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第六章 神獣カーバンクル

199 悲しみを越えて

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 マーキィと霊獣たちを追いかけてきたのだろう。リオが必死の表情で駆けつけてきた姿は、クラーレも覚えていた。
 そこでリオは、息子を知らないかとあちこちに大きな声で尋ねていた。
 事件直後にハーフエルフの男性が急に現れたことで、周りもかなり訝しげな表情を浮かべていたものだった。
 当然、ジェフリーもリオの存在に気づき、自然と彼の言葉に耳を傾けていた。

「ジェフリーがリオとマーキィ君、そしてサリアさんとの関係性に気づくことは、避けられなかったと言えてしまいますね」
「うむ……ワシがもう少し早くリオのことを知っておればと、今でも思うよ」

 ――あの幼子は、キサマが仕掛けたんだなっ!
 リオに向かってジェフリーは叫んだ。最愛の妻を失った原因は、リオにあると決めつけてしまったのだ。
 無論、直接的な原因がサリアであることは分かっている。しかしもうその対象が消えてしまっている以上、関係者に矛先がゆくことは避けられない事態だ。
 ましてやその関係者が目の前に現れれば、尚更と言えるだろう。

「まさか僕も、リオが公開処刑されるとは思いませんでしたよ」
「表向きは『新国王として関係者にケジメを付けさせる』とか言っておったが、実際は単なる私怨に過ぎんよ」
「えぇ。こじつけもいいところでしたからね。しかも辻褄は合っているから、周りもなんとなく信用してましたし」

 ジャクレンも腕を組み、重々しくため息をつく。彼もまた、友であるリオを助けてあげられなかった後悔を背負っていた。
 そんな彼の表情を察しつつ、クラーレも大きく息を吐いた。

「信用した一番の理由は、リオ本人が処刑を受け入れたからじゃろうな」
「えぇ。大切な息子を死なせてしまい、もう自分には生きている資格などないと思ったのでしょう。彼らしいと言えばらしいですがね」

 国王と大臣の死、そして儀式の邪魔をした大罪人として大々的に発表し、国民が見ている前で、リオは首を落とされてしまった。
 王都の人々は歓声を上げた。もうこれ以上の災害は起きないのだと。
 結局のところ、別に誰が犯人でも良かったのではと、クラーレは思っていた。要するに自分たちが安心したかっただけであり、仮に無関係な人間を誰かがとっ捕まえて犯人に仕立て上げたとしても、同じような反応を示したことだろうと。
 ヒトの醜さと残酷さが、ここに来て拝む羽目になるとは――クラーレは情けなさと恥ずかしさで泣きたくなってきていたのを思い出す。

「その後すぐじゃったな……大きな霊獣が王都を襲ってきたのは」
「ガーディアンフォレストですね。リオという主を失ったことを知り、怒りと悲しみで覚醒してしまい、王都に更なる災害をもたらした」
「うむ。その時のことは、今でもハッキリと覚えておるよ」

 クラーレは頷き、そして遠い目をしながら空を仰いだ。

「異世界召喚儀式の失敗は、単なる前触れでしかなかったのではないか――ワシは思わずそう感じてしまったほどじゃ」
「ユグラシアさんがすぐさま止めに来てくれなければ、シュトル王都は壊滅されていたかもしれませんね」
「そうじゃな」

 暴れるガーディアンフォレストを抑えるべく、颯爽と現れたユグラシア。
 その姿はまさに『神』であった。
 覚醒した霊獣を瞬く間に眠らせてしまい、恐怖と混乱に包まれた人々の心にも、光をもたらしたのだった。
 そしてその光は、ジェフリーの心にも届いていた。

 ――私は愚か者だ。何の罪もない無関係の者を公開処刑してしまった。

 そんな彼の懺悔にユグラシアは言ったのだ。
 後悔と悲しみを乗り越えてこそ、あなたは真の国王になれる――と。

「これはあくまで僕の個人的な感想ですが、ユグラシアさんは上手く落としてくれたと思いましたよ」
「うむ、あそこでジェフリーを切り捨てるのは簡単じゃ。しかし国を束ねる者がいなくなるのもよろしくない……ユグラシア様はそう思われたのじゃろうな」

 実際、リオを処刑したことに対して、国民から攻める声はなかった。
 ようやく王都に平和が戻ったことに対する安心感により、もう皆揃って余計なことを考えたくなかったのだ。
 客観的に見れば、いささかどうなのかと思いたくなるだろう。しかしそれだけ、人々の心は切羽詰まっていたのだ。
 何の前触れもなく魔法の事故が勃発し、国王と大臣が消え、新国王が黒幕を前に突き出して処刑。しかし黒幕の仲間である霊獣が現れ、大暴れしたことで王都は壊滅一歩手前まで追い詰められた。
 そこをユグラシアが救い、黒幕の処刑をも嘆く素晴らしい新国王の誕生――何も知らない国民には、大体こんな感じに見えていた。
 下手に真相を知らせたところで混乱するだけ。それはクラーレも分かっているつもりではあった。

「――その直後じゃったな。ワシが真相を聞かされたのは」

 ユグラシアがリオの亡骸を引き取ることが決まり、ジェフリーがクラーレに頭を下げて謝罪したのだ。
 あなたの息子を葬ってしまって、本当に申し訳なかったと。
 クラーレは意味が分からず、呆けてしまっていた。
 処刑されたリオが自分の息子であることを、クラーレはそこで教えられた。
 双方の認識の行き違い――要はそれだけの話であった。
 ジェフリーはサリアの裏も調べ尽くし、リオとクラーレの関係も、前もってしっかりと洗い出していたのだ。
 恐らくどこかでクラーレも情報を耳にしているだろうと、ジェフリーは高を括っていたのである。

「確かにワシは常に、宮廷魔導師として最新の情報を仕入れるようにしておった。しかしそれでも限界はある。知らないことも当たり前にあるもんじゃ」
「ジェフリーはそれを理解しきれていなかったんですね」
「まだまだケツの青い若造だったからの」

 そもそもサリアのこと自体、たとえ宮廷魔導師であろうと極秘扱いであった。故にクラーレが知らなかったのも無理はなく、驚くのも必然であった。

「まさかワシに息子がいたとは――あの時はショックで、膝から崩れ落ちたな」

 周りは必死に慰めにもならない言葉をかけてきた。しかしクラーレの耳には、殆ど何も入ってくることはなかった。
 息子と孫を目の前にして、自分は何もできなかった。
 そんな後悔の波に押し寄せられるばかりだった。
 もう宮廷魔導師を名乗る資格はない――クラーレはそういって、ジェフリーに辞表を提出した。
 周りは必死に引き留めていたが、クラーレの決意は固かったのである。

「そして、ほぼ出奔同然に国を出たワシの前にお前さんが現れ、ここで暮らしてはどうかと勧めてくれたんじゃったな」
「あんな寂しそうなあなたを、放っておくワケにはいきませんでしたからね」
「本当に感謝しておるよ。もしキミが声をかけてくれなければ、ワシはとっくに命を散らせていた」
「いえ。せめてもの罪滅ぼしみたいなモノでしたから……」

 ジャクレンの笑みが少しだけ陰る。それを見たクラーレはすぐに察し、目を閉じながらフッと笑った。

「……この際だから言っておくが、ワシはキミのことを恨むつもりは全くないよ」
「えっ?」

 急な言葉を投げかけられ、ジャクレンは目を見開く。ニッと笑いながら視線を向けるクラーレも、珍しい反応をしてきたなと心の中で思っていた。

「お前さんはリオの友人と言っておったが、肝心のリオがピンチの時には、全く動きを見せてくることはなかった。にもかかわらず、ヤツの顛末はしっかりと把握しておる様子じゃった」

 淡々と語るクラーレに、ジャクレンは何も答えない。ただジッと視線を向けてくるだけであった。
 そんな彼の様子を一瞥し、クラーレは続ける。

「友人のピンチに対し、高みの見物を決め込んでおったのかと思っていた。しかしこうも思った。しなかったのではなく『できなかった』のではとな」
「…………」

 やはりジャクレンは応えない。しかしわずかに表情がピクリと動いた。それを確かに見たクラーレは、やはりそうだったのかと確信する。

「ワシはお前さんがどんな素性なのかを、未だハッキリとは知らん。しかし無理に聞くつもりもない。お前さんも、色々と話せない事情があるんじゃろうからの」
「クラーレさん……」

 素直に驚きを示すジャクレン。そしてすぐさま、いつもの穏やかな笑みとともに軽く頭を下げた。

「そう言っていただければ、幸いです」
「うむ。ならばワシから聞くことは何もない。それでいいな?」
「――はい」

 ニッコリと微笑みながら頷き、ジャクレンはゆっくりと立ち上がる。

「少々長居をしてしまいましたね。僕はそろそろ、お暇させていただきます」
「もう行くのか? 一晩くらいのんびりしていけばよかろうに……」
「マキト君たちを驚かせてもいけませんからね」
「そうか」

 別に気にすることはないのではと思ったが、クラーレは止めることなく、出ていこうとするジャクレンを見送るべく、立ち上がった。
 しかしその前に、ジャクレンはくるりと振り返ってくる。

「では、またいつか来ます。どうかお元気で」
「お、おい――」

 クラーレの返事を待たないまま、ジャクレンは颯爽と出ていった。クラーレが慌てて後を追おうと外へ出るが、既に彼の姿は消えていた。
 見張っていたはずの、キングウルフも一緒に。

「……また忽然と姿を消しおってからに」

 仕方がないと言わんばかりに、クラーレは苦笑する。ジャクレンの去り方は、毎度のことだからだ。
 念のため軽く周囲を見渡してみるが、やはり誰かがいる気配はしない。

「さて、ワシもそろそろ寝るとしようかの」

 明日は散策に出かけるマキトたちのために、弁当をこしらえなければ――そんなことを考えながら、クラーレはランプを手に母屋へ戻っていく。
 そんな老人を見届けるかのように、一筋の夜の風が吹き抜けていくのだった。

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