透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第六章 神獣カーバンクル

196 真夜中の来客者

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「んにゅ……」

 ノーラが身じろぎしながらマキトにすり寄る。毛布がずれて寒いのだ。クラーレがそれに気づき、そっとかけ直す。
 小さなランプの明かりだけが灯る中、起きているのはクラーレだけであった。
 ぐっすりと眠っているマキトたちの姿を、優しい笑顔で見守る。

(孫たちの寝顔を見ながら一杯飲む……まさかこんな日が来ようとはな)

 小さなグラスに酒を注ぎながら、クラーレはフッと笑う。今日はこのために晩酌を控えていたのだった。
 いつものように飲めば、折角の子供たちからの話も聞き流してしまう。
 たったそれだけの気持ちでルーティンを崩した。しかし不思議と、体に違和感は出てこなかった。
 むしろ――

(今日はいつもより食も進んだ気がする。この子たちから若さをもらったかの?)

 冗談めいて思ってみたが、あながち間違いではないような気もしていた。
 久しぶりにエネルギー溢れる会話を繰り広げた。思わず自分の武勇伝も語ってしまったほどだった。
 こんなに気分のいい夕食は久しぶりだと、心からそう思えていた。

(明日も気合いを入れないとな。この子たちに、美味いメシを食わしてやらねば)

 急ぐ旅でなければ、しばらくここでゆっくりしていくといい――クラーレはマキトたちに、そんな誘いの言葉をかけた。
 少し驚きの表情こそしたが、じゃあそうしようかとマキトはすぐさま頷いた。
 ノーラや魔物たちも笑顔で了承し、明日は山の周辺を一日のんびり散策しようということに決まった。
 クラーレは子供たちに力を付けてほしいために、朝食の他に腕によりをかけた弁当を持たせてやろうと思っていた。

(ハハッ、それにしても……まさかワシがここまでやる気を出すとはの)

 クラーレは自分で自分に感心してしまう。孫を持つ祖父の気持ちを、今になって噛み締めることになろうとは、と。
 その時――

「むっ?」

 クラーレはピクリと表情を動かし、ランプをもって立ち上がる。そしてマキトたちを起こさないよう、静かに外への扉を開けた。
 確かに物音は全く聞こえていなかった。
 しかしそこには、紺色のローブを羽織り、キングウルフを伴った青年が、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

「こんばんは。無事、マキト君に出会えたようですね――クラーレさん」
「全く、もう少し普通に尋ねてこんかい……ジャクレンよ」

 苦笑を浮かべるクラーレに対し、魔物研究家のジャクレンはニッコリと微笑む。突然の来訪者に驚く様子など欠片も見せず、クラーレはそのまま外へ出つつ、そっと扉を閉めた。

「――ありがとうな」

 クラーレは深々と頭を下げる。突然放たれた礼の言葉に、ジャクレンは思わず呆気に取られてしまうが、クラーレはそのまま続ける。

「お前さんから連絡を受けた時は、正直言って耳を疑ったよ。しかし全て本当のことじゃった。十年前に失ったと思っておった孫と、出会うことができた」
「いえ……信じられないのは当然ですよ」

 右手を軽く左右に振りながら、ジャクレンは苦笑する。

「そんなことより、マキト君たちと楽しく話せたようでなによりです」
「うむ。それはお前さんのおかげでもある。だから改めて、礼を言わせてほしい」
「いえいえ。僕は単なる『連絡役』に過ぎませんから。マキト君たちと楽しい時間を過ごすことができたのは、クラーレさんの人柄の賜物です」
「……だといいがの」

 やたらと持ち上げる言葉を軽く流しつつ、クラーレはランプをもって歩き出す。

「隣で少し話すとしよう。母屋は子供たちが眠っておるからの」
「分かりました――見張りを頼みましたよ?」
「うぉんっ!」

 キングウルフは大きく頷いた。その鳴き声をちゃんと小さくしているあたり、流石だと言えるだろう。
 そして二人は、隣接している小さな建物に入る。
 普段は薪を仕舞っておく保管庫として使われており、扉を開けた途端、独特の匂いがふんわりと漂ってくる。しかしジャクレンは表情を変えずに、慣れた様子で適当な場所に座り出した。

「茶も出せずに済まんな」
「いえ。こんな真夜中に押しかけてしまいましたから」

 挨拶代わりの空々しいやり取りを経て、二人は和やかに笑う。ランプの淡い光に照らされながら、クラーレも適当な場所に座り、小さなため息をついた。

「ずっと、実感がないままだったんじゃ……」

 語り出したクラーレの目は、どこか寂しそうであった。

「孫の存在を知ったのは、全てが終わった後――悲しみが襲い掛かる一方で、どこかそれを他人事のように思う自分も存在しておった」
「無理もありません。明かされた真実をすぐに受け入れるほうが難しいでしょう」

 優しい口調で話すジャクレンだが、クラーレは首を左右に振る。

「ワシが愚かな男であることに変わりはあるまい。じゃがそんなワシを、あの子たちは受け入れてくれたんじゃ」
「事実上の最初が最初なだけに、僕的には少々不安ではありましたけどね」
「……耳が痛いな」

 魔力スポットの番人という役割を全うしていた点では、クラーレの行動は決して間違ってはいない。特にあの時点では、まだ彼はマキトたちの姿をきちんと把握していなかったこともあり、余計に無理もないと言える。
 もっとも、マキトたちからすればどうでもいいことだったらしく、その時の行動を蒸し返すことは、一切してこなかった。
 少なくとも夕食のときには、既にクラーレを祖父として認識していた。

「思わずワシはマキトに尋ねてしもうたわい。こんなワシを『じいちゃん』と呼んでくれるのか、とな」

 夕食の席でそう問いかけていたことをクラーレは思い出す。ジャクレンも興味が湧いたらしく、わずかに身を乗り出す姿勢を見せていた。

「それで、彼はどう答えたんですか?」
「じいちゃんをじいちゃんと呼ぶのは当たり前だろ――そう言いおったわ」
「彼、あなたの言葉の意味、ちゃんと理解していたんでしょうかね?」
「どうだかな。どちらにせよマキトは、心にもない上辺だけの言葉をバンバン放てるような子ではないと、ワシには見えたがの」
「おやおや……たったの数時間で、そこまで読み取ったんですか?」

 素直に驚く様子を見せるジャクレンに、クラーレは苦笑する。

「あの子はむしろ、分かりやすいくらいじゃろう。お主のような男と比べれば、余計にそう思えてならんわい」
「はは……返す言葉も見つかりませんね」

 何気ないイジリに対して、ジャクレンも軽く流す。それが二人の付き合いの長さを証明しているようなものだった。
 クラーレも特にそれを追求することもなく、更に話を進めていく。

「ノーラもワシを認めてくれたよ。マキトのおじいちゃんなら、ノーラたちにとってもおじいちゃん、とな」
「ハハッ。それはまた彼女らしい言葉ですね。さぞ嬉しかったでしょう」
「無論じゃとも。マキトだけでなく、ノーラや魔物たちも、ワシの大事な孫じゃ」

 誇らしげに笑うクラーレ。しかしすぐさま笑い声は鳴りを潜めた。

「正直な――ワシはマキトたちに、ずっとここで暮らしてはどうかと思った」
「言ったんですか?」
「いや」

 尋ねるジャクレンに、クラーレは首を左右に振る。

「あの子たちには、ちゃんと帰る場所がある。こんな老いぼれの元に、無理矢理引き留めておくことなどしたくはない。ワシのことなんかより、あの子たちはあの子たちの道を、迷うことなく突き進んでほしいんじゃ」
「……それですぐさま、その想いは撤回されたということですか?」
「うむ」

 クラーレは深く頷きながら、明るく楽しそうなマキトたちの姿を思い浮かべる。

「元気な孫たちの顔を見ることができた――それだけでワシは十分じゃよ」
「そうですか」

 ジャクレンもクラーレの穏やかな表情を見て笑みを浮かべる。それだけで彼の気持ちをなんとなく察したのだ。
 そこにクラーレは、何かを思い出したようにフッと小さく笑い出す。

「しかしまぁ、アレじゃな――やはりマキトは、リオとサリアの血をしっかりと受け継いでおると見たわい」

 それを聞いたジャクレンも、思わず軽く吹き出してしまった。

「フフ、あなたもそう思われましたか」
「あの二人を知る者から見れば、恐らく誰でもそう感じ取るじゃろうて」
「確かに」

 ジャクレンも納得するしかなかった。


「精霊を司る妖精や霊獣をテイムし、あまつさえカーバンクルの封印をも簡単に解いてしまった。証拠としては十分と言えるでしょうね」
「じゃろう?」

 二人で頷き合いながら笑う。まるで子供がくだらない話で盛り上がるかのような雰囲気が出ていた。
 やがてクラーレは、笑い声を収めつつ空を仰ぐ。

「早いもんじゃな……あれからもう、十年も経つというのか……」
「えぇ、本当に」

 クラーレとジャクレンは、改めて思い出していた。マキトの母親であるサリアが引き起こした、全ての始まりとなる事件を。
 そして――その事件が起こるきっかけとなった、十六年前の事件のことも。

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