透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第五章 迷子のドラゴン

175 ヴァルフェミオンと疑惑

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「ヴァルフェミオンって、あんな感じなのか」

 手を水平にして目の上にかざし、遠くに見えるその島をマキトは見つめる。

「まさかこんなところで見れるとは思わなかったな」
「結構近くまで来てたのですね」
「ん。それだけノーラたちが、遠くまで旅をしてきた証拠」

 ラティとノーラが感慨深そうに言う。ちなみにロップルとフォレオは、子ドラゴンとともに、その広がる景色を純粋に楽しんでいた。
 そんなマキトたちの後ろで、ディオンが腕を組みながら表情を引き締める。

「こうして肉眼でも確認できるくらいの距離だ。ヴァルフェミオンの魔導師なら、ちょっと行って帰ってくるぐらいのことはできると、俺は思うんだが……」
「私も同感だよ」

 リスティも厳しい表情で、ヴァルフェミオンがある島を見つめていた。

「転移魔法には膨大な魔力が必要。だからこそ特別な魔法具で補助するのが一般的だと言われている。けどここは魔力スポット。魔力の補充は至って簡単だから、確かにあり得る話だろうね」

 恐らく、帰る分の魔力を補充してから、魔力を汚染させて帰ってきた――リスティはそう読んでいた。
 そんな中、ディオンは神妙な表情で周囲を見渡していた。

「この周囲に妙な気配は何も感じない。ドラゴンが目的なら、犯人が近くに潜んでいて然るべきなんだが……」
「つまりもう、犯人からすればここに用なんてない」
「あぁ。魔力スポットに異変が生じた時点で、目的を達成したということだろう」

 ディオンが頷いたところで、リスティが深いため息をついた。
 つまり犯人の狙いは、魔力スポットに対する実験。手を加えることで、嫌な魔力が発動するかどうかを見たかっただけ。山やドラゴンの異変は、ほんのついでに過ぎなかったのだと。

「この山やドラゴンがどうなろうが、犯人からしてみれば、知ったこっちゃないってところだったんだろうな」
「なんともはた迷惑な……どこまで身勝手なことをしてくれるんだか……」
「まぁ、こんなことするような輩に、常識を求めるほうがそもそもの間違いだ」
「そりゃあ、そーかもだけどさ」

 不本意だが納得するしかない――そう思わなければやってられなかった。しかしそれならそれで、リスティは少し気になることがあった。

「でも、犯人はどうして、ここに魔力スポットがあるのを知ってたんだろ?」

 魔力スポットというのは、この世界に存在していること自体は知られている。しかし詳しい場所までは殆ど知られていないのが基本なのだ。
 理由は色々あるが、人が滅多に立ち入らない場所というケースが一番多い。
 ユグラシアの大森林にある魔力スポットが、まさにその一例だ。
 近距離で二つも存在する数少ない例でもあるが、そのどちらも結界魔法により、特定の者以外が立ち入ることは許されない。
 ここ、竜の山も似たようなものだ。
 出入りこそ自由だが、頂上に行けば魔物の中でも最強に部類されるドラゴンたちの巣が待っている。そこに好き好んで入り込もうとする者は、基本的にいない。
 魔力スポットからしてみれば、まさに安全な場所そのものだった。
 ドラゴンたちが結界の役割を果たしてくれており、そう簡単に魔力スポットが脅かされることはなかったのだ。
 そう――今回の件が起こるまでは。

「まぁ、普通に考えれば、誰かがこの場所を教えたんだろうけど……」
「いずれにせよ、オランジェ王国が裏で繋がっていることは、間違いないだろう」
「うん。私もそれは思ってた」

 ディオンの意見にリスティは同意する。

「こんなへんぴな場所、別に有名な観光地でもなんでもないからね。外部の人がピンポイントで目をつけるなんて、正直考えられないし」

 いずれにしても確証がないことに変わりはないため、リスティもこれだと断定することはできない。
 そしてディオンもまた、彼なりに思っていることがあった。

「あまり考えたくはないことだが、俺と同じドラゴンライダーの誰かって可能性も十分にあり得る。そうではないことを願って、探ってみることにするよ」
「いいの? ドラゴンを愛する大切な仲間たちなんでしょ?」
「だからこそさ」

 気遣うリスティに対し、ディオンは厳しい表情を見せる。

「ドラゴンを愛し、パートナーとしているからこそ、ドラゴンを陥れるような輩を認めるわけにはいかないんだ。これはドラゴンライダーとして、絶対に譲れない部分でもある」
「……そっちはお願いね。私もお父様たちに、改めて報告した上で相談するから」
「あぁ」

 神妙な表情で、リスティとディオンが頷き合う。山の異変は消えたが、疑惑は消えていない状態である。まだ大団円とするわけにはいかない。
 すると――

「へぇー、そうなのですか!」

 ラティの驚くような声が聞こえてきた。リスティが振り向くと、子ドラゴンから話を聞いているマキトとノーラ、そして魔物たちの姿がそこにあった。

(……どーりで話にちっとも参加してこないと思った)

 呆れた視線を向けるリスティだったが、マキトたちがそれに気づくことはない。いつの間にか自分たちの話に興味をなくしていたことに、少しばかり思うところはあるのだが、もうそれを言う気力すらなかった。

「ハハッ、全くマイペースな子たちだ」

 するとディオンが、腕を組みながらケタケタと笑い出す。そんな彼の反応が、リスティからすれば以外であった。
 故に思わず、率直に尋ねてしまう。

「怒らないの?」
「あぁ。あの子たちの目的は、既に達成しているからな」

 そしてディオンも、あっさりと答えた。

「迷子だった竜の子供を送り届け、無事に親子の再会を果たさせた。山の異変を取り払ったのは、あくまでそのために過ぎない」
「言われてみれば、確かに……」
「だろ? だから俺が怒る理由なんて、どこにもないんだよ」
「なるほどね」

 言われてみればそのとおりだと、リスティは思った。ここから先の問題は、あくまで犯人に対する疑惑を突き止めることであり、山やドラゴン親子とは、なんの関係もない話なのだ。
 故に、マキトたちがこれ以上関わる理由も、全くないのである。
 リスティは開き直ったようにスッキリとした笑みを浮かべ、ディオンと顔を見合わせ頷き合う。
 この話はあとで改めて話そう――そんな無言のやり取りが行われた。

「ここの魔力スポットから溢れる魔力は、さぞかし綺麗だったのでしょうね」

 ラティの言葉からして、どうやらこの山にあった魔力スポットについて話を着ていたのだと、ディオンたちは読み取る。
 するとここで子ドラゴンが、申し訳なさそうに落ち込んだ表情を見せた。

「くきゅー……」
「見れなかったのは仕方ないのです。気にしなくて大丈夫なのですよ」
「くきゅ、くきゅくきゅー」

 ラティに励まされ、子ドラゴンは再び笑顔を見せる。しかしその代わりに、今度はフォレオが残念そうにガクリと項垂れた。

『でも、ざんねんだなぁ』
「どうかしたのか?」

 マキトが尋ねると、フォレオは項垂れたまま答える。

『だってぼく、まりょくすぽっとでぱわーあっぷしたかったんだもん』
「なんだ、そんなに強くなりたかったのか?」
『うん。どらごんになって、そらをとんでみたかったの』

 そう言いながらフォレオは空を見上げる。マキトたちもつられて、一緒に視線を上に向けた。
 そこには青空が広がっていた。流れる真っ白な雲は実にふんわりとしている。

「くきゅー?」

 子ドラゴンがフォレオの視界に入ってきた。翼を羽ばたかせているのだ。
 それをジッと見つめるフォレオの姿に、マキトは苦笑する。

「なるほどね……チビスケが羨ましくなったんだな」
「ん。気持ちは分かる」
「キュウ!」

 ノーラに続いてロップルも頷く。ラティも頷こうとしたところで、脳内に一つの疑問が浮かんできた。

「フォレオ? わたしもこうして飛んでるのですけど、わたしには羨ましいとかそういうのはなかったですよね?」
「あ、そういえばラティにはなかったな」

 ラティの疑問を聞いて、マキトも初めて気づいた。ノーラやロップルも、そういえばと言わんばかりに顔を見合わせている。
 するとフォレオが、あっけらかんとした表情でラティを見た。

『ただとぶのとはちがうの。ますたーたちをのせてそらをとびたいんだもん!』

 子ドラゴンが空を飛んでいるのを見て、ずっと羨ましく思っていた。いつか大きくなってマキトを乗せる――子ドラゴンはそう言っていたのだ。
 それを聞いて、フォレオは闘争心を燃やしていた。
 自分も大好きなマスターを乗せて、空を飛べるようになりたいと。
 大きな獣姿に変身することができるのだから、翼を持つドラゴンに変身することもできるのではないかと、そんな願望を抱き続けてきたのだ。
 竜の山には魔力スポットがある。そこの魔力を吸収させてもらえば――そう思っていたのに、見事当てが外れてしまった。
 山に平和が戻ったのだから、とやかく言えないことも分かりつつ。

「あぁ、そーゆことだったのですね」

 フォレオの気持ちを察し、ラティは苦笑する。ロップルもなるほど、とノーラの腕の中で頷いていた。
 すると――

「くきゅーっ!」

 子ドラゴンがフォレオに力強い笑みを浮かべてきた。そしてそのまま、フォレオに勢いよく語りかける。

「くきゅくきゅ、くきゅくきゅくきゅきゅ、くきゅーっ!」
「えっと……」

 子ドラゴンの言葉を、ラティがいつものように聞きとる。しかし今回は、なにやら戸惑っている様子であった。
 そしてゆっくりと、マキトたちのほうを振り向く。

「フォレオのパワーアップができるかもしれない……だそうなのです」
「……へっ?」

 マキトは思わず、素っ頓狂な返事をしてしまうのだった。

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