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第四章 本当の親子
128 豪華で窮屈な食事
しおりを挟むそれから数時間後――夕食の時間が訪れた。
用意されたのは豪華なフルコース。屋敷のシェフが腕によりをかけた料理が一品ずつ運ばれ、それをゆっくりと味わいながら楽しむ。
まさにそれは、平民が一生に一度も食べられないようなメニューであった。
それをご馳走してもらえるなど、まさに万に一つの奇跡。このようなフルコースの存在を知っていれば、感激と感謝で笑顔になって然るべきだろう。
しかし――
「ちょ、ちょっと待ってマキト! スープはちゃんとスプーンで飲んで!」
アリシアが慌てて声を上げると、片手で小さな器を持っていたマキトは、きょとんとした表情を見せる。
「えっ? これって飲み物じゃないの?」
「違うから! 確かに変わった形の小さいカップに見えなくもないけど、それは器に入ったスープなの! だからちゃんとスプーンを使って」
「そうだったんだ。てっきりドロドロしてる変わったジュースかと思ってた」
「ん。ノーラも同じこと思ってた」
「……うん。そ、そうだね。確かにそう見えなくもない感じだよね」
脱力するアリシアに、マキトとノーラが全く意味が分からず首を傾げる。
これについては、無理もない話であった。
豪華なフルコースを楽しむためのマナーなど、マキトもノーラも、その存在自体を知らないも同然だったのだから。
ナイフとフォークの基本的な使い方は知っていても、せいぜいハンバーグやステーキを切って食べるぐらいのことしかできない。そんな二人に、一皿ごとに食べ方が変わる料理を出されても、満足に対応などできるはずがなかったのだ。
例えば――
「あむ、あむ……」
「ノーラ。ちゃんとナイフとフォークで切り分けて食べなさい」
「むぐ?」
フォーク一つで魚料理をムシャムシャと頬張るノーラを、ユグラシアがため息交じりに窘めていたり――
「はむっ!」
「マキト。パンはそのままかぶりつかないで」
「ん? 何言ってんのアリシア? パンなんてこれ以外の食べ方はないだろ?」
「……あるのよ」
ノーラを除く周りが、パンを手で一口ずつ千切って食べているにもかかわらず、それを全く見ていないマキトは、そのまま大きな口を開けてかぶりつく。
それをアリシアが頭を抱えながら注意したり――
「ちょっとちょっと! そのお水は飲むための物じゃないよ!」
「「え? じゃあこれはなに?」」
フィンガーボールの水をそのままグビグビと飲み出すマキトとノーラを、アリシアが慌てて止め、ユグラシアが深いため息をついたりと――
何も分かっていないマキトとノーラに、その都度アリシアとユグラシアが注意しては頭を抱える光景が見られた。
とてもじゃないが、純粋に食事を楽しめるような空気ではない。
セアラも笑顔を取り繕ってはいるが、想像していた光景とは大違いだ。
完全に当てが外れた。盛大に持て成そうと豪華の限りを尽くさせた結果、こうも盛大に空回りしてしまうとは。
(いけないわ。ここで私がちゃんと場を仕切らないと!)
ナイフとフォークを持つ手を強めながら、セアラは表情を引き締める。それは紛れもなく、客人を招待した『当主』としてのプライドであった。
そしてセアラは笑顔を取り繕い、マキトとノーラに視線を向ける。
「マキト君もノーラちゃんも、お料理のほうはどう? お口に合うかしら?」
「うん、まぁ」
「ん……」
頷くマキトとノーラのテンションは低い。笑顔など微塵にも出しておらず、誰がどう見ても喜んではいなかった。
かと言って、落ち込んでいる様子でもなかった。
むしろ注意される度に、二人揃ってそうだったのかと言わんばかりに、物珍しそうな反応を示していたくらいであり、最初に比べるとマナーの面ではわずかに良くなってきてもいる。
二人とも、出された料理はちゃんと全て平らげている。少なくとも食べられない物に直面したということは、なさそうであった。
しかしやはり、二人揃って笑顔がない。ついでに言うと感想もない。
ユグラシアは一口ごとに料理の美味しさの感想を述べ、アリシアもメイベルと形だけの料理の感想を言い合っていた。
対してマキトとノーラは、ひたすら黙々と食べ続けているだけだ。
無表情な二人から、その心情を読み取ることはできない。
「あ、えっと、遠慮せず素直に言ってくれていいのよ?」
セアラは軽く慌てた口調でマキトたちに言った。
「美味しくないなら美味しくないで、仕方がないことだとは思っているから」
「いや、別にそーゆーワケじゃないけど……」
マキトがきょとんとしながら否定する。そして周囲を見渡し、言おうかどうしようか少し悩むが。やがて意を決したかのように、マキトが顔を上げて言う。
「美味しいとか不味いとか以前に――なんかすっごい窮屈」
ハッキリとそう断言した。セアラが素直に言ってくれていいと言ったから、そのとおりにしたのだった。
そして――
「ん。ノーラも同感」
これ以上ないくらいに強い意志を込めて、ノーラが頷いた。
「お部屋は広いのに、気持ちが狭苦しい。だから全然ご飯が楽しくない」
「分かるわー。俺も同じようなこと思ってたよ」
「ん。流石はマキト」
ようやく生き生きとした笑顔を見せるマキトとノーラ。しかし周りは、完全に空気がピシッと固まってしまっていた。
それに気づくこともなく、二人は笑いながら続ける。
「ノーラたちの後ろに人が立ってるから、それだけでも落ち着かない」
その言葉に、控えている執事やメイドたちの表情がわずかに動く。セアラやメイベルたちからすれば当たり前のことだが、それもマキトやノーラからすれば、未知の世界そのものだったのだ。
「確かにな。美味しいかどうかなんて、感じる余裕もなかったくらいだよ」
マキトも笑いながら、小さいため息をつく。料理に対して曖昧な返事しかしなかったのは、美味しくはないが不味くもなかったからであり、とりあえず頷いてやり過ごそうとしただけであった。
「てゆーかさ。名家って毎日こんなメンドくさいご飯食べてるの? よくもまぁ、平気でいられるもんだわ」
「ノーラたちじゃ絶対に耐えられない」
「ホントだよな♪」
完全にマキトとノーラだけで会話が盛り上がっている。二人の間だけ、華やかな空気が流れていた。
それに対して周囲の空気は、なんとも言えない微妙さが漂っていた。
セアラは引きつった笑みを浮かべ、流石のメイベルもここまでマキトたちがぶっちゃけるとは思わなかったのか、どうしようかとおろおろしていた。
するとアリシアが――
「ふふっ、確かにマキトやノーラには、馴染めない感じのご飯だったかもね」
でしょうねぇと言わんばかりの苦笑を浮かべながら、マキトたちに優しく言う。
「けど、二人とも偉いよ。ちゃんと残さず食べてるじゃない」
「……まぁ、食べないと勿体ないし」
「ん。どんなに不満でも、ご飯を粗末にしてはいけない」
「うん、感心感心♪ そんな二人に、お姉ちゃんからこれを分けて進ぜよう」
そう言いながらアリシアが、今しがたデザートとして運ばれてきた、瑞々しいフルーツの盛り合わせを、そのまま皿ごと持って立ち上がる。
「――え、ア、アリシア!?」
セアラが目を見開きながら声を上げるも、アリシアは気づく様子もなく、その皿をマキトたちの前にスッと置いた。
「それなら美味しく食べられるでしょ?」
「え、でも、アリシアの分……」
「私はもうお腹いっぱいだから、気にしなくていいわよ」
その言葉が建前なのかどうかは分からない。しかし手をヒラヒラと振りながら見せてくるアリシアの笑顔に、マキトたちは断る選択肢を見つけられなかった。
「……ありがとう」
「ん。食べる」
「えぇ、どーぞどーぞ♪」
そう言って満足そうにアリシアが自席へと戻っていく。その際にメイベルが、苦笑しながら声をかけた。
「なんだかんだで、あなたもいいお姉ちゃんしてるんじゃない」
「えー? そうかなー?」
「そうとしか見えなかったよ」
メイベルとアリシアが楽しそうに笑い合い、マキトとノーラが、甘酸っぱいフルーツをモシャモシャと食べては、心からの笑顔を見せる。
その姿にユグラシアは苦笑していたが、特に何かを言うつもりはなかった。
(今の感じが、一番あの子たち『らしかった』と思う私も、どうかしているわね)
変な形ではあるが、この夕食が始まって一番の暖かい雰囲気が訪れたと、ユグラシアはそう思えてならなかった。
そんな中――
(はぁ……どうしてこうも、当てが外れちゃうのかしら?)
セアラは一人、落ち込んだ表情で俯いていた。しかし誰も、その様子に気づくことはなかったのであった。
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