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第五章 迷子のドラゴン
159 社会見学
しおりを挟む楽しい時間はあっという間に過ぎる。野生の魔物たちとの別れは、まさにその言葉を思い出せるほどであった。
いつかまた会おう――そう約束して別れを告げ、マキトたちは再び旅立つ。
遠ざかってゆく魔物たちの鳴き声を背に、少しだけ寂しい気持ちを、一同はほんのりと味わうのだった。
それから更に旅を続けること数日――マキトたちは大きな町に到着していた。
「ここが、オランジェ王国の国境に一番近い町だ。今日はここで一泊する」
街門をくぐり、町の中を歩きながらディオンが言う。
「この町はな、魔物同伴でも大丈夫な宿屋が割とたくさんあるんだ。それだけ魔物使いの冒険者も多いってことだな。だから俺たちが寝床に困ることもないし、マキト君たちが目立つこともない」
「な、なるほど……」
見渡してみると、魔物を連れている人の姿も見られる。それほど多くはないが、町の人々からも普通に受け入れられており、目立っているほどではない。
ならば大丈夫かとマキトも思い、安心していたのだが――
「マキト、なんかノーラたち凄い見られてる」
「ですねぇ……注目を集めてるのです」
ロップルはノーラが抱きかかえ、フォレオも変身を解いて小動物姿となり、マキトが抱きかかえている。子ドラゴンはマキトの右肩にしがみつき、ラティがその反対側を至近距離で離れないよう飛んでいた。
大柄なキラータイガーなどを連れている魔物使いもおり、むしろそっちのほうが目立っている感じではあったが、注目度で言えばマキトたちのほうが上だった。
ちなみに、その周りについてだが――
「こんなところで、ドラゴンライダーのディオンさんを見かけるとはなぁ」
「あぁ。一緒にいるガキンチョたちって誰なんだろ?」
「なんかモフモフしてるの連れてるよ? ちょー可愛いんだけどー♪」
「てゆーか、アレ妖精じゃない?」
「確かにそうだね。あたしが前に図鑑で見たのと同じ感じだわ」
「他にも見たことがないの連れてるな」
「しかもテイムの印付いてるし……あの少年か少女の、どっちかがってことか?」
「普通に考えりゃあ、それしかねぇだろうな」
「子供のドラゴン連れてるぜ?」
「ホントだ。ディオンさんのドラゴンに子供でもできたのか?」
「それにしてはあの少年にベッタリだ……ありゃあただ者じゃなさそうだぞ」
思いっきり、マキトが連れている魔物たちを珍しがってのことだった。しかし決してそれだけではなかった。
「でもさでもさー、あの小さな女の子、ちょー可愛くない?」
「分かるわー。まるでお人形さんみたいだよねぇ♪」
「あぁ、抱きしめてナデナデしたい」
「個人的にはあの男の子も……なかなかに可愛い顔してる感じだよね?」
「うーん、なんとも母性本能をくすぐられる。ちょっとヤバいかも」
女性冒険者たちの獲物を狙うようなハンター的視線も入り混じっており、それが妙な気配となって、マキトの背筋をゾクッと震わせる。
しかし当の本人はその理由が分からず、首を傾げているばかりであった。
「……俺、そんなに変な格好でもしてるかな?」
「気にするこたぁないさ」
軽く笑いながらディオンが言う。
「大方、小さなドラゴンを連れているのが珍しいんだろ。俺が傍にいればチョッカイをかけられることもない。だから安心して、俺から離れるなよ」
「う、うん……」
マキトは戸惑いながら頷き、確かに実害はないのだからと、開き直って気にしないことに決めた。
しかしどうにも緊張が解けない。そんなマキトの様子にノーラが首を傾げた。
「マキト、大丈夫?」
「あ、あぁ……こーゆー人の多い町って、正直初めてなんだ」
「そうなのか?」
消え入りそうな声で答えるマキトに、ディオンは前を向いたまま目を丸くする。
「まぁ、確かにあの森で過ごしていたのならば、無理もないとは言えるか……」
人の多い森の広場などの経験はあれど、町の活気には遠く及ばない。特にマキトの場合は、圧倒的に魔物たちと過ごすことが多く、人の集まる場所に足を運ぶことが滅多いないことは、ディオンもそれとなく予想はしていた。
まさかそれがビンゴだったとは――ディオンは少々歩きながら考える。
(ふむ、折角だし何かこう……むっ、あれは!)
とある建物の存在に気づいたディオンは、ニヤリと笑みを浮かべる。そして立ち止まりながら振り向いた。
「いい機会だ。マキト君たちに、少しばかり社会見学をさせてやろうじゃないか」
「……社会見学?」
「何それ?」
聞いたことのない言葉に、マキトとノーラは二人揃って首を傾げる。魔物たちも意味不明と言わんばかりにきょとんとしていた。
その反応はディオンも予想していたため、特に驚いていない。
「キミたちはずっと森の中にいたから、色々と世間のことを知らなさ過ぎる。実際にその目で見るだけでも、いい勉強になると思ってな」
「勉強……」
「で、どこいくの?」
意味も分からず呟くマキトの服の裾を掴みながら、ノーラが尋ねる。その質問を待っていたと、ディオンは笑みを深めた。
「あそこだ」
ビシッと前を向きながら、とある大きな建物を指さした。
入り口はとても大きな両開きの扉であり、武具を装備した冒険者たちが出入りしている姿が見られる。
宿にしては随分と武骨であり、店にしては妙に大き過ぎる。少なくとも森では見たことのない建物であり、マキトたちには全く判断が付かなかった。
「……何、あれ?」
ノーラが呟くように尋ねると、ディオンが笑みを深め――
「冒険者御用達の施設――その名も冒険者ギルドさ!」
誇らしげにドヤッと胸を張りながら、そう宣言するように言うのだった。
それに対して魔物たちはそれなりに驚きを示していたが、マキトやノーラ――特にノーラの反応は、至って冷めている状態であった。
「…………で? アレが何?」
「相変わらずの辛辣さだねぇノーラちゃん。まぁ、別にいいんだけど」
一瞬だけ動きが止まったディオンだったが、すぐさま復活して苦笑する。そして気を取り直すべく咳ばらいを一つして、改めて話すことにした。
「旅をするにしろ、森で暮らし続けるにしろ、冒険者との交流は何かと避けては通れないだろう。さっきも少し言ったが、キミたちは色々と知らない。だから少しでも知識を蓄えてほしいという、俺からの願いってヤツさ」
「それは、命令?」
「いや、単なる老婆心……いわばおせっかいだよ」
スッと目を細くするノーラに、ディオンがニッコリと笑う。それ以上でもそれ以下でもないという意思を、彼は示していた。
「今は夕方だから、人も多いだろう。ギルドの賑やかさを体験するには、もってこいの時間帯とも言えるな」
ディオンが気持ち良さそうな笑顔で言ってのける。
それを聞いたマキトとノーラは――
「「……えっ?」」
あからさまに嫌そうな表情を浮かべるのだった。
「俺、人が多いのはちょっと……」
「ノーラも。別に行かなくても何の問題も……」
「さぁ、行くぞ。俺が一緒にいれば安心だから、決して離れないようにな!」
「「…………」」
ディオンは聞く耳を持たず、マキトとノーラの肩を押して、無理矢理ギルドを目指して歩き出す。
その笑顔の迫力に押されてしまい、魔物たちもそのまま訳が分からないまま、一緒に建物の中へ入っていくこととなったのだった。
やがて大きな両開きの扉の前に辿り着き、ディオンに促され、マキトとノーラが二人でゆっくりと開ける。
中から噴き出してきた空気は――まさに別世界そのものと言えていた。
「うわ……」
「すごい」
賑やかな声が飛び交っている。あちこちから騒ぎ声が放たれる。声の大きさもさることながら、今まで感じたことのないレベルの迫力に、マキトとノーラは、完全に押されてしまっていた。
「なんか不思議な空間って感じなのです」
「キュウキュウッ」
『きぶんがぞわぞわってするねー』
「くきゅー」
魔物たちはマイペースに、周囲の様子を観察している。特に気圧されている様子も見られず、その点だけで言えば魔物たちは流石だとディオンは思った。
「さぁ、ひとまず受付へ行こう」
ディオンが先頭に立って歩き出し、マキトたちがその後をついていく。
「ちなみに普段から、ギルドはこんな感じなんだ」
「「…………」」
もはや声を発する気力もなくなるくらいに、マキトとノーラはゲンナリとする。声がうるさ過ぎるのではと思いきや、これが通常運転だとは。
(なに、この地獄?)
(俺、ギルドで冒険者するの、絶対無理だ)
ノーラとマキトは、同時に深いため息をつく。それも周りからの喧騒により、綺麗にかき消されてしまったが。
やがて受付に辿り着き、一人の受付嬢がディオンの存在に気づく。
すると――
「えっ、あの、も、もしかして……ディオンさんでは?」
顔を真っ赤にして、口元に手を当てながら慌てふためく様子を見せる。それに対してディオンは、冷静に微笑みを返した。
「如何にも」
「きゃあああぁぁーーーっ♪ マジでドラゴンライダー来たあぁぁーーっ♪」
受付嬢の叫びが、ギルドの喧騒を一瞬にしてかき消してしまう。そして一気に視線という視線が集まり出してしまった。
急に居心地が悪くなる中、ノーラが顔をしかめながら言う。
「喧騒という名の地獄から針の筵……社会見学と書いて『苦行』と読む」
可能性をつけずに断言した。意味は分からなかったが、なんとなくそれで正解な気がすると、マキトはそう思えてならなかった。
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