透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第五章 迷子のドラゴン

168 恩返しは突然に

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「らああああぁぁぁーーーーっ!」
「ぐぅっ!」

 盗賊の親分が振り下ろす巨大な斧を、ディオンが剣で受け止める。特別に鍛え上げられた剣は、そう簡単にへし折れることはない。しかし、衝撃による振動はどうしても避けられなかった。
 剣を掴む手がビリビリと痺れる。それぐらいで怯むディオンではないが、確実に押されつつあった。
 これがもし、完全なる親分との一騎打ちであれば、どれほど良かっただろう。
 問題は、相手が集団であるという点にあった。

(マズいな……もう何人か、盗賊たちを山へ入れてしまった……)

 ディオンが剣で斧を打ち払いながら顔をしかめる。そこにすかさず親分がニヤリと笑みを浮かべていた。
 せいぜいここで踊りやがれ――そう言わんばかりに。

(相棒も全力で翻弄してくれてはいるが、それでも完全とは言えない)

 ディオンの相棒であるドラゴンは、確かに強い。しかし体の大きさ故に、思うように小回りが利かないのも確かであった。
 いくら一つ一つの攻撃が強力だったとしても、それで全てを乗り切れるほど、戦いは決して甘くない。それを今、ディオンとドラゴンは、改めて身をもって思い知る羽目となっていたのだった。
 盗賊を相手に、情けをかけているつもりは一切ない。
 生かして更生させられるのならば、無論それに越したことはない。しかしそれは夢の話とも言えるほどであり、どこの国だろうと実行できた例は殆ど存在しないとも言われている。
 悪者に情けは無用、殺すならさっさと殺せ――冒険者としては普通のことだ。
 ディオンも決して例外ではない。
 これまでにも剣を人の血で染めた回数は、もはや数えきれないほどだ。正義の味方と言えば聞こえはいいが、実際にやっていることは、殺戮者と何ら変わらない。
 それをしっかりと自覚した上で、ディオンは剣を振るっている。
 ここで全ての盗賊を切り捨てる覚悟はしており、実際にそうするつもりで戦いに挑んでいるのだ。
 しかし――相手も決して馬鹿ではない。
 命を懸けて目的を達成しようとしている点では同じなのだ。
 盗賊たちの目的は子ドラゴンの捕獲。ディオンの命など興味の欠片もない。
 誰かが一人でも山へ入り、マキトたちから子ドラゴンを奪って逃げおおせれば、その時点で盗賊たちの勝利が確定してしまう。ここで何人倒されようが、盗賊たちにとってはどうでもいいことなのだ。
 故にディオンは、確実に押されつつある。
 たとえどんなに腕利きだろうと、数の暴力には敵わない。
 倒すのが目的ではなく、出し抜くのが目的となれば、なおのこと分が悪い。

「ハハァッ! どうしたどうしたぁっ? 俺たちを倒してみろやあ!」

 斧を振るいながら、親分が挑発めいたことを言う。無論、ディオンがそれに乗せられることは断じてないし、親分も最初からそれは読んでいる。
 目的は、この掛け声を周りに聞かせることにあった。
 トップである男の余裕そうな声は、周りを活気づかせるには十分過ぎる。更に気持ちを乗らせるつもりなのだ。
 確かに気持ちだけで全てが上手くいくはずがない。しかし気持ちが大事であることもまた確かである。
 それが今、ここで大いに証明されることとなるのだった。

「おいテメェら! 親分の気合いに応えるんだ!」
「「「おおおおぉぉぉーーーーっ!」」」

 バンダナ男の掛け声に、残っている手下たちが動き出す。

「させるかっ!」

 ディオンは渾身の力で親分の斧を薙ぎ払い、みぞおちに蹴りを入れて怯ませる。そしてすかさず山へ入ろうとする手下たちの前に立ちはだかり、剣を振るう。
 手下たちはあっという間に吹き飛ばされた。
 しかしその隙に、スキンヘッドの男と数人の手下たちが、彼の死角を突いて山へ侵入しようとしてしまう。

「グルアァッ!」

 しかし、そこにドラゴンが立ちはだかり、スキンヘッドたちは足を止める。炎のブレスを解き放つも、相手はそれほど驚いている様子もない。
 どれだけ手下の盗賊たちが炎に焼かれようとも、仲間である彼らの鋭い目はギラリと光り続ける。どれだけ血が噴き出し飛び散ろうが、彼らは武器を振り上げる力を弱めることすらない。
 まさに狂戦士という言葉が相応しい――それが今の盗賊たちの姿であった。

(くそっ、まさかコイツらがこんなに執念深いとは……甘く見ていたか!)

 所詮は武器を振り回して粋がるだけの荒くれ。ドラゴンの力と自身の剣で、格の違いを見せつければ、すぐさま尻尾巻いて逃げ出すだろう。
 過去の盗賊たちは皆そんな感じだった。
 恐らく今回もその類だろうと、勝手に思い込んでいた結果が、この有様である。
 自惚れていた――それ以外の言葉が浮かんでこない。
 ドラゴンライダーとして、腕利きの冒険者と呼ばれて浮かれていた――そのツケが今になって降り注いできたことに、ようやく彼は気付いた。

(全くなんてザマだ。これじゃマキト君たちに対して、偉そうなことなんて言えないじゃいか!)

 ディオンはギリッと歯を噛み締める。迫りくる下っ端を剣で切り捨てるが、その隙をつかれてスキンヘッドと親分が走り出す。
 まんまとディオンとドラゴンの脇を、するりと抜けてしまった。

「しまった!」

 慌てて振り向くが、時すでに遅し。まんまと盗賊たちの侵入を許してしまい、ディオンの中に怒りと後悔の念が湧き上がってくる。

(くっ、済まないマキト君。この後始末は、俺が必ず!)

 ドラゴンに乗りこもうとするディオン。空から盗賊たちを追いかけ、残党狩りをしようとしているのだ。
 幸いマキトたちはフォレオに乗って移動しているはず。普通に駆け上がるだけの盗賊たちは、そう簡単には追い付かないだろうという期待をかけて。
 すると――

「ぎゃああああぁぁぁーーーーっ!」

 上の方から叫び声が聞こえた。それは徐々に近づいており、更に目を凝らすと、砂煙を立てて何かが猛スピードで下りてくる。

「逃げろー!」
「ちくしょお、なんでこうなるんだーっ!」
「ストロングパンサーがこんなにたくさんいるなんて、聞いてねーぞ!」

 先に山へ侵入した盗賊の下っ端たちが、野生のストロングパンサーに追われ、必死になって逃げていた。
 それも一匹だけでなく、何匹もが固まって動いている。
 ディオンはその姿に違和感を抱いた。
 ストロングパンサーが群れを成して山にいることは、基本的にないはずなのだ。いたとしても、せいぜい一匹狼的な個体が群れから離れて山に入り込む――それくらいだと言われている。
 少なくともディオンの記憶上、ストロングパンサーがここ最近、山の中に群れを成して生活しているという情報は聞いたことがない。
 つまりこれは、紛れもないイレギュラーな事態を意味しているのだ。

(な、何なんだあれは……まさか、山の異変が何か影響を?)

 流石に理由としては苦しい気もしていたが、ディオンの中ではそれ以外の理由が思い浮かばなかった。
 他の盗賊たち――親分やスキンヘッドなども想定外だったらしく、立ち止まって呆然としてしまっている。
 更に――

「ガアアアァァウ!」

 別の崖の上から、凄まじい雄たけびとともに、ストロングパンサーが親分たちを目掛けて飛び降りてきた。咄嗟のことで全く反応しきれず、親分たちは魔物たちにのしかかられ、成す術もない状態である。

「テ、テメェ何を……ぐわぁっ!」
「があぁっ! こ、このヤロウ、噛みついてんじゃ……ぎゃああああっ!」

 親分とスキンヘッドが、ストロングパンサーの牙の餌食となった。容赦なく連続して噛みつかれ、その度に血しぶきが飛び交う。
 脱出しようにも体は押さえつけられ、身動きが取れない。
 どんなに鍛えていようとも、魔物本来が持つ狂人的な肉体には、到底及ぶものではなかった。

「ひいぃっ! お、親分が喰われて……ぐわぁっ!」
「バカ! 立ち止まるんじゃ……ぎゃあぁっ、や、やめろぉ、止めてくれぇー!」

 手下たちも次々と、ストロングパンサーに喰われてゆく。親分とスキンヘッドはもうピクリとすら動いていない。
 魔物たちは、盗賊を根こそぎ喰い尽くしてやろうとしているようだ。しかしどの個体も、ディオンを狙おうとはしていない。それどころかまるで、彼は絶対襲わないようにしているようにも感じられた。
 これは一体どういうことなのか――ディオンは少し考えてみるが、全くといっていいほど答えが浮かばない。
 すると――

「ガウッ」

 一匹のストロングパンサーが、目の前まで来ていた。ディオンはすかさず剣を突き出しながら身構える。

「やはり俺のことも狙って……ん?」

 しかしそこで、どうにも様子がおかしいことに気づいた。相手の魔物から敵意が全く感じられないのだ。
 それにどうも歩き方がぎこちない。まるで怪我をしているようであった。

「まさか、お前は――!」

 ある一つの予感が頭を過ぎり、ディオンはその魔物の足元を見る。しっかりと巻かれた白い包帯の存在が、予感を確信に変えさせていく。

「あの時、マキト君が助けた魔物、なのか?」
「ガウガウッ!」

 そのとおりだ、と言わんばかりにストロングパンサーが頷く。そして視線を、盗賊たちを襲っている群れのほうに向け、一鳴きした。

(なるほど……そういうことか)

 ディオンはようやく、これらの事態を読み込むことができた。

(マキト君たちが助けたストロングパンサーは、群れのボスだったんだ。この盗賊たちかどうかは分からんが、恐らく襲われて傷を負ったのだろう。仲間たちを逃がすために、ボスとして戦い続けてた可能性は十分あり得る)

 そしてなんとか逃げたところをマキトたちに助けられ、ここでその借りを返してくれたのだ。
 そこまで考えたディオンは、「そうなんだろう?」という意味を込めて笑いかけてみると――

「グルッ」

 魔物はニヤリと笑い、そして視線を逸らしてしまった。ディオンからすれば、それだけで十分な答えだと言えていた。

(なんてこった。まさか、魔物から恩返しをされてしまうとはな……)

 あくまで山を登るマキトたちをアシストしたのであって、自分たちは別に助けたわけでもないのだろう。
 しかしそれでも、助かったことには変わりない。だからこそディオンは言う。

「おかげで助かったよ! 本当にありがとう!」

 剣を収め、両手をメガホン代わりにしてディオンがそう叫ぶ。
 するとストロングパンサーのボスは――

「……ガウッ!」

 と、振り向きながらニヤッと、一鳴きだけするのだった。

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