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第四章 本当の親子
118 名探偵ノーラ
しおりを挟む「アリシアを産んだ母親が見つかった……ねぇ」
沈黙するリビングにて、マキトが手紙を読みながら呟く。いつものように森を駆けまわって帰ってきたと思ったら、まさかの事態が待ち構えており、魔物たち共々驚きを隠せないでいた。
手紙には、あくまで概要しか書かれていなかった。
詳しい話は一時帰省した際に話すとのことで、とりあえず事前に取り急ぎ報告だけでもしておきたかったと記されている。
それがアリシアなりの配慮であることは間違いない。
帰ってからいきなり話すよりも、事前に伝えておいたほうがスムーズであることは確かだと言えるだろう。
しかしそれでも、現時点でマキトたちを混乱に導いていることは否めなかった。
「いきなり過ぎてどう思えばいいのか分かんないな」
「今は、アリシアの実の母親が見つかったんだと認識しておけばいいと思うわ。それ以上のことは、まだ何も分からないし」
頭をガシガシと掻き毟るマキトに、ユグラシアがやんわりと諭す。流石に無理もない反応だと思ったのだった。
「おふざけでこんな手紙を出すとは思えないし、少なくともそこに書かれているとおりだと見るべきね」
「そっか……」
ユグラシアの言葉にマキトは理解を示す。そのおかげで少しは落ち着きを取り戻せた気がしていた。
そして改めて手紙を読み返し、マキトはもう一つの事実に注目する。
「しかも母親だけじゃなく、妹までいたんだな」
「メイベルっていう名前の女の子なのですね。しかも同じ魔法学園の学生さんだと書かれているのです」
マキトの目の前で浮かびながら、ラティがふむふむと頷く。
「同い年で色々と助けてもらった友達なのですね。アリシアもいい人に出会えて良かったのです♪」
「えぇ、ラティの言うとおりだと思うわ」
ユグラシアが微笑みながら頷いた。
「前に会った時も、責任感のあるいい子に見えたもの。アリシアにどこか似ている気もしたし、むしろ姉妹だというのならば、私は納得できるわ」
「へぇ、そうなんだ」
まるで初めて知ったかのような反応をするマキトに、ユグラシアは気づく。
「そういえば、マキト君はメイベルさんを知らなかったわね」
「わたしたちもなのです」
「キュウッ」
『ぼくもしらなーい』
「フフ、そうね。タイミング的に魔物ちゃんたちもそうなるわね」
メイベルたちが修学旅行で森の神殿に訪れた際、マキトと魔物たちは、ノーラに連れられてガーディアンフォレストが眠る場所を訪れていた。それから騒ぎに発展してなかなか神殿に戻れず、メイベルたちとは顔を合わせることはなかった。
「ノーラはギリギリ知ってるわよね?」
「ん。でもあの時はバタバタしていたから、よく覚えてない」
確かにノーラも、メイベルと顔を合わせてはいた。しかし緊急事態だったため、メイベルとアリシアを見比べる余裕はなかった。
後にユグラシアから言われて思い出してみたノーラだったが、既に記憶からは完全に抜け落ちていた状態であり、殆どマキトと同じような反応であった。
「それよりも、ノーラ的に凄く気がかりなことがある」
ノーラはマキトの隣から手紙を覗き込み、ある一文を指さした。
「メイベルの母親がアリシアを生んだ人ってなってるよね? アリシアとメイベルは確か同い年のハズだから、普通に考えれば双子。でもこの手紙には……」
「双子じゃないって書かれてるのです」
親から子が産まれる概念は普通に知っているだけに、流石にこれはおかしいとラティも思った。
「同い年で双子さんじゃないなんて、あり得るのですか?」
「あり得なくはないけど、普通はないでしょうね」
ラティの問いにユグラシアが答える。
「人にもよるけれど、子供が生まれるまで、大体十ヶ月くらいかかるわ。無事に生まれてからも、産んだお母さんの体力を回復させたりするのに、数ヶ月は費やすのが普通なのよ」
それを聞いたマキトやラティは、ほぇーと言わんばかりに口をポカンと開けた。
「そっか。子供を産むって、そんなに大変なんだ」
「えぇ。命を宿した存在を体から外へ出す行為だもの。お母さんも命懸けよ」
「かなりのパワフルさんじゃないと、同い年の妹さんは無理なのです」
「そういうことになるわね」
初めて知ったかのような反応に、ユグラシアは思わず笑みを浮かべる。こんな些細なやり取りから子供は知識を得ていくのだと、改めて知ったような気がした。
その一方で、ユグラシアは少し気になることもあった。
(ラティはともかく、マキト君も知らなかったのね。習わなかったのかしら?)
マキトがこの世界に来る前のことを、ユグラシアは知らない。自分から話そうとでもしない限り、余計な詮索はしないと決めているからだ。
基本的な物事の良し悪しや、生活に関する概念は理解しているようだった。しかし子供が学校で習うような知識が、微妙に欠けている節がある。ちゃんと丁寧に教えれば吸収する点から、恐らく学校に通うことが殆どなかったのではと、ユグラシアは推測しているのだった。
(まぁ、それならそれで、これからちゃんと教えていけばいいだけだものね)
どんな過去を過ごしてきたにせよ、大切なのは今である。仮にまともな生活を送れていなかったとしても、今が元気ならば些細な問題ではないか。
それがユグラシアの導き出している結論だった。
「だったらさぁ――」
するとマキトが、手紙を見ながら首を傾げてきた。
「この『同い年なのに双子じゃない』ってのは、何なんだろ?」
「ん。それなら簡単な推理」
自信満々にノーラが胸を張りながら笑う。
「きっと母親違いの姉妹。メイベルとその母親に血の繋がりがなければ自然」
「なるほど。それなら納得できるかもな」
マキトは頷きながら手紙を読み返してみる。確かに文章からすれば、メイベルの母親がアリシアの実母とはあっても、メイベルとその母親に血の繋がりがあることまでは書かれていない。
「あと、ここ見て」
ノーラがとある一文を指さした。
「メイベルの実家は魔導師の名家と書かれている。これなら人には話せない深い事情の一つや二つ、隠し持ってる可能性大」
「そっか……そーゆーもんか」
上流階級の家柄については全く理解していないマキトだが、とりあえず色々とあるのだろうと思うことにした。考えたところで分からないというのもあるが、なにより興味がないという理由が一番大きい。
そんなことよりもマキトは、より注目したい部分があった。
「しかし凄いなノーラ。俺には全然分からなかったよ」
「わたしも今の話は納得なのです」
「んふー♪ これからは名探偵ノーラと呼んで」
マキトとラティの誉め言葉に、得意げな表情を見せるノーラ。そんな明るい雰囲気を醸し出す彼らを、ユグラシアはジッと見つめていた。
イエスともノーとも言わない。ただ小さな笑みを浮かべているだけであった。
「……いずれにしても、アリシアが帰ってきたら聞いてみましょう」
どこかはぐらかすように、ユグラシアが話をまとめ出す。
「それに当日は、メイベルさんとそのお母様も、いらっしゃるみたいだから」
「あ、確かにそう書かれてるや」
ユグラシアに言われて、マキトもようやくその事実に気づく。アリシアの実の家族が見つかったという部分に、気を取られ過ぎていたのだ。
「ふむふむ……アリシアの事情について、ユグさまと話し合いたいそうなのです」
「ん。当然と言えば当然」
読み上げるラティにノーラがコクリと頷く。
「アリシアの母親がどんなのか、ノーラも見てみたい」
「そうだよな。帰ってくる日が楽しみだ」
「ワクワクなのです♪」
「キュウッ」
『たのしみー』
早く当日が来ないかなと、マキトたちはそれぞれはしゃぎ出す。
そんな中――
(やっぱりアリシアも、本当の家族のほうが……)
マキトたちから顔を背けながら、ユグラシアは神妙な表情を浮かべていた。
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