透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第四章 本当の親子

142 伯母らしい姿

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「ウチのお母さんも、過去を引きずったまま生きてますからね。未だに」

 最後の『未だに』が妙に強調されている。それぐらいメイベルの中で、ずっと誰かに話したかったことだったのだ。

「まぁ、それも正式に理解したのは、ついこないだなんですけど」

 メイベルの苦笑は場を和ませる意味もあったが、どうしてずっと気づかなかったかなぁという、自虐も込められていた。
 なんかんやで十四年も、あの母親の娘をしてきたのだ。自分を通して別の誰かを見ていたことくらい察していたが、その正体が全く分からなかったのだ。
 流石に無理もないだろう。長女だと思っていたら、実は次女だったなんて。
 発覚したこと自体は、本当に偶然に偶然が重なった結果だ。それ故に今回発生している出来事が、色々と穴だらけとなっている。
 改めて軽く振り返っただけでも、本当に頭を抱えたくなるほどであった。

「全く情けないもんですよ。ウチのご当主サマは」

 メイベルがため息交じりに肩をすくめる。

「アリシアの存在が分かって、少しはマシになるかと思いきや、より悪化しちゃうんですからね」
「あの子らしいと言えばらしいよ。いつまでも気にするような子だから」

 姪っ子の言葉に、ディアドリーは思わず笑ってしまう。そして、どこか可哀想なものを見るような表情で俯いた。

「あなたはどう思っているかは知らないけど、あの子は持ち前の性格的に、当主なんてガラじゃないのさ。実力が高ければ成り立つモンじゃない」
「えぇ。それは私も同感です。おじい様もそこは懸念してましたから」
「おやおや、そうだったのかい?」

 ディアドリーは驚かずにはいられなかった。彼女の記憶上、メイベルのおじい様こと先代当主は、常にセアラのことをべた褒めし続けていたからだ。
 とてもじゃないが、懸念していたなど想像もつかない。
 しかしメイベルの態度からして、嘘を言っているようでもないことは分かる。彼女がこの場で偽る必要性は皆無に等しい。
 だからこそディアドリーは、その言葉をすぐに受け入れられなかったのだ。

「てっきりお父様は、あの子を庇うと思ってたんだけどねぇ」
「それは、あくまでお母さんの前でだけの話です。裏では違ってましたよ」

 メイベルは首を軽く左右に振り、そしてディアドリーを覗き込むように見る。

「伯母様に対することも含めて、ね」
「――――そうかい」

 たっぷり二、三秒ほどの沈黙を経て、ディアドリーは顔を背けた。そこにどんな気持ちがあるのかは、メイベルにも分からない。

「今回は、まぁ黒幕だけで言えばフェリックスかもしれないですけれど、やらかしたと言えばお母さんも同罪ですからね」
「庇う余地はない、とでも言いたそうに聞こえるよ?」
「えぇ、実際そのとおりです」

 試すように笑うディアドリーに、メイベルは明るい笑顔で頷いた。

「お母さんは、魔導師としての能力は確かに高い。当主としても、向いていないなりに頑張っています。でも母親としては、正直微妙と言わざるを得ません。やっぱり伯母様の妹でもあるんだなぁって、ちょっと思っちゃいました」
「ハッ、随分と言ってくれるじゃないか」

 散々な言われようではあるが、ディアドリーは本気で怒ってなどいない。むしろ堂々と真正面から言い放つメイベルに、妙な親しみさえ感じていた。
 ディアドリーはわずかに笑みを深めつつ、成長していた姪っ子を見下ろす。

「そーゆーメイベルは、あの母親のようにはならなかったみたいだね」
「多分、お父さんに似たんですよ。娘は父親に似るって、よく言いますから」
「――確かに」

 目を閉じながらディアドリーは同意する。

「言い得て妙だと思うよ。私も……妹も、ね」

 それが何を意味するのかは、メイベルもすぐさま察していた。その時、一キロほど離れた先で、大きな爆発が発生する。
 あまりにも突然過ぎる物騒な物音に対し、メイベルやマキトたちは驚愕しながら振り向く。

「今のは――!」
「どうやら、少しのんびり喋り過ぎてしまったようだね」

 黒い煙が上がる姿を見ながら、ディアドリーが冷静に呟く。そして表情を引き締めつつメイベルのほうに視線を戻した。

「すぐに渡した装置を使いな。もう時間はないよ!」
「は、はい!」

 メイベルは慌てて返事をしつつ、もらった装置に魔力を注ぎ、起動させる。もう彼女の中でも、ディアドリーに対する不信感は、完全に消え去っていた。
 やがて装置から魔法陣が展開され、メイベルやマキトたちを包み込んでいく。

「私が言う資格なんざ、これっぽっちもないことは分かってるけどさ――」

 転移まであと数秒となったところで、ディアドリーがメイベルに告げる。

「どうか妹を――そしてあのバカ息子を、助けてやっておくれよ」

 それを聞いたメイベルは、軽く目を見開いた。そしてすぐに表情を引き締め、強気な笑みで頷きを返す。
 最初で最後の伯母らしい姿だった――そんな気持ちとともに、メイベルはマキトたちと一緒に、その場から忽然と姿を消した。


 ◇ ◇ ◇


「――ここは?」

 気が付いたら森の中にいた。マキトが周囲を見渡すと、なにやら焦げ臭い香りが風に乗って漂ってくる。

「マスター、あっちなのですっ!」

 ラティが指をさした先には、炎上している大きな屋敷があった。
 そこは間違いなく、セアラやメイベルの実家であり、マキトたちが急いで戻ろうとしている先でもあった。

「もうフェリックスが大暴れしている感じだね」

 苦虫を噛み潰したような表情で、メイベルが屋敷のほうを睨みつける。

「ん。早速乗り込む?」

 そこにノーラが、メイベルに近づきながら見上げてきた。

「マキトとラティをすぐに助けられたから、体力は殆どフル充電のまま」
「キュウッ!」
『わるいやつをたおすぞーっ!』

 そのやる気に満ちた様子を目の当たりにしたことで、メイベルは幾ばくかの冷静さを取り戻す。そして優しい笑みを浮かべつつ、ノーラたちに言った。

「いきなりは危険だよ。まずはちゃんと様子を探らないとね」
「……むぅ」

 宥めるメイベルに対し、ノーラは不満そうであった。

「モタモタしてたら手遅れになる。早く乗り込んで、あとは野となれ山となれ」
「いや、うん。その気持ちは分かるんだけど、とりあえず落ち着いて」

 言葉には出さなかったが、実はその選択肢自体は、メイベルも考えていた。自分一人だけならば、まずそうしていただろうと断言できるほどに。
 自分一人ではないからこそ踏みとどまっている。
 そう考えてみれば、マキトたちがいてくれたのは良かったのかもしれないと、メイベルはそう思えてならなかった。

「確かに見た感じ、私たちの屋敷は大ピンチ。でもあそこにはお母さんがいる。魔導師としての腕は伊達じゃない。それにユグラシア様もいるでしょ?」
「……ん。ユグラシアが負ける場面、全く想像つかない」
「だよね♪」

 言い返せずに納得するノーラの頭を、メイベルは優しく撫でた。そして表情を引き締めつつ、改めてマキトたちを見渡しながら言う。

「正直、私一人でこの状況をなんとかするのは、絶対に無理。でもアリシアやマキト君たちがいれば、絶対になんとかできる。どうか私に力を貸して!」
「勿論だよ!」

 真っ先に返事をしたのはアリシアであった。

「ポーションの準備もバッチリだからね。できる限りのことはするつもりよ」
「ん。ノーラも!」
「いっぱい暴れるのですよー♪」
「キュウ!」
『ぼくもぼくもー』

 続けてノーラや魔物たちも、こぞってやる気を見せる。この元気の良さが、今となってはとても頼もしく思えて仕方がない。
 そしてメイベルが、マキトのほうに視線を向けると――

「当然、俺も一緒に行くよ」

 マキトは力強い笑みを浮かべ、魔物たちの頭を優しく撫でる。

「コイツらがやる気を見せているのに、俺だけ行かないなんてあり得ないもんな」
「――ありがとう。でも、無茶だけはしないでね」
「分かってる。むしろメイベルのほうが気をつけたほうがいい気がするけど?」
「なっ……急に生意気なことを言ってくるじゃないのよ」

 マキトの返しに軽く驚きを見せるメイベル。大人しいと思いきや、年相応の姿も見せてくるのかと、素直に感心してしまうほどだった。
 すると――

「私は正直、マキトの言うとおりかなーと思っちゃうかもね」

 アリシアが苦笑しながら、マキトの言葉に対する援護射撃を繰り出してくる。更にはノーラも、強い意志を込めて頷いてきた。

「ん。むしろメイベルが一番何かをやらかしそう」
「わたしも同感なのです」
「キュウキュウッ」
『あのやらかしたひとのむすめだもんね』

 ラティたち魔物も揃って頷く。まさに満場一致となったその状況に、流石のメイベルも顔をしかめずにはいられなかった。

「アンタたちねぇ……でも言い返そうにも言い返せない」

 メイベルは悔しそうに拳をギュッと握り締める。自分がしでかしたセアラの娘だという自負があるからこそであり、それを誤魔化すことはできそうにない。

「まぁ、とにかく様子を見つつ乗り込もうよ」

 するとアリシアが、宥めるようなフォローを入れてきた。

「ユグラシア様たちを助けつつ、フェリックスを止めないとだもんね!」
「アリシア……」

 メイベルは目を見開き、そしてアリシアに正面からヒシッと抱き着く。

「うぅ~、本当にアリシアはいい子だなぁ」
「ふふ、よしよし♪」

 泣きまねをするメイベルの頭を、アリシアが優しく撫でる。その姿はまさに、仲のいい姉妹そのものだと、マキトたちの中で意見が一致するのだった。

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