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第三章 子供たちと隠れ里
105 それぞれの夢
しおりを挟むサミュエルとメラニーの魔法ショーは大盛況という形に終わった。
魔物たちも解散し、マキトたちはのんびりと雑談を楽しむ。この隠れ里に来てからの行動と、それぞれの夢について語っていった。
「へぇ、じゃあリリーは、その病気のスライムを助けてたんだ」
リリーが解熱ポーションの錬金を頑張っていたことを知り、メラニーが軽く驚きの表情を見せる。
「アンタがそこまで頑張ったのって、もしかして初めてなんじゃない?」
「……かもね」
恥ずかしそうにリリーがはにかんだ。
「自分でも驚いてるよ。とにかく夢中だったんだ。なんとか助けたいって」
「でも、その甲斐はあったんでしょ? 今まで作った中で、最高の出来栄えになったって聞いたけど」
サミュエルにそう尋ねられたリリーは、手を左右に振りながら苦笑する。
「あくまで質は普通のだよ。プロの錬金術師なら簡単に作れちゃうレベルだもん」
「それでも、今のリリーの腕で一番ってのは確かなんだろ? だったらそれは凄いことなんじゃねぇのか? もっと自信を持てよ」
ジェイラスがニカッと笑うと、サミュエルとメラニーも笑顔で頷く。それは気遣いでもなんでもない、本当にそう思っているが故の表情であった。
「その話を聞いたときは驚いたけど、今はお前のことを見直してるんだぜ? ずっと俺たちの後ろに隠れているだけのヤツだと思ってたからな。意外といい根性してるんじゃねぇか」
「そうね。リリーにとって、いい成長になったのも確かなんじゃない?」
「……うん、ありがと」
ジェイラスに続いてメラニーからの言葉に、リリーは嬉しそうに笑った。そして表情を引き締めつつ、今の素直な気持ちを口に出す。
「今回の件で改めて思ったんだ。たとえ魔物さんが相手でも、助けられるなら助けてあげたいって。それができるように、私は【回復色】の錬金術師として、ポーションを極めていきたいの」
「それが、新しく抱いたリリーの夢ってこと?」
「うん!」
「――そっか」
迷いなく頷いたりリーに、メラニーは優しい笑みを浮かべる。そして彼女も、改めて自分の目指す道を思い描いていく。
「あたしも、もっと炎の魔法の腕を磨いて、お母さんを越える魔導師になる。そしてさっきみたいに、魔物ちゃんたちを笑顔にさせるのも、アリかなってね」
「僕の夢は決まっているよ。目指すは宮廷魔導師さ!」
「……サミュエルもブレないわねぇ」
「当然じゃないか♪」
呆れた表情を浮かべるメラニーだったが、サミュエルはそれに気づいていないかのように、誇らしげに胸を張った。
「将来はエステルさんの後継者として、シュトル王国に――いや、全世界中に、僕の名を轟かせてやるのさ! 夢を持つなら、でっかく持たないとってね!」
握り拳を掲げ、熱く語るサミュエル。いつもの勢いに乗った口調ではあったが、本気で言っていることは、幼なじみ組にはよく分かっていた。
故にメラニーも、ここでは流石に、適当にあしらうつもりはなかった。
「いいんじゃない? アンタはヘタレだけど、魔法の腕は確かだし」
「そうそう。僕はヘタレ――って、ヘタレは余計だと思うんですけどねぇ!?」
「……ますますノリツッコミに磨きがかかってきてない? それこそ、どうでもいいにも程あるけど」
「なっ、なにおうっ!?」
しかし結局いつものやり取りと化してしまう。幼なじみクオリティと言えばそれまでかもしれないが、果たしてそれでいいのかどうかは疑問でしかない。
もっとも、彼ららしいと言えば、それもまた言い得て妙なところではあるが。
「さぁて、次はいよいよ、俺様の語る番だな」
ジェイラスが鼻息を鳴らしながら、意気揚々と切り出した。
「俺様の夢は、勿論――」
「誰よりも強い最強になりたいんでしょ?」
「小さい頃からずっと言い続けていることだもんねぇ……聞かなくても分かるよ」
誇らしげに語り出した瞬間、メラニーとサミュエルに割り込まれ、ピタッと表情ごと動きを止める。
そして忌々しそうに、ジェイラスは二人を睨みつけるのだった。
「ぐっ、勝手に口を挟むんじゃねぇ! それにそんな単純じゃねぇんだ!」
「じゃあどんな夢なんだ? 強くなりたいとかじゃないってこと?」
黙って聞いていたマキトが尋ねる。彼の胸元に抱きかかえられたフォレオも、どうなのと言わんばかりにコテンと首を傾げていた。
それに対してジェイラスは、熱が冷めるかの如く落ち着きを取り戻す。
「最強になりてぇってのは間違っちゃいねぇよ。ただ単純に誰かを倒して勝つだけじゃダメってことだ」
「――キィ?」
ジェイラスに視線を向けられたスライムが、どうしたのと尋ねる。それを見た彼は小さな笑みを深め、そして改めて拳をグッと握り締めた。
「魔物たちとも戦いつつ、ときには分かり合えるような真の最強――そんな男に、俺はなりてぇのさ」
「……それが、今日の経験を経て、キミが考えて出した結論ってことかい?」
「あぁ。断じてその場のノリで考えたワケじゃあねぇ」
重々しく頷きながら答えるジェイラス。それだけ彼が真剣であることは、サミュエルやメラニー、そして他の皆にもしっかりと伝わっていた。
そんな中、マキトは一つの疑問を浮かべていた。
「やっぱり大工にはならないのか?」
「――あぁ」
ジェイラスは強い意志を込めて頷く。
「やっぱり俺は、冒険者の道を突き進みてぇんだよ。誰がなんと言おうが、これだけは絶対に譲れねぇんだ。けどよ――」
そして、汲み上げたばかりのブランコに視線を向ける。
「大工そのものについては、別に悪いもんでもねぇ……少しはそう思えたぜ」
えっ――という声が、数人同時に発せられた。ジェイラスが顔をしかめながら視線を向けてみると、幼なじみたちがこぞって硬直し、目を見開いていた。
「……んだよ?」
「いや、なんてゆーか……凄い気の変わりようだなぁって思ったのよ」
メラニーがそう言うと、サミュエルとリリーも揃ってうんうんと頷く。
「確かにねぇ。仇のように恨んでいたくらいだったし」
「私も経緯は聞かせてもらったけど、未だに何があったのって思っちゃうよ」
「テメェらなぁ……」
幼なじみたちの反応に苛立ちを募らせるも、ジェイラスはそこで怒りを爆発させることはなかった。息を整えつつ、どこか釈然としない表情を浮かべる。
(まぁでも、実際俺も、何でそう思えたのかは分からねぇんだよな。けど……)
ジェイラスはマキトたちとスライムに視線を向ける。
(コイツらに出会えたから、ってのはあるかもしれねぇな)
スライムと派手に喧嘩をしなかったら、マキトたちにくっ付いて隠れ里まで来ることがなかったら――果たして今と同じ考えに至っただろうか。
少なくともジェイラスには想像もつかないし、考えても考え切れなかった。
ジェイラスは気を取り直しがてら、いつも自分たちの傍にいるはずの人物にも質問することにした。
「なぁ、アレク。オメェはやっぱり、って――そういや、アイツいねぇな」
周囲を見渡すジェイラスに、その場にいた全員がはたと気づく。
幼なじみたちも顔を見合わせるが、アレクの姿は誰一人見ていない。それはマキトたちも同じであった。
「ふぅむ、この里は広いからのう。迷子になってなければいいが……よし!」
ずっと黙って話を聞いていた長老ラビットが、ピョンと前に躍り出た。
「里の魔物たちに、見つけたら知らせるよう頼んでおこう」
「あぁ、頼む。俺たちも探しに行こうぜ!」
勢いよく立ち上がるジェイラスに、幼なじみたちは表情を引き締めて頷く。その姿を見たマキトとラティたちが無言で頷き合い、ジェイラスを見上げる。
「俺たちも手伝うよ」
「みんなで探せば早く見つかるのです」
マキトとラティの声に続いて、ノーラやロップル、そしてフォレオも、やる気に満ちた表情を見せていた。
それに対して心強さを覚えたジェイラスは、マキトたちに笑みを向ける。
「すまねぇ、恩に着るぜ!」
そしてマキトたちは、アレクを探すべく動き出すのだった。
何か面倒なことが起きなければいいけど――そんな淡い期待を込めながら。
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