透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第五章 迷子のドラゴン

171 霧が晴れるとき

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「はぁ、はぁ……魔力スポットってここか?」

 薄黒い靄の中を走ること数分、マキトたちは『そこ』に辿り着いていた。軽く息を切らせながらもマキトはそれを見上げる。

「森で見たのとは、また随分違う感じだ」
「ん。完全に汚れ切ってる」

 マキトの率直な感想に、フォレオに乗っているノーラも頷く。

「ここまでなってしまってたら、もう元に戻すのは無理」
「ですね。このまま丸ごと壊すしかないのですよ」

 魔力を浄化する魔法自体は、一応この世に存在してはいる。しかし彼らの中にそれを使える者はいない。
 仮にいたといても、ノーラの言うとおり、不可能と言わざるを得ないだろう。
 汚染された魔力を元の綺麗な魔力に戻すには、汚染された分の浄化を、魔法によって施さなければならない。目の前の魔力スポットの場合、もはや汚染に汚染を重ね尽くしたような状態となっている。
 加えて、魔力スポットは常に動き続けているため、汚染も常に進み続ける。浄化を使える魔導師が何人集まったところで、足りるわけがないのだ。
 従ってラティの言うように、破壊してしまったほうが手っ取り早い。
 魔力スポットを一つ失ってしまうことになるが、このまま放っておいたら竜の山だけの被害では済まされないのだから。

「よし、魔力スポットを破壊しよう。ラティとフォレオでやってみてくれ!」
『おーっ!』
「りょーかいなのです!」

 ラティが勢いよく飛び上がり、小さな体を眩く光らせる。薄黒さを更に増した霧の中での変身は、いつも以上に眩しく見えてならない。
 色気たっぷりな大人の女性スタイルと化して、ラティが颯爽と降り立つ。
 そして隣に獣姿のフォレオも並び、魔力スポットを相手に身構える。

「はあああぁぁーーーっ!」
「ガアアァーーッ!」

 ラティとフォレオが、それぞれ渾身の力を振り絞って魔力を打ち込む。二つの巨大な魔力が魔力スポットに命中するが――吸い込まれていった。

「そんな……」

 まさかの結果に、マキトたちは絶句してしまう。
 更に――

「な、何だっ!?」

 魔力スポットが反応を示した。黒に近い紫色のそれが、急にゆっくりと赤い光を点滅させ始めたのだ。

「嫌な予感。警報しか思い浮かばない」

 ノーラが表情を引きつらせながらポツリと呟く。その予想は、見事な大当たりとなってしまう。

「なっ!」

 ――ドウッ!!
 魔力スポットから真っ赤に染まった魔力が解き放たれる。限界まで凝縮された巨大な塊が、マキト目掛けて一直線に向ってゆく。

「マスターッ!」

 ラティが振り向きながら叫ぶ。しかしマキトは臆することなく、緊張感を走らせた表情を浮かべるのみだった。

「――キュウッ!」

 ロップルの声が、マキトの体にオーラを纏わせる。防御強化の発動と同時に、マキトは迫りくる魔力に向かって両手を伸ばす。
 気が付いたらこうしていたのだ。頭で考えていたわけじゃない。

「ぐっ――!」

 巨大な塊をマキトが受け止める。強力過ぎるが故に、かき消せないのだ。
 防御強化の効果時間が、それなりに伸びているのが幸いした。もし森の魔力スポットでパワーアップしていなければ、今頃マキトは巨大な魔力の餌食となっていたことだろう。
 しかし、ピンチな状態であることに変わりはない。
 今はあくまで魔力を受け止めているだけ。それをなんとかしなければ、本当の意味で退けたことにはならない。
 それは当然、マキト自身もよく分かっていることであった。

(こんなところで……負けてたまるか!)

 ずっと、心の中で思っていたのだ。ラティたちが活躍しているのに、自分はただ後ろで見ているだけだと。
 こんなことが、これからも続いていくのだろうかと。
 魔物使い自身に戦う力はない。だから仕方がないことではある。誰しも向き不向きはあるのだから。
 しかしマキトは納得しきれなかった。
 何もできないと考える度に、悔しさがこみ上げてきてならなかった。
 それは、くだらなくてちっぽけなプライドに過ぎない。
 男なら必ず一度は経験したことがあるであろう、本当に小さくてため息をつきたくなるほどのプライド。
 それが今、マキトの力となって表に出てきた。大切な子や魔物たちの前で、無様な姿を見せられない。ここで力を尽くさないでどうするのだと。

「こ、のおぉっ!」

 マキトは渾身の力を込め、巨大な塊をそのまま思いっきり押した。

「うおおあああぁぁーーーっ!」

 渾身の力を込め、弾き飛ばすように押した塊は、そのままゆっくりと魔力スポットに向かっていく。
 噴き出す魔力の霧も、新たに発射される魔力の塊も、全てを飲み込んで大きく膨れ上がり、やがてそれは魔力スポット全体を包み込むまでの大きさとなる。
 塊は魔力スポットに激突し、そのまま呑み込まれていった。
 魔力同士の激しい反発によるものか、火花が飛び散るような音が聞こえる。黒に近い紫の塊は、やがて光を生み出し――音も鳴らさず粒状と化した。

「キュウッ!」
『わぁ、きれいだねー♪』

 ロップルに続いて、フォレオの呑気な明るい声が響き渡る。ラティとノーラ、そしてマキトは、目の前の光景に呆然としていた。

「魔力スポット……終わった、のか?」

 小さな呟き声は、風によってかき消される。霧に覆われていた景色が、徐々に元の明るさを取り戻していく。
 元の青空が見えるようになるまで、数分もかかることはなかった。


 ◇ ◇ ◇


「グルッ……グル……」

 親ドラゴンが突然苦しみ出す。ダメージが大きく、満身創痍になりつつあったリスティは、ポカンと呆けた表情と化し、それはすぐに笑みに切り替わる。

「マキト君……遅いよもう……」

 悪態づきながらも、心は晴れやかであった。
 実際のところ、かなり苦戦していた。あと少し遅ければどうなっていたか、想像したくもないほどであった。
 改めて、ドラゴンの強さと恐ろしさを思い知った気もする。
 素早い身のこなしと魔法を駆使すれば、時間稼ぎくらいは楽勝だと、リスティは思っていたのだ。しかしそれは甘いにも程があったと、戦いが始まって数分後に叩きつけられた。
 実際、立ち回るだけで必死だった。少しでも気を抜けば命はない――そんな生と死の間を走るたったの数分が、どれほど長いものであったか。
 悪い魔力に支配され、実力を出し切れていないドラゴンでさえ、恐ろしいと思えるほど強かった。
 まさにそれは、伝説上の生き物と呼ぶにふさわしい。
 数百年を平気で生きるだけのことはある――リスティはそう思っていた。

「グルルル……グアァッ!」

 ずしぃん、と重々しい音を鳴り響かせ、親ドラゴンが倒れる。震えているところからすると息はある。力が急激に体から抜け落ち、耐えられなくなったのだとリスティは判断した。

「くきゅーっ!」

 聞き覚えのある甲高い鳴き声が聞こえてきた。子ドラゴンが飛んできたのだ。
 そして倒れている親ドラゴンに気づき、一目散に向かってゆく。

「くきゅくきゅ、くきゅきゅーっ!」
「……グルゥ」

 必死の掛け声に、親ドラゴンがうっすらと目を開ける。

「くきゅ……くきゅーっ!」

 子ドラゴンが涙を浮かべて、親ドラゴンの顔に飛びつく。親ドラゴンもぐったりとしつつ、穏やかな笑みを浮かべていた。
 念願の親子の再会が、今ようやく果たされた瞬間であった。

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