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第三章 子供たちと隠れ里

113 目指したい夢

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 森の神殿――その夕食の席にて、マキトたちは今日の出来事を話していた。

「へぇ、今日はもう一つの隠れ里へ行ってきたの?」
「そうなのです。おかげでわたしの変身も無理なくできるようになったのです!」

 ラティがはしゃぎながら答え、フォレオも笑顔でコクコクと頷いている。魔物たちにとっていい成果が出たということもそうだが、それ以上にマキトたちの話を聞いていて、ユグラシアはとても嬉しく思った部分があった。

「同年代の子供たちとも仲良くなったんでしょ?」
「んー、まぁ、それなりに」

 咀嚼していたパンを飲み込みながら、マキトが答えた。そしてその時のことを思い出しながら、小さく笑う。

「なんかすっごい賑やかな連中だったよ」
「ん。バイバイしてから、すっごい静かになった感じ」
「あらら、そうなのね」

 マキトとノーラの言葉に、ユグラシアは微笑む。二人が他人――それも同年代の子供たちと知り合い、交流したというのを、純粋に喜んでいるのだった。
 確かに二人とも魔物と仲良くすることはできているが、同じヒトとの交流はどうにも足りていないと言わざるを得ない。なんとかしたほうがいいのではと、少し心配していたのだ。
 しかし、それは杞憂だったのかもしれないと、ユグラシアは思った。
 ただ単に機会に恵まれなかっただけで、ちゃんとそれなりに交流する能力は持っていたようだと分かり、ほんの少しだけだが安心した。
 その気持ちは、まるで子供を可愛がる母親の姿そのものであったが、果たしてユグラシアがそれを自覚しているかどうかは、定かではない。

「賑やかって言えば、今日は私たちのほうも凄い大騒ぎだったのよ」

 ぴっ、と人差し指を立てながらユグラシアが切り出す。

「冒険者候補の子供たちが、シュトル王国から課外活動で来ていてね。その講演を私が務めたんだけど……その途中で何人かの子供たちが抜け出しちゃったのよ」
「へぇー、そりゃ大変だったね。大丈夫だったの?」

 マキトが問いかけると、ユグラシアが小さなため息をついた。

「なんとか無事に帰って来てくれたわ。特にケガとかもなかったのだけど……」
「ん。問題あり?」
「そーゆーワケでもないのよ。ただ――」

 きょとんとしながら首を傾げるノーラに対し、ユグラシアはどうにも歯切れの悪い様子を見せる。

「抜け出す前と帰ってきてからの、子供たちの表情が全然違ってたのよ。まるで試練を乗り越えたかのような感じを醸し出していたわ。本人たちは、ただ森の中を探検していただけだと言っていたけれど、果たしてそれも本当かどうか……」

 少なくともユグラシアには、他にも何かあったように思えてならなかった。ただ森の中を歩くだけで、あんなに表情が変わることなんてない。
 きっと、それ相応の出来事があったに違いない――そう睨んでいた。

「確証は何も見られないから、なんとも言えなかったのよね。どこかで大きな騒ぎが起きたという情報も入ってこなかったし」
「ふーん……」

 マキトは生返事しつつ、今日発生した出来事を思い返す。

「俺たちのほうは、隠れ里でちょっとあったよな」
「ん。アスレチックが崩れ落ちて、アースリザードが巻き込まれた」
「あらやだ! それって大変じゃない!」

 ユグラシアが目を見開きながら、思わず大きめの声を出してしまう。普通に大事としか思えなかったからだ。

「でも、皆で協力して丸太をどかして、無事に助け出したよ」

 マキトが苦笑しつつ、問題なかったという結果を話す。

「アースリザードも、特になんともなかったし」
「そもそもそうなった原因も、殆ど向こうが怒りに任せて暴れたからなのです」
『ぶじでよかったよねー』
「キュウ」

 マキトに続いてラティたち魔物もうんうんと頷きながら話す。隠している様子は全く見られず、心からそう話しているのが見て取れた。
 故に――

「そうだったのね。それを聞いて私も安心したわ」

 ユグラシアも心からの笑みを浮かべ、胸をなでおろすのだった。ここでノーラが何か思い出したかのように、ハッとした表情を見せる。

「ところで、その抜けだした子供たちは、結局なんともなかった感じ?」
「――そんなところね」

 問いかけに対して改めて思い出したユグラシアは、小さなため息をついた。

「あの子たちの課外活動の予定が崩れずに済んだから、本当に良かったわ。明日の朝早くに、シュトル王国へ向けて出発する予定だったからね」
「それはなによりなのです」
「ん。まさに終わり良ければ総て良し」
「確かにね」

 ラティとノーラの言葉に、ユグラシアは苦笑してしまう。雑談はラティたちのパワーアップと魔力スポットの件にシフトしていった。
 お互いに最後まで、アレクたちの名前を出すことは全くなかった。
 それ故に、今日マキトたちが彼ら五人と出会っていたことも、ユグラシアが知ることはなかった。


 ◇ ◇ ◇


 夕食を終え、入浴も済ませたマキトたち。ラティたち魔物は疲れたのか、既にベッドの上で夢の世界へと旅立っていた。
 気持ち良さそうに眠っている魔物たちの寝顔を、パジャマ姿のノーラがジッと楽しそうに見つめている。当たり前のように部屋にいる彼女だったが、マキトも気にしている様子は全くといっていいほどなかった。

「今日はこっちで寝るのか?」
「ん」

 おもむろに問いかけるマキトに、ノーラが即座に頷く。

「そのためにノーラはこの部屋に来ている。まさに愚問もいいところ」
「愚問って……俺たちの部屋なんだけど」
「細かいことは気にしない」
「いいのか、それで?」
「ん」

 絶対に譲らないと言わんばかりに頷くノーラに、マキトはため息をついた。
 ノーラの部屋もちゃんとあるのだが、マキトたちが神殿で暮らし始めてからは、こうしてマキトたちの部屋に入り浸ることが多くなっていた。
 主にノーラがベッドに潜り込む形で寝起きを共にすることも多くなっており、もはやマキトたちと同じ部屋で生活しているといっても過言ではない。

「……まぁ、いっか」

 苦笑しながらマキトは受け入れる。こうなったら何を言っても聞かないことは目に見えているからだ。
 数日も経過すれば慣れてしまうというべきか、たった数日で順応してしまったのかというべきか。
 いずれにせよ、互いにこの状況を自然と思えていることは確かであった。
 ノーラの部屋にある私物が、マキトたちの部屋に完全移動するのも、時間の問題かもしれない――そうユグラシアがひっそり思っていることを、当の本人たちは知る由もなかった。

「なぁ……ノーラ」
「ん?」
「ノーラは、『夢』って考えたことあるか?」
「あるといえばあるけど……急にどうしちゃったの?」

 そう問い返したくなるのも、無理はないと言えるだろう。彼女の言うとおり、マキトは急に神妙な態度で問いかけてきたのだから。
 もしラティたちが起きていたら、こぞって驚きを示していたかもしれない。
 そういう意味では、ぐっすり眠っていてくれて良かったと、ノーラは思ってしまっていた。

「いやその、何だ……」

 マキトは言いにくそうな態度を取るが、やがて意を決して口を開く。

「今日、隠れ里でジェイラスたちがそれぞれ語ってただろ? 俺はそーゆーの、全然考えたことなかったなぁって思ってさ」
「……ホントにないの?」
「あぁ、全然だ」

 軽く目を見開くノーラに、マキトは真剣な表情で深く頷いた。

「少し考えてみたけど、浮かんでこないんだ……そもそも『夢』ってのは何だ?」
「自分の目指したいこと全般を指すのが夢だと思う」
「だよな。俺もそう思ってる」
「……マキトは一体、何が言いたいの?」

 コテンと首を傾げるノーラに、マキトは思わず苦笑する。自分でも何を言っているのか分からなくなってきていたことに気づき、改めて頭の中で整理しながら、話したいことを口に出していく。

「まず真っ先に思い浮かんだことは、魔物たちと一緒に楽しく暮らすことだ」
「ん。もう既にしている」
「あぁ。これからもそれは変わらないし、変えたくもない。けど――」

 マキトは椅子に座り、ジッと床を見つめた。

「これは『目指したい』こととは、少し違う気がするんだよな」
「んー、どっちかというと、それは『願い』に聞こえる」
「……そうなるのか」

 ノーラの言うとおりかもしれない――マキトはそう思い、笑みを零した。

「まぁとにかく、ジェイラスたちのように『何々がしたい』というのが、考えてもちゃんと浮かんでこないんだよ。そう思ったら、なんかすっごいモヤモヤした気分になってきちまってさ」
「ん。先が見えなくて不安になってる証拠」
「そうなのか?」
「夢とか何もない人がよく陥るって、ユグラシアが言ってた」
「……そっか」

 マキトは話してみて、改めて分かったような気がした。ただ魔物たちを楽しく過ごすという現状しか考えておらず、先のことをまるで考えていなかったと。
 するとノーラが、ここで悩ましげな表情を浮かべる。

「でもそれで言ったら、ノーラも人のこと言えない。そもそもノーラ自身が、どんな存在なのかもよく分かってないから」
「え? そりゃどーゆーことだ?」
「気がついたらユグラシアと一緒に暮らしてた。それまでの記憶が曖昧」
「そっか……そうだったのか」

 ノーラの経緯はマキトもよく知らない。しかし普通ではないのだろうと、今のやり取りでなんとなく思った。
 それ自体を詳しく問いただすつもりはなかった。話したくなったのならば黙って聞くつもりだし、話したくないのであれば聞くつもりはない。
 どんな存在だろうとノーラはノーラ。少なくともマキトはそう思っていた。

「だからある意味、ノーラもマキトと同じかもしれない」

 気持ち良さそうに寝返りを打つロップルの頭を撫でながら、ノーラが呟いた。

「好きなことはあるけど、目指すモノがない、本当の空っぽな存在」
「――空っぽ、か」

 要するに何もないということだ。今はまだ――という言葉もつくのだろうが。
 改めて少し考えてみるが、やはり浮かんでこない。アレクたちのように、本気で目指したい何かが。
 叶えたいと思う壮大な『夢』という名の何かが。

「俺にも見つかるかな……目指したい夢」
「むしろノーラがそれを聞きたい」
「ハハッ……だよな」

 マキトは笑いながら、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

「もう寝るか。なんか眠くなってきたし」
「ん。ノーラも寝る」

 ノーラもコクリと小さく頷き、そのままいそいそとベッドに潜り込む。ここ数日で幾度となく繰り返されてきた行動であり、マキトからしても、それが当たり前になりつつあった。
 そんなマキトが笑みを向けてきていることに気づき、ノーラは尋ねる。

「どしたの?」
「いや、もうすっかり同じベッドで寝るようになっちまったなーと」
「……めいわく?」
「別に」
「なら気にしない」
「だな」

 ノーラの言うとおり、気にすることでもない。改めてそう思いつつ、マキトは部屋の明かりを消してベッドに潜り込んだ。

「おやすみ、ノーラ」
「ん。おやすみ」

 同じベッドで枕を並べて、二人一緒に魔物たちとともに眠りにつく。互いに意識することもなくなっていることに、本人たちはまだ、気づいていないのだった。

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