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第六章 神獣カーバンクル
200 カーバンクルの思い出
しおりを挟む翌朝、マキトたちは山の散策へと飛び出した。
弁当を手渡され、手を振りながら笑顔で見送ってくれるクラーレの姿に、どことなく新鮮な気分を感じる。自然とマキトも笑顔となり、思いっきり大きく手を振り返してしまった。
クラーレは軽く驚きを示し、更に嬉しそうに笑みを深めていた。
少なくともマキトにはそう見えていた。
「――へぇ、山の中なのに、こんな広場があるんだな」
そこは平原ほどではないが、走り回るにはもってこいの場所であった。獣姿となっているフォレオもうずうずとしており、カーバンクルやロップルは今にも飛び出したそうにしていた。
そしてラティも我慢できなくなったらしく、マキトに勢いよく提案する。
「マスターマスター、ちょっとここで遊んでいきたいのです」
「あぁ、いいぞ」
「わーい♪」
マキトの返事と同時にラティが飛び出していった。
「いくぜーっ!」
『おー♪』
「キュウキュウーッ♪」
カーバンクルとフォレオ、そしてロップルも続けて走り出していく。
そして――
「ノーラもちょっと行ってくる」
「あぁ。俺は荷物を見てるよ」
「ん。よろしく」
そんなやり取りを交わし、ノーラも歩き出していった。周辺には小さな花も咲き乱れており、森とはまた違った自然の豊かさが、そこには広がっていた。
魔物たちの賑やかな声につられて、山の魔物たちも姿を見せる。
しかし襲い掛かってくることは全くなかった。
見知らぬヒトの姿に少しばかりの警戒は見せていたものの、マキトが持つ素質が大いに発揮されていく。マキトに危険がないと分かるなり飛びつき、その数分後には魔物に埋まって懐かれるという、いつもの光景が出来上がる。
やがてラティたちも、山の魔物たちの存在に気づき、一緒に遊び始めた。
いつの間にか山の広場は、すっかり賑やかな遊び場と化していた。
普段から野生の魔物たちも遊びに来ているらしく、むしろ自分たちのほうが予期せぬお客さんだったのだろうと、マキトは思う。
なんとなく悪いことをしたような気分に駆られつつも、皆が楽しそうで良かったと安堵していた。
「ピキキーッ♪」
「こっちなのですよーっ!」
逃げ回るラティをスライムたちが倒しそうに追いかけ回している。鬼ごっこの類だろうかと、マキトはぼんやりと思った。
「ん。できた」
「キィッ♪」
広場に自然と咲き乱れる花を使って、ノーラが器用に花冠を作り上げる。それを頭に乗せられたスライムは、とても嬉しそうにしていた。
ノーラの足元では、ホーンラビットがスヤスヤと気持ち良さそうに寝ている。
森の個体と比べると明らかに色が違っているが、マキトたちは特にそれに対して驚く様子は見せていなかった。
たとえ同じ魔物でも、住んでいる場所によって体の色などが異なる。
それは先日の旅で学んだことでもあった。
ヒトも魔物も、違うようで同じところはたくさんある――そんな言葉とともに。
「楽しそうだなぁ、アイツら」
「ホントだぜ」
「だよなぁ――ん?」
反射的に返事をしたところで、マキトは気づいた。足元を見ると、さっきまで走り回っていたはずのカーバンクルが、トコトコと歩いて戻ってきていたのだ。
「もういいのか?」
「ちょっと休憩するだけだぜ。それに――」
カーバンクルがマキトの隣にちょこんと座り、彼の顔を見上げた。
「マキトとは一度、ゆっくり話したいと思ってたからよ」
「……そうか」
思わずマキトは満面の笑みを浮かべる。魔物からそう言ってくれるのが、純粋に嬉しくて仕方がなかったのだ。
ヒトから言われるよりも、魔物から言われることを喜んでしまう。
彼もまた、生粋の魔物使いだということなのだろう。本人はそこまで自覚していないようではあるが。
「――なんつーか、アレだな」
その言葉にマキトが視線を下ろすと、カーバンクルが遠い目で笑っていた。
「アイツら見てるとよ。サリアとリオのにーちゃんのことを思い出しちまうぜ」
「ふーん。懐かしいってことか?」
「そんな感じだな」
カーバンクルがそう思うのも無理はない話である。何せ、両親の才能を綺麗に受け継いだマキトと一緒にいるのだ。
「山の魔物たちがマキトに懐いてただろ? やっぱりマキトはリオの息子なんだってことを、改めて思わされたぜ」
「へぇ。ってことは、俺の父親も?」
「おうよ! マキトみてーにバンバン野生の魔物を手懐けてたぜ」
まるで自分のことのようにはしゃぎ出すカーバンクル。しかしすぐさま、明るい様子は鳴りを潜め、悲しみの表情に切り替わる。
そして地面を見下ろしながら、カーバンクルは呟くように言う。
「実はオレ……最初はサリアたちのこと、思いっきり避けてたんだよな」
その声にマキトが軽く目を見開いた振り向くと、カーバンクルが目の前の地面に視線を向けていた。
どこか物悲しそうな表情を浮かべて。
「こことは違う、どこか凄く遠い別の場所で、オレとサリアは出会ったんだ。その時はリオのにーちゃんも一緒で、二人は旅をしてたんだ。今のマキトみてーに魔物をたくさん連れてよ」
「へぇー」
改めて遊んでいるラティたちに視線を戻しながら、マキトが呟く。どこか他人事のような生返事であった。
一応、無理もない話だと言えなくもない。
彼からすればリオは、あくまで『聞かされた父親』でしかないのだから。
カーバンクルも特に気にすることはなく、ニシシッと笑い出す。
「その時から賑やかだったぜ。にーちゃんの魔物たちも、オレと仲良くなろうとしてくれてさ」
「はは、そりゃまた随分と優しかったんだな」
「まぁな。でもそのときのオレは、すっげー意地っ張りでよ」
「素直に甘えることができなかったか」
「あぁ」
少し恥ずかしそうな表情を浮かべるカーバンクル。しかしマキトは、それに対してからかうこともせず、優しげな笑みを見せた。
「まぁ、そーゆーこともあるだろ。魔物だろうと動物だろうと、なんでもかんでもいきなり懐くワケないし」
「……なんてゆーか、スゲーな」
急にカーバンクルが物珍しそうな声を出してきた。視線を向けると、マキトを見上げながら呆然としている。
何事かと思ったが、その答えはすぐさまカーバンクルの口から放たれた。
「にーちゃんと同じこと言ってたぜ? やっぱり息子ってだけのことはあるな」
「マジかよ……」
マキトは思わず苦笑してしまう。当然ながら意図して言ったわけじゃないし、言いようもない。
才能だけでなく、性格も似ているということだろうか――どことなく不思議な感情を抱かずにはいられなかった。
「まぁ、そんなことよりも――」
気恥ずかしさを隠すように、マキトは話題を変える。
「お前は俺の母親に――サリアに懐くようにはなったんだろ?」
「あぁ。ちょっと時間はかかっちまったけどな」
今度はカーバンクルが、少しだけ恥ずかしそうに笑う番であった。
「サリアはオレのことも、スッゲー可愛がってくれたんだ。このままずっとサリアと一緒にいたいって、オレは本気で思っていたんだ」
でも――と、カーバンクルは言いながら、表情を歪めていく。
「オレたちの幸せはブチ壊されちまったんだ……『勇者』とかいうヤツに!」
声を荒げるその様子は、心から憎んでいるようにしか見えず、マキトは思わず息を飲むのだった。
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