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第七章 魔法学園ヴァルフェミオン
221 メイベル大ピンチ
しおりを挟む(お姉ちゃん……一体どこへ行っちゃったんだろ?)
真夜中の学園内を、メイベルは息を潜めながら歩き回っていた。
アリシアが呼び出しを受けて寮から出かけたまま、消灯時間近くになっても、全く帰ってくる気配がないのだ。
いくらなんでもおかしい――そう思ったメイベルは、女子寮を抜け出して姉の捜索を始めた。
そして探すこと一時間以上が経過しているが、未だアリシアは見つからない。
(もっとも、探せている範囲も全然狭い感じだもんねぇ。見回りの目をかいくぐりながらってのは、やっぱり簡単なことじゃないや)
ヴァルフェミオンの内部を見回っているのは、なにも学園の教師や外から雇い入れた兵士や魔導師だけではない。
学園を卒業したOBやOGを特別に雇うケースも少なくないのだ。
もっともこれには、卒業したけど就職にありつけず、就職内定率の低下を防ぎたいという学園側の都合も多分に含まれている。
早い話が、好き好んで見回りの仕事をしているわけではないということだ。
それ故にOBOGに見つかれば、八つ当たりという名の制裁と扱きを与えられることは想像に難くない。
実際にメイベルも話に聞いたことがあった。
抜け出そうとした学生たちが、OBやOGの制裁を喰らい、その数ヶ月後には学園にいられなくなったと。
これには色々な憶測が立てられたが、いずれもいい憶測ではなかった。
故に見つからないことが大前提――それは間違いない。
(とはいえ、こっちも引き下がるワケにはいかないんだよね。もしかしたら、お姉ちゃんのピンチかもしれないんだしさ!)
きっと何かが起きている――メイベルの中で胸騒ぎが止まらない。
しかし、学園内は至って静かだ。いつもの平和な夜の時間帯であり、怪しい気配も全く感じられないのも、また事実ではあった。
怪しくないのに怪しく思える――なんとも矛盾した考えである。
(うーん、ここら辺にはいなさそうかな? もう少しあっちのほうを……)
メイベルは周囲を見渡しながら、物陰から動き出そうとした。
しかし――
「やばっ!」
――がたぁんっ!
壁に立てかけられていた木の板が倒れてしまい、大きな物音を立ててしまう。
「誰だっ!?」
運悪く近くにいた見回りの魔導師が駆け寄ってくる。メイベルはその場から一目散に逃げだしたが、魔導師たちは勘を働かせ、一直線に彼女の後を追うようにして走ってくる。
(ヤバいヤバいヤバい――!!)
暗闇の中を駆け抜けながら、メイベルは背筋が冷えていく感触に見舞われる。
ここで捕まったら一貫の終わり――そう思いながら、なんとか裏庭の茂みの中に飛び込んだ。
しかしよく考えたら、袋のネズミなのではとメイベルは思う。
何せ逃げ込んだ場所が場所だけに、少しでも動けば物音がしてしまう。追手も近づいてきており、まさに絶体絶命としか言えなかった。
「隠れてもムダだぞ。大人しく出てこい!」
追手の魔導師――声からして男――が、周囲を見渡しながら叫ぶ。
「俺たちはこの学園のOBだからな。もし学生なら、最低限の罰だけで見逃してやっても構わねぇぞ?」
「素直に出てきたほうが身のためってもんだぜ? 違反した生徒への制裁は、俺たちの裁量に任されてるからな」
「要するに制裁は俺たちの好きにしていいってワケだ」
「そのとおり! だからさっさと出てきて土下座して謝れば、軽く扱いてやるだけで済ませてやらないこともないぞ? まぁ、俺たちの気分次第だがなぁ♪」
恐らくニタニタと薄気味悪い笑顔で持浮かべているのだろうと、メイベルは顔をしかめる。声の様子だけで丸わかりといっても過言ではない。
(どう考えても痛めつける気満々じゃないの!)
ああいうのに限って、女子が相手でも容赦がないと、メイベルは思う。むしろ女という生き物を最大限に利用した、制裁という名の性的暴行に発展する可能性も捨てきれない――否、そう見て然るべきだろう。
(何にしてもマズいよねぇ……この状況をどう打開するべきか……)
OBたちが近づいてきており、歩を止めることはない。もはやこれまでかと、そう思っていた時だった。
「――やぁ、見回りご苦労さん!」
爽やかな青年らしき声が、場の空気を一変させる。茂みの中で、頭を抱えて伏せているメイベルは、思わず声が出そうになった。
「あ、あなたは……もしかして、ディオンさん?」
「どうして、こんなところに……」
二人のOBも、大いに戸惑っていた。やはりその声だけで、二人の様子がメイベルにもよく分かってしまう。
かくいう本人も、同じような気持ちではあったが。
「夜の見回りに決まってるだろ。臨時警備兵として雇われてる身だからな」
「あっ、そ、そういえば、そうでしたね……」
苦笑しながら言うディオンに対し、OBの一人が戸惑いながら頷く。確かにそのような話を聞いていたことを思い出した。
まさか有名なドラゴンライダーがとも思っており、あまり現実味がある話と受け取ってもいなかったため、尚更この場で出くわしたことを驚いてしまった。
そしてOBたちの視線は、ディオンの隣に立つ少女に向けられる。
「えっと、そちらの人も……」
「あぁ。一緒に雇われたリスティという冒険者だ」
「よろしくねー♪」
ヒラヒラと笑顔で手を振ってくるリスティ。暗闇の中でも金髪は目立つため、その美貌も相まってOBたちは思わず見惚れてしまう。
そこに――
「くきゅっ♪」
リスティの肩から、生き物が文字どおり首を伸ばしてきた。
「うぉわ!」
「なっ、ド、ドラゴンっ!?」
思わず大きな声を出してしまうOBたちに、リスティはそんなに驚かなくてもと苦笑しながら、自身の相棒の長い首の後ろを優しく撫でる。
「私のパートナーのガリューよ。驚かせてしまってごめんなさいね」
「くきゅ?」
どうしたの、と言わんばかりに首を傾げるガリュー。その可愛らしい姿に、リスティは思わず頬を綻ばせてしまうのだった。
一方、OBたちは依然として戸惑いの笑みを浮かべていた。
「そ、そう、ですか……」
「スゲェ。こんな間近でドラゴンの子供が見れるなんて、初めてだぜ……」
ドラゴンの子供がヒトに懐くことはない――そんな当たり前とも言える常識の一つが覆されたも同然であり、彼らの反応も無理はないと言える。
リスティ自身、とある魔物使いの少年と接したことで、その認識具合が少しずれてしまっている点は否めない。
「――そういやさっき、スライムが一匹逃げていくのを見かけたぞ?」
ディオンが思い出したような反応とともに、そう切り出した。
「ちょうどキミたちが向かってきたほうからだったな。もしかして、追いかけたりしていたのか?」
「えっ、あ、いや、その……さっき、怪しいヤツを見かけたものですから……」
OBの一人がしどろもどろになりながら答える。そして、わざとらしく乾いた笑い声を出すのだった。
「ハハハッ、どうやら俺たち、スライムを追いかけてたみたいだぜ? 寮を抜け出した学生なんかじゃなかったってことだ」
「そ、そうなのか? まぁでも、言われてみればそんな気も……」
「だろ? ディオンさんが見たっていうんだから、きっと間違いないって! それにスライムがいるなんざ、別に珍しいことでもないだろ?」
「まぁ、確かにな……」
OBたちが言っていることは、実のところ正しいことではある。
野生のスライムが荷物か何かに紛れて、学園の敷地内に入り込むのは割とよくある話なのだ。何もしなければ全く害のない魔物でもあるため、特に駆除されることもなく放っておかれている。
むしろ見た目の可愛さに惚れこむ生徒たちも多く、こっそり面倒を見ている者もいたりするのだが、それはまた別の話だ。
「じゃあ俺たち、また向こうの見回りに戻りますんで!」
走ってきた方角を指さしながら、OBの一人が元気よくそう言うと、ディオンもニッコリと笑う。
「おう。お互い仕事を頑張ろうな」
「ハイっす! ほら、早く行こうぜ!」
「お、おぉ……」
もう一人のOBも戸惑いながら頷き、そのまま二人は歩き去っていく。そして角を曲がって完全に見えなくなったところで、リスティが動き出す。
がさっ、と音を立てながら茂みの中を覗き込み、クスッと小さく笑った。
「もう大丈夫だよ。OBの人たちとやらは、向こうへ行っちゃったから」
その優しくかけられた声に、メイベルは恐る恐る見上げる。
月は雲によって隠れているはずなのに、風で揺れる金髪のポニーテールが、キラキラと美しく輝いているように見えたのだった。
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