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第六章 神獣カーバンクル
213 突然の客人
しおりを挟む「そうか……そんなことがあったのか」
クラーレは重々しく頷いた。家に戻ってきたマキトたちから、事の次第を詳しく聞いたのだった。
「何はともあれ、お前さんたちが無事でなによりじゃわい」
表向きは安心した笑顔を見せるクラーレだったが、その内面では不覚という二文字が渦を巻いていた。
すぐ近くにいながら、孫たちが巻き込まれていた騒ぎに気づかなかった――祖父としてそのことを悔しく思った。しかし今は言葉のとおり、こうして皆が元気に戻ってきたことを素直に喜ぶことにした。
全ては過ぎた話。後悔したところで何も始まらない――この長い人生で、嫌というほど体験してきたからこそ、思えることであった。
「ところで、そのカミロとかいう少年は、崖下に転落したらしいな?」
「あぁ」
クラーレの質問にマキトが頷いた。
「チラッと崖下を覗いてみたら川があったから、多分そのまま落ちて、流されていったんだと思う」
「かすかに水に落ちる音も聞こえたのです。多分それで正解なのですよ」
「……そうか」
マキトとラティの回答に、クラーレは小さなため息をつく。
「あそこの川は流れがとても早くてな。一度流されてしまったら最後、下流に辿り着くまで、自力で止まることは不可能じゃろう。運が良ければ、命が助かるかもしれんと言ったところかの」
「うっわ……そんなところに落ちたのか、アイツって」
少しだけ想像してしまい、マキトは軽く呆然としてしまう。そこではたと、あることを思い出した。
「でも、確かアイツ、転送魔法を発動させる道具かなんか持ってたような……」
「持ってたとしてもあまり意味はない」
淡々とした口調でノーラがサラリと言う。
「ただでさえ暴走してたのに、川に流されて落ち着いて考える余裕なんてない。そもそも水にぬれて、魔法具が壊れてる可能性も高い」
「うむ。その可能性は極めて高いな。魔法具は精密さがウリでもあるからの」
「じゃあもう、どうにもならないってことか……」
ノーラとクラーレの言葉を整理すれば、そういうことになるのだろう。しかしマキトの口調や表情からは、可哀想という気持ちは殆どなかった。
彼からしてみれば、リウを奪おうとした身勝手な少年でしかない。
正直、カミロがどうなろうが知ったこっちゃなかった。むしろこれ以上、騒ぎを起こしてくる心配がないのなら、別にそれでいいじゃないかと。
ちなみにその気持ちは、決してマキトだけが抱いているわけでもなかった。
「ん。あんな身勝手な男のことを、これ以上気にしてても仕方がない」
「そうですね。それよりも――」
ノーラに続いて、ラティも頷きながら、マキトが抱きかかえているリウのほうに視線を向ける。
ずっと無言でいたのは、寝ていたからではない。ライザックからサリアの情報を聞いてから、ずっと落ち込んでいるような状態なのだった。
いくら頭の中では気持ちを切り替えたつもりでも、心はそうではなかった。
それはリウ自身も、それなりに自覚していることではあった。
「すまねぇ……やっぱりオレ、サリアのことを……」
「気にすることはないよ。それだけ好きだったってことなんだろ? なら仕方のないことじゃないか」
「うむ。マキトの言うとおりじゃ」
優しく励ますマキトに続いて、クラーレも笑顔で頷いた。
「お前さんはこれから、残酷な決断をしなければならん時が来るじゃろう。それを真正面から乗り越えるためにも、今は甘えておくことじゃ」
「……すまねぇ……うぅっ!」
リウがマキトの胸元にしがみつき、嗚咽を漏らす。色々と限界だったのだ。今は何も言わず、そっと受け止めてあげようと、マキトは思う。
頭を優しく撫でることで、わずかな震えと温もりが伝わってくる。
あんなに強気な態度を見せていても、あんなに大きな魔法を跳ね返すほどの大活躍を見せても、リウという魔物はこんなにも小さいのだ。
守ってあげたいと、心が鷲掴みにされてゆく。
これまで幾度となく感じてきた気持ちは、何度味わっても真新しい。
そんなことを無意識に思いながら、マキトは優しい笑みを浮かべるのだった。しかしすぐさま、それは神妙な表情に切り替わる。
「――それより問題は、ライザックが俺たちに言った言葉だ」
「わたしもそう思っていたのです」
ラティも真剣な声とともに、コクリと頷いた。
「普通に考えれば、マスターのお母さんが生きているということなのですが……」
「ん。完全なる不穏な気配。ちょっと素直には喜べない」
「そうなんだよなぁ」
ノーラの言葉にマキトは深いため息をつく。
「流石に今回ばかりは、俺も少し気になってる。なんか嫌な予感がするんだ」
「うむ……実はワシも風のウワサをちょいと耳にしておってな」
「風のウワサ?」
首を傾げるマキトに、クラーレが重々しく頷いた。
「サリアは今でも生きており、元の世界に帰ることを諦めていないそうじゃ」
「ん。帰るための方法を、ヴァルフェミオンで探してる感じ?」
「恐らくな。サリアも今のシュトル王国に対して、異世界召喚を期待することはまず考えられんじゃろう」
「どうして? 自分を召喚した国に責任を取らせるのは普通だと思う」
ノーラの言うことはもっともだと、マキトも思っていた。そしてそれは、クラーレも同感ではあったが、それでもできない理由を彼は知っていたのだ。
「そもそも今のシュトル王国は、異世界召喚を行うことは限りなく不可能に等しいとされておるんじゃ。何せ代々続く王家の血を引く者が途絶えておるからの」
「王家の血が……いない?」
微妙に意味が理解できず、マキトは首を傾げる。
「それって、今のシュトル王国には、王様がいないってことか?」
「ん? おぉ、すまん。ちょいと説明が足りんかったな」
クラーレは申し訳なさそうに小さく笑い、改めてマキトたちに説明を始める。
「今のシュトル王国は、ちゃんと国王が存在しておる。しかし今の国王は、王家の血を引いておらん。要するに婿養子なんじゃよ」
代々続く王家の血を引く者は、今の国王の妻であった。他に子供もおらず、その妻から生まれる子に王家の血は期待されていた。
しかし、十年前の事件が全てを変えた。
唯一の王家の血を引く妻が、儀式の媒体とされてしまった。その上で儀式が失敗に終わったことで、先代国王の命も散ってしまった。
それにより、残った婿養子の夫が、王の座を引き継ぐ形となったのだ。
「まぁ、婿養子とは言っても、幼い頃から王宮で暮らしながら厳しい教育を受けて育ってきたからの。ヤツの能力は世間にも知られており、期待もされておった。なし崩し的に王の座を引き継いだ際にも、反対する意見はなかったんじゃ」
「そーゆーことだったのか」
「大変だったのですね」
マキトとラティが感心しながら頷いていた。クラーレは笑顔を浮かべつつも、心の中でため息をつく。
(まぁ、先代国王の評判が評判……アレよりはマシという声が殆どじゃがな)
新しい国王は、少なくとも先代のような人物ではなかった。国の復興を最優先事項として動いており、新たな騎士団長や宮廷魔導師とともに立て直していった。
おかげで国民からの評判も獲得され、シュトル王国は再び栄えた。
王家の血がどうのこうの言う者も基本的におらず、むしろ新しく生まれ変わった王国を喜ぶ声のほうが大きかったほどである。
「とにかくそんなワケで、代々続く王家の血は、途絶えてしまったんじゃよ」
「それでサリアは、シュトル王国からヴァルフェミオンに切り替えた?」
「まぁ、そーゆーことになるかの」
ノーラの問いかけに、クラーレは思わず苦笑する。まるで恋人を振ったような言い方であったが、あながち的外れとも言い切れないような気もしていた。
「ヴァルフェミオンの研究は未知数じゃ。人知れず大規模な魔力実験も、平気で行える環境はあるじゃろう。そこで異世界召喚儀式の研究を進めていたとしても、何ら不思議ではない」
「……なんかもう、その線で大当たりな気がしてきたんだけど」
「わたしもなのです」
「ん。ノーラも」
ラティに続いてノーラも強く頷く。
「ヴァルフェミオンにはアリシアもいるし、流石に放っておけない。帰ってユグラシアに相談するべき」
「そうだな。すぐにでも出発するか」
マキトの声に皆が頷く。事は一刻を争うだけに、今回ばかりはクラーレも反対意見は出さなかった。
するとここで、リウもようやく顔を上げる。
「もしヴァルフェミオンへ行くなら、オレもぜってー行くぜ!」
「リウ?」
まさかの力強い声に、マキトが目を見開きながら視線を落とす。その見上げてくる表情には、さっきまでめそめそしていた様子は完全に消え失せていた。
「そりゃあ、確かにサリアのことはショックだけどよ……でも、今の話を聞いてたら放ってはおけねーよ。そのアリシアって、あるじたちの大切な人なんだろ?」
リウの問いかけに一瞬だけ驚くも、マキトはすぐに小さく頷いた。
「……あぁ。俺を助けてくれた恩人さ」
「だったら尚更だぜ!」
改めて気合いを入れるかのように、リウは力強く言い放つ。ようやくいつもの様子を見せてきたことに、マキトやノーラ、そしてラティたちも嬉しくなる。
その時だった。
「――いやぁ、大変素晴らしいお話を、聞かせていただきましたよ♪」
突如、知らない声が部屋の中に響き渡る。パチパチと乾いた音で拍手をしてくるその人物に、一同は驚き身構えながら振り向いた。
「だ、誰じゃお主は! いつの間にこの家に入ってきたんじゃ!?」
紫色のローブに身を包んだその人物は、フードを深く被っており、顔は完全に隠れている。ライザックやジャクレンとは声も異なっており、全くの別人であることはマキトたちにもすぐに分かった。
クラーレは息を整え、改めて睨みを利かせながら、低い声を出す。
「怪しいヤツめ……お主は何者じゃ?」
「失礼。自己紹介がまだでしたね。私はヴァルフェミオンからの使者です」
「ヴァルフェミオン?」
「えぇ」
思わず問いかけたマキトに、その人物は頷く。そして口元だけをニヤッと笑わせながら言う。
「私は皆さまを、ヴァルフェミオンへお招きするために、参上いたしました」
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