透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第四章 本当の親子

130 どんな答えでもいいんじゃない

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(ユグラシア、様……)

 その名前が――正確にはあだ名だったが――出た瞬間、アリシアの脳内に、彼女の笑顔が浮かんでくる。
 いつもふんわりと包み込んでくれるような暖かさが、どこまでも自分の心を安心させてくれる。他の代わりなんてないくらいの、絶対的な存在。
 アリシアにとってのユグラシアは、まさに太陽のような女性であった。
 それに対して、実の母と称するセアラはどうだろうか。
 少なくとも今の今まで、ユグラシアと同じような感想は抱いたことなどない。むしろ白い靄がかかって息苦しい――そんな感じがしてならなかった。

「だって、ユグさんと話している時のアリシアって、凄い楽しそうだもんな。セアラさんと話している時と比べたら、よっぽど生き生きしてると思うよ」

 マキトからそう言われたユグラシアは、なんだか照れくさくなり、おもむろに右手で髪の毛をいじり出す。

「そ、そうかな?」
「うん。セアラさんと話してる時のアリシアって、なんか息苦しそうな感じだし」

 それを聞いた瞬間、アリシアは目を見開く。

(まさか私と同じことを考えていたなんて……てゆーかマキトって、そこまで私のことを見てくれてたんだ。ふふっ、そっかそっかぁ♪)

 そう考えると、何故か嬉しくなってしまう。恐らくは、弟が思ってくれることを嬉しがる姉のような気持ちなのだと、アリシアは勝手にそう解釈していた。

「それで? アリシアは結局どうするのさ?」

 心の中で温かい気持ちを味わっていたところに、マキトの問いかけが来る。急に言われて反応しきれないアリシアは、首を傾げることしかできなかった。

「どうするって……何が?」
「セアラさんのところで暮らすのかどうかってことだよ」
「あぁ……」

 アリシアの声が自然と重々しくなる。それに対してマキトは首を傾げた。

「どうかしたのか?」
「いや、なんてゆーか……暖かくふんわりとした夢から、一気に寒々しい現実に引き戻された気分だなぁ、みたいな」
「……よく分かんないけど、ちゃんと決めなきゃいけないことなんだろ?」
「うぅ」

 アリシアは思わず唸ってしまう。確かにマキトの言うとおりだ。この件は、自分の意思でちゃんと決断しなければならない。
 ここまで言われても、踏ん切りのつかない自分が情けなく思えてしまう。
 それなりの答えは浮かんできている。しかしいざ、それを言葉に出してみようとすると、何故か出てこないのだ。
 結局それで守りが入った言葉が浮かんできては、どうにも薄っぺらくて説得力に欠けてしまう。そしてそれが、セアラの押しを強くする要因にもなっており、段々と面倒なことになりつつあるのも分かっているつもりであった。

(まさか、私がここまでヘタレだったなんてなぁ……)

 それもこれも、全ては自分がビシッと言えないからこそだということも、アリシアは分かっているつもりであった。故に自己嫌悪に陥ってしまう。マキトに言われて更にそれを思い知った。
 ならばこの状況を打破するために考えればいい。
 しかし考えれば考えるほど、頭の中に靄がかかっていき、どこをどう進めばいいか分からなくなる。故にまたしてもハッキリとした答えが出せない。
 そして再び同じようなことが起こる――まさにそれは負のループであった。

「マキトは、どう思う?」
「どうって言われても知らないよ。別に俺の問題じゃないし」
「……だよね」

 我ながらなんて情けないと、アリシアは改めて思う。冷たい返事に思えるが、やはりマキトの言うとおりではあるのだ。

「ただまぁ、俺が思うとすれば――」

 しかしここでマキトは、自分なりの感想を述べようとしてきた。まさかそう来るとは思わなかったアリシアは驚くも、マキトはそれに気づかないまま続ける。

「もしアリシアがセアラさんと暮らすってことは、ユグさんのところからこの家に引っ越すってことだろ? 俺だったら絶対にしたくないかもなぁ」
「……どうして?」
「だってすっごい窮屈じゃん。広すぎて」

 そう言ってのけるマキトに、アリシアは思わず吹き出して笑う。

「そういえばさっき、晩ごはんのときも言ってたよね。窮屈だって」
「あぁ。毎日あんな感じなのは、やっぱ嫌だね。部屋もなんかキラキラしてて、ちっとも落ち着きやしないし」
「なるほど」

 マキトらしい回答にアリシアは微笑ましく思う。これまで抱えていたモヤモヤすらも吹き飛んでしまう感じがした。
 そのおかげだろうか――抱えている疑問がアリシアの口からすんなりと出る。

「でも正直、どうすればいいのかなぁって……なかなか答えが出なくてね」
「別にどんな答えでもいいんじゃない?」

 そのあっけらかんとした物言いに、アリシアが目を見開きながら振り向くと、さっぱりとした笑みを浮かべるマキトと目が合った。

「要はアリシアがどうしたいのか――それだけのことなんじゃないの?」

 それを聞いた瞬間、アリシアの頭の中で靄が晴れた。
 確かにそのとおりだと思った。どうすればいいかばかりを考えて、自分自身はどうなのかという気持ちを、考えているようで考えていなかった気がする。
 まさに『目から鱗が落ちる』とはこのことか。
 マキトからそれを教えられるなんて――またしてもアリシアは、少し恥ずかしい気持ちを味わう。
 しかしそれと同時に、心の中がスッキリしていた。
 少し難しく考え過ぎていたのかもしれない。要はどちらで暮らしたいのか、それだけのことだったのだと思った。
 その瞬間、アリシアの頭の中に、たった一人の女性の姿が浮かんできた。

(うん。やっぱり、私は……)

 ようやくアリシアの中で、本当の気持ちが固まったような気がした。
 今ならそれを言葉に出すことができる。まずはこれを、隣にいるマキトに聞いてもらおうじゃないかと、アリシアは笑みを浮かべた。

「マキト。私――」

 アリシアがマキトに視線を向けたその時だった。

「キュウッ♪」

 後ろから鳴き声とともに、マキトの頭に飛び乗ってきた。

「うわっ! ロ、ロップル!?」
「キュウキュウ♪」

 マキトの頭の上に乗っかり、スリスリと頬ずりし出すロップル。それはマキトたちからしてみれば、至って普通の光景ではあるが、問題はそこではない。

「わたしたちもいるのですよー!」

 その声に振り向くと、ラティとフォレオ、そして不機嫌そうな表情を浮かべ、瞼をくしくしと指でもみほぐすノーラがそこにいた。

「むぅ。ノーラたちを置いて逢引きするなんてズルい」
「いやいや、別に逢引きとかじゃないから……ほら、マキトも何か言ってよ」

 特に慌てる様子もなく、アリシアがマキトのほうを向く。
 すると――

「……アイビキって、なに?」
「えっ? あぁ、うん、まずそこからってワケね」

 きょとんとした表情でマキトから尋ねられ、アリシアはガクッと肩を落とした。
 とりあえず逢引きについての説明を簡単に行いつつ、未だ膨れっ面のノーラを宥めていくとしよう――アリシアはそう思い、口を開きかける。
 その時――暗闇から音もなく、何かが放たれた。

「きゃっ!?」

 ――シュウウウウゥゥゥ!
 投げ込まれた小さな個体から煙幕が放たれる。アリシアが声を上げるが、驚きで対処しきれない。

「な、なんだよ、これ……むぐぅっ!?」

 マキトが驚きながら周囲を見渡していると、後ろから口を封じられた。そしてそのまま急に、意識が刈り取られていく。

「キュッ!?」
『やー、だれかいっぱいいるのに、なにもみえなーい!』
「マキト、どこっ?」

 ロップルとフォレオ、そしてノーラの慌てる声が響き渡るが、煙幕によって何も状況を把握することができない。
 そして数秒後、段々と煙幕が晴れていく。

「けほっ、けほっ……皆、大丈夫?」
「ん。なんとか」
「キュウッ」

 アリシアの掛け声に、ノーラとロップルが答える。そしてアリシアが、傍でフォレオが周囲を見渡しているのを見つけ、ホッと一息ついた。
 しかし――

『ねぇねぇ、ますたーは?』

 フォレオからそう言われて、アリシアは初めて気づいた。数秒前まで確かにいたマキトが、忽然と姿を消してしまっていることに。

「……ラティもいない」
「キュウッ! キュウキュウウゥーッ!!」

 呆然とするノーラの隣で、ロップルが必死に鳴き声で呼びかけるが、それに応える返事はなかった。
 すると、廊下から慌ててかけてくる音が聞こえてくる。

「――アリシアっ!」

 寝間着姿のメイベルが駆けつけてきた。そしてその後ろから、ユグラシアとセアラも姿を見せる。
 ただならぬアリシアたちの様子に、メイベルは何かが起こったと察した。

「ねぇ……マキト君は?」

 嫌な予感がしつつ、メイベルが恐る恐る尋ねた。それに対して、アリシアが答えるべく口を開きかけたその時――

『ますたー、きえちゃったの。らてぃもいっしょに!』

 フォレオがメイベルの元へ駆け寄り、必死にそう呼びかける。
 マキトが消えた――その事実にメイベルとユグラシアは驚きを隠せず、完全に言葉を失ってしまう。
 その一方で、セアラは――

「ウソ……どうして、そんなことに?」

 何故か青ざめた表情を浮かべていたのだった。

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