透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第三章 子供たちと隠れ里

115 日常的なじゃれ合い

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 それから、数日が経過した。
 今日もマキトたちは、森の中に来ている。以前にも訪れた河原にて、ラティとフォレオが変身し、その力を色々と確かめているのだ。
 もっとも確かめるというより、はしゃいでいると言ったほうが正しいだろう。
 もう一つの隠れ里の魔力スポットにて、ようやく会得できた力を、すぐにでも使いたくて仕方がない――まるで新しい玩具を手に入れた子供のような気持ちが、ラティたちの中で働いていたのだった。
 無論、周りはそれをしっかりと認識しており、敢えて口に出していない。
 楽しそうなのはなによりだし、力を確かめること自体は必要だ。更にその力を悪用するつもりがないことは間違いないため、余計な口出しはうるさいだけだと割り切っているのである。

「――はぁっ!」

 変身したラティが、いくつか用意した即席の的に向けて、魔弾を放つ。的を折るどころか、粉々に破壊してしまい、凄まじい威力を誇っていることが分かる。
 更にフォレオも、狼の姿となって動き回り、鋭い爪を的に振るう。まるで柔らかい粘土に刃を入れたかのように、簡単に的が切り裂かれた。

「フォレオも凄いもんだな」
「ん。あの爪は固い。下手なフォレストウルフよりも、間違いなく強い」

 呆然とするマキトの隣で、ノーラが無表情のままコクリと頷く。

「それでいて中身はあのままだから、ギャップの強さもなかなかハンパない」
「……だよな」

 マキトが苦笑すると、フォレオがタイミングを見計らったように振り向いた。

『ますたー! いまのみたー? ぼくすごいでしょーっ♪』
「おぅ、凄い凄い。どんどん強くなっていくな」
『もっちろん! もっとつよくなって、ますたーたちをたすけてあげるからね!』
「そうか。楽しみにしているぞ」
『うんっ♪』

 フォレオは嬉しそうに頷き、再びあちこち駆け出したり爪を振り上げたりして、自分の力を確かめる。そういう名の遊びをしているようにも見えるが、とにかく楽しそうでなによりだとマキトは思っていた。

「ふふっ」

 するとその時、ノーラの笑う声が聞こえてきた。

「――なんだよ?」
「マキト、まるでお父さんみたいだった」
「そうか?」

 突然何を言い出すのか――マキトは思わず顔をしかめてしまう。
 確かにフォレオに対して微笑ましいと感じてはいたが、父親というのはいささかどうなのだろうかと、そう思わずにはいられない。

「ん。そーなると……ノーラが、お母さん?」
「それは違う気がする」

 上目づかいで尋ねてきたノーラに、マキトは視線を向けることなく即答する。その表情は、ノーラ顔負けといっても過言ではないほどの『無』であった。
 ある意味ばっさり切られたも同然の答えに、今度はノーラが顔をしかめる。

「むぅ……マキトはノリが悪い」
「はいはい」
「返事が雑過ぎる。少しはノーラのことも構うべき」
「そりゃ悪かったな」

 隣から不機嫌そうにむくれるような声が聞こえ、マキトは苦笑する。するとノーラが彼の腕を引っ張った。こっちを見ろ、と言わんばかりに。
 それにつられてマキトが向くと、頬を盛大に膨らませたノーラがおり、それを見て再び思わず笑ってしまう。

「……マキト、なんでそこで笑うの?」
「あぁ、ゴメンゴメン」

 案の定、不機嫌そうな声を出すノーラに、マキトは苦笑を止められなかった。

「なんてゆーか……ほっぺた凄い膨らんでるなーって思ってさ」
「膨らみたくもなる。全てはマキトのせい」
「だからゴメンってば」
「むぅ」

 頬を膨らませながらノーラは視線を逸らす。しかしその手は、しっかりとマキトの服の裾を掴んでいた。
 本当に怒っているのではなく、ただ拗ねているだけなのは明白である。
 とりあえず頭でも撫でてみようか――マキトがそう思い、手を伸ばそうとしたその時であった。

「――ちょっとぉ! いつまでやってるんですか!」

 突如、大人びた女性の声がすぐ傍から聞こえてきた。マキトは勿論のこと、流石のノーラも驚いたらしく、素直に目を見開いて振り向いていた。
 そこにはノーラと同じように頬を膨らませ、あからさまに不機嫌なのですと、無言で表現しているラティがいた。

「ノーラとばかりイチャイチャしてズルいのです! わたしのこともちゃんと構ってほしいのですよ!!」

 声を荒げて言い放つラティに対し、マキトの表情はポカンとしていた。

(ラティはラティだったんだなぁ……)

 何を当たり前のことを、と思うかもしれない。しかしながら今の姿は、いつもの小さな妖精とは程遠いとも言える変身した状態であり、知らない人が見れば、単なる不思議な力を持つ美人なお姉さんとしか思えないことだろう。
 変身する場面も含めて間近で見ていたマキトでさえ、妖精のラティと変身したラティは違う存在のように思えていた。
 自分の知らないラティが華麗に舞っている――そう見えていたのだ。
 しかし今、その考えは綺麗に撤回された。この怒り方は間違いなくラティだと。たとえどんなに姿形を変えようと、中身は変わらないのだと。
 そんなことを考えながら小さな笑みを浮かべていると、ラティがずいっとマキトに顔を近づけてきた。

「マスター、何を笑ってるんですか?」
「あぁ、ゴメンゴメン。悪かったから機嫌直してくれって」

 そう言いながらマキトは、ラティの頭をポンポンと優しく撫でる。その瞬間、それまで浮かべていたラティの怒りが、一気に収まっていった。

「べ、別にいいのです。そもそも怒ってなんかいないのですよ」
「そっか。それはなによりだ」

 とりあえずなんとかなったらしいと、マキトは安心する。しかしその直後、服の裾が強く引っ張られた。
 加えて妙な圧を感じてしまい、マキトは表情を引きつらせながら視線を落とす。

「……ノーラ?」
「ラティばかりずるい。ノーラもナデナデするべき」

 なら最初からそう言えばいいのに――マキトは小さなため息をついたそこに、どすどすと大きな足音を鳴らしながら近づいてくる気配があった。

『らてぃたちばかりずるーい! ぼくもなでなでー!』
「キュウッ!」

 迫りくるフォレオに驚いたそこに、ロップルがマキトに飛びついてくる。魔物たちとノーラに取り囲まれ、詰め寄られる状態が出来上がってしまった。

『ほらますたー、はやくはやく♪』
「むー! マスターはもっとわたしを大切にしてほしいのです!」
「キュウキュウッ!」
「マキト、もっとノーラを構うべき。さぁ、遠慮せずに頭ナデナデを!」
「……分かったからとりあえず落ち着いて離れてくれないか?」

 戸惑いと焦りが峠を越えて、逆に冷静さが戻って来たのか、マキトはため息をつきながら淡々と言った。
 魔物たちもノーラも、決してからかってなどいない。本気で慕っているからこその行動であり、それはマキトも感じてはいたが、それでも勢いの凄さはどうにかならないのかと思わずにはいられなかった。
 そして――そんないつもの日常的なじゃれ合いを、遠くから見ている者がいた。

「全く、相変わらずあの子たちは、仲が良いようでなによりですねぇ」

 紺色のローブに身を包み、サラサラで鮮やかな長めの銀髪をなびかせながら、フッと小さく笑う。
 そんな彼の傍らには、キングウルフがジッと佇んでいた。
 視線はまっすぐ、マキトたちを――正確に言えばマキトにじゃれついている立派な狼姿の霊獣に向けられていた。
 それを察した彼――ジャクレンは、ニヤッと笑みを深めながら視線を下ろす。

「それにしても、あのガーディアンフォレストも、随分と凄くなりましたね。大きさだけなら、あなたといい勝負になるんじゃないですか?」
「――ウォフウォフッ!」
「あぁ、そうですか。まだまだヒヨッコですか」

 ジロリと抗議の目で見上げてくるキングウルフに、ジャクレンは苦笑する。そして再び彼は、マキトたちに視線を戻した。

「たまたま見かけたから声をかけようかと思ったのですが……どうやら僕たちはお邪魔のようですね」
「ウォフッ」
「えぇ、分かってますよ。このまま黙って立ち去るとしましょうか」

 そしてジャクレンはニコッと笑い、マキトたちに背を向け、キングウルフとともに歩き出した。
 少し離れた位置のためか、少年たちにその足音が聞こえることはない。もっとも現在は、少年をめぐるじゃれ合い真っ最中でもあるため、近くにいたとしても気づかなかった可能性が極めて高いだろう。
 いずれにせよ、ジャクレンもキングウルフも、気配を完全に消しているため、どちらでも変わらなかったことは確かだと言えてしまうのだが。

「――ホントあの子たちは、毎日が楽しくて仕方がないみたいですね」
「ウォフッ!」

 後ろから聞こえてくる少年少女と魔物たちの声に笑みを浮かべながら、ジャクレンたちは森の中に姿を消していくのだった。


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いつもお読みいただきありがとうございます。
今回で第三章が終了し、次回からは第四章を開始します。

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