198 / 252
第六章 神獣カーバンクル
198 語り~全ての始まりの日
しおりを挟む「十年前、か……」
クラーレも重々しい表情となり、視線が地面のほうに落ちる。
「ワシにとっては、本当に全てが始まったと言ってもいいくらいの日じゃな」
当時のシュトル国王は、とにかく野心にまみれていた。
数年前にも多大な犠牲を払い、異世界から少年少女を呼び出した。離脱者こそいたものの、召喚された者たちは功績を残し、シュトル王国の名をそれなりに世界へと広めたことは間違いない。
にもかかわらず、またしても国王は、異世界召喚を行おうとしていた。
「……当時のワシは耳を疑ったよ。また多くの犠牲者を出すつもりかとな」
「えぇ。実は僕も、その話は知り合いから耳にしていました。流石に冗談だろうと思ってはいたんですけどね」
「そりゃまぁ、そうじゃろうな」
ジャクレンの言葉に、クラーレは思わず笑ってしまう。しかしすぐに、その笑みはスッと消えた。
「じゃが、国王は本気じゃった。野心の塊は想像以上だったんじゃ」
「召喚された子たちの特殊能力を鍛え上げて、世界に王国の名を轟かせる――もはや世界征服も同然ですね」
「……返す言葉も見つからんな」
自虐的な笑みを零しながら、クラーレは当時のことを思い出す。
確かにジャクレンの言うとおりであった。世界征服など、当時の子供たちですら抱かないような野望を、国王は本気で抱いていたのだ。
別に世界征服という考え自体は、好きにしてくれという感じである。
問題はそこに、異世界召喚儀式を利用する点にあった。
「異世界召喚儀式――果てしない犠牲に見合う価値が得られるとも思えないと、誰もがそう認識しておったモノじゃ」
「普通に考えれば、国王がバカを考えているとしか思えません。だから、裏に誰かいるのではと思いました」
「あぁ……ワシも即座にそれを疑ったよ」
結論から言えばビンゴであった。国王をたぶらかした人物がいたのだ。
しかしまさかその人物が、かつて異世界から召喚され、早々に国を追われた少女だったとは、クラーレも流石に想像がつかなかった。
「端的に言えば、国王は嵌められておった。召喚儀式を執り行わせ、自身が元の世界へ帰れるよう儀式を細工する……それをあの子から聞かされたときには、思わず背筋が震えたもんじゃわい」
サリアの世界では、異世界召喚をテーマにした創作本が流行っていた。そのおかげか否か、この世界に訪れたサリアたちが状況を飲み込むのに、そう時間がかかることはなかった。
それだけなら良かった。問題はそこからだったのだ。
地球という世界に魔法は存在しない。だからこそ様々な『空想』ができる。
常識を超えた『できたらいいこと』を平気で考えてしまう。
「願いを望む気持ちの強さを、あのような形で見せつけられるとはの……」
「ある種の奇跡ですね。禁断の魔術を作り替えたのですから」
「全く、どんな伝手を辿って完成させたのか……強き願いを持つ者の底力を、悪い意味で見せつけられたわい」
サリアは元の世界に帰ることを、ひたすら強く望んでいた。
それは追い出されてからも、そして運命の相手を結ばれてからも、決して変わることはなかったことを、強く思い知らされた。
「十年前の儀式について、クラーレさんは反対なされたそうですね?」
「無論じゃ」
ジャクレンの問いにクラーレは即答する。
「十六年前に払った犠牲を、再度払おうとするなど、ワシには耐えられなんだ。しかもその犠牲を、同じ故郷だった者たちに支払わせるなど……」
異世界召喚儀式には、大量の魔力を持つ者の犠牲が必要となる。数年前は、何人もの魔導師の命を散らせる羽目になった。
しかしその時は、わずか数人で賄えることとなった。
サリアと同じく異世界召喚されてきた、当時の少年少女たちの魔力をもって。
「正気の沙汰ではないと思った。思わずワシは、バカなことは止めろと叫んだよ。しかしあの子は、聞く耳を持たんかった。それどころかワシを、反逆者だと一方的に決めつける始末じゃった」
クラーレの脳内に、当時の光景が蘇る。
あれから十年経過した今でも、凄まじい形相で叫ぶサリアの姿が、今でも鮮明に思い浮かべることができる。忘れたくても忘れられない――もはやそれを辛いと感じることさえない。
それが果たして何を意味するのか、クラーレは未だ答えに辿り着けていない。
「サリアと同郷者の子たちとの間にある確執を、ワシは読み違えておった……」
「キーカードであるカーバンクルのことも、知りませんでしたよね」
「あぁ……我ながら情けないわい」
深いため息をつきながら、クラーレは落ち込みを見せる。何度後悔してもしきれないという気持ちが、今でものしかかってきていた。
「それからワシは、牢の中で騒ぎの声を聞いておった。ネルソンとエステルのおかげで無事に脱出はできたが、その時にはもう……手遅れな状態じゃった」
なんとか儀式を止められればと、クラーレは必死に走った。
いざとなればこの命を投げ捨ててでも――そう決意を胸に固めて、儀式の場に乱入しようとした。
既に小さな乱入者たちがいたことを、知る由もなく。
「数匹の霊獣とともに、幼子が儀式の場に突如として現れたと、ワシは聞いた」
「えぇ。それが当時のマキト君でしょう。いえ、正確には『マーキィ』君と呼ぶべきでしょうかね」
ジャクレンは神妙な表情を浮かべていた。
「あくまでこれは僕の想像ですが――恐らくマーキィ君は、母親に会いたいと我が儘でも言ったんでしょう。サリアさんが何も告げずに消えたとしても、恐らく息子である彼は、何かしらを察した可能性がありますね」
「……あり得るのか? 当時のあの子は、まだ二歳だったんじゃぞ?」
「子供の勘は侮れないモノですよ。たとえ幼子であろうともね」
目を見開くクラーレに、ジャクレンはニッと笑う。
「もう二度と母親に会えないような気がして、相当な恐怖を抱いたのでしょう。それを察した霊獣たちが、ほんのちょっとした親切心で、マーキィ君をサリアさんに会わせようとした」
「リオとサリアの才能を綺麗に受け継いだからこそ、と言ったところかの」
「えぇ。その可能性は高いと思います」
ジャクレンはどこか自信ありげに頷いた。
「恐らく霊獣たちは、リオがテイムしていた魔物たちでしょう。息子であるマーキィ君にも相当懐いていたのでしょうね。それこそ、彼の願いを自発的に叶えたいと思ってしまうほどに」
「その光景が、ありありと想像できてしまうな。そんなあの子の才能が、その時に限っては仇となってしまったか」
「幼子の純粋な願いという恐ろしさも、ですよ」
「確かにな」
子供は大人以上に残酷――それの片鱗だったと言えなくもない。
幼くして霊獣との絆を作り上げていたマーキィは、霊獣とともに遠く離れた儀式の場へと乗り込むことすら、簡単にできてしまったのだ。
そして――遂に悲劇は起きてしまった。
「異世界召喚儀式は、精密なモノです。ましてや十年前の儀式は、サリアさんが作り替えた未知なる魔法そのもの。ただでさえ何が起きてもおかしくないそこに、マーキィ君という『異物』が乱入してしまった」
「その結果、魔法が暴走して大爆発。当時の国王と大臣も巻き込まれたな」
「乱入者のマーキィ君も、そして主犯であるサリアさんの姿も消えた。更に媒体となった国王の娘も、跡形もなく消えてしまいましたね」
重々しく話すジャクレンに、クラーレは目を閉じながら俯く。
「ワシらはジェフリーを……当時の次期国王を連れ出して逃げるだけで、精いっぱいじゃった。ヤツからは随分と責められたもんじゃよ」
「流石に助けるのは無理だったでしょう。媒体となっていた以上は」
「それはそうなんじゃが、ジェフリーの心が、それを理解してくれんかったよ」
「どこに怒りを向ければいいか、さぞかし分からなかったことでしょうね」
ジェフリーは次期国王として公務をこなしつつ、次期王妃である国王の娘との愛を順調に育んでいた。
それは、周りの誰もが認めていたことだった。
故にジェフリーの悲しみも、そして行き場のない怒りも、周りは嫌でも理解できてしまっていた。
「そして、タイミングの悪いことに……リオが乗り込んできてしまった」
「あぁ。そしてワシが、全てを知るタイミングでもあったな」
悲しみの連鎖が引き起こされ、それがシュトル王国を更なる悲劇が包み込む。
このままずっと、連鎖が断ち切られることがないのではないかと、当時クラーレは本気で思っていたのだった。
0
お気に入りに追加
138
あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜
夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。
不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。
その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。
彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。
異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!?
*小説家になろうでも公開しております。

天才ピアニストでヴァイオリニストの二刀流の俺が死んだと思ったら異世界に飛ばされたので,世界最高の音楽を異世界で奏でてみた結果
yuraaaaaaa
ファンタジー
国際ショパンコンクール日本人初優勝。若手ピアニストの頂点に立った斎藤奏。世界中でリサイタルに呼ばれ,ワールドツアーの移動中の飛行機で突如事故に遭い墜落し死亡した。はずだった。目覚めるとそこは知らない場所で知らない土地だった。夢なのか? 現実なのか? 右手には相棒のヴァイオリンケースとヴァイオリンが……
知らない生物に追いかけられ見たこともない人に助けられた。命の恩人達に俺はお礼として音楽を奏でた。この世界では俺が奏でる楽器も音楽も知らないようだった。俺の音楽に引き寄せられ現れたのは伝説の生物黒竜。俺は突然黒竜と契約を交わす事に。黒竜と行動を共にし,街へと到着する。
街のとある酒場の端っこになんと,ピアノを見つける。聞くと伝説の冒険者が残した遺物だという。俺はピアノの存在を知らない世界でピアノを演奏をする。久々に弾いたピアノの音に俺は魂が震えた。異世界✖クラシック音楽という異色の冒険物語が今始まる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この作品は,小説家になろう,カクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる