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第五章 迷子のドラゴン
154 盗賊たちの企み
しおりを挟む「こ、の……バカヤロウどもがああああぁぁぁーーーーっ!」
とある山奥の中、野太い怒鳴り声が響き渡る。
ビリビリと振動が広がり、木々が揺れ、たくさんの大きな野鳥の魔物がバサバサと翼を羽ばたかせて飛び去るが、男たちはそれどころではない。
「あのチビドラゴンをまんまと逃がしちまいやがって……しかもあと一歩まで追い詰めておきながら、キラータイガーの大群に成す術もなく襲われて、おめおめと逃げ帰ってきましただとぉ?」
「いえ、あの、その……お、親分これは……」
数人の荒くれ男たちが、正座したまま親分と呼ぶ男を見上げる。その表情は恐怖に染まっており、冷や汗は滝のように流れ落ちていた。
特に親分の目の前に座っているスキンヘッドとバンダナは、生きた心地がしていなかった。
無事に解放される気がしない。それどころか自分の命はあと数秒もないのではないかと思えてしまう。
せめて何か言い訳を――バンダナがそう思った瞬間であった。
「あん? 何だ!」
親分がギロリと鋭い目で睨みつけてきた。
「言いたいことがあるなら、テメェの口でハッキリと言ってみろや」
「え、えっと、その、ですね……」
言い訳をするチャンスがやって来た。しかし何も思い浮かばない。主に目の前で睨みつけてくる親分の凄まじい形相のせいで。
「つまり、その、アレがアレでアレが起こりまして、アレというワケです」
「アレってのはなんだ?」
「え、あ、えっと……アレと言えばアレとしか……」
「自分で言ってて意味分かってるか?」
淡々と親分から聞き返され、バンダナはどんどん追い詰められていく。ダラダラと汗を流しながら視線を逸らし続け、やがて観念して呟く。
「…………分かりません」
「っざけんのもいい加減にしろや、ゴラああああぁぁぁーーーーっ!」
「ひいっ!?」
更に怒りを爆発させる親分に、バンダナはおろか他の盗賊たちも、身を縮ませてガタガタと怯える。
無論、親分はそんな彼らの様子など知ったことではない。
「つまんねぇ言い訳しやがって……テメェらそれでも盗賊かぁっ!」
――がぃんっ! ごぃんっ! がぁんっ!
断続的に鈍い音が次々と響き渡る。親分が次々と、正座している盗賊たちの頭に拳骨を叩き落としているのだ。
やがて一通りやり終えた親分は、拳にふぅと息を吹きかけつつ、どこか誇らしげに目を閉じる。
「全く、テメェらはいつまでたっても半人前だ。ちったぁ仕事ができるようになったかと思いきや、すぐホイホイ調子に乗ってしくじりやがる。盗賊たるもの、少しの油断すらも命取りとなる。俺が何回も教えてやっただろうによぉ」
目を閉じながら、親分は淡々と語る。盗賊たちからの返答はなかったが、構わずそのまま語りを続けていく。
「いい加減に学習しやがれってんだ。いくらなんでも、それすらできねぇほどのバカじゃあねぇハズだろうがよ。俺たちがあのドラゴンのチビを手に入れるのに、どれほど苦労したことか。それをまんまと逃がしちまいやがって……」
情けないと言わんばかりに肩をすくめ、首を左右に振る親分。そして誇らしげに胸を張りながら、右手の拳を軽く掲げ出すのだった。
「しかしまぁ、何だ……俺も心は広いほうだからな。今回はこれくらいで勘弁してやるから、せいぜい俺の寛大な心を、ありがたく思っておくようにしておけ!」
決まった――親分は今、盛大に自分自身に酔っていた。
ここまでビシッと説教が決まるとは、流石は盗賊のリーダーであると、親分は自分で自分を心の中で褒め称える。
しかしその時、下っ端の盗賊が恐る恐る手を上げた。
「あ、あのー、親分? 折角の名演説のところアレなんですが、殆ど気絶しちまっていて聞いてない感じっスよ? そ、それにあのチビ竜は、たまたまウロついていたところを捕獲しただけで、別に苦労も何もしてなかったような……」
その瞬間、親分は拳をギュッと握り締め、その下っ端男のほうを振り向いた。実に晴れやかな笑顔を浮かべて。
「――うん? テメェ今、俺に何か言ったか?」
優しく撫で上げるような声で囁くように言ってくる親分に、下っ端男は青ざめた表情で硬直する。
そんな彼に親分は、笑顔のままスッと近づく。
「そんなに俺様の『愛の拳』を受けてみたいってなら、遠慮する気はねぇぞ?」
「いえ、全然全く何でもないでありますっ! ただの独り言であります!」
ぶんぶんぶんっ、と首を左右に高速で振りながら、下っ端男は手を伸ばす。どうかこれ以上近づいてこないで、という願いを込めていることは、もはや言うまでもないだろう。
そしてその数秒後――山の中で更に一発、拳骨を落とされる音が響き渡った。
◇ ◇ ◇
「――さて、あのチビドラゴン捕獲作戦の会議をしようと思う」
気絶している盗賊たちが目覚め、頭にたんこぶを作った状態のまま、親分が主導で話を始めていく。有り体に言って間抜けな姿ではあるが、誰もそれについて指摘する勇気も根性も持ち合わせてはいなかった。
更に付け加えるならば、親分の拳骨によって生み出されるたんこぶはいつものことであり、今更あーだこーだ言ったところで仕方がないという諦めもある。
むしろ後半の理由が一番だったりするのだが、それこそ誰も口に出して言えることではなかった。
無論、元凶である親分本人は、そんなことを知る由もない。
「経緯はどうあれ、対象を完全に見失ったのは間違いねぇ。こうなっちまったら、あのあたりをいくら探したところで、時間と体力をムダにするだけだろう」
「えっ? それじゃあ、諦めるってことですかい?」
「バカヤロウ。誰がそんなこと言ったよ」
スキンヘッドの問いかけに、親分は呆れた表情で吐き捨てるように言った。
「この俺様が狙った獲物を逃すワケがねぇだろう。話は最後まで聞け」
「う、うす! すんませんした!」
「分かりゃあいいさ」
親分はニカッと笑い、そして自信満々そうに胸を張る。
「これから俺たちは例の山の近くまで戻る。すぐにここを出発だ!」
「えぇっ?」
下っ端たちがこぞって驚きを示し、そして難色の声を上げた。
「それってつまり、またあの国境を越えるってことですかい?」
「そんなぁ。折角あんな苦労して通り抜けたのに……」
スキンヘッドに続いて、バンダナが情けない声を出す。それを皮切りに、他の下っ端たちも次々とブツブツ文句を垂れ始める。
「バカヤロウどもが。よく考えてみろ!」
しかし親分は、再び呆れたような表情を浮かべた。
「犯人は現場に戻ると言うだろう? ならばあのチビドラゴンも、何かしらの手段であそこに戻って来るかもしれねぇからな。そこを狙ってとっ捕まえるのが、俺様のプランってヤツよ」
どうだ凄い考えだろう、と言わんばかりのドヤ顔を見せる親分。しかしそれに対して下っ端たちは、こぞって微妙な表情を浮かべていた。
――チビドラゴンを犯人に見立てるのは、いささかどうなのか?
――そもそも犯人で言ったら、明らかに盗賊である自分たちのほうでは?
――あたかも壮大な計画みたいに言ってるけど、ただ待ってるだけ。
――戻るかどうかも分からないのに。
――他国で律儀に何年も待ち続けるつもりなんだろうか?
そんな下っ端たちの心の声が炸裂する中、バンダナが恐る恐る右手を上げる。親分が視線を向けたのを見て、意を決して口を開いた。
「あ、あのですね、親分……例の山からここまで、かなり距離ありましたよね?」
「それがどうした?」
何を馬鹿なことを聞いてるんだと言わんばかりに親分が見下ろす。やっぱり何も分かってないのかとため息をつきたくなるのを必死にこらえ、バンダナは表情を引き締めていく。
「いくらドラゴンと言えど、アレはまだチビの子供です。とても長い距離を一匹だけで移動できるとは思えないんですが……」
「確かにな……今回ばかりは俺も同感に思いますぜ」
スキンヘッドも顔を上げて頷く。
「種族的には最強に等しい部類かもしれやせんが、所詮は力のねぇガキ。他の魔物に喰い殺されるのがオチってもんでさぁ」
「そうですよ! 仮に生き延びて戻ってきたとしても、数年はかかるでしょう。そうなればドラゴンも、ビックリするぐらい成長していると思います。そうなれば価値が下がるとかだけじゃない。俺たちの命がいくつあっても足りないですよ」
――確かにな。俺も納得できるぜ。
そんな声が下っ端たちからチラホラと聞こえてくる。バンダナとスキンヘッドの二人は、内心でしめしめと思いつつあった。
いくら親分と言えど、こうして数の暴力に持ち込めば説得ができる。なんだかんだで子分である自分たちの意見には甘いところもあるから、上手くいけば今回の件はなかったことにして、また新しいターゲットを探す展開に持ち込めるかもしれないと思っていた。
しかし――
「ったくよぉ。テメェらはホント何も分かっちゃいねぇよなぁ」
親分は大きく肩をすくめながら、やれやれと顔を左右に大きく振った。
「確かにテメェらの言うことはもっともだが、それはあくまでチビドラゴン一匹だけで移動する場合だ」
「……どーゆーことですかい?」
「お人好しな冒険者が、チビドラゴンを保護する可能性もあるってことだよ」
首を傾げるスキンヘッドに、親分がニヤリと笑う。
「最近は魔物を助ける活動も活発化してきているからな。そんな展開もあり得なくはねぇだろう。俺たちはそこを狙うのさ」
「な、なるほど……」
「やってみる価値は、まぁ確かにありそうですね」
スキンヘッドとバンダナが納得を示すと、他の下っ端たちも次々と、それならあるかもしれないと頷き出した。
親分はそれを見て、再び気持ちの良さを味わっていた。
やはり自分の考えは素晴らしいのだと、改めて自画自賛していたのだった。
「作戦会議はこれで終わりだ。テメェらもさっさと移動する準備をしろ。国境を抜ける対策もしておけ」
親分は言うだけ言って、一方的に話を切り上げてしまった。そして歩き出していく姿を見送り、バンダナとスキンヘッドは顔を見合わせ、深いため息をつく。
「……一応納得はしたけど、お前はどう思う?」
「望みは薄いとしか思えねぇよ」
バンダナの問いかけにスキンヘッドは顔をしかめた。
「ドラゴンのガキって相当気難しいから、人には絶対懐かないって話だからな」
「だよな。相当凄い魔物使いでもいない限り、あり得ないだろうし」
「「はぁ……」」
二人揃って再度深いため息をつく。
思えば今回、子ドラゴンの捕獲は呆気なく成功し過ぎてしまった。それ故の楽観的な考えであることも、二人はなんとなく察していた。
どれだけ親分が早く諦めてくれるか――それに賭けるしかないと思っていた。
それもまた望み薄であることを理解しつつ。
しかし――二人はまだ知る由もない。
まさか本当に、親分の睨んだとおりの展開になることを。自分たちに都合がいいかどうかはともかくとして、その楽観思考が微妙に当たってしまうことを。
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