透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第七章 魔法学園ヴァルフェミオン

219 追い詰められる母娘

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 アリシアは、誰もいない夜の学園の廊下を歩いていた。速足ではあったが、その表情は訝しげであった。

(こんな時間に呼び出すって、普通ないよね。メイベルもそう言ってたし……)

 しかも呼び出し先が研究室ではなく、応接室というのも気になる。誰かが客として訪れているのだろうか。
 しかしここは、外からの客など滅多に訪れないヴァルフェミオンであるため、その時点で普通じゃない空気が漂ってきている。現に部屋を出る際、メイベルもかなり心配そうな表情をしていた。

 ――気をつけてね、お姉ちゃん。もしかしたら何かあるかもだから!

 流石に心配し過ぎでは、と思ったアリシアだったが、廊下を歩いているうちに、嫌な予感がひしひしと迫ってきてならない。
 もしかしたら本当に面倒事が目の前にあるフラグなのではと、割と冗談抜きでそう思い始めていた。

(まぁ、とにかく行ってみなくちゃ分からないか)

 アリシアはそう結論付け、歩を進めていく。やがて応接室に到着すると、扉の前にはローブを見に纏った魔導師らしき人物が立っていた。

「来たか。客人が中で待っている」

 そう言いながら、その人物がノックをしつつ扉を開け、アリシアに対して中へ入るよう促す。
 戸惑いながらもアリシアが中へ入ると――

「アリシア!」
「お、お母さんっ!?」

 森の神殿にいるはずのユグラシアがソファーに座っていた。そして勢いよく立ち上がると同時にアリシアの元へ駆け寄り、彼女をギュッと抱きしめる。

(えっ、ちょ、な、なに? これ、どゆこと!?)

 アリシアは完全に混乱していた。何がなんだか訳が分からず、頭の中がぐるぐると渦巻くも、まともな答えに辿り着けそうにない。
 抱き締められて感じる暖かな匂いも、今は堪能している余裕はなかった。

「――いやはや。感動の母娘の再会というのは、いつ見てもいいものですなぁ」

 ぱんぱん、と乾いた音とともに低い声が聞こえてきた。ユグラシアとともにアリシアが視線を向けると、いつの間にそこにいたのか、六十代くらいの男性が笑顔で拍手を送っていた。
 しかしその笑顔も拍手も、どこかわざとらしいものがあり、驚くアリシアをよそにユグラシアはキッと睨みを利かせている。

「あなたは……ウォーレスさんね?」
「これはこれはどうも。ユグラシア様に名前を知っていただけて光栄です♪」

 嬉しそうな声とともにお辞儀をするウォーレス。しかしアリシアには、その全てに対して違和感を覚えずにはいられなかった。

(ウォーレスって確か、メイベルのお祖父さんじゃなかったっけ?)

 この学園で理事を務めていることも含めて、なんとなくメイベルから話に聞いてはいた。しかし会ったこともなかった。
 メイベルも特に会う必要はないと言っていたため、気にしなくていいかと、アリシア自身も割り切っていたのだ。
 故にまさか、こうしてお目にかかる機会が来ようとは、思ってもみなかった。

「わざわざこんな夜更けにお越しいただき、誠に感謝申し上げます。その説は、我が家の当主と孫娘が、随分と世話になりまして――」
「能書きはいいわ」

 客人をもてなす笑顔のウォーレスに対し、ユグラシアが叩き切るように言う。

「私をここに誘い入れた理由を話してもらえるかしら? どうせヴァルフェミオンの特別内部公開なんて話は、あなたたちの作り上げたデタラメなのでしょう?」
「えっ、あの、お、お母さん? その特別内部なんちゃらって……」

 いきなり冷たい声を発していくユグラシアに、アリシアは全くと言っていいほど付いて来れていなかった。
 それに気づいたユグラシアも、ごめんなさいねと軽く笑みを浮かべ、どうして自分がここに来たのかをかいつまんで話す。
 粗方聞いたアリシアは、驚きを隠せないでいた。

「――なにそれ? そんな話、学園じゃ全く出ていなかったよ!?」
「そう。まぁ、そんなことだろうとは思っていたわ」
「罠だと分かってて来ちゃったの? そんな、どうして……」
「当たり前じゃない。お母さんとして、娘のあなたが心配だったからよ」

 それ以外の理由なんてない――そんな堂々とした母親の姿に、アリシアは思わず呆気に取られてしまう。
 そんな二人の姿を黙って見ていたウォーレスは、小さなため息をついた。

「……やはり森の賢者が相手では、くだらん偽りなど通用しないか」

 優しそうな口調が一転し、ウォーレスは鋭い視線を向ける。それを目の当たりにしたアリシアは、思わず息を飲んだ。そしてそんな娘を自然と庇いつつ、ユグラシアもまた、ウォーレスに対して睨みを利かせる。
 娘には指一本触れさせない――そんな思いがあるのは明らかであった。
 もっとも彼からすれば、実にどうでもいいことでもあった。

「ユグラシア殿。あなたをお呼びしたのは他でもない。私の研究成果を、その目でご覧になっていただこうと思ったのですよ」
「研究成果、ですって?」

 探るように尋ねるユグラシアに対し、ウォーレスはどこまでも余裕だと言わんばかりの笑みで頷いた。

「えぇ。そこにいる孫娘が、大きなキーカードとなるその姿を、ね」

 ニヤッと纏わりつくような笑みを向けられ、アリシアは身震いする。そんな彼女を庇うように、ユグラシアはサッと一歩前に出た。

「何をするつもりかは知りませんが、娘への妙なマネは許しませんよ!」
「おやおや、森の賢者ともあろうお方が、随分と面白い冗談でございますなぁ」

 大袈裟気味に驚く素振りを見せ、ウォーレスは笑う。それが明らかな挑発であることは分かっていたが、それでもユグラシアは、苛立ちを募らせる。

「冗談、とは?」
「分かり切ったことを……『私の孫娘』を勝手に娘扱いしてくるなど、冗談としては面白いにも程があるということですよ」

 笑いを堪えながら話すウォーレス。しかしその直後、鋭い視線を向けてきた。

「あなたのいう娘とは、あなたが勝手にそう言っているだけに過ぎません。しかしそこのアリシアは、紛れもなく私と血を分けた祖父と孫娘です。これはどうあがこうと変えようのない事実――故に私の名に従う義務がある!」

 ウォーレスがそう断言しながら、掲げた指をパチンと鳴らす。
 何か仕掛けてくる――ユグラシアはそう判断し、身構えたその時だった。

「ぐっ……うぅっ!?」

 急に胸が苦しくなり、アリシアはその場に倒れてしまう。

「アリシアっ!」

 即座に駆け寄ったユグラシアは、魔力でアリシアの容態を確認する。どうやら拘束関係の魔法を仕掛けられてしまったようだ。

「――待っててアリシア。すぐに助けてあげるわ!」

 苦しむアリシアを前に、ユグラシアは冷静さを保っていた。
 拘束魔法なら、自分の魔力で解除することができる――そう思いながら、アリシアに賭けられた魔法を取り除こうとした。
 しかし――

「っ、どうして!?」

 魔力の解除は叶わなかった。存在している悪い魔力が、アリシアの体の奥深くに潜んでおり、発動した解除の魔力が届かないのだ。
 これはどういうことだと、流石のユグラシアも驚きを隠せない。

「ムダな足掻きは、止めた方がよろしいですよ」

 ウォーレスの声が聞こえてくる。ユグラシアが振り向くと、勝ち誇った表情で見下ろしていた。

「今、私が使った魔法は、単なる拘束魔法とは違う。単に体を縛るのではなく、もっと奥底に宿るモノ……『縁』とでも言っておきましょうか」
「縁……まさか!?」
「流石はユグラシア殿。お分かりになられたようですね」

 ユグラシアが目を見開くと、ウォーレスは嬉しそうに笑みを深める。

「この魔法は非常に特殊であるが故に、血縁者にしか通用しないんですよ。しかし逆に言えば、血縁者が相手ならば絶対に通じるんです。たとえユグラシア殿の解除魔法であろうとも、届くことはできないでしょう」

 誇らしげに語るウォーレスは、呻き声を上げるアリシアに視線を向ける。

「ここは大人しく従っていただきたいモノです。私とて、孫娘が苦しむ姿を、いつまでも見ていたくはない」
「ぐっ……!」

 ユグラシアからすれば、ウォーレスの言葉は戯言に他ならない。どう考えても、その孫娘とやらを実験材料に使うことは目に見えている。
 しかし、ここで下手に歯向かえば、更にアリシアを苦しめることになる。
 それだけは避けたかった。ユグラシアとしても、彼女を傷つけるようなことはしたくなかったのだ。
 たとえ血を分けていなくとも、心は立派な母娘であるという自負はあるから。

「――分かりました。私は余計な手出しをしないことを誓います」
「えぇ。そう言っていただけてなによりですよ」

 ウォーレスは満足そうに笑いながら、再び右手掲げ、パチンと鳴らす。

「……かはっ!」

 ようやく苦しみから解放され、アリシアは激しく息を乱す。ユグラシアが優しく支えつつ、改めて魔力で確認してみたところ、拘束魔法は解かれていた。

「あなたという人は……!」

 ユグラシアは鋭い視線をぶつけるも、ウォーレスはどこ吹く風であった。そして再び右手を掲げる。

「では、一緒に来てもらいましょうか」

 そう言いながらウォーレスは、再びパチンと指を鳴らす。その瞬間、足元に大きな魔法陣が展開された。
 二秒後――応接室から全ての人物が姿を消した。
 その直後に、扉がノックされる。

「失礼します。お茶をお持ち……あらっ?」

 ティーセットを運んできた魔導師の女性は、もぬけの殻となった応接室を見て、目を丸くするのだった。

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