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第五章 迷子のドラゴン

166 ストロングパンサー

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「ラティ! すぐディオンさんに知らせに行ってくれ!」
「お任せなのですっ!」

 マキトの指示に従ってラティが服の中から飛び出し、そのまま体を光らせて、大人の人間の女性サイズに変身を遂げた。
 そしてそのまま、ドラゴンに乗って先導するディオンの元へ飛んでいく。
 当然、リスティからすれば初見であり、驚かずにはいられなかった。

「ちょ……ラティちゃんのアレって、一体……」
「説明は後。今はストロングパンサーをなんとかするほうが先」

 ノーラにピシャリと言われ、リスティは黙って頷くことしかできない。後で詳しいことを教えてもらわなければと思いながら、改めて倒れたストロングパンサーのほうに視線を向ける。
 意識はあるらしく震えている。苦悶の表情からして、本当によろしくない事態であることが見て取れた。

「よっと!」

 颯爽とマキトがフォレオの背から飛び降り、ストロングパンサーの元へ迷わず駆け出していく。それに続いてノーラとロップルも飛び出した。

「ちょ、ちょっと! いきなり近づいたら危ないよ!」
「くきゅっ!」
「え? あ、わ、私も?」
「くきゅくきゅっ」

 子ドラゴンに促され、リスティも戸惑いつつフォレオから降りる。その瞬間、フォレオと子ドラゴンも駆け出してしまった。
 結果、リスティだけがポツンと一人、取り残されることとなる。

「マスターッ!」

 変身したラティが下りてくる。声も甲高いそれから、完全なるハスキーボイスとなっているため、リスティからすればどうにも違和感がしてならない。
 するとそこにドラゴンが下りてくる。つまりディオンが来たということだ。

「また、あの子たちは……妙なことになってきたな」

 ドラゴンから飛び降りながら、ディオンが苦笑している。リスティと違って、慌てている様子はなかった。

「ちょっと目を離した隙に野生の魔物と仲良くなる。そのおかげで食事や寝床に困らなくて済んだこともあったな」
「そんなことが?」
「信じられないのも無理はないが、間違いなくここ数日にあった出来事だ」

 ディオンの言葉に、リスティは呆然としながらマキトのほうを見る。倒れた魔物の背中を撫でているところだった。ストロングパンサーは何事かと鋭い目で見上げていたが、やはり弱弱しい。

「大丈夫か? 一体どうした?」
「グ、グルゥ……」

 苦しそうな唸り声をだすストロングパンサー。そこにロップルとフォレオが駆けつけてきた。

「キュウキュウッ!」
『あしが、っていってるよ!』
「足?」

 マキトは言われるがままに視線を足のほうに向けてみると、すぐに気づいた。

「お前これ……矢が刺さってるじゃないか!」

 驚きの叫びに、リスティも思わず息を飲んだ。しかしこれで、弱っていた理由も理解できた。

(冒険者にでも襲われて、なんとか逃げてきたのかな?)

 神妙な表情でそう思っていると、マキトがストロングパンサーの背中を優しく撫でながら、刺さっている矢を掴みだした。

「ちょっと我慢してくれよ?」

 そう言うなり、マキトは思いっきり矢を抜き出した。発した鋭い痛みで、ストロングパンサーは顔をしかめるが、視線をマキトに向けるだけで、襲い掛かる様子は全く見られない。
 ノーラがバッグから薬草と包帯を取り出し、それをマキトに差し出す。
 マキトは受け取った薬草を石ですり潰して患部に当て、その上から丁寧に包帯を巻いていく。そしてしっかりと固定して縛ると、ストロングパンサーの表情が段々と穏やかになっていった。

「ん。ノーラたちにできるのは、今のところこれくらい」
「あぁ。こんなことしかしてやれなくて、ごめんな」

 マキトがそう声をかけると、ストロングパンサーは首を左右に振った。

「グルルゥ……グルゥ」

 とんでもない、と言っているようにリスティは思えた。襲い掛かるどころか、助けてくれたことに感謝する魔物の姿が、なんとも新鮮に見えてならない。
 ずっと変身したままのラティも、ここでようやく元の姿に戻るが、それに驚く余裕すら今の彼女にはなかった。

「野生の魔物がヒトから大人しく治療を受ける……普通ならあり得んことだな」
「ホントだよねぇ……」

 ディオンとリスティが苦笑しながら見守るその先では、マキトとノーラ、そして魔物たちが、ストロングパンサーの無事を笑顔で嬉しそうにしているのだった。


 ◇ ◇ ◇


「バイバーイ!」
「またなー」

 ゆっくりと去ってゆくストロングパンサーの背中を、ラティとマキトが大きく手を振って見送る。ノーラとロップル、そしてフォレオもまた、いい仕事をしたと言わんばかりの満足そうな表情を浮かべていた。
 一方リスティは、ただ困惑していた。ディオンも同じような表情を浮かべて、彼女の隣に立つ。

「まさか、ストロングパンサーまでもが心を許してしまうとはな」
「しかも野生のだよ? 普通ならもうとっくに襲われてるよ」

 リスティは深いため息をつく。
 キラータイガー以上に気性が荒く、ドラゴンほどではないが野生のそれは、魔物使いでさえそう簡単には手懐けられないと言われている。
 それがストロングパンサーの基本知識であり、覆されたことはなかった。
 今、この瞬間を迎えるまでは。

「まさかあんなに危なげなく済ませるとは、思いもしなかった」
「私もだよ。ホントあの子って何者?」
「むしろ俺が知りたいくらいだ」

 ため息をつきながら問いかけるリスティに対し、ディオンは肩をすくめる。そして未だ手を振り続けているマキトたちの元へと歩き出した。

「全く……キミたちらしいことをしてくれたもんだな」

 呆れた声でディオンが話しかける。振り向いてきたマキトたちは、皆揃ってやり遂げたと言わんばかりの晴れ晴れとした表情だった。
 それはそれで、いいことではあるとディオンも思っている。叱るつもりはない。
 しかしながら言わないといけないことがあるのも、また確かであった。

「魔物を無事に助けられてなによりだが、あのままいきなり襲われたとしても、何ら文句は言えなかったぞ?」
「そ、そうだよ! 倒れてても危険さは変わらないんだから!」

 リスティの言っていることは正しい。どれだけ傷を負っていても、いつどこで最後の力を振り絞って来るかは分からないのだ。それは、ストロングパンサーも例外ではなく、マキトが近づいた瞬間、その強靭な爪と力で血まみれな状態にさらされていたかもしれない。
 命尽きて倒れているのと、生きて倒れているのとでは、雲泥の差なのだ。
 しかしマキトは、魔物たちと顔を見合わせ、苦笑しながら言う。

「いや、もしそうなったらなったで、ロップルが防御強化してくれるだろうから、大丈夫かなーって思ってたんだ」
「キュウッ!」

 そのとーり、と言わんばかりにロップルは胸を張る。そんなロップルを、いつの間にか歩いてきたノーラがひょいと抱きかかえた。

「あの魔物は、睨んでこそいたけど、襲ってくる感じは全くなかった」
「えっ、ノーラちゃん、そんなこと分かるの?」
「ん。森でずっと魔物たちと遊んでれば、それぐらいは分かる」

 驚くリスティに、ノーラは無表情のままコクリと頷く。そこにマキトが小さく笑いながら、確かになと言ってきた。

「まぁ、俺も少しは分かるつもりだけど、ラティたちには敵わないかな」
「そんなの当たり前なのです!」

 ラティは仕方ないですねと言わんばかりに、呆れた口調で断言する。

「わたしたちはあくまで魔物ですから、察知能力も根っこからして違うのです」
『そうだよー。けはいをよむのは、ぼくたちにおまかせだよ♪』
「くきゅくきゅっ!」

 フォレオに続いて、子ドラゴンも自信満々に強く頷いていた。それに対してディオンは呆気に取られた表情を見せるが、すぐさまフッと小さな笑みを浮かべる。

「そうか。そういえばそうだったな。余計な心配だったか」

 少し考えれば、簡単に分かることであった。マキトにテイムされて平和な生活を送っているラティたちだが、魔物特有の危険察知能力は、未だ健在なのだと。
 マキトもノーラも、それを最初から分かっていた。故にストロングパンサーに近づくことが、当たり前のようにできたのだ。
 それを今更ながら思い知らされ、ディオンは少し恥ずかしい気持ちに駆られる。

(いつも一緒にいるせいか、ラティたちのことを、魔物なのに魔物と見なしていなかったらしい。全く、俺もまだまだだな)

 教える立場にかまけていたということかと、ディオンは軽く反省する。そんな彼の隣では、リスティが後ろ頭に手を添えながら唸っていた。
 彼女もまた、彼と同じようなことを考えていた。
 ヒトと魔物の違いを改めて突きつけられた――その衝撃はかなり大きかった。


 その一方で――そんなマキトたちの様子を、観察している者がいた。
 殺気などは一切ないため、ラティたちでも気づくことはできず、完全に見逃している状態であった。
 無理もないと言えなくもない。
 魔物たちが敏感なのは、あくまで襲い掛かってくる気配――すなわち殺気があるかどうかのみである。ただ遠くから、ニヤついた笑みを浮かべて観察しているだけの人物を察知するところまでは、流石にできないのだった。

「ヘヘッ、まさか親分の言うとおりになるとはな……早速報告だ!」

 頭にバンダナを巻いた人間族の男が、そのままこそこそと動き出す。そしてマキトたちに気づかれないまま、竜の山に向かって走り出すのだった。

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