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第六章 神獣カーバンクル

214 舞台はヴァルフェミオンへ

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「ワシらをヴァルフェミオンへ招待する……じゃと?」
「えぇ、そのとおりです」

 何の悪びれもなく頷いたその人物に対し、クラーレは目をクワっと見開く。

「ふざけるな! いきなり入ってきて、はいそうですかと頷くバカはおるまい!」
「……まぁ、それもそうですね」

 顎に手を当てて考える素振りを見せているが、どうにもうさん臭さは拭えない。その様子にマキトは、ある一つの予測が頭の中に浮かんだ。

「もしかしてアイツ……ライザックだったりするんじゃないのか?」
「ん。ノーラもそんな気はしてる」

 そう思うのも無理はないと、ノーラたちも思ってはいた。フードで顔はしっかり隠れていながらも、その飄々とした態度からは、どうにも不本意な知り合いを予測してならない。
 しかしながら、ノーラたちの中では確実に言えることもあった。

「でも、アレは違う」
「そうですね。理屈抜きに違う気はするのです」
「キュウッ」
『ぼくも。あきらかにちがうかんじがするー』
「オレも同感だぜ」

 それらの意見は、どれも確証はない。しかし妙な自信もある様子だった。

「違うのか……」

 意見がここまで一致すると、なんとなく信じたくなってくる。マキトも否定する理由が全くないため、そうせざるを得ない感じであった。

(とりあえず様子を見ておこう)

 ここで慌てて考えても、まともな答えなど浮かんでこない。不測の事態に鉢合わせた時は、以下に冷静さを保てるか――もしくは取り戻せるかどうかだ。
 そうディオンから教わったことを思い出したのだ。
 マキトなりに、これまでの経験で学んだことを活かしつつある。もっとも今回においては、ディオンレベルの熟練冒険者であろうと、戸惑わずにはいられない事態だということを、マキトは知る由もなかったが。

「では、少しばかり招待する理由を、お話しするとしましょうか」

 フードの下から見える口元をニヤリと笑わせながら、その人物は語り出す。

「実は今、我々が特別に選んだ人々を対象に、ヴァルフェミオンの内部を限定公開しているのです。あなた方は見事それに選ばれましたので、こうして私がお迎えに上がった次第でございます」
「……事情は理解できたが、それとワシらが選ばれる理由が結びつかんぞ?」
「それも今からご説明いたします」

 クラーレの睨みをさらりと躱しながら、その人物は爽やかに答える。

「まずはクラーレさん――あなたはシュトル王国で、宮廷魔導師を務めていらっしゃいましたね? それも長年に渡って」
「――っ!」

 なぜそれを、と言わんばかりにクラーレは目を見開く。もっともそれは、相手にとっては求めていた反応の一つに過ぎなかった。

「あなたはシュトル王国においても名の知れた魔導師でしたからね。こちらが少し調べればすぐに分かりますよ。引退成された今でも、魔法の鍛錬は欠かしておられないご様子で」
「はぁ……要するに全て知っておるということじゃろうが、全く……」

 これ見よがしに深いため息をつきながらも、クラーレは認めざるを得ない。そんなやり取りを黙って見ていたマキトは、きょとんとした表情をしていた。
 そして、隣にいるノーラに視線を下ろす。

「宮廷魔導師って何だっけ?」
「ん。簡単に言えば、王宮で働いている偉い魔導師。なるのはすっごい難しい」
「えぇ、そのとおりです」

 ローブの人物がにこやかに言う。小さな声のやり取りにもかかわらず、しっかりと聞こえていたようだった。

「魔導師の中でもスーパーエリートと言える存在ですからね。仮にヴァルフェミオンを優秀な成績で卒業したとしても、宮廷魔導師に辿り着けるのは、数パーセントにも満たないくらいです」
「へぇー、つまりじいちゃんは、それぐらい凄いってこと?」
「そういうことになりますね」

 素直に感心するマキトに、ローブの人物はにこやかに頷く。穏やかな口元と声からして、恐らく間違いはないだろう。
 するとクラーレが、若干の苛立ちを込めながら口を開いてきた。

「ワシのことは、この際どうでも良かろう。ワシらをヴァルフェミオンなんぞに連れて行って、一体どうするつもりじゃ?」
「先ほども言いましたとおり、ヴァルフェミオンの内部を紹介したくて――」
「ふんっ、どうせそれだけではあるまい! 裏があるのは目に見えておるわ!」

 ローブの人物の弁解を遮るように、クラーレは声を荒げる。そんな二人のやり取りを聞きながら、マキトは心の中で考える。

(確かになぁ……アリシアのことは気になるけど、何もこんな怪しいのに付いていく必要は、どう考えてもないだろうしな)

 少なくともマキトは、現時点では子のローブの人物に従う気は全くなかった。そろそろ断りの言葉でも入れようかと思ったその時だった。

「手厳しいですね。あぁ、そうそう。一つ申し上げておきますと――」

 ローブの人物がフッと口元の笑みを深め、わざとらしく一息ついて言う。

「ユグラシア様はこの誘いを、お受けになられましたよ」
「――なんだって!?」

 マキトたちは驚きを隠せなかった。クラーレも目を見開いている。
 まさかあのユグラシアが――という気持ちに加えて、そもそもそれは本当なのかという疑惑もあった。
 いきなりの衝撃にどう切り返していいか分からないでいるマキトに、ローブの人物は右手を掲げ、サラサラとペンを走らせるように動かす。

「まぁ、どのみち――あなた方にも来てもらうことは確定ではありますけどね」

 その瞬間、マキトたちの足元に魔法陣が『二つ』展開された。
 一つはマキトとノーラ、そして魔物たちの足元に。そしてもう一つは、クラーレの足元で、それぞれ淡く光っている。

「では皆さん、行きましょうか♪」

 ローブの人物がそう笑いかけた瞬間、魔法陣の光が強くなる。その光はやがて大きく広がり、マキトたちをすっぽり包み込んでいく。

「お、おい! ちょっとま――」

 マキトが何かを叫ぼうとしたその瞬間、魔法陣が白い光を放つ。
 一秒後――光が収まったそこには、もう誰もいなかった。

 賑やかだった声も消え去り、山小屋の中はしんと静まり返ってしまった――


 ◇ ◇ ◇


 一方その頃――ヴァルフェミオンのとある一室にて、騒ぎが起きていた。

「ちょっと待ってくれ! これは一体どーゆーことなんだ!?」

 だんっ、と拳で机を叩きながら、クレメンテが叫ぶ。

「どうして俺たちがペナルティを与えられるんだ? ちゃんとアンタの指示どおりに動いていたじゃないか!」
「そ、そうだ! こんなの横暴だぜ!」
「納得のいく説明をしてもらいたいモノですね!」

 金髪と青髪も抗議する。しかし彼らに背を向けている白髪の男は、振り向くことなく口だけを動かす。

「――キミたちが何を言っているのか、私には分からんな。簡易転移装置を盗んで勝手に学外に出たのだから、それ相応の罰を与えなければならんことは、言うまでもないだろうに」
「そ、そんな……」

 まるで他人事のような言葉に、クレメンテはショックを受ける。しかしすぐにある可能性に気づき、ハッと目を見開いた。

「そうか、最初から俺たちも捨て駒だったのか? 答えろよ――ウォーレス!」
「目上の者には、せめて『さん』くらいは付けたほうがいいと思うがね」

 白髪の男――ウォーレスは、クレメンテの叫びにも臆する様子はない。受け流しているというよりも、聞く価値すらないと言わんばかりであった。

「私はこの学園の理事の一人として、キミたちにペナルティを与える。内容はそこの紙に書いてあるとおりだ。これだけで済んだのは、むしろ幸運なほうだよ」

 大量の反省文に加え、特別更生クラスへの異動――それがクレメンテたち三人に課せられたペナルティであった。
 停学も退学もないという意味では、確かにいいように見えなくもない。
 しかし、ヴァルフェミオンに通う者からすれば、この意味はむしろ、下手な停学よりも地獄なのであった。
 当然クレメンテたちもそれを知っており、だからこそ大人しくそれを受けることはしたくなかった。

「特別更生クラスのどこが幸運なんだよ!? あそこは問題を起こしたヤツが放り込まれる『監獄』じゃないか!」
「あぁ、そのとおりだ」

 ウォーレスはあっけらかんと答える。

「成績順に振り分けられるランク別クラスとは違う。そこに放り込まれれば、どれだけ頑張っても昇格の余地はない。まさに人生の厳しさを叩きこむ『更生』をたっぷりと味わうことができるぞ?」
「っざけんな! 周りの連中のいい笑いの的になるだけじゃねぇか!」

 金髪が怒るのも無理はない。特別更生クラスは、制服も大きく変わる。つまり一目見ただけですぐにそのクラスだということが丸わかりなのだ。
 私は問題を起こした――それをアピールしながら学園生活を送ることとなる。
 プライドの塊である彼らには、到底耐えられるわけがない。
 しかし、彼らがどんな反応を示そうが、ウォーレスには知ったこっちゃない話に他ならなかった。

「進級して卒業もできるから、何の問題もあるまい。話は以上だ。下がりたまえ」

 ウォーレスは右手を掲げ、指をパチンと鳴らす。その瞬間、ガタイのいい男たちが室内に入ってきて、クレメンテたちを無理やり引きずり出していく。
 当然、クレメンテたちは反抗するが、とても太刀打ちできる様子ではない。

「許さねぇぞウォーレスっ! 必ず――必ず仕返ししてやるからなぁっ!!」

 虚しく響き渡る叫び声とともに、クレメンテたちは引きずり出されていく。それと入れ替わるような形で、一人の女性が入ってきた。

「また随分と賑やかな様子じゃない」
「おぉ。これはサリア殿!」

 サリアと呼ぶ女性に対し、ウォーレスは表情を綻ばせる。

「お見苦しい姿を見せてしまって申し訳ない。少しは使えるかと思いきや、所詮は未熟な小僧でしかなかったようです」
「フフッ、最初からそれを見越していたのでしょう?」
「お気づきでしたか」
「ショックを受けているようには見えませんから」

 サリアは皮肉っぽく笑う。それに対してウォーレスも、目を閉じながら大きく肩をすくめた。

「まぁしかし、動きとしては面白くなってきたところですぞ」
「計画は問題なく動いていると?」
「左様。アクシデントの一つや二つは想定済み。必ずや突破してみせましょう」
「頼もしいですね。その調子でお願い」
「――はっ!」

 ウォーレスが頭を下げたところで、サリアが踵を返し、部屋を出ていく。そして静かな廊下を歩きながら、ニヤリと笑みを深めた。

「あのお爺ちゃんも、割と単純で扱いやすい感じね――フフッ♪」

 魔法学園ヴァルフェミオンを舞台に、大きな『何か』が動き出す。
 そこに集結する者たちの動きが、果たしてどのような影響を及ぼすのか――それはまだ誰にも分からない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回で第六章が終了し、次回からは第七章(最終章)を開始します。

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