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第三章 子供たちと隠れ里

114 意地っ張りな父親と国王のため息

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「――よぉ、随分なザマになっちまったなぁ」

 ニヤニヤと笑いながら病室に入った瞬間、患者の男は苦々しく表情を歪める。

「何しに来やがった……ジェイラス?」
「んなの見舞いに決まってんだろ。親父が大ケガしたって聞いたから、目の前で笑ってやろうと思ってな」
「うるせぇ。余計なお世話だ」

 実に数ヶ月ぶりの再会であった。しかし蓋を開けてみれば、まるで昨日も一緒にいたかのように言い合いをする親子の姿がそこにあった。
 少し離れた位置で見ている母親は、軽く目を見開いていたが、当の本人たちはそれに気づくことはない。

「つーか、よりにもよって大工仕事でミスるなんてな……もう店たたんじまったほうがいいんじゃねぇのか?」
「バカヤロウが……こんなのはただのかすり傷だ。少し休めば治る」
「ハッ! 相変わらずのガンコオヤジだな」
「んだとぉ!?」

 いきり立つ父親だが、怪我人であるせいか、いまいち迫力がない気がした。それ以前に、最後に見た時よりも数段老けて見える気すらする。
 もっとも、口を開けばいつもの親父だ――ジェイラスは笑いながらそう思った。
 そのあまりにも楽しそうに笑う姿を見て、調子が狂うと言わんばかりに舌打ちをしながら、父親は言う。

「ったく……俺の面白れぇ姿を見て満足しただろう? さっさと出て行きやがれ」
「あぁ。最後にこれだけは言わせてもらうぜ」

 ジェイラスは笑い声を収め、表情を引き締めながら言った。

「親父がどうなろうが、俺は知ったこっちゃない。俺は冒険者になる」
「はんっ! 俺もテメェなんざ興味はねぇ。息子でもなんでもねぇんだからな。冒険者にでもなんでも、好きなもんになりゃあいいじゃねぇか」
「あぁ。ハナからそのつもりでいるぜ。ただ――」

 立ち去ろうと背を向けたまま、ジェイラスは言葉を止める。そして少しだけニヤッと笑みを浮かべた。

「今まで散々やらされた大工仕事の腕も、鈍らせるつもりはねぇけどな」
「――お前」

 父親は目を見開いた。母親も言葉を失っていた。そんな二人に構うことなく、ジェイラスはそのまま病室を後にする。
 してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべながら。

「チッ……最後の最後で、なんて馬鹿なことを言いやがんだ、あの小僧が……」

 病室の扉が完全に閉じられたところで、父親は忌々しそうに言う。

「大工も悪くはねぇと素直に言えばいいモノを……全くカッコつけやがって」
「あなたもですよ。意地っ張りも大概になさったらどうなんですか?」

 呆れ果てた視線を向ける母親に、父親はきょとんとする。

「何の話だ? 俺は別に意地なんて張ってねぇぞ」
「とぼけないでください。もうとっくに知っているんですよ?」

 母親は深いため息をつき、ジェイラスが出て行った病室の扉を見つめる。

「あの子に好きな道を歩ませるために、あなたが憎まれ役を演じていることを」

 本当は誰よりも、息子のことを愛していた。自分が持てる大工の技術を徹底的に仕込んでやりたいという思いと、やりたいことをやってほしいという思いが、ずっと交錯していた。
 加えて持ち前の不器用さと、先祖代々から続く大工一族の跡取りとしてのプライドが働いてしまい、大喧嘩からの勘当という形しか取れなかった。
 息子を追い出したその日の夜――こっそりと一人で、涙を流しながら酒を飲んでいたことは、母親もちゃんと知っていた。

「私だけじゃありません。周りの人たちも……アレク君たちでさえも、感づいているくらいです。それこそ知らないのは、ジェイラスくらいですよ」

 そう言われた父親は軽く目を見開いたが、すぐに顔を背け、冷静を取り繕う。

「何の話か理解できねぇな。ちょいとトイレへ行く。手伝ってくれ」
「はいはい」

 母親のサポートを経て、松葉杖を片手にベッドから降り、父親は歩き出す。ふと窓の外を見下ろすと、子供たちの歩く姿が見えた。
 五人組で、男子が三人と女子が二人。その中に見える大柄な一人は、今しがたこの病室に来ていた少年であった。
 どこまでも楽しそうな笑顔を浮かべている少年を見つけ、父親はフッと笑う。

「……バカ息子が」

 そう呟く父親の表情は、どこか嬉しそうに笑みを浮かべていた。母親は小さな笑みを浮かべつつ、聞こえなかったふりを決め込んでいた。


 ◇ ◇ ◇


 シュトル王国の王宮――その一角にある執務室に、大臣が入室してきた。

「――国王様。ネルソンから報告書が届いております」
「うむ。読ませてもらおう」

 国王のジェフリーが、数枚に渡ったそれを大臣から受け取り、ペラペラとめくりながら目を通す。
 その場に佇む大臣は、ニコニコと笑顔を浮かべていた。

「冒険者候補生の課外活動は、今年も無事に終えられたようでなによりですな」
「当たり前だ。今年は騎士団長と宮廷魔導師の二人を引率に選んだのだ。むしろ成功して然るべきだろう」
「はっ! おっしゃるとおりでございます」

 ピシッと姿勢を正し、通りのいい声で返事をする大臣。ジェフリーはそれを気にも留めることなく、厳しい表情のまま、報告書に目を通し続けている。
 その姿に大臣は、軽く感銘を受けていた。

(我が国王は、年々貫禄が増して来ておられる……実に喜ばしいことだ)

 ジェフリーの年齢は、ネルソンやエステルと殆ど変わらない。他国に比べると圧倒的な若さで国王の座に就いたのだ。
 十年前に就任した際には、お世辞にも国民からの支持は得られていなかった。
 事情が事情だっただけに無理もないと言えるのだが、国を背負う以上、それを真正面から受け止め、立て直す以外の選択肢は最初からなかった。
 大臣も力の限りサポートを尽くした。
 完全なるなし崩しという形で、国王という名の椅子に座ることとなった。それがどれほどの重圧だったか、想像してもしきれないほどだ。
 しかし、ジェフリーは泣き言を一切出さなかった。
 隠れて言っていたとしても、それが表に出てきたことは、少なくとも大臣の記憶上では一度もない。
 それから十年が経過し、今では国民の支持もしっかりと得ている。十年前とは大違いであると、大臣は心から感じていた。

「――大臣よ」

 突如呼ばれたことで、大臣はハッと我に返る。ジェフリーが訝しげな表情で見上げてきていた。

「どうかしたのか? 随分と上の空だったようだが……」
「いえ、なんでもございません、国王。何か気になることでも?」
「うむ……」

 なんとか誤魔化しつつ問いかけた大臣に、ジェフリーはとりあえず自分の話を進めることに決めた。

「今回私が、ネルソンたちに課外活動の引率を頼んだ理由は、知ってるな?」
「はい。森の賢者ユグラシアについての調査ですね。十年前の事件を鎮めた張本人でもありますから、情報を仕入れたいというお気持ちはごもっともかと」

 ついでに言えば、森によく訪れるドラゴンライダーことディオンへの接触も、それなりに期待していた。彼らが昔馴染み同士であることは知っており、そちらからも何かしらの情報が得られればと思ってはいた。
 しかし、それはあくまでついでの話。ジェフリーの本命がそこではないことは、大臣もよく知っていた。

「そして……例の魔物使いの少年、ですな?」
「あぁ、そうだ」

 むしろこれこそが、一番気になっていることであった。
 冒険者たちの間で流れている噂に過ぎないことは分かっているが、それにしてはあまりにも真剣な様子で広まっているため、気にせずにはいられなかったのだ。

「しかしながら、その少年との接触は叶わなかったようだ。森の賢者も特に隠してはいなかったようだから、本当にたまたま顔を合わせられなかったのだろう」
「森の賢者様からは、何か聞き出せなかったのでしょうか?」
「いや、雑談がてら聞いたようだが……取り留めのない話でしかない。妖精や霊獣を従えているのは事実らしいが、それだけと見えるな」
「珍しくはあれど、それが大きな何かに繋がる様子もないということですか……」
「うむ」

 大臣の言葉に頷きつつ、ジェフリーは再び報告書に視線を落とす。

「報告書の中で目立っていたのは、冒険者候補の数人が抜け出した件だな。どうやらそれを経て、何かしら成長する大きなキッカケを掴んだらしい」
「普通に喜ばしいことでは?」
「あぁ。私が欲しい情報とは、全くもってかけ離れているがな」

 ジェフリーは軽くため息をつき、報告書の束をドサッとテーブルに放り出す。

「後はこちらで処理する。お前も下れ」
「――はっ! 失礼いたします」

 大臣が一礼し、執務室を後にする。一人残されたジェフリーは、深いため息をつきながら、椅子の背もたれに深く身を預けた。

「目論見は外れてしまったか……そう簡単に『ヤツ』が見つかれば苦労もないが」

 そしてジェフリーはゆっくりと立ち上がり、大きな窓から景色を見渡す。小鳥たちが楽しそうに飛んでいくその遠い先に、それは見えた。
 天を貫くかのように伸びる『塔のような島』が。

「やはりキーカードは、ヴァルフェミオンになるのか……」

 ジェフリーが呟いた瞬間、窓の手前を小鳥たちが横切っていった。

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