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第七章 魔法学園ヴァルフェミオン

215 予期せぬ再会

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 その日の夜、ユグラシアは神妙な表情で、空を見上げていた。
 いつもは綺麗な月と星空が広がっているのだが、今日は何故かどんよりと薄黒い雲が覆っており、殆ど真っ暗である。
 たまにこういうときもあるのは確かだ。しかし何故か今回に限っては、理屈抜きに嫌な予感がしてならない。

(単なる杞憂であってくれればいいのだけど……)

 そう願ってやまないユグラシア。しかしそういう時に限って、嫌な予感というものは当たってしまう。
 それを今回、彼女は痛感することとなるのだった。

「――誰かしら?」

 真っ暗な夜空を見上げたまま、突如現れた気配にユグラシアは問いかける。そしてゆっくりと、後ろを振り向いていく。

「今日はお客さんが来る予定は、なかったと思うのだけど……」

 どういうつもりかしら――ユグラシアがそう問いかけようとした瞬間、思わず表情が止まってしまう。
 見たことがあるヴァルフェミオンのローブ――それ自体はさほど驚かない。
 登場した雰囲気はいかにも怪しい。しかし何故かユグラシアは、問答無用で追い返す気にはなれなかった。
 昔、どこかで会ったような、それとなく懐かしい雰囲気がしていた。
 そう思った瞬間、相手はローブのフードを取り、その正体を堂々と晒す。

「あ、あなたは……!」

 相手の顔を見た瞬間、ユグラシアは目を見開いた。対する相手は、すました笑みを浮かべている。

「お久しぶりです、ユグラシアさん。お元気そうでなによりです」
「サリア、さん?」

 名前を呼んではみたものの、その声に自信は見られない。
 最後に会ったのは、今から十年も前のことだ。しかし目の前の彼女は、あの頃と殆ど変わっていないとしか思えない――それがユグラシアの率直な感想だった。
 一方、現れた彼女は、クスクスと含み笑いをする。
 まるで無垢な十代の少女のように。

「そんなに驚くことはないじゃないですか。久しぶりの再会なんですよ? もう少し喜んでくれてもよくありません?」
「……この十年、完全に姿を消していた人が急に現れて、驚かない人はいないわ」

 言葉を紡ぎながら、ユグラシアはなんとか心を落ち着かせようとする。
 確かに彼女はサリアで間違いない。それは理屈抜きに分かる。
 マキトの実の母であり、友人でもあった彼女を、ユグラシアは心配していた。きっとどこかで生きていると信じてはいたし、本来ならばこうして目の前に現れたことを喜びたいところだ。
 しかし――今のユグラシアに、それはできなかった。
 有り体に言って不気味だったのだ。
 表情は確かに笑顔だ。しかしその目は笑っていないどころか、何の感情も込められていない。

(この十年で、彼女の身に何があったというの? 一体何があれば、あんな怖い笑顔が見せられるというのよ?)

 とても想像しきれず、ユグラシアは顔をしかめることしかできなかった。それに対してサリアは、ニヤッと笑みを深める。
 それが更に不気味さを増し、ユグラシアの表情を更に強張らせることとなった。

「な、何かしら?」
「そんなに固くならないでください。十年ぶりの再会なんですから」
「……申し訳ないけれど、とてもそんな気分にはなれないわ」
「残念ですね。まぁでも別にいいですよ。それが目的というワケでもないので」

 サリアはどこまでも淡々としていた。表情どころか、声にすら感情が込められていない。
 それでいて、全く敵意も感じられないため、ユグラシアも対処に困っていた。

(彼女の狙いは一体……とにかく今は、様子を見るしかないわね……)

 少なくともいい予感は全くしない。何か良くない話を持ち掛けにきたと、ユグラシアはそう思っていた。
 そしてその予感は――見事なまでに的中することとなる。

「ユグラシアさん。今から私と、ヴァルフェミオンへ来てくださいませんか?」
「――それに対する詳しい説明を求めるわ」

 なんですって、と問いかけようとしたユグラシアは、その言葉を飲み込んだ。下手に感情的な様子を見せるのは良くない。出来る限りの冷静さを保ち、相手のペースに呑まれないようにしなければと。
 しかしながらサリアは、待ってましたと言わんばかりに笑みを深める。

「フフッ、あなたならそう来ると思ってましたよ。分かりました、お話しします」

 その表情だけ見れば、にこやかな笑みで周りも和やかにさせることだろう。しかし実際の雰囲気は、和やかとには程遠い寒々しさが感じられ、一時の油断すらできないと思えてしまうほどであった。
 現にユグラシアの表情は、真剣な表情を通り越した睨みと化している。
 もはや完全に『敵』と見なしている様子であったが、当のサリアは全く気にしようともせず、ゆったりとしたペースで語り出す。

「近々、選ばれた方々のみを対象とする、ヴァルフェミオンの特別内部公開期間を設けることにしたのです。ユグラシアさんには是非とも、お越しいただければと思いまして、こうしてお声をかけに参りました」

 礼儀正しくお辞儀をするサリア。しかしユグラシアには、その姿が途轍もなく不自然に見えてならなかった。

「……お誘いの言葉は理解できたわ。でも残念ながら納得はできない。こんな夜更けに尋ねるなんて、常識外れもいいところだと思うのだけど?」
「それについては弁解の余地もありません。ですが、お忙しいあなたの場合、むしろこういった時間のほうがお会いしやすいかと思いまして」
「そう……まぁ、それは別にいいわ」

 決して納得はしていない。しかし追及したところでどうにもならないことも、ユグラシアはなんとなく察していた。
 今はそれよりも、尋ねたいことは色々とある。

「ちなみに、あなたがそれをする理由は何なのかしら?」
「簡単ですよ。私がヴァルフェミオンの理事を務めているからです」
「えっ? サリアさんが、理事を?」

 ユグラシアは驚いて硬直してしまう。何かしら関わりがあるのだろうと思ってはいたのだが、まさかそんな大きな立場に就いているとは思わなかった。

(本当にこの十年で、一体何があったというの?)

 できれば色々と問いただしたいところではある。しかし聞いたところで、まともに答えてくれるとも思えなかった。
 サリアのニッコリと微笑むその表情が、そう言っているような気もしていた。

「――時にユグラシアさん。ヴァルフェミオンには、あなたの娘さんも留学なさっていますよね?」

 突如そんなことを切り出してきたサリアに、ユグラシアの眉がピクッと動く。

「えぇ、確かにそうね。ちなみにあなたもよく知っている子よ?」

 できればこんなところで言いたくはなかったが、言うならここしかないと、ユグラシアは思った。

「十六年前――あなたとリオが保護した女の子の赤ちゃんは、元気にすくすくと成長してくれているわ」
「それが今では、ユグラシアさんの娘さんですか」
「えぇ。アリシアもあなたたちのことは、今でも感謝しているわ。命の恩人だと」

 少しでも言葉が届いてほしい――ユグラシアはささやかな願いを込めて、サリアに訴えるように話す。
 しかし――

「そうですか。では娘さんに話しておいてください。昔の話なんて、今の私には知っちゃこっちゃないと」
「サリアさん……」

 心のどこかで予想していたせいか、ユグラシアはそれほどショックを受けず、ただ悲しそうな表情を浮かべる。
 しかしまだ、彼女に言わなければならないことがある。
 ユグラシアは改めて表情を引き締め直し、胸に手を当てながら口を開いた。

「あなたの息子も、この世界で元気に暮らしているわ」
「えぇ、知っていますよ。マキトという名前で、色無しの魔物使いと判定されているにもかかわらず、たくさんの霊獣を従えていってるみたいで」
「……そうよ。あなたとリオの血が、しっかりと受け継がれている証拠ね」
「血は争えないとでも?」
「他に言いようがないと思うけど」
「でしょうね」

 どこまでも平行線を辿っているようにしか感じられない。自分の言葉はサリアの心を動かせていないと、ユグラシアは思っていた。

(もう、私の声は届かないということかしら?)

 とても演技には思えない彼女の姿に、ユグラシアの表情は悲しみを帯びる。しかしサリアはというと、完全にどこ吹く風な様子で笑っていた。
 そして、スッと目を閉じながら口を開く。

「お返事を頂けますか? ヴァルフェミオンへ来るのか、それとも来ないのか。私は別にどちらでも構いませんけど、ねぇ……」

 あからさまに思わせぶりな口振りのサリアに、ユグラシアは顔をしかめる。
 遠回しにアリシアのことを言っているのだとすぐに分かった。ここで拒否すればどうなるか分からない――恐らくそんなところだろうと。

「――分かったわ。そのお誘い、謹んでお受けいたしましょう」

 その瞬間、サリアは一瞬だけ目を見開くも、すぐに満足そうに笑みを深め、そしてニッコリと微笑んだ。
 それに対してユグラシアは、厳しい表情を保ちつつ、娘の笑顔を思い浮かべる。
 やはり現時点での優先順位は譲れない。それがユグラシアの結論であり、絶対的な気持ちでもあった。
 いざというときが来たら、すぐさま己の身を挺する覚悟も含めて。

(待っててね、アリシア。お母さんがすぐに行くから!)

 一方、その頃――――
 見知らぬ地下遺跡のような場所にて、マキトたちは目を覚ましていた。

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