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第七章 魔法学園ヴァルフェミオン

216 気がついたら地下にいました

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「――スターッ、マスター!!」

 遠くから聞こえてくる甲高い声が、徐々に近くなってくる。ぼんやりとしていた意識が段々と覚醒し、マキトはゆっくりと目を開けた。

「マスター! 気がついたのですねっ!!」
「ラティ……」

 ゆっくりと起き上がりながら、マキトは何が起こったのかを思い出そうとする。なんとか頭の中を回転させながら数秒が経過し、ようやくそれまでの出来事が脳内に蘇ってくるのだった。

「そうだ。じいちゃんちに怪しいヤツが入ってきて、それで……」
「ん。転移魔法を仕掛けられて、気がついたらノーラたちはここにいた」

 いつもの淡々とした声に、マキトは視線を向ける。

「ノーラ。お前も無事だったのか」
「ん。魔物たちも皆いる。でも……」
「おじーちゃんだけが、どこにもいないのです」
「マジか……」

 改めてマキトは、周囲を見渡してみる。
 壁は石造りとなっており、一面には模様みたいなものが刻み込まれている。そこから淡い光を発しているおかげで、真っ暗にはなっていない。
 部屋というよりは、まるで通路のようであった。窓の類も一切見当たらない。
 目の前には大きな扉みたいなのがあるが、取っ手らしきものはなく、どうやって開けたらいいかは見当もつかない。

「ここは一体どこなんだ? 本当にヴァルフェミオンなのか?」
「それは分からない。どこか遠い遺跡かもしれない」
「……その可能性もありそうだよなぁ」

 ノーラの言葉に頷きつつ、マキトはゆっくりと立ち上がる。そして近くの壁にそっと手を触れてみた。
 石の部分はひんやりと冷たく、光っている部分はほのかに温かかった。

「なんかこの光、魔力みたいなのですよ」

 ラティがマキトの横に飛んできた。

「先に起きてちょっと触れてみたら、急に光り出したのです」
「しかも、空気の入れ替えもされている感じだぜ」

 リウも四足歩行で歩きながら、ちょこんと前足の部分で壁に振れる。

「理屈は分かんねーけど、ここでオレたちが窒息する心配はないと思うぜ」
「そっか……でも、何もない場所だし、このままってのもなぁ」

 確かに今のマキトたちは、割と絶望的な状況と言える。何せこの場所には食べ物も水もない。おまけにいきなり飛ばされてきたから、荷物も一切ないのだ。
 そんな状況下でも、マキトは冷静さを保つことができていた。
 ノーラや魔物たちが一緒にいるからだ。
 皆がいれば、きっと力を合わせて乗り越えられる――マキトは無意識ながらに、そう思っているのだった。

「……じいちゃんは今、どうしてるんだろ?」

 やはり、この場にいない祖父が気になる様子のマキト。それに対してラティが、顎に手を当てて考える素振りを見せる。

「あくまでわたしの推測なのですけど、おじーちゃんは別の場所に転移されてるような気がするのです」
「別の場所、ねぇ……まぁ、無事でいてくれりゃあいいけど……」

 むしろ心配するべきは自分たちのことなのだが、それでもマキトは、ここにいない祖父のことを考えずにはいられない。
 あんなに優しい笑顔を向けてくれる人が、酷い目にあっていいはずがない。
 マキトがそんなことを考えていると――

「ん。きっと大丈夫」

 ノーラがマキトの服の裾を掴みながら、小さく笑いかけた。

「ここに飛ばされる前も、あの怪しいのに真正面から噛みついてた。あんな強いおじいちゃん、どこを探してもいないと思う」
「……確かにな」

 思わずマキトは噴き出してしまった。それくらい言い得て妙な言葉だったのだ。そしてそれは、ラティたち魔物も同意見であった。

「オレも信じてるぜ。あのじーさんならきっと大丈夫だってな!」
「わたしもそう思うのです」
「キュウキュウッ」
『ぼくもー!』

 魔物たちもこぞって声を上げる。クラーレを心配するマキトを、少しでも励まそうとする意味も含まれていた。
 その成果は、それなりに出たと言えるだろう。見上げてくる魔物たちに、マキトの表情は少しだけ笑みを見せていたからだ。
 ノーラもそれを察し、良かったと思いながら頷く。

「とゆーワケで、ノーラたちはノーラたちで、これからどうするかを考えるべき。ここで何もしなければ、何も起きないしどうにもならない」
「まぁ、それは分かるんだけどな……」

 こんなところで一体どうすればいいのか――マキトがそう考えていると、ノーラが彼の背中を見て気づく。

「マキト、それ……なに?」
「え?」
「背中に何か貼ってる」

 その言葉に魔物たちからも注目を集める。背中に何があるのか――ラティが覗き込んでみた瞬間、目を見開いた。

「ホントなのです! マスターの背中に、手紙みたいなのが貼ってあるのです!」

 テープで簡単に貼り付けられたそれをペリッと剥がし、マキトに見せる。

「いつの間にこんなのが……って、これライザックからじゃん!」
「え?」

 こればかりは流石に予想外過ぎたらしく、ノーラは驚きを隠せなかった。

「あんな怪しい男の手紙が、どうしてマキトの背中に?」
「いや、俺にも分かんないけど……まぁ、とりあえず読んでみるよ」

 マキトは戸惑いながらもメモに目を通していく。

「えーと、なになに? 驚かせてしまってすみません。先ほど、クラーレさんの家に現れた魔導師は――」

 クラーレの家に現れた魔導師は、なんとヴァルフェミオンの使者を装った、ライザックの仲間だったらしい。
 いきなり姿を見せ、有無を言わさず連れてこようとしたのも、転移魔法の魔法陣をわざわざ二つ仕掛ける姿を誤魔化すためだった。マキトたちとクラーレが別々の場所に転移されたのはそのせいである。

「ちなみにクラーレさんは、ヴァルフェミオン側の目論見どおりの場所にちゃんと転移させました――だってさ」
「おじーちゃんはとりあえず無事なのですね。良かったのです」

 ラティがホッと胸を撫で下ろす。しかしリウは、明らかに信用していないといわんばかりに顔をしかめていた。

「でもよ。それって、書かれてることが本当だったらの話なんだろ?」
「それはそうなんだけどな」

 リウの気持ちも分からなくはないため、マキトは苦笑する。しかしこれといって確証がない以上、判断のしようがないのも確かだった。
 とりあえずマキトは、再び手紙に視線を戻す。

「――あっ! 俺たちをここに飛ばした理由も、ちゃんと書いてあるぞ」
「えっ、どんな理由なのですか?」

 ラティがマキトの頬に張り付くようにして、手紙を覗き込む。

『はやくよんでー!』
「キュウッ!」

 フォレオとロップルも、マキトの足元に抱き着いて急かす。そんな魔物たちにマキトは困ったような笑みを浮かべた。

「分かった分かった。読むからちょっと落ち着いてくれ。えっと――」

 とりあえず早く続きをと思い、そこに書かれている内容をよく考えず、そのままかいつまんで口に出した。

「神竜が捕らわれているから助け出してほしい……だってさ」
「しんりゅう、ですか?」
『なにそれー?』
「キュウ?」

 ラティやフォレオ、そしてロップルがこぞって首を傾げる。かくいうマキトも、読んでみて意味が分からなかった。
 ここに来て、いきなり初めて聞く名称が出てきたからだ。

「――面倒なことになってきたかもしれない」

 ノーラがポツリと呟く。マキトが視線を向けてみると、神妙な表情でまっすぐ見上げてきていた。

「神竜とは、神を司るドラゴン。簡単に言えばリウのドラゴン版みたいなもの」
「へぇ、つまりメチャクチャ珍しい魔物ってことか」
「珍しいなんてもんじゃない」

 マキトの気軽な答えを、ノーラは叩き落とすように言った。彼女にしてはあまりにも珍しい対応に、マキトだけでなく魔物たちも、こぞって驚きを示す。
 そんな中、ノーラは淡々と続けた。

「捕らわれること自体、普通はあり得ない。だからこそ面倒な事態の可能性大」
「……マジか」

 呆然としながら呟くマキトに、ノーラは小さくコクリと頷いた。

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