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第五章 迷子のドラゴン
164 謎の少女、現る
しおりを挟む思わぬ形でフォレオの咆哮の威力を知ったマキトたち。ディオンも無暗に雄叫びを上げないようにと注意こそしたが、周辺にいた野生の魔物たちがこぞって逃げ出してしまった様子は、なかなか興味深いと心の中では思っていた。
フォレオも着々と成長している――それが垣間見えた瞬間であった。
そしてマキトたちは、再び平原を突き進み、やがて大きな山が見えてきた。
「くきゅーっ!」
子ドラゴンが山を見つけるなり、興奮しながら飛び回る。その反応を聞き取ったラティとフォレオは、自然と表情を引き締めていた。
「マスター。どうやらあの山みたいなのです」
『ぼくのふるさとだってさけんでるよ』
魔物たちの様子からして、どうやら間違いはなさそうだとマキトも思った。そしてディオンを呼び、そのことを伝えるのだった。
「……そうか。やはりおチビ君は、あそこに住んでいたドラゴンだったか」
腕を組みながら重々しく頷くディオン。そして視線は、山のほうに向けられた。
「すぐにでも飛び込みたいだろうが、今それをするのは危険だ。近くに小さな町があるから、そこで英気を養いがてら情報を集めよう」
「ん。下調べは旅の基本」
「そういうことだ」
ノーラの言葉にディオンはニッと笑う。
「さぁ、行こう」
ディオンの合図で、マキトたちは再び移動を開始する。
町はあっという間に見えてきた。大きなドラゴンが近づいたことで、街門を見張っている兵士が驚いているようであった。
しかしそれも数秒だけのこと。すぐさま誰が来たのかを理解し、落ち着きを取り戻しつつ笑顔を見せていた。
「ディオンさん……ディオンさんじゃありませんか!」
ドラゴンから颯爽と降りるディオンを、兵士が嬉しそうに出迎える。
「お帰りなさいディオンさん。今日はお仕事でこちらへ?」
「似たような感じだ。今日は連れもいる」
ディオンが後ろを振り向くと、そこにはマキトたちがいた。ちょうどフォレオが変身を解いて小動物と化しているところであり、兵士は目を丸くする。
「えっと、あの少年たちは……」
「ちょっとばかし珍しい魔物を連れている、魔物使いの卵ってところだな」
「は、はぁ……」
いまいち理解しきれていない様子の兵士だったが、とりあえずディオンが連れているのなら大丈夫だろうと思い、町へ入ることが許可される。
そしてマキトたちは、ディオンに連れられる形で町の中を歩くのだった。
静かで落ち着いた雰囲気の町であり、町の人々は笑顔であった。何事もない平和な時間を過ごしていることを意味しており、とても近くの山で異変が起きているようには思えないほどだ。
(まぁ、下手に気づいて騒がれるよりかは、いくらかマシかもしれんがな)
知らなくてもいいことは山ほどある――今回の件も例外ではないと、ディオンは歩きながら思う。
人が騒げばそれを収拾しなければならない。下手をしたら、町の誰かが竜の山に様子を見に向かってしまうかもしれない。
ディオンからすれば、そちらのほうが迷惑極まりないことだった。
そうなるくらいであれば、何も知らないまま町にいてほしい。いつもどおりの平和な時間を過ごしていてほしいと、心から願ってしまう。
ただでさえ今回は、素人同然の子供二人と魔物たちの引率をしているのだ。他の人たちを気にかけている暇はない。
(さてと、まずは――)
――ぐううぅぅぅ!
ディオンが何かを考え出したその時、後ろから間抜けな音が聞こえた。振り向いてみると、ラティがお腹を押さえながら力なく飛んでいる。
「はぅ、お腹空いたのです」
「そういえば、もうお昼とっくに過ぎてるもんな」
マキトが苦笑すると、ラティは更に顔を真っ赤にして恥ずかしがる。確かにまずは力をつけなければ話にならない――ディオンもそう思った。
まずは腹ごしらえをしようと、マキトたちに声をかけようとした。
その時――
「もしもーし。そこに行くのはディオンさんじゃありませんかー?」
誰かから声をかけられた。振り向いてみると、黄土色のフード付きマントを羽織った魔人族の少女が立っていた。
年で言えばアリシアと同じくらいで、金髪の短めなポニーテールと赤い釣り目の活発そうな印象が見受けられる。見たところ武器らしきものは持っておらず、冒険者にも見えるが旅人にもみえると言った感じであった。
少なくとも、マキトたちから見る印象はこんなところであったが――
「なっ、あ、あなたは……」
何故かディオンは思いっきり驚いていた。そして何かを言おうとした瞬間、少女が唇に人差し指を当てる。
余計なことは言わないように――という合図だ。
それを察したディオンも、即座に口を噤む。その反応に少女もそれでよろしいと言わんばかりに、満足そうに頷いていた。
一方、何が何だか分からないマキトたちは、後ろで呆然としていた。
「あ、あのー、その方はディオンさんのお知り合いなのでしょうか?」
恐る恐る問いかけるラティに、ディオンが振り向く。いつもならすぐにでも説明してくれるのだが――
「えっと、まぁ、その……なんてゆーかなぁ……」
何故か今回に限っては、どう説明したらいいか分からないと言わんばかりに言い淀んでいた。
あからさまにいつものディオンではない。少なくともそれは確かであった。
「説明、しづらそう」
ノーラがポツリと言った。
「その反応だと、その女に何か秘密的なことがあると言ってるも同然」
「……そーゆーもんか?」
首を傾げるマキトに、ノーラがコクリと頷く。
「何もなければ普通に説明できる。言いにくくなることもない」
「そっか。言い辛くなるということは、言い辛くなる理由があるということか」
「ん。そーゆーこと」
どーだ凄いだろと言わんばかりに胸を張るノーラに、マキトと魔物たちは素直に感心していた。
一方、そんなマキトたちの会話に少女は興味深そうな表情を見せる。
「ふぅん? その子たちはなかなか目ざといみたいだねぇ」
「えぇ。まぁ……おっしゃるとおりで」
ディオンは気まずくて仕方がなかった。全くもってノーラの言うとおりであり、自分が失言したも同然であることを認めざるを得ない。
しかし少女は、それを責め立てることもなく、ただ面白そうにするばかり。それがなんだか余計に怖く思えたが、ディオンは何も言えなかった。
「そうそう、まだ自己紹介してなかったね」
少女がマキトたちの前に出ながら、ニッコリと笑みを浮かべる。
「私は魔人族のリスティ。十四歳の冒険者だよ♪」
「あぁ。俺はマキト。魔物使いなんだ」
「ノーラ。よろしく」
「わたしはラティなのです。そしてロップルとフォレオ、皆こちらのマスターにテイムされているのです!」
「キュウッ!」
『よろしくねー』
ノーラに続いて魔物たちも自己紹介をする。リスティと名乗った少女は、最後に言葉を発したフォレオに注目した。
「その子……喋れるんだ?」
「うん。仕組みはよく分かんないけどね。霊獣だし、そーゆーもんなんだろうって思ってるんだ」
「な、なるほどね」
マキトの割り切りっぷりに、リスティは表情を引きつらせる。
(まぁ、霊獣って確か、色々と解明されてないことも多いって言うし……)
そう考えれば、スパッと納得してしまったほうがいいのかもしれないと、リスティは思った。
特に危険な魔物でもないのならば、それこそ些細な問題だ。よく見れば普通に可愛く見えることだし、尚更気にすることもないだろうと。
(魔物も奥が深いって言うけど……なんか少し分かったような気がする)
マキトに抱きかかえられているフォレオの頭を撫でながら、リスティは穏やかな笑みを浮かべていた。
すると今度は、マキトがリスティに尋ねる。
「ところで、リスティはディオンさんの知り合いなのか?」
「うん。まぁそんなところ。それより、私からも質問していいかな?」
「なに?」
きょとんとするマキトに対し、リスティはニヤッと笑った。そして、マキトの肩からニュッと顔を出している子ドラゴンに注目する。
「その子……テイムの印がないみたいだけど、一体どこで手に入れたの?」
「え? あぁ、コイツか」
軽く追い詰めるような問いかけになっていたにもかかわらず、マキトはあっけらかんと笑顔で応える。
「実は――」
マキトは子ドラゴンと出会った経緯を簡単に説明した。それを聞いたリスティは驚きを隠せない。
ユグラシアの大森林から、はるばるオランジェ王国まで旅をして、竜の子供を送り届けに来たとは――しかも竜の子供も、マキトにすっかり懐いている。
「なるほどね。話はよく分かったよ」
リスティは大きく頷き、そして子ドラゴンに優しい笑みを向ける。
「良かったねぇ、いい人に助けてもらえて。あなたはとても恵まれてるよ」
「くきゅー♪」
子ドラゴンは嬉しそうに鳴き、そしてマキトの頬に顔をすりつける。もうすっかりお馴染みの行動であり、マキトも普通に受け入れていた。
そんな光景を微笑ましく思ってはいたが――
(それにしても……ウワサは本当だったみたいだね)
やはりどうしてもリスティは、興味深いという気持ちのほうが勝っていた。
(妖精や霊獣をテイムする【色無し】の魔物使いか――ホント面白いよ♪)
折角であったのだから、もう少し傍にいて観察してみたい。彼らがどんな行動を起こすのかを、しっかりこの目で見てみたい。
そうリスティは思うのだった。
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