上 下
196 / 252
第六章 神獣カーバンクル

196 真夜中の来客者

しおりを挟む


「んにゅ……」

 ノーラが身じろぎしながらマキトにすり寄る。毛布がずれて寒いのだ。クラーレがそれに気づき、そっとかけ直す。
 小さなランプの明かりだけが灯る中、起きているのはクラーレだけであった。
 ぐっすりと眠っているマキトたちの姿を、優しい笑顔で見守る。

(孫たちの寝顔を見ながら一杯飲む……まさかこんな日が来ようとはな)

 小さなグラスに酒を注ぎながら、クラーレはフッと笑う。今日はこのために晩酌を控えていたのだった。
 いつものように飲めば、折角の子供たちからの話も聞き流してしまう。
 たったそれだけの気持ちでルーティンを崩した。しかし不思議と、体に違和感は出てこなかった。
 むしろ――

(今日はいつもより食も進んだ気がする。この子たちから若さをもらったかの?)

 冗談めいて思ってみたが、あながち間違いではないような気もしていた。
 久しぶりにエネルギー溢れる会話を繰り広げた。思わず自分の武勇伝も語ってしまったほどだった。
 こんなに気分のいい夕食は久しぶりだと、心からそう思えていた。

(明日も気合いを入れないとな。この子たちに、美味いメシを食わしてやらねば)

 急ぐ旅でなければ、しばらくここでゆっくりしていくといい――クラーレはマキトたちに、そんな誘いの言葉をかけた。
 少し驚きの表情こそしたが、じゃあそうしようかとマキトはすぐさま頷いた。
 ノーラや魔物たちも笑顔で了承し、明日は山の周辺を一日のんびり散策しようということに決まった。
 クラーレは子供たちに力を付けてほしいために、朝食の他に腕によりをかけた弁当を持たせてやろうと思っていた。

(ハハッ、それにしても……まさかワシがここまでやる気を出すとはの)

 クラーレは自分で自分に感心してしまう。孫を持つ祖父の気持ちを、今になって噛み締めることになろうとは、と。
 その時――

「むっ?」

 クラーレはピクリと表情を動かし、ランプをもって立ち上がる。そしてマキトたちを起こさないよう、静かに外への扉を開けた。
 確かに物音は全く聞こえていなかった。
 しかしそこには、紺色のローブを羽織り、キングウルフを伴った青年が、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

「こんばんは。無事、マキト君に出会えたようですね――クラーレさん」
「全く、もう少し普通に尋ねてこんかい……ジャクレンよ」

 苦笑を浮かべるクラーレに対し、魔物研究家のジャクレンはニッコリと微笑む。突然の来訪者に驚く様子など欠片も見せず、クラーレはそのまま外へ出つつ、そっと扉を閉めた。

「――ありがとうな」

 クラーレは深々と頭を下げる。突然放たれた礼の言葉に、ジャクレンは思わず呆気に取られてしまうが、クラーレはそのまま続ける。

「お前さんから連絡を受けた時は、正直言って耳を疑ったよ。しかし全て本当のことじゃった。十年前に失ったと思っておった孫と、出会うことができた」
「いえ……信じられないのは当然ですよ」

 右手を軽く左右に振りながら、ジャクレンは苦笑する。

「そんなことより、マキト君たちと楽しく話せたようでなによりです」
「うむ。それはお前さんのおかげでもある。だから改めて、礼を言わせてほしい」
「いえいえ。僕は単なる『連絡役』に過ぎませんから。マキト君たちと楽しい時間を過ごすことができたのは、クラーレさんの人柄の賜物です」
「……だといいがの」

 やたらと持ち上げる言葉を軽く流しつつ、クラーレはランプをもって歩き出す。

「隣で少し話すとしよう。母屋は子供たちが眠っておるからの」
「分かりました――見張りを頼みましたよ?」
「うぉんっ!」

 キングウルフは大きく頷いた。その鳴き声をちゃんと小さくしているあたり、流石だと言えるだろう。
 そして二人は、隣接している小さな建物に入る。
 普段は薪を仕舞っておく保管庫として使われており、扉を開けた途端、独特の匂いがふんわりと漂ってくる。しかしジャクレンは表情を変えずに、慣れた様子で適当な場所に座り出した。

「茶も出せずに済まんな」
「いえ。こんな真夜中に押しかけてしまいましたから」

 挨拶代わりの空々しいやり取りを経て、二人は和やかに笑う。ランプの淡い光に照らされながら、クラーレも適当な場所に座り、小さなため息をついた。

「ずっと、実感がないままだったんじゃ……」

 語り出したクラーレの目は、どこか寂しそうであった。

「孫の存在を知ったのは、全てが終わった後――悲しみが襲い掛かる一方で、どこかそれを他人事のように思う自分も存在しておった」
「無理もありません。明かされた真実をすぐに受け入れるほうが難しいでしょう」

 優しい口調で話すジャクレンだが、クラーレは首を左右に振る。

「ワシが愚かな男であることに変わりはあるまい。じゃがそんなワシを、あの子たちは受け入れてくれたんじゃ」
「事実上の最初が最初なだけに、僕的には少々不安ではありましたけどね」
「……耳が痛いな」

 魔力スポットの番人という役割を全うしていた点では、クラーレの行動は決して間違ってはいない。特にあの時点では、まだ彼はマキトたちの姿をきちんと把握していなかったこともあり、余計に無理もないと言える。
 もっとも、マキトたちからすればどうでもいいことだったらしく、その時の行動を蒸し返すことは、一切してこなかった。
 少なくとも夕食のときには、既にクラーレを祖父として認識していた。

「思わずワシはマキトに尋ねてしもうたわい。こんなワシを『じいちゃん』と呼んでくれるのか、とな」

 夕食の席でそう問いかけていたことをクラーレは思い出す。ジャクレンも興味が湧いたらしく、わずかに身を乗り出す姿勢を見せていた。

「それで、彼はどう答えたんですか?」
「じいちゃんをじいちゃんと呼ぶのは当たり前だろ――そう言いおったわ」
「彼、あなたの言葉の意味、ちゃんと理解していたんでしょうかね?」
「どうだかな。どちらにせよマキトは、心にもない上辺だけの言葉をバンバン放てるような子ではないと、ワシには見えたがの」
「おやおや……たったの数時間で、そこまで読み取ったんですか?」

 素直に驚く様子を見せるジャクレンに、クラーレは苦笑する。

「あの子はむしろ、分かりやすいくらいじゃろう。お主のような男と比べれば、余計にそう思えてならんわい」
「はは……返す言葉も見つかりませんね」

 何気ないイジリに対して、ジャクレンも軽く流す。それが二人の付き合いの長さを証明しているようなものだった。
 クラーレも特にそれを追求することもなく、更に話を進めていく。

「ノーラもワシを認めてくれたよ。マキトのおじいちゃんなら、ノーラたちにとってもおじいちゃん、とな」
「ハハッ。それはまた彼女らしい言葉ですね。さぞ嬉しかったでしょう」
「無論じゃとも。マキトだけでなく、ノーラや魔物たちも、ワシの大事な孫じゃ」

 誇らしげに笑うクラーレ。しかしすぐさま笑い声は鳴りを潜めた。

「正直な――ワシはマキトたちに、ずっとここで暮らしてはどうかと思った」
「言ったんですか?」
「いや」

 尋ねるジャクレンに、クラーレは首を左右に振る。

「あの子たちには、ちゃんと帰る場所がある。こんな老いぼれの元に、無理矢理引き留めておくことなどしたくはない。ワシのことなんかより、あの子たちはあの子たちの道を、迷うことなく突き進んでほしいんじゃ」
「……それですぐさま、その想いは撤回されたということですか?」
「うむ」

 クラーレは深く頷きながら、明るく楽しそうなマキトたちの姿を思い浮かべる。

「元気な孫たちの顔を見ることができた――それだけでワシは十分じゃよ」
「そうですか」

 ジャクレンもクラーレの穏やかな表情を見て笑みを浮かべる。それだけで彼の気持ちをなんとなく察したのだ。
 そこにクラーレは、何かを思い出したようにフッと小さく笑い出す。

「しかしまぁ、アレじゃな――やはりマキトは、リオとサリアの血をしっかりと受け継いでおると見たわい」

 それを聞いたジャクレンも、思わず軽く吹き出してしまった。

「フフ、あなたもそう思われましたか」
「あの二人を知る者から見れば、恐らく誰でもそう感じ取るじゃろうて」
「確かに」

 ジャクレンも納得するしかなかった。


「精霊を司る妖精や霊獣をテイムし、あまつさえカーバンクルの封印をも簡単に解いてしまった。証拠としては十分と言えるでしょうね」
「じゃろう?」

 二人で頷き合いながら笑う。まるで子供がくだらない話で盛り上がるかのような雰囲気が出ていた。
 やがてクラーレは、笑い声を収めつつ空を仰ぐ。

「早いもんじゃな……あれからもう、十年も経つというのか……」
「えぇ、本当に」

 クラーレとジャクレンは、改めて思い出していた。マキトの母親であるサリアが引き起こした、全ての始まりとなる事件を。
 そして――その事件が起こるきっかけとなった、十六年前の事件のことも。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生!ハイハイからの倍人生

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。 まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。 ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。 転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。 それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

めちゃくちゃ馬鹿にされたけど、スキル『飼育』と『組み合わせ』は最強中の最強でした【Return!】

Erily
ファンタジー
エレンはその日『飼育』と『組み合わせ』というスキルを与えられた。 その頃の飼育は牛や豚の飼育を指し、組み合わせも前例が無い。 エレンは散々みんなに馬鹿にされた挙句に、仲間はずれにされる。 村の掟に乗っ取って、村を出たエレン、そして、村の成人勇者組。 果たして、エレンに待ち受ける運命とは…!?

成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~

m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。 書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。 【第七部開始】 召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。 一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。 だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった! 突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか! 魔物に襲われた主人公の運命やいかに! ※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。 ※カクヨムにて先行公開中

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

処理中です...