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第五章 迷子のドラゴン

157 穏やかな旅路

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 平原を突き抜ける風は、森で感じていたそれとはまた、大きく違っていた。
 しっとりとしておらず乾いている。当たり前のように味わっていた木々の匂いもまるで感じない。森から出ただけでここまで違うものなのかと、マキトたちは驚かずにはいられなかった。
 冷たい風と暑い日差しのバランスが心地良く、新たな地を駆けまわっているという新鮮さが、ワクワクという名のエネルギーを生み出していた。
 大きなドラゴンが空から先導する形で、平原を駆け抜ける巨大な獣の姿。その背に少年少女を乗せている場面は、傍から見れば不思議な光景である。
 そもそも町から大分離れた土地を、獣に乗って移動すること自体が、普通にないことなのだ。
 それこそ魔物使いであれば、テイムした魔物に乗るということもあり得るが、そうそう都合のいい展開はあるものではない。
 ダッ、ダッ、ダッ、ダッ――――
 軽やかな足音を鳴らしながら、獣姿のフォレオが快調に走り続ける。
 時折叫ばれる鳴き声はとても元気いっぱいであり、その大きな背に乗るマキトたちもまた、笑顔が絶えなかった。

「こりゃ最高だなぁ♪」
「ん。こんなに広々と走るの、今までになかった」
「どこまでも行けそうな感じなのです」
「キューッ!」

 マキトがノーラを前に抱きしめる形で、そしてノーラがロップルを抱きかかえるようにして背に乗っている。
 そのほうが上手くバランスが取れることが、旅立ってからの数日で判明した。
 ちなみにラティは、マキトの襟元から服の中へ入り、顔だけを出している。先頭でフォレオのふさふさな髪の毛にガシッとしがみついていたり、マキトの頭に掴まっていたりなどしていたのだが、これが一番安全だと分かったのだ。
 体制の都合上、ノーラの頭で微妙に前方が見えづらいという欠点こそあるが、爽快な気持ちに変わりはないので、些細な問題だと割り切っている。
 そして子ドラゴンだが――

「くきゅーっ♪」

 フォレオと並行して、自分で空を飛んでいる。まだ子供と言えど、飛んで移動するだけの体力はそれなりにある――伊達にドラゴンではないと、マキトたちもこの数日で思い知った。
 もっともこれについては、先導するディオンが移動速度を調整してくれているからに他ならない。
 もしマキトたちだけであれば、調整も上手くできずに、子ドラゴンはすぐに疲労がピークを越えてしまっていただろう。特に旅立った初日は、外の世界の広さに感動し、ただ突っ走ることしか考えていなかった。先輩であるディオンが引率でいてくれていたからこそ、危ない橋を渡らずに済んだことは間違いない。

「グルアアアァァーーーッ!」

 野太い咆哮が前方から聞こえる。それと同時に大きなドラゴンが、前方から速度を落としてマキトたちに近づいてきたのだった。

「マキト君。この先に川があるから、そこで休憩にしよう」
「了解! フォレオ、少しスピード落として」

 威勢よく返事をして、マキトはフォレオに指示を出す。フォレオは指示に従いながら周囲を見渡し、水の匂いを嗅ぎ取った。
 程なくして透き通る大きな川に到着。周囲を確認して安全だと分かるなり、マキトたちはフォレオの背から降りた。
 そして彼らは、空を飛んでいた子ドラゴンが降りてくるのを出迎える。

「チビスケ、大丈夫か?」
「くきゅーっ!」

 元気いっぱいに返事をする子ドラゴンに、マキトは小さな笑みを浮かべた。

「そうか。結構長い距離だったから、疲れてるかと思ってたけど……」
「ん。チビもこの何日かで、かなり体力が増えてる」
「くきゅっ!」

 ノーラの言葉に、子ドラゴンはそのとーりと言わんばかりに胸を張る。
 旅立った初日こそは、初めて見る外の世界に興奮し、マキトたちはこぞって子ドラゴンの様子などお構いなしであった。
 案の定、子ドラゴンは早くに疲れのピークを迎えたが、なんとマキトはそれにいち早く気づいたのだった。それからノーラとラティたちで話し、自分たちのせいだと反省した上で、マキトが頭を下げて謝罪した。
 全て、ディオンから言われる前に、彼らが自ら行動したことだった。
 引率者としてマキトたちに軽く説教はしたが、内心では大いに感心していた。魔物限定とはいえ、ちゃんと同行者の異変に気づけるだけの判断力を持ち、それに対する行動力も秘めているのだと。
 人に対しては殆ど無関心に等しいマキトだが、魔物に対しては敏感に察し、自ら積極的に色々と考え、相談し合って策を施し改善する。
 なんとも魔物使いらしい姿だと、ディオンの中でマキトに対する株が少しだけ上がったことを、やはり当の本人は気づいてすらもいないのだった。

「ちょうど昼時だ。ここらへんで食事にしよう」
「じゃあ、ちょっと薪を集めてくるよ」
「くきゅーっ♪」
「わたしも行くのですー!」

 マキトは子ドラゴンとラティを連れて、すぐさま動き出した。その後ろ姿に、ディオンは穏やかな笑みを浮かべる。

(すっかり俺も、マキト君たちの『旅の先生』になってしまったな)

 あくまで自分は少しの間だけの引率係――それ以上でもそれ以下でもないと、割り切っているつもりだった。
 しかしいざ、移動しながら色々教えていくうちに、楽しくなってしまった。
 マキトたちが真剣にそれを吸収しようとしている姿勢を見せるため、尚更教える側もやる気が出てしまう。

(ネルソン……どうやら俺も、人のことは言えないらしい)

 子供たちを鍛え、その成長を陰から誰よりも喜ぶ――自分がそれを心から望んでいることを、ディオンは改めて気づかされた。
 旅をしながらその心得を教えていく。それはどうしても厳しくなってしまう。
 それだけ『外』というのは、決して甘い世界ではないからだ。
 しかしマキトたちは、目を逸らすことはなかった。失敗を繰り返しながらも、着実に一つ一つを吸収しようとする。その心意気はなかなかなものだと、ディオンは内心で買っていた。
 無論、その目には少し甘さもあることは自覚している。
 だからこそ、小さな自己嫌悪にも陥るのだ。
 自分はネルソンのように、鬼になることはできない。どんなに厳しくしようとしたところで、最後はどうしても『甘いお兄さん』の姿が出てしまう。
 友はそれをおくびにも出そうとしない。やはり彼は本当に、騎士団長という名誉の座に付いているのだと、ディオンは改めて心から尊敬の念を抱くのだった。

「ディオン」

 そこに、ノーラが話しかけてきた。

「お水汲んできた」
「あぁ。そこに置いといてくれ」
「ん」

 ノーラは水いっぱいの鍋を置き、皿や食器を出す準備に取り掛かる。水は火にかけて熱湯消毒し、冷まして飲み水にするのだ。
 水を浄化させる魔法も存在するのだが、残念ながらノーラは習得していない。
 ディオンとノーラは粗方準備を終えてしまった。後はマキトたちが薪を集めてくるのを待つだけなのだが、一向に帰ってくる気配がない。

「遅いな……どこまで薪を拾いに行ったんだか……」

 遊ぶのに夢中になっていて、薪集めを忘れているのではと思った。十二歳の子供なら十分にあり得る話だ。
 しかし、マキトの人物像的にあり得るのかという疑問もある。
 むしろ率先して遊び出そうとする魔物たちを、ため息交じりに制する側だろう。その逆を試しに想像してみたが、やはりこれはないなと、ディオンは思う。

「ただいまー」
「遅くなってごめんなさいなのですー」

 その時、マキトとラティの声が聞こえてきた。やはりたまたま遅くなっただけだったようだなと、ディオンは安堵する。
 そしてノーラとロップルが、嬉しそうな笑みを浮かべて振り向いた。

「マキト。随分おそか……った……」

 ノーラの言葉に勢いが衰え、ほぼ途切れかけていた。何事かと思いながらディオンも振り向いてみると、その正体がすぐに分かる。

「……また大勢連れてきたな」

 マキトたちの後ろには、たくさんの野生の魔物たちの姿があった。恐らくこの近辺に生息しているのだろうということは分かるが、それについてはもはやどうでもいいレベルである。

「とりあえず……この短時間で、一体何があったのかを教えてくれ」

 引きつった表情でそう尋ねるディオンに、マキトが苦笑しながら説明した。そしてそれを粗方聞き終え、深いため息をつく音が響き渡る。

「薪を集めているうちに出会って仲良くなった、か……またなんともキミらしいというか、なんというか……」

 魔物が当たり前に生息している場所である以上、出くわしてしまうのは致し方ないと言える。問題はそこから争いではなく『仲良くなる』という点だ。
 見る限りマキトたちに、争った形跡も傷痕も一切ない。
 普通に知り合って一緒にご飯を食べようと連れてきたという、ただそれだけのことなのだろうとディオンは思った。

(これが他の冒険者パーティであったならば、まだ納得もできたんだがな……)

 やはり魔物使いの中でも、マキトは例外中の例外――ディオンはそう思えてならないのだった。

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