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第五章 迷子のドラゴン

184 幕間~とある魔族王子の奮闘・兄妹~

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 それから数日後――カイとキューロンは、オランジェ王宮へ帰還した。

「戻ったぞ」
「お帰りなさいませ、王子」

 出迎えた大臣が一礼する。そして顔を上げた瞬間、カイの肩から顔を出す存在に気づいた。

「あの、そちらは……」
「旅先で出会った私の相棒だ。名をキューロンという」
「さ、左様でございますか」
「キューロン。彼は我が王宮に勤める大臣だ。よろしくしてやってくれ」
「きゅいっ♪」

 笑顔で頷くキューロンに、大臣が呆然とする。

(また突然飛び出して行かれたかと思いきや、思わぬ土産を『連れて』戻ってこられるとは……)

 こればかりは流石に予想外であり、大臣も驚きを隠せない。一方カイも、そんな大臣の様子を悟り、してやったりと言わんばかりにニヤッと笑った。
 しかしここで大臣は、はたと思い出したような反応を見せる。

「ところで王子。目的を果たすことはできましたかな?」
「ん? あぁ、まぁな」

 カイは曖昧な返事しかできない。実際のところ、果たせたと言えば果たせたし、果たせなかったと言えば果たせなかったという感じだったからだ。

(思い返してみれば、マキト君たちがリスティと会っていたかどうかを、ちゃんと確認してなかった気がするな)

 噂に聞く【色無し】の魔物使いが実際にいたことを確認できた――それは確かに大きな収穫だったとカイも思っている。
 しかし当初の目的は、リスティに関わった魔物使いの少年についてだ。
 それとマキトが同一人物であることを裏付ける確証は、何一つないままであることに改めて気づく。

(しまったな……私としたことが)

 マキトたちに狩りの技術を教えることが楽しくて、つい忘れてしまっていた。その事実は拭えず、カイは顔をしかめてしまう。
 そんな彼の様子を見た大臣は、呆れたような視線を向けていた。

(恐らくこの様子だと、また肝心な部分を微妙に逃して帰ってこられたようだ)

 大臣はすぐさまそれを感じ取っていた。しかもあくまで『微妙に』であり、影響を及ぼすようなミスには至らない部分であることも、重要である。
 些細な問題と言えばそれまでなのが殆どだ。
 それでも微妙に目立ってしまう点は否めないのだが。

(はぁ……全くこの王子は、妙なところで抜けた部分があるというか……)

 誰しも欠点の一つや二つはある――それは王族とて例外ではない。それは大臣も理解しているし、むしろ必要だとは思っている。
 完璧過ぎる者はトップに向かない。カイが周りから慕われているのも、彼の欠点が知られているからと言える。
 とはいえ――それで見過ごせるかと言われれば、微妙なところでもあるが。

「あら、お兄様。お帰りになられましたのね?」
「くきゅー」

 そこにリスティが子ドラゴンを連れて歩いてきた。そしてカイの肩から顔を覗かせる一匹の存在に気づく。

「――わぁっ、なにそれ! かわいーっ♪」

 パアッと輝ける笑顔を浮かべつつ、リスティがキューロンに飛びつく。
 口調が完全に普段の王女のそれではなくなっており、カイは「はしたないぞ」と言おうとしたが、その前にリスティが勢いよく兄に顔を近づける。

「お兄様! このフェレットちゃん、どうされたんですか?」
「あ、あぁ……ちょっと向かった先でな」

 その勢いの凄さに押され、カイは説教をしそびれてしまうのだった。

「私に懐いたから、連れて帰ってきた。名前をキューロンという」
「そうだったんですね。初めましてキューロンちゃん♪」

 兄から名前を聞いたリスティは、早速満面の笑みを向けながら呼ぶ。

「私はリスティと申します。この子は私の相棒で、ガリューといいます。どうかよろしくしてくださいね」
「くきゅ、くきゅくきゅー」
「きゅいっ♪」

 魔物同士も早速仲良くなったらしく、楽しそうに鳴き声で会話を始める。それよりもカイは、今のリスティの発言で気になることがあった。

「リスティ」
「なんですかお兄様?」
「その竜の子供、名前を付けたんだな?」
「……今更何を言ってるんです?」

 質問に質問で返すやり取りとなっていたが、今のカイはそれどころではない。突如として冷たい表情と化した妹に、背筋を震わせていたからである。

「私がこの子を連れて帰ってきた時に、ちゃんと教えましたよね? まさか聞いてなかったんですか? お兄様ともあろうお方が」

 最後の一言だけ、やたらと強調するような言い方をしてきた。それだけリスティが苛立ちを募らせているということだ。

(しまった。失言だったか!)

 カイも即座に気づき、なんとか立て直さねばと焦り出す。

「じ、実はだな、リスティ。私は今回、少し遠くまで視察に行ってきて……」
「視察の報告なら書類にまとめて、お父様に提出してくださいな。ここで私に言われても困りますけど」
「ぐっ……」

 見事な正論により、カイは言葉を詰まらせる。なんとかこの状況を打開しなければなるまいと、言い訳を必死に考えるが、焦りが乗じて何も浮かばない。
 そんな兄の様子を悟ったのか、リスティは深いため息をついた。

「――もういいですよ。私はこれから準備をしなければなりませんので」

 そしてリスティは視線を兄から外し、兄の肩にいるキューロンに向けた。無論、眩しいほどの笑顔で。

「キューロンちゃん、今度またゆっくりとお話しましょうね♪」
「くきゅー」
「きゅいきゅい」

 ガリューとキューロンも互いに手を振り合う。そしてリスティは、そのままカイを素通りする形で歩き出した。
 カイはハッと我に返り、慌てて手を伸ばす。

「リ、リスティ! その、準備というのは――」
「お兄様には関係のないことです」
「しかし、私は兄として妹の行動を把握しておくという義務が――」
「ありませんよ。私は私、お兄様はお兄様じゃないですか」
「それは確かにそうかもしれないが、私はお前の幸せを一番に願っていて――」
「あーもう!」

 ピタッと立ち止まりつつ、リスティは苛立ちながら叫ぶ。もしヒールを履いていなければ、だんっと思いっきり床を踏み抜く勢いで音を鳴らせていただろう。
 リスティは振り向き、カイに対してキッと鋭い目つきを向けた。

「しつこいお兄様なんてキライです! しばらく口をききませんっ!」

 ガーン、という効果音が鳴り響いたような気がした。
 頭の中が真っ白になったカイは、口をあんぐりと開けたまま、真っ白に燃え尽きたかのように硬直する。
 そんな彼に構うことなく、リスティは今度こそガリューとともに去って行った。
 歩く際に音を立てていないところは、流石王女と言ったところか。

「――ま、待ってくれ、リスティ!」

 するとカイはすぐさま我に返り、慌てふためきながら叫び出す。

「二人で落ち着いて話し合おう! 兄妹ならば、きっと分かり合えるはずだ!」
「お断りします!」

 しかしそんな兄の申し出を、リスティは歩みを止めないまま、バッサリと切り崩すように言い放つ。

「お兄様にもお仕事が溜まっておられるでしょうから、さっさとそちらを片付けられたほうがいいですよ。私もこれからは、しばらく忙しいので!」
「リ、リスティぃいーーっ!!」
「ふんだ!」

 その一言以降、リスティは振り返ることもなければ、立ち止まることも、そして兄の叫びに反応することすらなく、王宮の廊下を歩いていった。
 そして、見事なまでに叩きのめされた兄は――

「あ、あぁ……そんな……」

 情けない声を出しながら、ガタッとその場に跪くのだった。

(……なんと哀れな)

 そしてその光景を、大臣は傍でしっかりと、一部始終を見届けていた。

(カイ王子はとても優秀で人望もあり、将来の王としては申し分ない。それは確かに間違いないのだが……)

 大臣は改めて、今のカイの姿をまじまじと見つめる。それはもう可哀想な何かを見る目で。

(これさえなければと、やはり思ってしまうな)

 それ以来、カイはしばらく抜け殻状態のまま過ごすこととなる。
 しかし何もしないわけではなく、むしろ真逆であった。
 虚ろな瞳でありながら、凄まじい勢いで公務をこなしていくという、ある意味とても恐ろしい状態を作り出していった。
 そんなカイの姿に、好き好んで近づく者は誰もいなかった。


 ◇ ◇ ◇


 しかしその数時間後――事態は一気にひっくり返ることとなった。

「――お兄様。お土産に焼き菓子をもらってきましたの」

 リスティが自ら、カイの執務室に尋ねてきた。その瞬間、カイはペンを走らせる動きをピタッと止める。

「先ほどは、つまらないことで怒ってしまってごめんなさい。後で私と一緒に食べてくださいますか?」

 そう語りかけるリスティに対し、カイは数秒ほど無言が続いた。やはり怒っているのかと思われたその時、満面の晴れやかな笑みを浮かべ、カイが顔を上げる。

「あぁ、勿論だとも! 待っててくれ! すぐに仕事を終わらせるからな!」

 そしてカイは、これまた凄まじい勢いで公務をこなし始めるのだった。
 目にもとまらぬ速さでペンを動かし、印を押していく。そのまま数日分の仕事をこなしてしまうほどであった。
 そんな妹をこよなく愛する兄の様子を、執務室の外から覗き見る者が二人――

「アレさえなければ……なんですけどねぇ」
「うむ。アレさえなければなぁ……」

 大臣と二人の父親である国王は、いつもの盛大なため息を揃えるのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回で第五章が終了し、次回からは第六章を開始します。

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