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第三章 子供たちと隠れ里
108 追いつ追われつ
しおりを挟む時は少しだけ遡る――アレクとサミュエルは、無我夢中で走っていた。
「グルワアアアアァァァーーーーッ!」
「ひぃっ!」
後ろから解き放たれる凄まじい雄たけびに、サミュエルが怯む。
「バカ! 怯まずに走れ!」
すかさずアレクが声を荒げる。その間も必死に足を動かすことを忘れない。
「お前だってこんなところで死にたくないだろ!」
「当たり前じゃないか! くそぉーっ!」
涙をボロボロと流すサミュエルだったが、彼も必死に足を動かし続ける。そうしなければ、後ろから迫りくる重々しい足音に呑み込まれるからだ。
いつもならば、とっくに疲れて動けなくなっている頃だ。
なのに二人は走り続けている。もはや疲れているという気持ちすら、体が感じなくなってしまっていた。
まさに鍛冶場の馬鹿力とはこのことか。
(ちぃっ! どうすればこの状況を打開できるというんだ!?)
アースリザードを撒こうとするが、魔物の気配察知能力の高さには勝てず、隠れてもすぐに見つかってしまう。せめて足止めくらいはと、サミュエルが逃げながら魔法を仕掛けるも、アースリザードの怒りを増長させただけであった。
ついでに言えばアレクは剣士の適性しかなく、遠距離射撃は全くできないため、逃げる以外の選択肢はない。
何かしようとすれば全て空回り。ただ必死に逃げるしかないこの状況が、アレクからしてみれば、途轍もなく惨めに思えて仕方がなかった。
(ちくしょう……僕にもっと力があれば、こんな無様な姿は晒さなかったのに!)
悔しさで歯を噛み締めながらも、アレクは足を止めない。後ろから重々しい足音が近づいてきており、止まれば命はないからだ。
しかし、体力にも限界はある。いつまでも逃げていることはできない。
何か手立てはないのか――アレクがそう思った時、サミュエルが前方にある物を発見した。
「――アレク! あそこ!」
サミュエルが前方を指さす。丸太で作られた小さなアスレチックがあった。
しかしよく見ると、そのアスレチックはロープが張ってあり、無暗に入れないように措置がなされている。シュトル王国でもよく見る、立ち入り禁止を連想させる感じであった。
正直、普通に乗り込むには安全とは言い難いが、アレクたちからすれば、救世主が現れたも同然であった。
「よし、あっちだ。上手く合わせろよ!」
「おうっ!」
アレクとサミュエルが、アスレチックに向かって一直線に走る。アースリザードは何の疑いもせずに追いかけていた。
「グルワアァーーッ!!」
後ろからアースリザードの雄叫びが聞こえる。
いい加減に観念しろ――そう言われたような気がした。いずれにせよ、怒りに身を任せて追いかけていることは確かだ。
段々と遊具に近づいて分かった。丸太がボロボロであることを。
実に好都合であった。そうでなければ作戦は成功しない。
アースリザードを引き付けるように、走る速度を調整する。そして遊具が目の前に来たところで――二人はそれぞれ真横に飛んだ。
「グルゥッ!?」
アースリザードは驚きながら立ち止まろうとするが、時すでに遅しであった。
凄まじい勢いで遊具に突っ込んでいく。そしてその衝撃で、丸太を繋ぎ止めていたロープが次々と引き千切れ、ガラガラと音を立てて丸太が崩れ落ちる。
アスレチックの一部が崩壊してしまった。アースリザードは、見事なまでに巻き込まれてしまう。
「グッ、グルワアァッ! グルルワアァーーッ!」
たくさんの丸太に埋まってしまい、身動きが取れない状態となった。動かそうとするがビクともしない。丸太の隙間から表情は確認できるが、それだけだった。
いくら力自慢のアースリザードと言えど、成す術もないのがよく分かる。
「はぁ、はぁ……た、助かったな」
「そ、そうだねぇ……」
アレクとサミュエルは、息を切らせながらアースリザードを見下ろす。苦しそうにもがいているが、やはりどうにもならない様子だった。
すると――
「おーい、大丈夫かーっ?」
遠くからマキトの声が聞こえてきた。振り向くと、狼に乗ったマキトや幼なじみたちが、手を振りながらこちらに近づいてくる。
やがて目の前まで来たところで、狼たちは立ち止まり、即座にメラニーとリリーが狼の背から飛び降りる。
「良かったぁ。二人とも無事だったのね」
「心配したんだよ?」
二人の声からして、本当に心配をかけてしまったのだと悟る。アレンは純粋に申し訳ない気持ちに駆られた。
「あ、あぁ……すまなかったな」
弁解の余地もないため、アレンはすぐに頭を下げる。サミュエルもゴメンゴメンと軽い口調で謝罪し、メラニーたちに呆れた視線を向けられるのだった。
するとそこに、派手に息を切らす音が足音とともに近づいてくる。
「ぜぇ、ぜぇ。よ、よぉ……お前ら無事で、な、なによりだぜ」
「キ、キィッ……」
ジェイラスとスライムが、汗だくの状態でやってきた。ここまで全力で走ってきたということだけは、アレンたちも表情を引きつらせながらも察する。
その一方で――
「マキト、これ……」
「あぁ」
ノーラとマキト、そしてラティたち魔物は、アースリザードを見下ろしていた。苦しそうにしながら涙を流す姿に、いたたまれない表情を浮かべる。
「完全に下敷き状態だな。このまま更に丸太が崩れたら、マジでヤバいぞ」
「ん。アースリザードが大ピンチ」
「どうするのですか? 正直、見てられないのです」
ラティの言葉に、フォレオとロップルもうんうんと頷く。メラニーはリリー、そしてジェイラスとスライム、更にサミュエルも、痛々しそうな表情でアースリザードに視線を向けていた。
そんな緊迫とした空気の中――
「どうするもこうするもないだろう。コイツはこのまま、放っておくに限るさ」
アレクが視線を逸らしながら、しれっと言い放つのだった。
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