上 下
118 / 252
第四章 本当の親子

118 名探偵ノーラ

しおりを挟む


「アリシアを産んだ母親が見つかった……ねぇ」

 沈黙するリビングにて、マキトが手紙を読みながら呟く。いつものように森を駆けまわって帰ってきたと思ったら、まさかの事態が待ち構えており、魔物たち共々驚きを隠せないでいた。
 手紙には、あくまで概要しか書かれていなかった。
 詳しい話は一時帰省した際に話すとのことで、とりあえず事前に取り急ぎ報告だけでもしておきたかったと記されている。
 それがアリシアなりの配慮であることは間違いない。
 帰ってからいきなり話すよりも、事前に伝えておいたほうがスムーズであることは確かだと言えるだろう。
 しかしそれでも、現時点でマキトたちを混乱に導いていることは否めなかった。

「いきなり過ぎてどう思えばいいのか分かんないな」
「今は、アリシアの実の母親が見つかったんだと認識しておけばいいと思うわ。それ以上のことは、まだ何も分からないし」

 頭をガシガシと掻き毟るマキトに、ユグラシアがやんわりと諭す。流石に無理もない反応だと思ったのだった。

「おふざけでこんな手紙を出すとは思えないし、少なくともそこに書かれているとおりだと見るべきね」
「そっか……」

 ユグラシアの言葉にマキトは理解を示す。そのおかげで少しは落ち着きを取り戻せた気がしていた。
 そして改めて手紙を読み返し、マキトはもう一つの事実に注目する。

「しかも母親だけじゃなく、妹までいたんだな」
「メイベルっていう名前の女の子なのですね。しかも同じ魔法学園の学生さんだと書かれているのです」

 マキトの目の前で浮かびながら、ラティがふむふむと頷く。

「同い年で色々と助けてもらった友達なのですね。アリシアもいい人に出会えて良かったのです♪」
「えぇ、ラティの言うとおりだと思うわ」

 ユグラシアが微笑みながら頷いた。

「前に会った時も、責任感のあるいい子に見えたもの。アリシアにどこか似ている気もしたし、むしろ姉妹だというのならば、私は納得できるわ」
「へぇ、そうなんだ」

 まるで初めて知ったかのような反応をするマキトに、ユグラシアは気づく。

「そういえば、マキト君はメイベルさんを知らなかったわね」
「わたしたちもなのです」
「キュウッ」
『ぼくもしらなーい』
「フフ、そうね。タイミング的に魔物ちゃんたちもそうなるわね」

 メイベルたちが修学旅行で森の神殿に訪れた際、マキトと魔物たちは、ノーラに連れられてガーディアンフォレストが眠る場所を訪れていた。それから騒ぎに発展してなかなか神殿に戻れず、メイベルたちとは顔を合わせることはなかった。

「ノーラはギリギリ知ってるわよね?」
「ん。でもあの時はバタバタしていたから、よく覚えてない」

 確かにノーラも、メイベルと顔を合わせてはいた。しかし緊急事態だったため、メイベルとアリシアを見比べる余裕はなかった。
 後にユグラシアから言われて思い出してみたノーラだったが、既に記憶からは完全に抜け落ちていた状態であり、殆どマキトと同じような反応であった。

「それよりも、ノーラ的に凄く気がかりなことがある」

 ノーラはマキトの隣から手紙を覗き込み、ある一文を指さした。

「メイベルの母親がアリシアを生んだ人ってなってるよね? アリシアとメイベルは確か同い年のハズだから、普通に考えれば双子。でもこの手紙には……」
「双子じゃないって書かれてるのです」

 親から子が産まれる概念は普通に知っているだけに、流石にこれはおかしいとラティも思った。

「同い年で双子さんじゃないなんて、あり得るのですか?」
「あり得なくはないけど、普通はないでしょうね」

 ラティの問いにユグラシアが答える。

「人にもよるけれど、子供が生まれるまで、大体十ヶ月くらいかかるわ。無事に生まれてからも、産んだお母さんの体力を回復させたりするのに、数ヶ月は費やすのが普通なのよ」

 それを聞いたマキトやラティは、ほぇーと言わんばかりに口をポカンと開けた。

「そっか。子供を産むって、そんなに大変なんだ」
「えぇ。命を宿した存在を体から外へ出す行為だもの。お母さんも命懸けよ」
「かなりのパワフルさんじゃないと、同い年の妹さんは無理なのです」
「そういうことになるわね」

 初めて知ったかのような反応に、ユグラシアは思わず笑みを浮かべる。こんな些細なやり取りから子供は知識を得ていくのだと、改めて知ったような気がした。
 その一方で、ユグラシアは少し気になることもあった。

(ラティはともかく、マキト君も知らなかったのね。習わなかったのかしら?)

 マキトがこの世界に来る前のことを、ユグラシアは知らない。自分から話そうとでもしない限り、余計な詮索はしないと決めているからだ。
 基本的な物事の良し悪しや、生活に関する概念は理解しているようだった。しかし子供が学校で習うような知識が、微妙に欠けている節がある。ちゃんと丁寧に教えれば吸収する点から、恐らく学校に通うことが殆どなかったのではと、ユグラシアは推測しているのだった。

(まぁ、それならそれで、これからちゃんと教えていけばいいだけだものね)

 どんな過去を過ごしてきたにせよ、大切なのは今である。仮にまともな生活を送れていなかったとしても、今が元気ならば些細な問題ではないか。
 それがユグラシアの導き出している結論だった。

「だったらさぁ――」

 するとマキトが、手紙を見ながら首を傾げてきた。

「この『同い年なのに双子じゃない』ってのは、何なんだろ?」
「ん。それなら簡単な推理」

 自信満々にノーラが胸を張りながら笑う。

「きっと母親違いの姉妹。メイベルとその母親に血の繋がりがなければ自然」
「なるほど。それなら納得できるかもな」

 マキトは頷きながら手紙を読み返してみる。確かに文章からすれば、メイベルの母親がアリシアの実母とはあっても、メイベルとその母親に血の繋がりがあることまでは書かれていない。

「あと、ここ見て」

 ノーラがとある一文を指さした。

「メイベルの実家は魔導師の名家と書かれている。これなら人には話せない深い事情の一つや二つ、隠し持ってる可能性大」
「そっか……そーゆーもんか」

 上流階級の家柄については全く理解していないマキトだが、とりあえず色々とあるのだろうと思うことにした。考えたところで分からないというのもあるが、なにより興味がないという理由が一番大きい。
 そんなことよりもマキトは、より注目したい部分があった。

「しかし凄いなノーラ。俺には全然分からなかったよ」
「わたしも今の話は納得なのです」
「んふー♪ これからは名探偵ノーラと呼んで」

 マキトとラティの誉め言葉に、得意げな表情を見せるノーラ。そんな明るい雰囲気を醸し出す彼らを、ユグラシアはジッと見つめていた。
 イエスともノーとも言わない。ただ小さな笑みを浮かべているだけであった。

「……いずれにしても、アリシアが帰ってきたら聞いてみましょう」

 どこかはぐらかすように、ユグラシアが話をまとめ出す。

「それに当日は、メイベルさんとそのお母様も、いらっしゃるみたいだから」
「あ、確かにそう書かれてるや」

 ユグラシアに言われて、マキトもようやくその事実に気づく。アリシアの実の家族が見つかったという部分に、気を取られ過ぎていたのだ。

「ふむふむ……アリシアの事情について、ユグさまと話し合いたいそうなのです」
「ん。当然と言えば当然」

 読み上げるラティにノーラがコクリと頷く。

「アリシアの母親がどんなのか、ノーラも見てみたい」
「そうだよな。帰ってくる日が楽しみだ」
「ワクワクなのです♪」
「キュウッ」
『たのしみー』

 早く当日が来ないかなと、マキトたちはそれぞれはしゃぎ出す。
 そんな中――

(やっぱりアリシアも、本当の家族のほうが……)

 マキトたちから顔を背けながら、ユグラシアは神妙な表情を浮かべていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生!ハイハイからの倍人生

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。 まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。 ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。 転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。 それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

めちゃくちゃ馬鹿にされたけど、スキル『飼育』と『組み合わせ』は最強中の最強でした【Return!】

Erily
ファンタジー
エレンはその日『飼育』と『組み合わせ』というスキルを与えられた。 その頃の飼育は牛や豚の飼育を指し、組み合わせも前例が無い。 エレンは散々みんなに馬鹿にされた挙句に、仲間はずれにされる。 村の掟に乗っ取って、村を出たエレン、そして、村の成人勇者組。 果たして、エレンに待ち受ける運命とは…!?

成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~

m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。 書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。 【第七部開始】 召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。 一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。 だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった! 突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか! 魔物に襲われた主人公の運命やいかに! ※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。 ※カクヨムにて先行公開中

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

処理中です...