きがあっても良さそうよね……)
ユグラシアがひっそりと表情を引き締めつつ、視線を動かす。
(騒ぎ声のようなものも……あら?)
静かな様子が続いていると思ったその時、外のほうから気配を感じた。何やら数人で押し寄せるように近づいている。クラーレも気づいたらしく、話を切り上げつつ扉のほうを見据えた。
「なんじゃ? またウォーレスが様子を見にでも来たか?」
その可能性はありそうだとアリシアも思った。もしそうであれば、いつまで閉じ込めておくつもりなのかと、今度こそ強く詰め寄ってやろうと思っていた。
しかしその推測は――大きく外れることとなる。
「――あ、お姉ちゃんっ!」
扉が開いた瞬間、メイベルが姉を発見し、わき目も降らず飛びつく。あまりの突然さに、アリシアは何が起こったのか分からなかった。
「おねえぢゃあぁーーん! あいだがっだよおぉーーーっ!」
胸元に顔を埋めながら叫ぶように言うメイベル。恐らく泣いているのだろうということは分かるが、それよりも聞きたいことが色々とある。
まずは妹を落ち着かせねばと、アリシアが思っていたそこに――
「おっ、皆さんご無事のようで」
「ディオン!」
顔見知りであるドラゴンライダーが、ひょっこりと顔を覗かせてきた。目を見開くユグラシアの隣では、クラーレも驚きを隠せないでいた。
更にもう二人、彼の後ろから登場する。
「どーもー。思ったほどピンピンしてるみたいで、なによりなことっスね」
「ご無事でなによりです。ユグラシア様、そしてクラーレさんも」
ネルソンとエステルの登場もまた、三人を驚かせるには十分であった。連続して訪れる驚きに、ユグラシアは思わず苦笑する。
「……とりあえず、何から聞いたほうがいいのかしらね?」
「うむ。ワシから言わせれば、久々に三羽烏が揃っておるのが気になるのぉ」
クラーレは髭を手で触りながら、ディオンたち三人を見据える。
「どんな経緯でこうなっておるのかは知らんが……まさかこんなところで、ヤンチャな若造どもを見ることになろうとはな」
「おいおい、じーさん。助けに来てやってんのにそりゃねーだろうよ」
ネルソンが苦笑しながら肩をすくめる。
「まぁ、相変わらずみてぇでなによりだけどな」
「そーゆーお主の口の減らなさも、あの頃とまるで変わっておらんようじゃな」
どこか呆れた様子でクラーレは言う。三羽烏たちは、この次に来る老人の言葉が容易に想像がついていた。
昔見たく口うるさい感じで、厳しい言葉をかけてくるのだろうと。
しかし――
「全く若造どもが……いっちょ前にデカくなりおってからに……」
目を閉じながらクラーレはそう言った。心なしか、その笑みはどこか嬉しそうであるようにも見える。
そんなクラーレに対し、ネルソンとエステルは目を見開いた。
(じーさんって、あんな感じだったか?)
(こんなに物腰の柔らかいイメージはなかったハズ……あの人に一体何が?)
二人からすれば、完全に人が変わったように見えていた。実のところディオンも同じような感想を抱いていた。
これも全ては、クラーレがかけがえのない孫たちに会えたからに他ならない。
ユグラシアだけがなんとなくそれを察し、笑顔を浮かべていた。
「――これはこれは。いつの間にか賑やかになったものだな」
皮肉たっぷりな物言いの声に、場の空気が一瞬にして張りつめる。メイベルは表情を引き締めながらも、内心ではかなり動揺していた。
「おじい様……」
血を分けた祖父の登場ではあるが、メイベルの表情は、完全に『敵』と見なしているような険しさを見せていた。
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