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第五章 迷子のドラゴン
167 立ちはだかる盗賊たち
しおりを挟むそれからマキトたちは、更に平原を進んでいく。獣姿のフォレオは、三人を乗せたままの移動も相変わらず軽やかであった。
「フォレオちゃん、随分と長く変身姿を保ってられるんだね」
全然疲れる様子を見せないフォレオに、リスティが感心する。それに対してラティが誇らしげな笑みを浮かべる。
「当然なのです。わたしたちは魔力スポットでパワーアップしたのですから!」
「ん。それもあるけど、それだけじゃないと思う」
ノーラが静かに指摘する。
「ここ何日かの旅で、フォレオの体力が大幅に上がった。つまり鍛えられた」
「あぁ、それは確かにありそうだな」
「なんやかんやでずっと走り続けてましたからねぇ。あり得るのです」
『えへへー♪ ぼく、すごい?』
「あぁ、すごいぞ。よく頑張ってるよな」
『えっへん!』
ご機嫌そうなフォレオの声に、リスティは微笑ましくなる。フォレオの声が聞こえてくるというよりは、頭の中に直接響いてきているような感覚であることも、今となってはもう全く気になっていない。
マキトが言っていたとおり、そういうものなのだと思うことにしたのだ。
真実がどうであれ、フォレオとマキトたちは楽しくしている。それだけで十分なのだろうと、リスティは思っていた。
「おーい!」
ドラゴンに乗ったディオンがゆっくりと下りてきた。それと同時に、フォレオの走るスピードも少しだけ緩くなる。
「もう気づいていると思うが、あそこに見えるのが、竜の山の入り口だ」
ディオンが指をさしたその方向に、マキトが目を凝らしてみる。確かに頂上へ続いているであろう登山口が存在していた。
「……くきゅー」
子ドラゴンが顔をしかめながら頂上を見上げる。遠くからでも薄々と感じてはいたことだが、やはり様子がおかしい。
「やっぱり頂上だけが、黒い雲みたいなのでスッポリ覆われてる感じだな」
マキトも手のひらを目の上でかざしながら、顔をしかめる。
「あそこだけ雨、ってことはないよな?」
「普通にないと思う」
「だよな」
ノーラの指摘にマキトは苦笑した。
雷が鳴る音も全く聞こえず、その周りは見事な雲一つない快晴。頂上だけが大荒れな天気とは考えにくい。
つまり、悪天候以外の『何か』が頂上で起きている。
それがマキトたちの考えている予想であった。
「やっぱり、魔力スポットが悪さしてるってことなんかな?」
「その可能性は高いと思うのです。頂上からいやーな感じがするのです」
「キュウッ!」
『ちかづくたびにへんなのがつよくなってくるー』
「くきゅきゅー?」
流石に魔力のない子ドラゴンには、そこまでは分からないのだろう。ラティたちの言葉に首を傾げていた。
そして再び飛び上がりながら視線を前に戻したその時――
「……くきゅっ!」
子ドラゴンは何故か驚きの反応を示し、慌ててマキトのほうへと飛んできた。そしてそのまま、マキトの服にガシッとしがみついてしまう。
「お、おい、一体どうしたんだよ?」
「くきゅー……」
マキトが戸惑いながら問いかけるも、子ドラゴンは怯えて震えるばかり。どう見てもただごとではない様子だ。
『ますたー! このさきになにかがいるよー!』
そしてフォレオもまた、慌てた様子でそう叫んでくる。マキトも前方に視線を凝らしてみると、確かにそれはいた。
「あれは……人の集団っぽいな」
「くきゅぅ」
子ドラゴンの情けない声に、マキトが優しく背中を撫でる。すると子ドラゴンが鳴き声を発し、何かを告げようとしてきていた。
ラティがふんふんと頷き、そしてクワっと目を見開く。
「ええっ! ドラゴンちゃんを捕らえていた人たちがいるのですか?」
「それは本当なのか?」
マキトも驚きながら問いかけると、子ドラゴンがコクコクと無言で頷く。それを後ろから見ていたリスティは、険しい表情で前方を見据えた。
「なるほど……恐らく盗賊の集団だろうね。あそこで待ち伏せしてたんだ」
「狙いはチビスケか」
「多分ね」
人間族の盗賊集団についての噂は、リスティも耳にしていた。
(わざわざオランジェ王国を抜け出してから、もう一度こっそり入国してきたと聞いたときは、流石に何かの間違いではないかと思っていた。しかしそれは間違いでもなんでもない真実だったってワケだね)
それも全ては、竜の子供一匹を捕まえるためだとしたら――その執念深さには、呆れを通り越して敬意を表したくすらなってくる。
一方、盗賊たちもマキトたちと子ドラゴンの登場に、目を丸くしていた。
「本当にあのチビドラゴンがいるぞ!」
「報告を聞いたときは、まさかと思ったが……」
「すげぇ! 親分の言ったとおりになっちまいやがったぜ!」
盗賊たちが次々と、驚きと喜びの入り混じった引きつった笑みを見せる。そんな彼らの中心では、大柄な荒くれ男がニヤリと笑っていた。
「見ろ。やっぱり俺様の読みは当たるってことだ……野郎ども、準備はいいか!」
「勿論ッスよ、親分っ!」
「今こそ俺たちの力を、盛大に見せつけてやるときってもんですよ!」
荒くれ男こと親分の掛け声に、スキンヘッドの男とバンダナの男が答える。そして他の手下たちも次々と野太い声を上げていった。
そしてその声は、マキトたちのほうにもしっかりと聞こえていた。
「マスター、あの人たち完全にわたしたちを狙おうとしている感じなのです」
「あぁ。考えるまでもないな。さて、どうしたもんか……」
「相手をするのは面倒。でも逃げたら逃げたで、もっと面倒になる」
「ノーラちゃんの言うとおりだろうね」
リスティが前方を見つめながら、顔をしかめる。
「盗賊たちをばらけさせるのは得策じゃない。一ヶ所に固まっている今だからこそ相手にしやすいってもんだよ」
「つまり、ここで戦うしかないってこと?」
「そうなるかな」
マキトの問いかけにリスティは頷きこそしたが、ここであまりそうしたくない気持ちもあった。
本命は山の頂上なのだ。ここで全力を使い果たすような真似はしたくない。
「くそっ、何かいい手はないのか?」
舌打ちをしながら、マキトは盗賊たちを睨みつける。
このまま強引に正面突破できれば一番手っ取り早いのだが、ラティやフォレオの力だけでは流石に無理なことぐらい、マキトも分かっているつもりだった。
『しょうめんとっぱしたいけど……むりだよね』
「フォレオ……」
まさか自分と同じことを考えていたとは――ペットは飼い主に似るという言葉を聞いたことはあったが、まさかこのタイミングで思い出すとは思わなかった。
マキトは改めて表情を引き締める。
とにかくもう、盗賊との戦いは避けられないと、そう思った時だった。
「ここは俺たちに任せろ!」
ディオンを乗せたドラゴンが、盗賊たちに向かって滑空していく。
「キミたちは先に行け! コイツらは俺たちが引き受ける!」
その叫びと同時に、凄まじい咆哮をドラゴンが放つ。盗賊たちの多くが驚いて戸惑いを見せ、バタバタと何人かが、恐怖で腰を抜かしてしまう。
しかし親分を含む数人は、ドラゴンに向けて好戦的な笑みを浮かべていた。
ディオンもそれにしっかりと気づいており、相手にとって不足なしという言葉を胸に抱きつつ、腰に携えていた剣をスッと静かに抜いた。
再び、ドラゴンが咆哮を解き放つ。
腰を抜かしていた盗賊たちが次々と動き出し、集団の塊が崩れ出した。
彼らの奥に存在する山の入り口の姿が、少しだけ見えてきた。
「フォレオちゃん、今のうちに正面突破を!」
『えっ?』
「ディオンたちの行動をムダにしない!」
リスティが険しい声で叫ぶ。確かにそのとおりであることはマキトも分かる。もはや驚いている暇も、そして考えている暇すらないことも。
「フォレオ、思いっきり行け!」
『……わかったっ!』
気合いを込めた咆哮が、フォレオの口からも放たれる。それに驚いた盗賊たちが更に混乱を重ね、集団の塊を崩していく。
フォレオが力強く走り出しながら、魔力のブレスを解き放つ。
遠くからの攻撃は、盗賊たちに命中させることなど期待していない。道を開けさせるために放たれたものであった。
まさかそんな攻撃が来るとは思わなかったらしく、親分も驚きを隠せない。それがマキトたちにとって、大きな隙となった。
「そこだーっ!」
マキトの掛け声とともに、フォレオはわずかに空いた道を突き進む。見事なくらい綺麗に、盗賊たちをかいくぐることに成功した。
そのままフォレオは、マキトたちを乗せて山を勢いよく駆け上がっていく。
盗賊たちがそれに気づいて追いかけようとしたところに、ディオンを乗せたドラゴンが道を塞ぐように降り立つのだった。
颯爽と飛び降り、剣を突きつけながらディオンが言う。
「お前たちを通すワケにはいかない。ここで俺たちの相手をしてもらおう」
「テメェ……舐めたことしてくれんじゃねぇかよ」
親分が大きな斧を掲げ、こめかみをぴくつかせる。スキンヘッドやバンダナも、してやられた怒りをぶつけたくて仕方がなく、他の盗賊たちとともに剣や斧などの武器を手にしていた。
「やっちまええええぇぇぇーーーーっ!」
野太い親分の叫びが、盗賊たちを勢いよく突き動かす。対するディオンは、冷静な表情でドラゴンとともに迎え撃つのだった。
(皆……山の異変を頼む!)
マキトたちに全てを賭けつつ、ディオンは盗賊たちに向かって駆け出した。
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