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第六章 神獣カーバンクル

212 ライザックからの忠告

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 突如マキトたちの前に現れたライザック。そのうさん臭い風貌に、リウは訝しげな視線を向けていた。

「なぁ、あるじ。コイツ本当に敵じゃねーんだろーな? 見るからに怪しいぞ?」
「そう思いたくなるのも無理はないな。てゆーか、俺もそう思ってるし」

 リウを抱き上げながら、マキトは苦笑する。

「まぁでも、ライザックは敵じゃないから大丈夫だよ――多分」
「多分かよ!」

 瞬時にリウのツッコミが入る。声は荒げているが、苛立ちよりも呆れのほうが明らかに大きかった。
 そんな小さなカーバンクルの気持ちは、ノーラや他の魔物たちも、痛いほどよく分かるつもりではあった。そもそもこんな山奥にいきなり姿を現すなど、どう考えても普通とは言えない。
 何かあると勘ぐるのが自然というものだろう。

「ご心配なく。僕はただ、魔力スポットと神獣の様子を見に来ただけですから」

 にこやかな表情でライザックは言うも、マキトたちの表情から疑いという言葉は抜けそうにない。もっともそれは想定しているのか、ライザックも特に反応を示すことなく、そのまま続ける。

「まさか封印が解けているばかりか、マキト君にテイムされているとは……流石にちょっと予想外でしたけどね」

 ライザックはやれやれと肩をすくめる。その反応は、素直に驚いているようにマキトは見えていた。

「……もしかして俺、マズいことやっちゃった?」
「いえ、別にそうは言いませんよ。カーバンクル自体に危険性はありませんし」

 不安そうに問いかけるマキトに対し、ライザックはあっけらかんと答える。誤魔化している様子もなく、純粋にその結果を認識しているようだった。

「むしろ納得すらしていますよ。流石はあのサリアさんの息子だなぁ、とね」

 その言葉に、マキトたちは――特にリウは背筋を震わせた。

「オマエ、サリアのこと知ってんのかよ!?」
「それなりにですがね。あなたとは深い関係があることも含めて」

 涼しい笑顔で答えるライザック。含みのある言い方に、リウは顔をしかめる。

「気になる言い方だぜ……何か知ってんなら、オレたちにも教えてくれよ」
「そうなのです! もったいぶるのは止めてほしいのです!」
「キュウ、キュウッ!」

 ラティに続いて、ロップルもそうだそうだと声を上げる。ロップルと一緒にノーラに抱きかかえられているフォレオも、ノーラとともにジッと無言のまま視線を向けている。何かあるなら教えろという圧を込めていた。

「分かりましたよ。そう慌てないでくださいな」

 降参だと言わんばかりに、ライザックが両手を上げる。その楽しそうな声は、やはりどこか怪しげではあったのだが、マキトたちは耳を傾けようとする姿勢を崩すことはない。
 そんな彼らに対し、ライザックは目を丸くする。

「それにしても意外ですね? てっきりキミたちのことですから、じゃあいいやとか言って話を終わらせようとするものかと……」
「まぁ、それでも別に、いいっちゃいいんだけどな」

 マキトが苦笑しながら頬を掻く。

「まさかアンタの口から、サリアって言葉が出てくるとは思わなかったからさ。リウのこともあるし、なんかちょっと気になっちゃって」
「ん。そーゆーこと」
「リウにとっても特別な存在なら、わたしもぜひ知っておきたいのです」
「キュウッ!」
『みぎにおなじー』

 ノーラに続いて、ラティたち三匹も次々と発言する。皆がそれぞれリウを通して興味を抱いていることを知り、改めてライザックは笑みを深めた。

「――なるほど。カーバンクル……いえ、リウくんは本当にいいマスターに出会えたようですね」
「おうよ! あとオレは、マスターじゃなくて『あるじ』って呼んでるぜ」
「そうでしたか」

 まるで子供を相手にするかのような反応を示しつつ、ライザックはコホンと咳ばらいを一つする。

「さて、話を元に戻しましょう。サリアさんのことですが――結論から言えば、彼女とはたまに今でも対面している関係にありますね」
「今でも、って……」

 リウは目を見開き、マキトの腕の中から身を乗り出す勢いで声を上げる。

「サリアは生きてるってことなのかよ?」
「えぇ。もっとも、あなたの知っているサリアさんは、もういないといっても過言ではないでしょうけれどね」

 サラリと話すライザックに、リウはポカンと口を小さく開ける。
 なんとも言えない空気が流れていた。マキトが視線を下ろしてみると、リウは俯いたまま、無表情に近い戸惑った様子を見せていた。
 まるでそれは、気持ちをどう表していいか分からないかのようにも見えた。

「――オレの知っているサリアは、ちょっと強気だけど心優しくて、まるで太陽のような感じだったんだ」

 リウは俯きながらポツリと語り出す。そしてジャクレンに向けて顔を上げた。

「そんなサリアは、もういねぇってことなのかよ?」
「僕から断言はできませんが、そう捉えておいたほうがよろしいかと」
「マジか……」

 淡々と告げられたリウは、再度俯いてしまう。

「オレがちょっと寝ている間に、サリアも変わっちまったのか」
「ん。いつまでも同じということは、決してあり得ない」

 こればかりは、ノーラの言うとおりと言わざるを得ないだろう。
 ましてやリウが封印された時は、まだマキトが生まれる前――すなわち十二年以上は経過しているのだ。その間に人が全く変わらないほうが不思議と言える。
 リウからすれば、あくまで『長い夢』を見ていただけに過ぎないため、ちょっとという表現も無理はないと言えなくもないが。

「……まぁ、いいさ! オレも頑張って、新しい道を進み続けてやるぜ!」

 リウが打って変わって明るい声を出してきた。
 本心ではあるのだろうが、やはりどこか無理している様子もある。しかしマキトたちは、それを指摘しようとはせず、小さな笑みを浮かべて頷いていた。

「そうだな。それが一番だと思う」
「ですね♪」
「ん。ノーラも応援する」
「キュウキュウ」
『いっしょにがんばろーねー♪』

 マキトたちからかけられる声援に、リウは照れくさそうに笑う。まだいつもの元気には少し至っていないが、それでも明るさは取り戻してきていると言えた。

「――話は変わりますが、先ほどのリウくんの能力は、見事でしたよ」

 ここで急に、ライザックがそんなことを言い出してきた。マキトたちがポカンとした表情で視線を向けてくるが、当の本人は構うことなく笑顔で続ける。

「攻撃魔法を跳ね返す……それがカーバンクルとしての能力のようですね。しかもどうやら、魔力スポットの魔力を吸収したことで、魔法を跳ね返す力がより強くなっているようです。あの少年の強大な魔法を、あれほど簡単に退けられたのも、そのおかげと言えるでしょう」

 カミロの魔力はそれだけ強大だった。もしラティたちと一緒に、魔力スポットで遊んだりしていなければ、あそこまで簡単にはいかなかったということだ。

「ロップルくんの防御強化と似てはいますが、単に防ぐだけでなく、相手に跳ね返せるという点がミソですね。まさに防御しつつ攻撃に変換する――全くもって興味深いことです。流石は神獣と言ったところでしょうか」

 淡々と楽しそうに語るライザック。そんな彼が一息ついたところで、呆然としたままのマキトが口を開いた。

「もしかして……ずっと見てたのか?」
「えぇ、ずっと」

 あっけらかんとライザックは頷いた。するとノーラが軽く顔をしかめる。

「ん。覗き見なんてシュミが悪い」
「語弊がありますね。単に離れた位置から、堂々と見物していただけですよ」
「それを世間的に覗き見という」
「ハハッ。ノーラさんも大概しつこいですねぇ♪ では、小さなお詫びがてら、僕から一つだけ忠告しておきましょう」

 ライザックは人差し指をピンと立て、相変わらずの笑顔で言う。

「――ヴァルフェミオンで何かが起きようとしています。そしてそこでは、サリアさんも動き出そうとしているみたいですよ」
「サリアが!?」

 すぐさま反応したのはリウだった。そして噛みつく勢いで表情を険しくする。

「おい、そりゃあ一体、どーゆーことなんだよ!?」
「そこまではなんとも言えませんね」

 サラリと躱しつつ、ライザックは踵を返す。

「それでは、僕はこれで。また会える日を、楽しみにしていますよ♪」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

 リウが必死に呼びかけるも、ライザックは魔力で風の渦を起こし、それに包まれてあっという間に姿を消してしまう。
 ノーラが慌てて周囲を見渡すが、すぐに肩を落とし、悔しそうに俯いた。

「……また一瞬で気配が消えた。もうこの近くにはいない」
「相変わらず謎だらけの人なのです」

 ラティの呟きに、ロップルとフォレオも不思議そうな表情で顔を見合わせる。今度こそ魔力スポットの広場は静かになったが、その空気は微妙であった。

「サリアぁ……」

 泣きそうな声を出すリウの頭を、マキトが無言のまま優しく撫でるのだった。

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