157 / 252
第五章 迷子のドラゴン
157 穏やかな旅路
しおりを挟む平原を突き抜ける風は、森で感じていたそれとはまた、大きく違っていた。
しっとりとしておらず乾いている。当たり前のように味わっていた木々の匂いもまるで感じない。森から出ただけでここまで違うものなのかと、マキトたちは驚かずにはいられなかった。
冷たい風と暑い日差しのバランスが心地良く、新たな地を駆けまわっているという新鮮さが、ワクワクという名のエネルギーを生み出していた。
大きなドラゴンが空から先導する形で、平原を駆け抜ける巨大な獣の姿。その背に少年少女を乗せている場面は、傍から見れば不思議な光景である。
そもそも町から大分離れた土地を、獣に乗って移動すること自体が、普通にないことなのだ。
それこそ魔物使いであれば、テイムした魔物に乗るということもあり得るが、そうそう都合のいい展開はあるものではない。
ダッ、ダッ、ダッ、ダッ――――
軽やかな足音を鳴らしながら、獣姿のフォレオが快調に走り続ける。
時折叫ばれる鳴き声はとても元気いっぱいであり、その大きな背に乗るマキトたちもまた、笑顔が絶えなかった。
「こりゃ最高だなぁ♪」
「ん。こんなに広々と走るの、今までになかった」
「どこまでも行けそうな感じなのです」
「キューッ!」
マキトがノーラを前に抱きしめる形で、そしてノーラがロップルを抱きかかえるようにして背に乗っている。
そのほうが上手くバランスが取れることが、旅立ってからの数日で判明した。
ちなみにラティは、マキトの襟元から服の中へ入り、顔だけを出している。先頭でフォレオのふさふさな髪の毛にガシッとしがみついていたり、マキトの頭に掴まっていたりなどしていたのだが、これが一番安全だと分かったのだ。
体制の都合上、ノーラの頭で微妙に前方が見えづらいという欠点こそあるが、爽快な気持ちに変わりはないので、些細な問題だと割り切っている。
そして子ドラゴンだが――
「くきゅーっ♪」
フォレオと並行して、自分で空を飛んでいる。まだ子供と言えど、飛んで移動するだけの体力はそれなりにある――伊達にドラゴンではないと、マキトたちもこの数日で思い知った。
もっともこれについては、先導するディオンが移動速度を調整してくれているからに他ならない。
もしマキトたちだけであれば、調整も上手くできずに、子ドラゴンはすぐに疲労がピークを越えてしまっていただろう。特に旅立った初日は、外の世界の広さに感動し、ただ突っ走ることしか考えていなかった。先輩であるディオンが引率でいてくれていたからこそ、危ない橋を渡らずに済んだことは間違いない。
「グルアアアァァーーーッ!」
野太い咆哮が前方から聞こえる。それと同時に大きなドラゴンが、前方から速度を落としてマキトたちに近づいてきたのだった。
「マキト君。この先に川があるから、そこで休憩にしよう」
「了解! フォレオ、少しスピード落として」
威勢よく返事をして、マキトはフォレオに指示を出す。フォレオは指示に従いながら周囲を見渡し、水の匂いを嗅ぎ取った。
程なくして透き通る大きな川に到着。周囲を確認して安全だと分かるなり、マキトたちはフォレオの背から降りた。
そして彼らは、空を飛んでいた子ドラゴンが降りてくるのを出迎える。
「チビスケ、大丈夫か?」
「くきゅーっ!」
元気いっぱいに返事をする子ドラゴンに、マキトは小さな笑みを浮かべた。
「そうか。結構長い距離だったから、疲れてるかと思ってたけど……」
「ん。チビもこの何日かで、かなり体力が増えてる」
「くきゅっ!」
ノーラの言葉に、子ドラゴンはそのとーりと言わんばかりに胸を張る。
旅立った初日こそは、初めて見る外の世界に興奮し、マキトたちはこぞって子ドラゴンの様子などお構いなしであった。
案の定、子ドラゴンは早くに疲れのピークを迎えたが、なんとマキトはそれにいち早く気づいたのだった。それからノーラとラティたちで話し、自分たちのせいだと反省した上で、マキトが頭を下げて謝罪した。
全て、ディオンから言われる前に、彼らが自ら行動したことだった。
引率者としてマキトたちに軽く説教はしたが、内心では大いに感心していた。魔物限定とはいえ、ちゃんと同行者の異変に気づけるだけの判断力を持ち、それに対する行動力も秘めているのだと。
人に対しては殆ど無関心に等しいマキトだが、魔物に対しては敏感に察し、自ら積極的に色々と考え、相談し合って策を施し改善する。
なんとも魔物使いらしい姿だと、ディオンの中でマキトに対する株が少しだけ上がったことを、やはり当の本人は気づいてすらもいないのだった。
「ちょうど昼時だ。ここらへんで食事にしよう」
「じゃあ、ちょっと薪を集めてくるよ」
「くきゅーっ♪」
「わたしも行くのですー!」
マキトは子ドラゴンとラティを連れて、すぐさま動き出した。その後ろ姿に、ディオンは穏やかな笑みを浮かべる。
(すっかり俺も、マキト君たちの『旅の先生』になってしまったな)
あくまで自分は少しの間だけの引率係――それ以上でもそれ以下でもないと、割り切っているつもりだった。
しかしいざ、移動しながら色々教えていくうちに、楽しくなってしまった。
マキトたちが真剣にそれを吸収しようとしている姿勢を見せるため、尚更教える側もやる気が出てしまう。
(ネルソン……どうやら俺も、人のことは言えないらしい)
子供たちを鍛え、その成長を陰から誰よりも喜ぶ――自分がそれを心から望んでいることを、ディオンは改めて気づかされた。
旅をしながらその心得を教えていく。それはどうしても厳しくなってしまう。
それだけ『外』というのは、決して甘い世界ではないからだ。
しかしマキトたちは、目を逸らすことはなかった。失敗を繰り返しながらも、着実に一つ一つを吸収しようとする。その心意気はなかなかなものだと、ディオンは内心で買っていた。
無論、その目には少し甘さもあることは自覚している。
だからこそ、小さな自己嫌悪にも陥るのだ。
自分はネルソンのように、鬼になることはできない。どんなに厳しくしようとしたところで、最後はどうしても『甘いお兄さん』の姿が出てしまう。
友はそれをおくびにも出そうとしない。やはり彼は本当に、騎士団長という名誉の座に付いているのだと、ディオンは改めて心から尊敬の念を抱くのだった。
「ディオン」
そこに、ノーラが話しかけてきた。
「お水汲んできた」
「あぁ。そこに置いといてくれ」
「ん」
ノーラは水いっぱいの鍋を置き、皿や食器を出す準備に取り掛かる。水は火にかけて熱湯消毒し、冷まして飲み水にするのだ。
水を浄化させる魔法も存在するのだが、残念ながらノーラは習得していない。
ディオンとノーラは粗方準備を終えてしまった。後はマキトたちが薪を集めてくるのを待つだけなのだが、一向に帰ってくる気配がない。
「遅いな……どこまで薪を拾いに行ったんだか……」
遊ぶのに夢中になっていて、薪集めを忘れているのではと思った。十二歳の子供なら十分にあり得る話だ。
しかし、マキトの人物像的にあり得るのかという疑問もある。
むしろ率先して遊び出そうとする魔物たちを、ため息交じりに制する側だろう。その逆を試しに想像してみたが、やはりこれはないなと、ディオンは思う。
「ただいまー」
「遅くなってごめんなさいなのですー」
その時、マキトとラティの声が聞こえてきた。やはりたまたま遅くなっただけだったようだなと、ディオンは安堵する。
そしてノーラとロップルが、嬉しそうな笑みを浮かべて振り向いた。
「マキト。随分おそか……った……」
ノーラの言葉に勢いが衰え、ほぼ途切れかけていた。何事かと思いながらディオンも振り向いてみると、その正体がすぐに分かる。
「……また大勢連れてきたな」
マキトたちの後ろには、たくさんの野生の魔物たちの姿があった。恐らくこの近辺に生息しているのだろうということは分かるが、それについてはもはやどうでもいいレベルである。
「とりあえず……この短時間で、一体何があったのかを教えてくれ」
引きつった表情でそう尋ねるディオンに、マキトが苦笑しながら説明した。そしてそれを粗方聞き終え、深いため息をつく音が響き渡る。
「薪を集めているうちに出会って仲良くなった、か……またなんともキミらしいというか、なんというか……」
魔物が当たり前に生息している場所である以上、出くわしてしまうのは致し方ないと言える。問題はそこから争いではなく『仲良くなる』という点だ。
見る限りマキトたちに、争った形跡も傷痕も一切ない。
普通に知り合って一緒にご飯を食べようと連れてきたという、ただそれだけのことなのだろうとディオンは思った。
(これが他の冒険者パーティであったならば、まだ納得もできたんだがな……)
やはり魔物使いの中でも、マキトは例外中の例外――ディオンはそう思えてならないのだった。
0
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
黒髪の聖女は薬師を装う
暇野無学
ファンタジー
天下無敵の聖女様(多分)でも治癒魔法は極力使いません。知られたら面倒なので隠して薬師になったのに、ポーションの効き目が有りすぎていきなり大騒ぎになっちまった。予定外の事ばかりで異世界転移は波瀾万丈の予感。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。
彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。
そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。
洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。
さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。
持ち前のサバイバル能力で見敵必殺!
赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。
そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。
人々との出会い。
そして貴族や平民との格差社会。
ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。
牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。
うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい!
そんな人のための物語。
5/6_18:00完結!
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる